本文ナシ
2004-08-29 (0) 01:32:49 +0900
金沢・香林坊の大和百貨店の下りエスカレータに乗って、 6階にさしかかったところで見た。 エスカレータに乗らないと見られない位置にあるので、ちょっと見にくい。
RPG の Wizardry に出てきた Blade Cusinart'(カシナートの剣)の命名の由来になったと言われるものである。
直径十センチメートルちょっとの扇風機状の刃が回る。 ミキサーのようなものだ。 これなら攻撃回数が増えるのも納得できる。
2004-08-28 (6) 21:33:06 +0900
実際は死んでいたのはラザロなので ηδη οζει, τεταρταιον γαρ εστιν である。
2004-08-28 (6) 21:09:29 +0900
芋餡って言葉が本当にあるかどうかは知らない。
2004-08-28 (6) 20:19:19 +0900
早いもので、もう一週間も前のことである。 急に帰京することになり、 19日夜の寝台特急「北陸」に乗った。 金沢発22時15分、上野着は翌朝6時19分の予定である。
この日は、昼間は熱風が吹きまくり、夜になったら雨が降って急に涼しくなった。 風は夜になっても強かったので、 走らなかったらどうしようとちょっと心配になったが、定刻に発車した。 当日の昼に切符を取ったためB個室は空きがなく、A寝台(個室)である。 床から天井まで自分の部屋。 厳密に言うと廊下の上もそうで、そこに荷物が置ける。 ただし、横幅はあまり広くなく、両手を延ばすと左右の壁に手のひらがつく。 気のせいか、ゆれが少ない。 このまえ乗ったのがB個室の二階だったせいかもしれない。
いつものようにまどろんでは目が覚めて、のくり返しだが、 糸魚川に0時03分に着いたきり、動かなくなった。 深夜なのでアナウンスはないが、大風の影響だろうと想像がつく。 結局、発車したのは2時23分。 4時25分に長岡らしき駅についた。 遅れているのですぐ発車するかと思ったら20分停まった。 4時45分、逆向きに走り出す。 5時20分ごろアナウンスがあって目が覚めた。 2時間30分ほど遅れているとのこと。 高崎、大宮、上野へは越後湯沢で上越新幹線に乗り換えるように言われた。 この列車は上野まで走りはするものの、越後湯沢でいったん運転を見合わせるそうだ。 ほとんどの客が乗りかえるだろうから、 上野まで行くのは今晩の下りの車両を確保するためだけだろう。 ダイヤのすきまをぬって、適当な時間に走るものと思われる。
外はもう完全に明るい。 カーテンを開けたら、六日町の駅を通過するのが見えた。 起きたばかりで頭がよく働かないせいもあるが、 はくたか号と上越新幹線で帰京するときに見ている景色だと気がつくまで少し時間がかかった。 新幹線は6時02分発の各駅停車たにがわ号だそうだ。 マイクの感度がよすぎるのか、後ろでもう一人の車掌が指示を出している声がする。 「これこれ」という声が聞こえたかと思うと 「これこれです」とのアナウンスが流れるのである。 そういえば、昨夜発車直前には、 近くで携帯電話を使っていると思われる女性の声が聞こえていた。
5時43分50秒、越後湯沢駅の3番ホームについた。 乗り換え改札口で振替票をもらう。
この乗り換えは予定していなかったことだが、あとは普段の帰京と同じだ。 新幹線ホーム下のトイレにはいる。 歯を磨いてヒゲを剃っている若い会社員風の人を見かけた。
Max たにがわ430号は一部を除いて全席自由席だが、 始発なのでがらがらである。2階席に座った。
東京行きだが、そもそも「北陸」は上野行きだったので、 東京駅まで乗っていっていいのかどうかわからない。 私の行き先はたぶん上野のほうが近いので、関係ないのだが。 そのうち、振替票で東京まで乗ってもよい、とのアナウンスがあった。
本庄早稲田駅に停まるのは初めての気がする。 回りには何もない。
“「北陸」から乗り継ぎのお客さま、ご迷惑をおかけしました” というアナウンスが何度も流れた。 B個室がとれなかったとき、 急行「能登」にしかかったのだが、 「能登」のアナウンスがないということは、 「能登」は遅れずについたのだろうか、そっちにしておけばよかっただろうか、 と考えた。 しかし、よく考えたら、「能登」は急行なので、 新幹線に乗り継ぐことはできないのではあるまいか。 別途、新幹線料金を払うことになったのではあるまいか?
駅に着くたびに、どんどん人が乗って混んでくる。 大宮から乗る人もいてちょっと驚いた。 しかし、埼京線・京浜東北線は停まるたびに人の乗り降りがあって疲れるし、 特急料金を払っても早く着くほうがいいんだろうな。
上野着は7時30分。 新幹線改札口で振替票だけ出したら、 特急券はお持ちではありませんかと言われたので、出す。 A寝台を使うことは滅多にないから記念にとっておこうと思ったのだが、 あとからよく考えれば、振替票は特急券あっての振替票である。 出すのが当然であった。 乗り継ぎはしたものの、2時間は遅れなかったので、払い戻しなどはなし。
予定通りならがらがらの電車で帰るはずだったが、混み始める時間帯である。 着いたら一時間は眠れるだろうと思っていたが、ほとんどその時間はなかった。
7時25分からのNHKフランス語講座は着いた先のラジカセで録音するはずだったが、 その時間にはまだ新幹線の中だった。 そこで、“万が一そのラジカセが壊れていたら” と思って念のためカバンに入れてきたウォークマンで、 再放送を録音することになったわけだ。
2004-08-27 (5) 01:54:44 +0900
carte d'étudiante は女性の場合の「学生証」だそうだが、 だったら、複数のときはどうなるんだろ? carte が複数形になるのはわかるが、 étudiant(e) も複数になる?
