倉知 淳 02


過ぎ行く風はみどり色


2006/01/23

 猫丸先輩シリーズとしては唯一の長編であり、不可能犯罪に挑む正統的な本格作品である。これを最後に、シリーズは「日常の謎」的色合いを濃くしていく。

 方城成一は10年ぶりに実家へ帰ってきた。亡き妻への謝罪を望む祖父の兵馬が、叔父の直嗣が連れてきた霊媒師に入れ揚げてしまったという。一方、母はインチキを暴くべく正径大学の超心理学の研究者を招いていた。例によって無責任に面白がる猫丸先輩。

 霊媒師対科学者という何とも「らしい」シチュエーション。倉知さんは『占い師はお昼寝中』で霊感占い師を主人公に据えていたが、インチキを自認している辰寅叔父とは違い、どうやら本物(?)らしい。対する科学陣営だが、頭から超常現象を否定しているわけではない点が興味深い。誤解されやすいサイ研究者として、インチキは許せないというところか。

 ところが、成一が帰った日に兵馬は密室状況の離れで殺害されてしまう。研究者側が霊媒師に降霊会出席の許可を得た矢先のことだった。霊媒師は悪霊の仕業と主張する。かくて執り行われた降霊会で、第二の惨劇が発生してしまった…。

 ようやく猫丸先輩が登場するのは二つの事件の後。猫丸先輩は事前に成一から話を聞いているが、自身は現場を一切見ていない。猫丸先輩ならそれで十分。『推測』『空論』シリーズのような発想力こそ、猫丸先輩の真骨頂なのだ。実際、本作における猫丸先輩の推理は発想力に負うところが大きい。だが、それが本格として弱点にはなっていない。

 いつも云ってるだろう、物事一側面だけで捉えちゃいかんって―この台詞に、猫丸流推理の極意が集約されているのではないか。そう、多面的に捉えて初めて見えてくるものがある。人は見た目や印象に左右される。あらゆる先入観から解放された存在、それが猫丸先輩なのだ。真犯人を見抜いた背景に、日本的な心遣いがあるのも注目したい。

 凄惨な事件を扱いながら、終わってみれば何だか清涼感さえ漂うのが倉知さんらしい。タイトル通りに。そんな本作には、方城家の家族の物語という一面があることには触れておきたい。本作の鍵を握るある人物に、方城家に幸あれ。



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