石持浅海 10

心臓と左手

座間味くんの推理

2007/12/23

 石持浅海さんの今年3冊目の連作短編集である。『人柱はミイラと出会う』は、石持浅海さんがデビュー以来こだわってきたクローズド・サークルからの脱却という点で注目された作品集であった。今回もまた、クローズド・サークルではない…とは言い切れないか。

 本作は『Rがつく月には気をつけよう』とほぼ同時期に刊行されたが、対照的な内容の作品集になっている。唯一共通しているのは、探偵役の人物造形。

 『月の扉』における沖縄でのハイジャック事件から時は流れ、事件を通じて知り合った民間人の通称「座間味くん」と、警視庁の大迫警視が、偶然新宿の大型書店で再会した。酒を酌み交わしながら、大迫は座間味くんに風変わりな事件について語るのだが…。

 再会して以降、大迫警視は度々座間味くんを飲みに誘い、事件について語る。すると座間味君は伝聞のみから事件の裏の真相を読み解く。伝聞のみから解釈を示す、「安楽椅子探偵もの」である。座間味くんの洞察力は前作にも増して鋭い。何もかも見透かされそうで、ちょっと友人にはしたくないタイプかもしれない。でも結婚して子供もいる。

 過激派だの新興宗教だの、徹底的に「非日常」の事件を描いた作品集である。各編とも長編ネタに十分使えるし、ある種のクローズド・サークルを形成していると言える。得意の議論の応酬にも持ち込める。贅沢にも短編にしてしまった石持浅海おそるべし。

 表題作「心臓と左手」が特にいい。本格ミステリのお約束である死体の切断に、本編ほど必然性がある作品はなかなか見当たらない。うまくいくのかという気もするが、確認するわけにはいかないし。沖縄の立場を巧みに織り込んだ「沖縄心中」にも唸らされる。

 ラストの「再会」は『月の扉』の後日談であり、これが収録されていなければ続編とは言えないだろう。ハイジャック事件はある乗客の人生を狂わせた。事件解決の立役者と言える座間味くんだが、単なる嫌な奴じゃないか。しかし、本作は優れた作品集には違いない。



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