復習2. 「ウーエル動詞の不定詞の最後の r は絶対に発音しません」。 ここの r はフランス語式の発音だった。 「ウーエル」はいつものように日本語式。 「形容詞の男性単数形が er で終わっているときは」の er はフランス語式の発音だった。 ということは、「ウーエル動詞」は特別に日本語式発音をする、 ということになりそうだ。 外来語として日本語にはいっている、ということか。
復習と Paris à travers la littérature の間に、テキストにはない和文仏訳の練習が二題あった。1 分 25 秒ほど。
Paris à travers la littérature の一つめを見て、 引用符と終止符の順序を理解していないことに気がついた。 文章を完全に引用する場合は « ... » の内側に終止符がくるんだ。 おさらいしておかねば。
エンディングは 50 秒弱。
2004-08-27 (5) 01:47:12 +0900
常に本名と通名が書けるようにならないと困ることは 《本名と通名は常に併記しておかないと不便が生じる》 に書いた。 ここで考えるのは、どのように本名と通名とを併記させるか、の問題である。
元野薫さんが今野姓に変わった、という例で考えよう。 「元野」が元の姓、「今野」が今の姓である。 薫は男にも女にもある名ということで選んだ。
「今野薫(通名:元野)」だと、 “元野薫”で検索された場合にみつからない可能性がある。 「今野薫(通名:元野薫)」だと、少々長すぎないか。
「今野(元野)薫」は、姓だけを 「今野(元野)」と書かれた場合、二人の人物と思われる可能性がある。 「伴奏:今野(元野)」は、 今野と元野が通名を持たない別々の人物で、元野が今野の“補欠”の場合に、 全く同じ表記になりえるからである。
いまのところ、私が考えているうちでベストなのは 「今野元野薫」という書き方である。 これだと、ミドルネームといった感じになる。
これにも問題があって、共著者名を姓だけで書く場合、 「今野元野別野」は今野元野さんと別野さんの共著なのか、 それとも三人の共著なのかわかりにくい。 (これは、共著者名の書き方にルールを設けることで解決すべき問題であるが。)
夫婦別姓を導入せず、 通名で処理すればいいというなら、 よく考えて書き方を決め、 それを日本中に説明し、 その書き方を受け入れるように指導する必要があろう。 「通名を使いたい人が自分で工夫しなさい」では済まされないのである。
2004-08-27 (5) 01:09:30 +0900
いままでこの「いろいろ」に断片的に書いてきたような理由によって、 聞くのが一週間ほど遅れてしまった。
「きょうのポイント」は否定の表現だが、 ne .... aucun(e) だけ間の点が四つ。ほかは三つである。 (どうしてこういうのがぱっと目についちゃうんだろ?)
エンディングは 38 秒。
2004-08-27 (5) 00:18:44 +0900
23日づけ朝日新聞大阪本社版スポーツ面。 マルカキスは指名打者だったが、 最後の一回は投手をつとめている。
記録ではもちろん
[指]投マルカキスとなっている。
日本のプロ野球では見たことがない。 その前の投手が一死もとれていないので、急遽あがったものか?
2004-08-26 (4) 01:51:10 +0900
22日づけ大阪本社版「天声人語」に
《この、頭韻を踏んだような「呪文」を
》とある。
2004-08-26 (4) 01:38:16 +0900
「神々しい」は訓読みなんだろうな、と気になったので辞書で確認。
手元の国語辞典・古語辞典を片っぱしから見てみたが、 ほとんどが「かみがみし」の転と説明しているのに対し、 岩波古語辞典は「カムカムシ」の転としている。 ただし、それらの形は載っていないので、推定上のものか。
最初の疑問の答えは、訓読みで間違いない。
2004-08-26 (4) 01:33:53 +0900
エルザにわざと自分の素性を尋ねさせ、 相手に非があるように見せかけて去ってゆくのである。
2004-08-25 (3) 20:14:13 +0900
21日づけ朝日新聞大阪本社版第一面。
《悪いことだと思ったら断る勇気を持ちましょう。
(友達から誘われても、悪いことや危ないことはきっぱり断る)
》。
一瞬、イラク派兵に反対する野党の意見広告かと思ったが、
よく見たら、「気をつけましょう 夏休み
」
とのタイトルのついた政府広報なのであった。
「警察庁」とも書いてある。
2004-08-25 (3) 19:45:17 +0900
21日づけ朝日新聞大阪本社版スポーツ面「準々決勝が初の2日制 / 夏の全国高校野球」。 昨年から準々決勝を二日に分けることになっていたが、 昨年は雨で順延が多く、結局、従来通り一日で行なったのだった。
《日本高野連の脇村春夫会長は
「高校野球ファンなら、
勝ちあがった8チームをすべて見ることができる準々決勝が一番面白かったはず。
それを2日に分けると、大会の盛り上がりは欠くかもしれない。
しかし、この暑い中で選手は試合をしている。
彼らの体力を考えると一日でも休めた方がいい
》と語っている。
準々決勝を二日に分けるのは、 投手の連投を最大で三日にするためである。 だったら、 「準々決勝、準決勝がどちらも雨で順延されなかった場合、 決勝は準決勝の翌々日に行なう」としておく方法もあったのでは。
これでも盛り上がりを欠くと考えるかもしれない。 だが、もしそうなら、準々決勝を2日に分けると盛り上がりを欠くと考えるのでなく、 準々決勝の最初の試合から決勝までを連続した三日間でやらないと盛り上がりを欠く、 と説明すべきであろう。
付)上に書いた案だと、入場料収入は一日分減る。 いや、 入場料収入は以前と同じでありながら甲子園を押さえておく日数は一日増える、 と考えるべきか。
2004-08-25 (3) 02:43:17 +0900
「準々決勝の最初の試合から決勝までを連続した三日間でやらないと盛り上がりを欠く」 と考えるのなら、準々決勝の前に、一日、試合のない日を置けば、 これで三日を越える連投は防げるのだった。 上でそう述べなかったのは、準々決勝から決勝までの間に雨天順延があった場合、 準々決勝の前日の休みが“むだ”になるからであった。
2004-08-25 (3) 19:37:38 +0900
21日づけ大阪本社版文化芸能面、『広がる「文理融合」』。
例えば文学。 文体の特徴を、読点「、」の付け方(読点の前の文字)からつかむ。 さらに「けり」「べし」などの助動詞の出現頻度から「源氏物語」 54巻の成立順を推定する。 芸術では、浮世絵に描かれた顔を、 目や鼻、口などを結ぶ線の角度から特徴をつかみ、 謎の浮世絵師・写楽の正体にも迫る。 寺院の金堂の縦横の長さの比から建立時期を推定する、 といった具合だ。
これって、どれも、文科系の研究に計量的手法を利用しているだけでは?
そういえば、記事の副見出しは「文学や芸術に計量的分析を導入」だ。 計量的手法そのものにも貢献すれば理系と融合したとも言えようが、 単に利用するだけだと「文理融合」とは言えないだろうな。 だって、 幾何学の研究に代数学の結果を利用しても、 それは代数学と幾何学との融合とは言われないから。
注)引用部分で、「浮世絵に描かれた顔を」はどこに続くのか不明。 「つかみ」の目的語は「特徴を」だろう。
2004-08-25 (3) 02:24:43 +0900
引用部分冒頭に「《」が混入していたので除いた。 最初はこのカッコで囲んで引用しようとしたのだった。
2004-08-25 (3) 19:31:30 +0900
21日づけ朝日新聞大阪本社版最終面に載っていたケッコン ドットコムの広告。
《アクセス後右記の入力フォームが届きますので
(中略)
入力し送信して下さい
》というのだが、
自分の性別、希望する相手の性別を記入する欄がない!
書かせると法律に触れるんだったっけ?
