北村 薫 29 | ||
1950年のバックトス |
昨年夏に刊行されていた短編集を今頃読んでみた。今回は収録作品数が23編もある。最も長いものでも20p程度で、ショートショートと呼ぶべき小品が多数ある。
『水に眠る』や『語り女たち』は、端正な文章で綴られ、僕が北村薫という作家に抱く印象を裏切らない作品集だったが、それが裏切られたのが『紙魚家崩壊』であった。従来の作風とユーモアを併存させ、まとまりはないが懐の深さを感じさせる作品集だ。
本作は『紙魚家崩壊』のようないい意味での裏切りはないが、限られた字数で物語を紡ぎだす、北村さんの手腕に改めて舌を巻く。特にショートショートが逸品揃いである。
序盤はホラーやサイコサスペンスタッチの作品が続くが、中でも落語調で語られる「真夜中のダッフルコート」が異彩を放つ。ブラックさに本作中唯一裏切りを感じる。
北村薫といえば恋愛話は外せない。熟年のほのかな恋から10代の甘酸っぱい恋まで何でもござれ。あの作品やこの作品も、倒錯した愛ということで含めてしまえ。「アモンチラードの指輪」が婚礼情報誌「ゼクシィ」に収録されたのは納得。
北村薫といえば家族の話も外せない。子の心、親の心が身に染みる。娘を送り出した親。親と離れて暮らす娘。お互い常に気にかかる。特に出色なのは「洒落小町」。いわゆるオヤジギャグを昇華させ、家族の物語と融合させるとは。「凱旋」の深さも捨て難い。
中高年にとって究極の贅沢はこれだ「昔町」。子供にとって究極の贅沢はこれだ「大きなチョコレート」。いずれも駄菓子屋に通った少年時代を思い出す。
表題作「1950年のバックトス」は、日本のスポーツ界の知られざる歴史を描く。難しい題材を料理する包丁さばきが冴える。「ほたてステーキと鰻」は、記憶に新しい『ひとがた流し』の後日談である。愛の物語にして家族の物語。『ひとがた流し』を読んでいないとわかりにくいのが難点だが、本作品集の最後を飾るのに相応しいと言える。