北村 薫 33


元気でいてよ、R2-D2。


2009/08/30

 北村薫さんの新刊は、陰のある短編集なのだという。要するに、北村作品としてはブラックな結末なのか。そうした作品は、『紙魚家崩壊』や『1950年のバックトス』などで例がないことはないが、一冊丸々ブラックな作品となると初めてである。

 「マスカット・グリーン」。北村先生がそのようなテーマに挑むとは。しかし、そこは北村先生、あくまで描写は端正である。だが、オチは優しいような悪趣味なような。本作品集が生まれるきっかけになったという「腹中の恐怖」。まえがきで北村さん自ら警告しているが、どんな警告かはネタばれになる。まえがきを最初に読むべきか否か。

 続く2編はオフィスもの(?)。「微塵隠れのあっこちゃん」は、陰があるのは確かだが、広告代理店の男のわかりやすいキャラクターの方が印象深い。男の読者としては、「三つ、惚れられ」における女の戦いと自尊心に苦笑するしかない。こんな話をリアルに書ける男性作家は、元覆面作家の北村さんくらいだろう。

 あの時の悪夢がよみがえる「よいしょ、よいしょ」。まさかこんな形で…。今ではまず考えられないが、大らかな時代だったのねえ。切れ味抜群な本作の一押しの1編。表題作「元気でいてよ、R2-D2。」は、まえがきにある通り、唯一しんみりとする本来の北村さんらしい1編。R2-D2って何のことかと思ったら…。その発想力に脱帽。

 「さりさりさり」。北村先生がこのようなシチュエーションを。しかし、そこは北村先生、あくまで描写は端正である。だが、オチは…。ラストを飾る「ざくろ」は、やや難解か。作中に出てくるギリシア神話が興味深い。ざくろって美味しそうには見えないよね。

 全体的には期待したほど(何を?)でもなく、やっぱり北村作品だなあという作品集である。従来のファンもご安心あれ。意外性やインパクトでは、黒坂木と称された坂木司さんの短編集『短劇』の方がはるかに上だろう。しかし、非情になり切れず、決して一線を越えないところが、北村薫の北村薫たる所以なのかもしれない。



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