2004-08-25 (3) 02:01:03 +0900
アクセスしてみたら、最初に自分の性別をクリックするようになっていた。
2004-08-25 (3) 19:33:25 +0900
本文ナシ
2004-08-25 (3) 01:48:07 +0900
だから普通にあるわけだよな。湯桶読みの語。
2004-08-25 (3) 01:47:06 +0900
新語「真逆(まぎゃく)」についてまだ考えているのだが、 「真裏(まうら)」という言い方はある。 「逆」と「裏」とは論理学では親戚のような概念なので、 そこから類推でできた語、ということはないだろうが、 「逆」「裏」「対偶」のうち「裏」だけが和語だ、ということに気がついた。
「真対偶」って言葉はないよね。
2004-08-25 (3) 01:45:38 +0900
カニの一部で食べられないところを「ガニ」と呼ぶ地方があるらしい。 時計できちんと動かないものを「これはドケイだ」とふざけて言う人もいる。 つまり、 清音で呼ばれるもので質の悪いものがあったらそれを濁音にして呼ぶのである。
実際には、最初の「フ」だけが濁って「ブロク」になるかと思われる。
2004-08-24 (2) 02:11:29 +0900
「表記の問題」とは、「ヒ素」と書くか「砒素」と書くか、 のように一つの語を文字で書く際にどうするかの問題だと考えていたが、 外国人名の音写のときも言うかもしれない。
2004-08-24 (2) 02:00:04 +0900
19日づけ大阪本社版スポーツ面。 豪州チームの三塁手は「ウィリアムズ」だが、 救援投手は「ウィリアムス」だ。
朝日の決まりでは「ズ」だがウィリアムスは阪神の登録名に合わせた、 と思われる。
「ジョン・ウィリアムズ」「ジョン・ウィリアムス」の書き分けとは関係あるまい。
2004-08-24 (2) 01:57:57 +0900
19日づけ大阪本社版スポーツ面の、
「全国選手権でのサヨナラ本塁打」に
《校名表記は当時
》とあるが、
表記だけ変えた例があるのだろうか? 「校名は当時」と言いたいのでは?
2004-08-24 (2) 01:54:10 +0900
19日づけ大阪本社版スポーツ面、 日本ハム対ダイエーの試合。 ダイエーの辻が三つのポジションを守っているが、
打 大 道 右中左 辻 打 田 口となっている。「右」は実際には「[右]」を一文字にした太字の活字。
打 大 道 右中左辻 打 田 口とはしないことがこれでわかった。 (仮にこうしても、 「辻」の右が空白なので「左辻」という名でないことはわかるのだが。)
2004-08-24 (2) 01:50:32 +0900
18日づけ大阪本社版社会面「もう動じない / 愛ちゃん自信」の冒頭。
《「サァッー」「サァッー」。身長155センチ、体重46キロ、
15歳の福原愛は、スマッシュが決まると小気味よく声を上げ、
左手でギュッと小さく拳を握る
》。
まず「サァ」がどんな音なのかわからない。 それから、促音「ッ」のあとに長音符がくるのもわからない。
「ずっっっと」は /zuQQQto/ だろうか。 これを「ずっーーと」書くのと同じだろうか? つまり、 促音のあとに長音符がくるとそれは促音のくり返しを意味する。 ただ、 それで語が終わっていると促音が長くのばされていることは聞き取れないだろう。
2004-08-24 (2) 01:45:12 +0900
「国粋主義」は negative な意味のことが多いと思うが。
知らなかった。
2004-08-24 (2) 00:53:08 +0900
「済」は呉音で「サイ」、漢音は「セイ」。 「美」は漢音が「ビ」、呉音が「ミ」。 だから「さいみ」か「せいび」になるのがノーマルかと思ったが、 漢和辞典にも「サイビ」という読み方が載っていた。
2004-08-24 (2) 00:50:16 +0900
数詞がばんばん出てくると全然聞き取れないよう。
前からだが、「ちょっと文法」と言うときの歌子先生はなんだかうれしそうだ。 若い人向きの言い方なのではにかんでおられるのかも知れない。
番組の最後に「今週も、密度の濃い勉強をしました。 来週もがんばりましょう」 とおっしゃったときの歌子先生もとってもうれしそうだった。
2004-08-23 (1) 22:31:11 +0900
「答う」は文語。
2004-08-23 (1) 22:02:10 +0900
「ですから、 金曜日の語彙を完全に覚えて、土曜日の放送を聞くようにしてください」。 ラジオ講座では珍しい。きびしい先生だ。
練習1の表。 左寄せと中央そろえが混在していて気持ちがよくない。
taux de nuptialité について、 アドリアナさんは c'est le nombre de mariages, ... と説明されたが、 歌子先生は「千人に対して結婚をする人の数」とおっしゃった。 普通はアドリアナさんのおっしゃった通りで、 歌子先生の定義だとアドリアナさんの定義の倍の値になると思うが……。 このあとにも同様の混乱があった。
フランスで結婚率が下がった理由について、 アドリアナさんは religion catholique の価値の衰退とおっしゃったと思うが、 歌子先生はキリスト教と訳された。 フランスではキリスト教といえばカトリックだからこれでいいのかな?
