京極夏彦 17


陰摩羅鬼の瑕


2003/08/18

 『塗仏の宴 宴の始末』から5年。ようやく、ようやく、ようやく刊行されたシリーズ最新作である。『姑獲鳥の夏』からは9年を経ているが、本作はあの夏から一年後という設定である。何とも密度の濃い一年間であることよ…。

 白樺湖畔にそびえる洋館―通称「鳥の館」では、主の五度目の婚礼を控えていた。過去の花嫁は、ことごとく婚礼初夜に命を奪われたという。花嫁を守るよう依頼されたのは探偵・榎木津礼二郎。ところが、榎木津が目を患い、補佐役(?)として急遽小説家・関口巽も館へ赴く。トラブルメーカー揃い踏みの中、当日を迎えた…。

 この厚さ。この雰囲気。これだよこれ! 全国の京極中毒者が待ち望んでいたのは! と、読み終えたシリーズ最新作。関口の鬱ぶり、榎木津の暴走ぶり、そして京極堂の弁舌などは相変わらずながら、既刊作品とはやや異質な点も感じられた。

 第一に、事件の真相を述べるだけならたったの一行で済んでしまう。過去の作品は複雑に事象が絡み合い、事件の全容を語るにはそれなりの分量を要したが、本作は呆れるほどにシンプルだ。それだけに、こんなのありかい? と思わないでもない。

 第二に、既刊作品に感じた展開のスピード感が本作には感じられない。舞台はほぼ一貫して「鳥の館」。婚礼当日まで引っ張る引っ張る引っ張る。そして真相がこれ。このために、このためだけに、約750pが費やされるのだ。

 だが、そこが京極小説の京極小説たる所以である。どうしてもこのページ数が必要なのだ。事件そのものより、真相より、そこに至る背景こそが本作の読みどころ。そのプロセスはやはり京極堂シリーズそのものだ。納得できるかどうかは別として…だが。

 レギュラー陣顔負けの濃い人物のオンパレードには苦笑する。公家の家柄ってのはこんなもんか。あまりに濃すぎて、初心者にはお薦めできない。そして「鳥の館」。シリーズ中最も映像化困難な舞台だろう。何しろここには古今東西の…。

 いやはや、呆れた驚いた一作だが、関口君が本格的に復活(?)したことは何よりである。そしてシリーズはまだ続くようだ。なお、『今昔続百鬼―雲』に収録の「古庫裏婆」に登場した伊庭元刑事が再登場しているが、読んでいなくても特に支障はない。



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