海堂 尊 09 | ||
ジーン・ワルツ |
『マドンナ・ヴェルデ』より先に読んでおくべきだった。かつて海堂尊さんは、『ナイチンゲールの沈黙』と『ジェネラル・ルージュの凱旋』という同時進行の別の事件を描いたが、本作『ジーン・ワルツ』と『マドンナ・ヴェルデ』は、同じ物語を別視点で描いている。
顕微鏡下体外受精の専門家である帝華大学医学部の曾根崎理恵助教は、閉院間近のマリアクリニックで5人の妊婦を診ていた。最後の患者である5人は、それぞれに深刻な事情を抱えていた。当然、その中にはみどりやユミがいるわけである。
『マドンナ・ヴェルデ』の感想に、理恵ほど共感できない医師はいないと書いた。本作を読み終えて、共感できない部分は残るが見方は変わった。少なくとも、医療の崩壊、特に産科医療の崩壊に対する、理恵の強い危機感や使命感は本物だ。
国立大学の独立行政法人化に伴い、医師の派遣を打ち切られ、縮小や閉鎖に追い込まれる地方の公立病院。我が岩手県も然り。もはや地方で出産するのは難しくなっている。理恵の口を介して、舌鋒鋭い医療行政批判、司法批判が展開される。直属上司の清川准教授も、ボスの屋敷教授も、クール・ウィッチの相手ではない。
一方、患者に接する理恵の姿勢は、あくまで理知的ながら実に真摯だ。それだけに、『マドンナ・ヴェルデ』における悪魔的な理恵との対照性が際立つ。目的のためには手段を選ばないクール・ウィッチだが、根底には捨て去れない感情がある。そして、ゲーム理論の研究者である夫の伸一郎にも、譲れない一線がある。
マリアクリニックでの最後の大仕事を終え、感動的に終わるかと思ったら…やっぱり理恵は悪魔だった。帝華大に、医療行政に宣戦布告した理恵。理恵が100%正しいとは言えないが、医療行政に一石を投じる行為なのは確かだし、行く末が気になる。理恵の戦いはこれから始まる。再登場の可能性は高いのではないか。
なお、マリアクリニックが閉鎖に追い込まれた一因は、別の作品に描かれたある事件である。いずれこちらの顛末も書いてくれるんですよね、海堂先生。