concubinage は「同棲」か! この語は(きょうの放送では)初めて出てきたので、 歌子先生の訳「ドウセイが社会的に、また……」を聞いたとき、 「同性」かと思ってしまった。
練習5の表は La famille d'aujourd'hui en France だから、 この統計は家族の数を言っているのではないか? そうなら、 「64% de la population」 「人口の 64% に相当します」とはならないはずだ。 その直前には 「カップルの数は 1369 万」と正しく解釈しておられるので、 何か混乱しておられるように思われる。
練習5の 3 の d'un père et de son ou ses enfants は意味がよくわからない。 子どもが一人の場合もあるから son もついているのかな? 単複で音の違う名詞の場合は? (2 の答えでもこれに似た言い方をされたが、解答例ではそうなっていない。)
付) この日は事情があって、午後の再放送を留守録音してもらったのと、 出先で礼服のポケットに入れたウォークマンで録音したのとの二つができたが、 前者は時計がずれていたらしく、練習5の 4 の途中で切れてしまった。 後者は電波状態がよくないときがあり、 ほとんど聞こえなくなることもあったが、 前者で切れていた部分はきちんとはいっていた。 この番組の前の Korean によるニュースには全く聞こえないところがあるし、 そのあとのスペイン語講座にはいるとまた状態が悪くなっているので、 ラッキーだったとしか言いようがない。 午前の本放送が録音できなかった理由はあとで述べる。
付) あとから考えたら、 120 分テープを半分の速度で裏表録音すれば 240 分。 出かける前にそうやって録音を開始し、置いてゆけばよかったのだ。
2004-08-23 (1) 21:41:28 +0900
見てもなんだかわからないので店員に尋ねたら、 逆向きに開こうとした場合、骨一つ分だけは開き、 そこに別の絵が見えるんだそうだ。 そういえば、開いて展示してあるものに小さくシールが貼ってあって、 そんなことが書いてある。
完全に逆にも開くなら買おうと思ったのだが。
付) 「"マジック扇子"」は google で5件。 (一つは全く別物。)
2004-08-22 (0) 20:04:33 +0900
夏目漱石「彼岸過迄」に
「下女が三和土の上にぽたぽたと涙を落とした
」という句がある。
「雨の降る日」の章の、宵子の骨あげの場面。
2004-08-22 (0) 19:18:17 +0900
たとえば、扉の前には焼香の道具が置いてある。 身内は二人ずつ箸を使って骨を拾うが、 そのまえにのどぼとけなどは係員が取りのけておき、 最後に乗せる。 そのとき、仏さまの形うんぬんと説明をする。
キリスト教式とわかっていれば言わないだけなんだろうか。
2004-08-22 (0) 17:54:14 +0900
あの中は冷房ははいらないらしい。
2004-08-22 (0) 17:37:23 +0900
辞書によると、主食用だから、らしい。
2004-08-22 (0) 17:23:01 +0900
東京のおみやげを持っていたようだったので、地方の人と思われる。 東京に住んでいると地下鉄「茗荷谷」駅があるので割と知っている可能性が高いが、 普通はあまり知らない書き方だ。
「夏野菜 茗荷」と書いてあったので何かと思って尋ねたらしい。 ミョウガと聞いたら注文するのをやめていた。
2004-08-22 (0) 17:21:35 +0900
一時期、「強盗は狂言」などの見出しが新聞・雑誌に見られたが、 狂言に失礼だというのか、最近は「自作自演」が使われているように思われる。
そのせいか、「自作自演」と見ると悪いことのように思えてしまう。
2004-08-22 (0) 17:10:05 +0900
本文ナシ
2004-08-22 (0) 11:30:38 +0900
しばらく病気で欠席していた平木君が久しぶりに登校したので先生が 「平木、治ったな!」と言ったのを「開き直ったな!」と聞き違える、 といった局面。
2004-08-21 (6) 23:42:32 +0900
そう聞き違えた平木君が「そんなことありません!」 と答えると先生が「だったらうちで寝てろ!」と答え、 平木君はよくわからないまま帰ってしまう。
2004-08-22 (0) 17:12:53 +0900
厳密には「整備工事期間:平成16年7月1日〜9月中旬の間」と書いてあった。
この「〜」と「の間」の関係がよくわからない。
この程度のことがらの書き方も決まっていないのだろうか。
2004-08-21 (6) 23:38:05 +0900
赤飯が好きなので。
2004-08-21 (6) 23:29:08 +0900
昔は「網棚」といい、下部は網だった。 だから、泥まみれの荷物を乗せると乾いて土が落ちてきたと思うのだが、 それはともかく。
きょう、タイトル行に書いたようなことがあった。 私は肩からかけるベルトなどを外にはみ出させておくようにしている。
2004-08-21 (6) 23:23:19 +0900
最初は「犀潟」で作ろうとしたのだが、失敗。こうなった。
2004-08-21 (6) 23:16:54 +0900
本文ナシ
2004-08-21 (6) 23:15:40 +0900
「法・経・文」などと学部名を略す場合のように、 「経」一文字で「経済」を意味することがある。 「経済」を economy の訳語として使うのは明治以降だとは知っていたが、 それは「経」か「済」にそれらしい意味があったからだと思っていた。 しかし、辞典をひいたところ、そうではなかった。
だから、当時、 漢文をよく知っている人が見ても意味は推測できなかったと思われるし、 現在、「経済」から「経」や「済」の意味を推測すると間違うわけだ。
岩波新漢語辞典によれば 「経済」は「経世済民」の略で、幕末に economy の略語として使われた、 とある。 (そういえば「経世済民」は聞いたことがあったっけ。)
ってことは、「マイコン」とか「ドタキャン」みたいな造語法じゃないの。
注)「経済」という語がよくないとか、 使うのをやめようとか言っているのではない。 念のため。
2004-08-21 (6) 23:14:43 +0900
きょうのポイント。 きのう学んだ半過去形について 「語尾活用をする時制でした」とおっしゃっておられたが、 語尾活用をしない時制ってあるんだっけ? 助動詞が活用する時制のことかな?
半過去形の語幹のおさらいで、 「現在形の nous のときの活用形から最後の o n s をとったものでしたね」 とおっしゃったが、この o n s が日本語式発音「オーエヌエス」 となっているようにも聞こえた。 (前にも書いたと思うが、英語の講座では ing を完全に日本語化した発音で 「アイエヌジー」と言うことがある。 それは日本語による名称であって、全く正しい。)
「語尾のほうは」の「語尾の」は「高低低」だったが、 「ét- にいまのこの語尾をつけると」の「語尾を」は「低高高」だった。
練習 2 の 1 に出てきた dessins animé に関連して、 フランス語では animé だけでは「アニメ」の意味にならない、 との注意があったが、 日本語の「アニメ」は英語の animation からきているのだろうから、 この音の一致は偶然なんだろうな。
終了まぎわの、 ミカエルさんに子どものころどんなだったかを尋ねた自由な会話。 最後に 「Quand j'étais petit, j'aimais jouer avec des filles.」 と答えられたら先生は一瞬の沈黙ののち「Eh?」をくり返し、 笑い出してしまわれた。 脚本には別のことが書いてあったように思われる。
自由な会話があったにもかかわらず、 エンディングは 50 秒強。 「語句の発音と意味」が少なかったから時間が余ったのだろう。
付) j'étais はもちろん覚えていたが、半過去形だったか……。 情けないやつ>自分
2004-08-19 (4) 02:14:47 +0900
実家で風鈴を吊るすときは、 自分が涼みたいと思う時間だけ吊るし、済んだらはずす、 そうでないとご近所に迷惑になるから、 と言われていた。
では、決まった時間が経つと鳴らなくなる風鈴は作れないだろうか?
