森 雅裕 10
	あした、カルメン通りで

　「プリマ・ドンナ尋深」シリーズ第二弾。前作『椿姫を見ませんか』とは趣向が変わっており、殺人事件は起きない。

　大学卒業後、イタリアに渡っていた尋深が"カルメン"公演のために札幌に降り立った。北海道大学の講師となった音彦との三年ぶりの再開である。大歌手マリア・カラスの最後の公演の地である札幌で、彼女の遺品である金の十字架が奪われた。

　マリア・カラスは実在の人物であり、彼女が1974年11月11日の札幌で音楽活動を終えたというのも事実である。つい最近まで存命していた人物の不可解な死という題材は思い切った選択と言える。『モーツァルトは子守唄を歌わない』のように歴史上の人物ではない。彼女を記憶に留める人々がまだいるのだ。もちろんファンも。

　マリア・カラスを知らない僕にとっては全編がフィクションも同然だが、執筆には慎重を期しただろう。ベートーヴェンくらい遠い過去の人物だったら、研究者の間でもある程度のコンセンサスが出来上がっていると思う。最近まで存命していた大歌手となると、情報が豊富すぎてかえって錯綜していることは想像に難くない。こちらを立てればあちらが立たず、だ。

　ビゼーの幻の交響曲というエピソードは森雅裕さんのオリジナルなんだろう。全体として、フィクションにノンフィクションを絡めてうまくまとめたとは思う。無難にまとめたとも言うか。選んだテーマからして無理もないのだが、消化不良気味かなあ。喩えて言うなら、北村薫さんの『六の宮の姫君』のような。

　本作のメインは金の十字架に込められたマリア・カラスの死の謎にある。ミステリーなんだから謎がメインなのは当たり前だろうと言われそうだが、尋深と音彦のコンビがあまり前面に出ていないのが残念。二人の絶妙なトークバトルが相変わらず面白いだけに。

　前作の方が好きだな。とりあえず、残る一作『蝶々婦人に赤い靴』を読むか。