森 雅裕 11


歩くと星がこわれる


2005/08/21

 本作は、森雅裕さんの自伝的色合いが濃い恋愛小説なのだという。最初に言っておきたい。これは今どき流行らない恋愛小説だ。同時に、強く胸を打つ恋愛小説だ。

 『画狂人ラプソディ』や『椿姫を見ませんか』などにおける芸術、音楽。『マン島物語』におけるモータースポーツ。初期から中期までの作品を彩ったキーワードが、本作にはすべて詰め込まれている。そして何より、森雅裕作品といえば皮肉屋な登場人物たち。

 だが、本作を読み終えてようやくわかった。このように見方を変えることはできないだろうか。森雅裕さんが描く人物は、ただの皮肉屋ではなく、どこまでも不器用な人間なのだと。世間との折り合いをつけるのがあまりにも下手な人間なのだと。

 前半の舞台となるのは、『画狂人ラプソディ』に続いて東京芸大。紆余曲折を経て芸大に入学した、美術学部芸術学科所属の巽。音楽学部器楽科ピアノ専攻の令嬢、黎。この奇妙なカップルは、お互いに思わせぶりな態度に終始して読者をいらつかせる。

 巽は女性から見るとかなりひんしゅくを買うタイプに違いない。何度も決別を口にしながら、実はいつまでもうじうじと引きずっている。男性から見ると共感できるだろう。いつだって引きずるのは男。この僕もだ。一方の黎は、拘束を嫌いふわふわと自由奔放に振舞う。こういうタイプに男は弱い。タイプは違えども、不器用な点は共通している二人。

 青春と呼ぶには巽はずいぶん歳を食っている。それでもこれは大人の恋愛ではなく青臭い青春記だ。前半までで十分に作品になっているが、恋愛小説としてのクライマックスは後半にある。卒業後も相変わらず世渡り下手な巽は、かつて滞在したイタリアへ飛ぶ。

 前半とはがらっと変わり、急にモータースポーツの話になるので最初は面食らうが、ここモデナにも車に対してしか素直になれない不器用な人間たちがいた。芸大よりも巽の居場所として相応しい気がする。最後にこんな展開を用意するなんて、人が悪いぜ森さん。

 お薦めしたいのはやまやまだが、ご多分に漏れず絶版である。実は、本作は復刊ドットコムにて復刊交渉が進められている。出版社殿には度量の広いところを見せていただきたいものだ。多少の出版業界批判がどうした。これほどの作品を後世に残さないのか。



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