何かのしくみでだんだんと舌(ぜつ)が下がってゆき、 そのうち糸しかぶつからなくなるので音はしなくなる。 また舌をあげれば鳴り始める。
そんなにむずかしくないと思う。小学生の夏休みの宿題でもできるかも。
2004-08-19 (4) 01:03:55 +0900
17日づけ大阪本社版生活面「04 夏模様」の「上」は「風鈴」。
少し前にも風鈴の話が載ったが、 最近は意外にもあの音をうるさいと思う人が増えてきた、 というような調子だった。きょうはその展開といった感じである。
私は、 前からあの音は聞かされるほうにはたまらない場合があると思っていたので、 あまり意外ではなかった。 特に腹立たしいのは、その家の人が出かけてしまったところで風が強くなり、 風鈴だけがけたたましい音をたてている、という状況である。
それはともかく。
苦情の例の
《「夜勤明けで寝ているのに、風鈴がうるさいと言われた
》。
寝ている人が苦情を言ってきたの? それとも、
寝ていたら苦情を言われたの? ……ってことが言いたいんじゃなかった。
この苦情を言われたうちは、夜には風鈴をしまい、 朝が来たからまた出したものと思われる。 一日じゅう鳴っているなら、 夜勤明けでなくたって寝ているときにうるさいはずだ。
そういうマナーは前からもあったはずなんだけど、明示的には書いてないので。
付) 上の引用部分だが、 「夜勤明けで寝ているのに風鈴がうるさい、と言われた」とすればよいだろう。
注) タイトル行の俳句もどきは私が作ったもの。 記事にあったわけではない。
2004-08-19 (4) 00:40:22 +0900
私が目撃したのは、 通名で登録している学会か何かに金融機関から送金する際、 本人確認を求められて運転免許証を見せたらそちらは本名だった、 という例。
このように、片方だけ記しておくと、どこでどんな不便が生じないとも限らない。 だから、通名を利用すればよいからと夫婦別姓を認めないなら、 政府はあらゆる書類に通名が書けるよう指導すべきだと思う。
(一つしか欄がない場合は本名を書け、とすることでも解決できるが、 それでは通名が使えない。 通名だけを書くと、やはり役所は困るだろう。 本名は役所にだけ届けておいて、社会ではすべて通名で可、 じゃそれがほとんど本名になってしまう。)
2004-08-19 (4) 00:14:07 +0900
16日づけ大阪本社版五輪面の、ソフトボールの記録。
これはどうやら野球の活字をそのまま使ったようだ。 朝日のやり方では、先発メンバーの記号は [中] のように大カッコで囲んで一文字分であり、太字になっている。 ところが、4番「DP」はそうではないので、 野球しか知らないと、3番の一塁手に代わってこのポジションの選手が出たか、 と思ってしまう。
こんな感じ。
[一 伊 藤 DP斎 藤 [三 宇津木(閉じ大カッコは省略した。 上にも書いたように [一] で一文字分なので、 ここでは表現しにくいからである。)
15日づけでは次のようになっていた。 (こちらは閉じ大カッコを省略しなくても表現できた。)
[一] 伊 藤 [指]P斎 藤 [三] 宇津木これだと、指名打者が守備位置をPに変えたように読めてしまう。
なんと呼ばれるのか忘れたが、確か「指名〜」である。 野球の指名打者と同じ表記でいいのではあるまいか。
2004-08-19 (4) 00:09:09 +0900
18日づけ紙面で報道されている試合では代走が出たようだ。
DP斎 藤 走P佐藤理となっている。「DP」で一つの意味だと思っていたが……。
2004-08-24 (2) 01:35:53 +0900
16日づけ大阪本社版総合面の、全国戦没者追悼式における写真。 人に対してこれだけ頭を下げたら、かなり丁寧なお辞儀になる、 というような姿勢である。
こういうスタイルの黙祷もありえるわけだが、写真の説明としてそれでよかったか。
2004-08-18 (3) 23:50:50 +0900
16日づけ朝日新聞大阪本社版総合面 「小泉首相の靖国参拝、障害 / 対中関係改善 霧の中」。
公明党が
《「国立追悼施設をつくるに方向にかじを切ることがすべての打開につながる」
と訴えたが、
「みんなで靖国神社に参拝する国会議員の会」の瓦力会長は同日、
「靖国神社以外にお参りする場所はない」と断言した
》、とある。
新施設での追悼は行なわず、靖国神社にお参りする、という意味なのだろうか?
もしも靖国神社以外では追悼しないというのなら、 その隣に写真が出ている、 全国戦没者追悼式には出ない? 首相になると出席するみたいだけど、 首相になる気はない?
2004-08-18 (3) 23:39:24 +0900
16日づけ大阪本社版第一面。
《脳梗塞のため不在の長嶋監督から届けられたその旗には、
監督の手で「3」と書き込まれている。
長男の一茂さん(38)は言った。
「右手が動かせない中、この『3』がすべてを表している。
魂を込めた『3』で、言いたいことはわかって頂けると思う」
》。
この「3」の説明は、一切ない。 長嶋の選手時代および監督時代の一時期の背番号「3」を意味しているんだろうが、 「3位になればよい」などと解釈する読者がいないとも限らない。
2004-08-18 (3) 23:33:33 +0900
エスペラントなんてやったってしかたないじゃん、共通語は英語だよ、 というのが現状だと思うが、 でも、 それほど使い手の多いとは思えない自然言語だって勉強する人がいるわけだから、 それと同じと思えば。
2004-08-18 (3) 23:27:08 +0900
15日づけ朝日新聞大阪本社版オピニオン面「ことばの交差点」は「慰霊」。 「校閲部・中島一仁」と署名がある。
江戸時代以前には用例が見られないそうだ。
明治時代になってから使われ始め、日清・日露戦争のころ
《国が顕彰するという思想に変質
》した、とはよく言い当てていると思う。
《キリスト教をはじめ、様々な信仰を持つ人たちにも広く受け入れられ、
死者への真の弔いとなる呼び方は何か。一人ひとりが考えてみたいものです
》
という末尾の文章に「キリスト教をはじめ」が出てきたのに驚いた。
「仏教」あるいは「無宗教」の人は特に気にしていないということか。
記事ではふれられていないが、 最近は動物についても「慰霊」と言うのではなかったか。 大学などの実験に使われた動物の「慰霊祭」についてどこかで見たような気がする。
2004-08-18 (3) 02:55:09 +0900
「動物慰霊祭」で google を検索するとかなりみつかる。
2004-08-18 (3) 23:26:04 +0900
15日づけ大阪本社版社会面の、谷亮子の記事。 神田明美と署名がある。
《谷亮子(28)
》と記事は始まる。
次の段落の《谷の母親の和代さんは
》を読んだとき、
名前は谷和代さんではないよね? と思ってしまった。
そうでないとは言い切れないが。
そうでないなら、フルネームを書いたほうがよかったのではないか。
しばらく進むと
《谷が予選を戦っていた14日午前、夫で野球日本代表の谷佳知(31)は、
練習に励んでいた
》とあり、
次の段落は夫の談話。
その次の段落冒頭の
《日本チームが最終調整の練習場に借り切ったアテネ郊外の体育館。
原久美子さん(27)は、9日の練習初日から谷にぴたりと寄り添った
》
の「谷」を直前からの続きで谷佳知だと思ったものだから、
女性が野球の練習に? と驚いてしまった。
少し読んでゆくと、柔道をしていたことがわかり、「ぴたりと寄り添った」 のは谷亮子だとわかるのだが。
私だったら、「日本チーム」の前に「女子柔道」などと入れ、 「谷」もここだけは「谷亮子」とする。
2004-08-18 (3) 02:40:42 +0900
15日づけ朝日新聞大阪本社版「五輪」面に「オリーブ日記」を書いている。
《1カ月前までバグダッドにいた
》。
《人質にされないように変装して取材に出たり
》
まで読んでも郷富佐子記者だとは気づかず、
男性記者がつけひげで変装したのかな、などと思ったのだが、
文末の署名を見て納得。
2004-08-18 (3) 02:25:48 +0900
Listen for Details の 1 の答え合わせ。 「嫌気がさしたので」を「いやきが〜」と言っておられる。 「いやき」という読み方もあることを広辞苑第五版で確認した。 知らなかった。
2004-08-18 (3) 02:14:31 +0900
Listen for Gist の問題文は
「a) 〜 c) の中から選んでください
」となっているが、
1 は a) 〜 c) を順に並べる問題。
2004-08-18 (3) 01:59:00 +0900
日曜の19時05分ごろだったと思うが、 いつものアニメが放送されていないことを確かめるためもあって、 石川テレビをつけていたら、オリンピックの野球を中継していた。 その中で、いま、こちらは13時を少しすぎたところで、午後の太陽がうんぬん、 というようなことをアナウンサが言っていた。
ギリシアは夏時間中は日本から見て6時間遅れだから13時すぎなのは間違いない。 しかし、アテネは東経 25 度の子午線よりも西にある。 30 度の子午線上で日本より7時間遅れの12時すぎ。 さらに 5 度以上西へ行くから、20分は遅れる。 まだ正午になっていないのである。 つまり、太陽はまだ上昇中。
この中継の中ではどうでもよいことのようだったが、 場合によっては、このことを知らないと日射病になったり、 ということもあるだろう。
もし日本で夏時間を導入した場合も、同じことが起こり得る。 明石よりも西では13時をすぎても太陽はまだ南中していない。
2004-08-17 (2) 03:20:05 +0900
7月30日づけ朝日新聞大阪本社版第一面 「刺繍・剥製・破綻…… / 難しい漢字 ケータイで普及 / 文化庁調査」。 ときどき新聞に載る、 「檄を飛ばす」などの意味を正しく理解しているかの調査だが、 それに加えて、次のような調査も行われた。
難しい漢字の表記では、「刺繍」「剥製」「破綻」など六つの言葉を示し、 どの書き表し方が「最も良いと思うか」と尋ねた。 ルビを振った漢字書きの指示が総じて高く、 仮名との交ぜ書きは、最も多い「刺しゅう」でも3割以下。
語句の意味を問われた場合、正解があって、 それと比べて合っている・合っていないと評価される。 それに対し、上の調査は、好みの問題だ。 “正しい”表記法がただ一つあるからこの中から選びなさい、ではない。 このことが、調査される側に理解されていただろうか? 正しい書き方をどこかが決めていて、 それを知っているかどうかのテストだと誤解されなかっただろうか?
誰かがルビつきで書いてくれるなら情報量が最も多いからこれが一番いいと考えた人も、 大学入試などの際にはそう書かなければ減点されるとなれば考えが変わるかもしれない。 (日本史などに出てくる固有名詞は教科書どおりに書かないと減点と聞いたことがある。)
ただ、よく読むと、この調査全体が「国語に関する世論調査」と呼ばれているのだ。
語句の意味を問われた場合、何を答えるべきなのかは、
明らかにされているのだろうか? 「自分がどういう意味だと思うか」と
「どういう意味であるべきだと思うか」では違ってくる。
記事には
《誤解しやすい語句の意味を、
「分からない」も含め五つの選択肢から選ぶ設問では
》
とあるだけだ。
自分は正しい意味を知っているが、今はこの意味で使う人がほとんどだ、
という場合はどう答えたらよいのだろう?
付)その語句の意味が「分からない」である場合はどうする?
2004-08-17 (2) 02:05:50 +0900
7月30日づけ朝日新聞大阪本社版社会面
「性別の変更認める / 那覇家裁 全国初か」に
《戸籍上で男性から女性への変更を認めた
》とあるのを読んで。
2004-08-17 (2) 01:41:27 +0900
7月30日づけ朝日新聞大阪本社版社会面「3代の記憶 被爆60年へ」の第5回目、 「原爆孤児 / 娘にも口閉ざした50年」。
雅章は被爆50年の95年、原爆と向き合うようになる。
数人の女子高生から、原爆ドームを背景に記念写真を頼まれた。 全員が屈託のない笑顔でVサインを突き出した。
「悲惨な原爆の記憶が消えようとしている」
最初読んだときは 「やっぱりあそこであれはまずい(=すべきでない)よな」 と思ったが、 Vサインは「ピース!」といって突き出すのではなかったか。 それが「Peace!」の意味であり、平和を祈るサインであるなら、 あそここそが、それに最もふさわしい場所であるようにも思えてきた。
「そうだ」と言っているわけではない。 そもそもあれが何を意味しているのか、わからずになされているのでは、 と思ったのである。
付) 私が修学旅行の引率をしていたら、 「原爆ドームは観光地とは違う。よく考えて行動せよ」 と言うだろう。
2004-08-17 (2) 01:35:01 +0900
2002年10月29日づけ朝日新聞大阪本社版社会面
「つらいインタビューだった」。
《まず、質問が直接、ヘギョンさんに伝わるよう通訳を介さず、
朝鮮語で聞いた
》。
2002年10月26日づけ同紙第一面では
《ヘギョンさんは、記者団の質問に朝鮮語で
》と。
2004-08-17 (2) 01:05:57 +0900
14日づけ大阪本社版オピニオン面、 「私の視点 ウイークエンド」は「武器輸出見直し論」。 そのうちの、水島朝穂氏の文章の中。
「ベ平連」を一文字ずつ変換するとうっかりすることがあるのだが、 これは「ベトナム」で一まとまりだから、間違いようがないと思う。
2004-08-17 (2) 00:59:28 +0900
原爆投下は終戦を早める効果があった」にどう反論するか
とりあえず考えたのは、 「それはその通り。では、 終戦を早めるために非戦闘員を大量に殺傷し、 二世・三世にまで影響を及ぼすことことは許されるか?」 と質問することだ。
タイトル行の引用は14日づけ朝日新聞大阪本社版生活面 「ノーモア戦争 思い脈々」から引用した。
付) 現在、戦争を最も早く終わらせる手段は核兵器で地球を爆破してしまうことである。
2004-08-17 (2) 00:52:43 +0900
14日づけ朝日新聞大阪本社版「政治・総合」面
「パウエル発言に共産・社民反発」によれば、
共産党の書記局長が
《他国の憲法に『武力行使ができるように変えよ』
と事実上要求することは許されない
》と発言したそうだ。
“あなたの国は、 国内に人権問題があるのでそれを解決できるよう憲法を改正しなさい” と言うことは“人道的”であるとして許される場合があるだろう。 では、米国が、軍備を持たなければ国民の人権を守れないから改正せよ、 と言ってきたらどうするか。
2004-08-17 (2) 00:43:10 +0900
たとえば、14日づけ大阪本社版総合面の「聖地五輪 楽しもう」。 近代五輪発祥の地だから聖地なのか、 パルテノン神殿があるから聖地なのか。
聖地は、何らかの信仰に関連して初めて聖地になる。 パルテノン神殿に祭られていたアテナは、 現在では信仰の対象とはなっていないと思うのだが、確かめねば。
2004-08-17 (2) 00:37:45 +0900
「映画」という語が何度も出てきたが、 きょうのスキットを聞く前の一回を除いて、 すべて鼻濁音になっていた。
「きょうのポイント」での半過去形の説明の中で 「語尾を」を「低高(高)」のアクセントで発音しておられた。 あれ? 二度めは「高低(低)」だ!
エンディングは 30 秒。
2004-08-16 (1) 22:42:55 +0900
広辞苑第五版によると、 「サボタージュ」の本来の意味は怠業であり、 「サボる」とは違うのだった。
今週のスキットの1行めと2行めの間は空きが広すぎる。なぜ?
2004-08-19 (4) 02:05:58 +0900
一人前ずつになった丸い豆腐を皿にあけ、まん中にからしを盛ると、 キティちゃんの顔のようにも見える。 では、キティちゃんの顔の形をした器にはいった豆腐を売り出したらどうだろうか。
豆腐が嫌いな子も食べるようになるかもしれないが、 「キティちゃんかわいそうだから」と食べない子もいるはずで。
2004-08-16 (1) 20:58:35 +0900
物まねが好きだったので、 中学生・高校生のころからNHKの外国語講座の先生の物まねをしていた。 フランス語入門を担当しておられた安田悦子先生の 「それでは、もう一度やってみましょう」などはさんざんやった。
いつのまにか年をとり、私と同年代や私よりも若い先生に習うようになったが、 相変わらず物まねはしている。 いまのフランス語講座入門編の冒頭の「みなさま」もまねしているのだが、 そのあと、ジェットストリームの物まねで 「日本の片田舎に、この物まねをしている少年がいるかもしれませんね」 と続けるようになってしまった。
2004-08-16 (1) 20:50:55 +0900
気がつかないで、# 以降だけを書いていた。 それだと、下書きファイルにある間は飛べないので、 正しくリンクできたかどうかわからない。
2004-07-25 (0) 23:28:08 +0900 の 《無意味な「このページのトップへ戻る」 というリンク》ではまだ気づいておらず、 2004-08-12 (4) 01:17:02 +0900 の 《フランス語で 12 時制で時刻を言うときは 「12 時」にあたる言い方をしない》は気づいたあと。
2004-08-16 (1) 20:41:59 +0900
|2004-08-16 (1) 10:45:56 ... UTC |2004-08-16 (1) 19:45:56 ... 地方時 |週番号は 34, ことしの 229 日目, 春分から数えて 149 日目です. |きょうの月齢は 29.6 です. 約 0.1 かもしれません. 確認・更新を! |正子から 71156 秒だけ経過しました. |十進 / 十六進表記による時刻は .82356 と D2D5 (d2d5) です.こんな風になる。 DOS 窓だから地は黒で、「確認・更新を!」だけが黄色の反転。 かなり目立つはずなのだが、昨夜は全く気づかなかった。 疲れていたのか。
ちなみに、直し方は、新聞を見てソースファイルのデータを書き換えるのである。
2004-08-16 (1) 19:45:56 +0900
本文ナシ
2004-08-16 (1) 19:43:52 +0900
某所から頼まれていた、とある原稿。 最初はメモ帳で書いていたのだが、 最近はブラウザの画面で見て推敲してばかりなので、 メモ帳ではどうも推敲できず。 行末がそろわないせいかもしれない。
昔は Vz でなきゃ書けないって言っていたのに。 変なもんだな。
2004-08-16 (1) 01:59:43 +0900
前に牛乳を入れてみたらおいしくなかった。 豆乳なら植物性だから合うかと思ったのだが。
2004-08-15 (0) 21:19:10 +0900
ここ数年、ずっとやっている。 歌詞は「もっともっともっと」だけである。
2004-08-15 (0) 20:41:03 +0900
丸谷才一「ゴシップ的日本語論」(文藝春秋、2004 年)所収の 「ゴシップ的日本語論」(43-70 ページ)。
59 ページの半ばあたりまでは、興味深い部分もあるが、話の枕という感じ。
59 ページ。
私の体験で申上げますと、数年前のこと、 自宅の電話機を親子電話に取り替へたんです。 マニュアルを読んでも全然操作の仕方がわからないから、 当時連載してゐたコラムで、使ひ方がわからない、 説明書のかういふ文章を載せてはいけないんだ、 もつと企業は努力しなければいけないといふことを会社名入りで書きました。
60 ページ。
このあひだ、ぼくも、人並みに携帯電話つてものを買つてみたんです。 ところが、マニュアル見ても全然わからない。
確かに、 十数年前にパソコンを初めて買ったころのマニュアルにはひどいものがあった。 しかし、最近はそうではない。 マニュアルがよくなっているのである。 ただし、機械に数多くの機能がつけられているので、 マニュアルは分厚くなるし、 機能を説明するために導入された新しい用語を覚えなければ読み進むことができない。
同書に収められている
同氏の「日本語があぶない」を見ると、
丸谷氏は「語感
」(16 ページ)とか
「よくわからないまでも何となく意味の見当がつく
」(18 ページ)
などと書いている。
“語感”や“何となく”で読んでいてはいまのマニュアルはわからないと思う。
また、上の引用部分にある「かういふ文章
」
というのが具体的にどのようなものだったのかわからないので不満が残る。
海老沢泰久さんが「これならわかる パソコンが動く」 という本を書いたときの話。
まづNECの寮かなんかに行つて、 そこで梱包されたままの新品のパソコンを一組置いてもらつた。 海老沢さんがノートを広げて、「さあ、はじめよう」と言つた。 オペレーターが梱包を開いてパソコン本体とディスプレイをテーブルの上に置いた。 一本の電源ケーブルを手に取つた。 海老沢さんが訊ねた。「それは何です?」、 オペレーターは言つた、 「本体とディスプレイをつなぐ電源ケーブルです」。 海老沢さんが、「君は、いま無造作に手に取つたが、 どうしてそれが本体とディスプレイをつなぐ電源ケーブルだとすぐにわかつたの?」 と訊いた。 さうしたらオペレーターはうなだれて考へ込んぢやつた。 なぜ考へ込んだかといふと、質問の意味がわからないわけです(笑)。
どうしてそうなるんだろう? 私なら、まずは “質問の意味はわかったが答えがわからないので考え込んでいる” と考えてみるだろう。 そう考えて、別に矛盾はしないから、きっとそうだろうと考えると思う。
ところで、 「オペレーター」って何なんだろう? 英和辞典で operator を見てみたが、 「技術者」というぐらいでいいのではなかろうか?
続き。
それで海老沢さんは訊ねた。 「ケーブルといふのはそれ一本なの?」「二本あります」と向うが言つた。 「もう一本は何に使ふ?」 「もう一本は本体と電源コンセントをつなぎます」。 海老沢さんが訊ねた。 「それはどつちも同じなの?」、 答へは、「大体おなじです」(笑)。 つまり、すこし違ふわけですね。 そこで二本の電源ケーブルの違ひをどう読者にわかるやうに説明するかといふ問題になつた。 海老沢さんは提案した。二本の電源ケーブルの色を変へよう。 「赤い色のケーブルをまづ使ひます」としよう、 片つ方は青い色にしようと提案した。 そしたら横から、「それは費用がかかるから困る」といふ声が出た。 そこで……。
普通に考えたら、 「言葉で違いを説明できないか」、 それが無理なら「説明書に図をいれて説明できないか」、 それもだめなら「ケーブルにシールのようなものを貼って区別できないか」 「ケーブルを包装するビニール袋の色か何かで区別できないか」 となるだろう。 一度つないでしまえば滅多につなぎかえないのだから、 そのためだけにケーブルそのものの色を変えるという発想、 しかも原色の赤と青にしようという発想は、 普通でないように思う。 (長く引用してしまったのは、 丸谷氏がこういうことを長々と書いていると指摘したかったからだ。)
そのあとに、このマニュアルのおかげで、 会社にかかってくる質問の電話が激減したと書いてあるのだが、 私はこの本を見たことがないのでいまインターネットで検索したところ、 これは初心者向きの本のようだ。 とにかく一通り使ってみるために内容を限定してあり、 専門用語も使わないようにしてある、と書いている Web ページがあった。 もしそうなら、 これと普通のマニュアルとを比較してもあまり意味がないように思える。 (そのことには丸谷氏はいっさいふれていない。)
64 ページ。
《文化庁の「国語に関する世論調査」といふものについての新聞記事
》
の話である。
「確信犯」の正しい意味は
《政治的・宗教的などの信念に基づいて正しいと信じてなされる行為・
犯罪またはその行為を行う人
》だが、それを
《悪いことであると分かっていながらなされる行為・
犯罪またはその行為を行う人
》と誤解している人が多い。
ところが、この調査の際の例文が
《「そんなことをするなんて確信犯だ」
》というものだったそうで、
それに対し
《でも、この例文だつたら、
「悪いことであると分かっていながらなされる行為・
犯罪またはその行為を行う人」といふ意味にぴつたりぢやないですか
》
と書かれているのだが、私には、
“この例文では「そんなこと」の内容がわからないから、
この例文の「確信犯」の用法が正しいのかどうかまったくわからない”
としか言いようがない。
そこでわたしは、「確信犯」といふ言葉を入れた模範的な例文をつくつてきました。
「ワイセツ文書頒布者の中には、かなりの数、確信犯的な人がゐる。 ただし、この確信犯は愉快犯的な傾向を持つ」かういふ例文なら、 「政治的・宗教的などの信念に基づいて正しいと信じてなされる行為・ 犯罪またはその行為を行う人」といふ意味にぴつたりでせう。
この例文の「確信犯」の使い方が正しいかどうかは、 読み手が「ワイセツ文書頒布者」 がどう考えてワイセツ文書頒布を行なっていると考えているかに依存する。 正しいと信じてやっている人が多いと考えていればこの用法は正しいことになるし、 悪いことだとわかってやっている人が多いと思えば間違いとなる。
愉快犯うんぬんはこの例文の意味をはっきりさせるものではない。
その定義は広辞苑第五版によれば
「世間を騒がせてそれを楽しむ犯罪。また、その犯人
」
なので、
正しい意味での確信犯であるかどうかとも、
誤った意味での確信犯であるかどうかとも無関係である。
別の言い方をすれば、この例文が正しいかどうかは 「ワイセツ文書頒布者」という部分に依存する。 ここを、別の犯罪を行なう者、例えば「万引き犯」に置き換えれば、 正しいかどうかが変わってくる可能性がある。 そういう例文が「模範的」とは私には思えない。 読み手の世界観・価値観などに依存してしまうからである。
私は、万引き犯の中には“自分は犯罪行為を行なっている” という感覚が気持ちよくて犯罪をくり返している者がいると読んだことがある。 「ワイセツ文書頒布者」を「万引き犯」と置き換えた場合、 「確信犯」を「悪いことであると分かっていながらなされる行為うんぬん」 という間違った意味で理解していれば、 この例文は正しくなってしまうのである。 同様に、『ワイセツ文書頒布者は“自分は犯罪行為を行なっている” という感覚が気持ちよくて頒布しているんだ』と思っている人がいれば、 「確信犯」を間違った意味で理解していても、 この例文は正しくなってしまう。
上の引用部分のあとには次が続く。
たとへば野坂昭如さんが、 「面白半分」といふ雑誌の編集長として、 伝永井荷風作の『四畳半襖の下張』を掲載した。 そのときに彼は確信犯にしてかつ愉快犯だつたんです。 わたしはあの裁判の特別弁護人でしたから、 よく知つてゐます(笑)。
丸谷氏はこの例を知っていて、 だから上の例文が「模範的」と思うのかも知れないが、 上の例文だけを読む人には「野坂昭如」も「四畳半襖の下張」もないのである。 ワイセツ文書頒布者で、 正しい意味での確信犯にして愉快犯の者がいたとしても、 上の例文で「確信犯」が正しい意味で使われているかどうかはわからないのである。
そう言えば、「日本語があぶない」の 36 ページに次のような箇所があった。
今週の「ニューズウィーク」では、ブッシュ大統領の台詞として、 「試合の前半は見たけど、ハーフタイムショーは見なかったんだ。 翌日の仕事の準備をして寝てしまったからね。 ぜひ詳しく聞かせてほしいな」とあつて、 「全米プロフットボールリーグ、スーパーボウルのハーフタイムショーで、 歌手のジャネット・ ジャクソンが右の胸を露出したシーンを見損なったと記者団に語って」 と注がついてゐます。 これだけで、十分にニヤニヤすることができるでせう。
これでニヤニヤできるには、 ブッシュ大統領が男性であって、 ジャネット・ジャクソンが成人女性であることを知らなければならないだろう。 自分はそういうことは全部知っている、 だから読者も知っているだろう、と考えているのだろうか。
さて。
これと「日本語があぶない」とを合わせて読んで、ふと、こんなことを考えた。 「丸谷氏のような人が幕末に教育を受け、そして明治の文明開化を迎えたとして、 欧米語の漢字による訳語が理解できただろうか?」
例えば、「哲学」という語を見たとする。 意味を知ろうとせず、 「語感」や「なんとなく」で考えれば「さといまなび」というだけである。 これでは philosophy の真の意味はわかるまい。
付)
65 ページには
「そんなことをするなんて確信犯だ
」という例文に関連して
《今までわたし以外に、
この例文がミスリードする例文でよろしくないといふことを指摘した人は誰もゐないはずです。
すくなくともわたしはまだ読んでゐない
》。
この二つの文章の意味することはまるで違う。
よく、この二つを「すくなくとも」でつなげるものだと思う。
2004-08-15 (0) 19:17:36 +0900