山口雅也 19


ステーションの奥の奥


2006/11/12

 428pは現時点でミステリーランド最長。初めてビニールカバーまで付けられた。本格ミステリ界の大御所にして曲者、山口雅也の作品だけに刊行がやや遅れて焦らされた。

 小学六年生の陽太は、吸血鬼に憧れていること以外は普通の小学生。作文に大真面目に「将来は吸血鬼になりたい」と書いた陽太は、陽太の家の屋根裏部屋に居候している叔父の夜之介に付き添われてカウンセリングを受けるはめに。そんな叔父と甥が、東京駅の大改築を知り、夏休みの自由研究のテーマに選んだ。取材のため東京ステーション・ホテルに泊まった二人は、深夜に東京駅探検を敢行したのだが…。

 『日本殺人事件』の宮部みゆきさんの解説を思い出す。宮部さん曰く、山口雅也は「剛速球には見えない剛速球を投げる投手」だという。そう、山口さんはあくまで正攻法に、フェアに勝負する作家である。ただし、必要とあらば作品が成立するための世界を緻密に作り上げる。『日本殺人事件』や『生ける屍の死』のように。

 丸の内側と八重洲側でまったく異なる顔を持つ東京駅は、意外と利用機会が少ない駅だ。だからたまに行くとどこから出るべきか迷うことが多い。そんな迷宮のごとく複雑な東京駅を舞台に選ぶとは、少年少女のわくわく感を刺激するツボを心得ている。

 「将来は吸血鬼」の少年と「将来は名探偵」の少女が事件に挑むが、この読書好きコンビでなければ事件の真相に肉薄できなかっただろう。また、山口さんご自身も述べているが、叔父と甥という設定がうまい。親には話せないことも話せる気軽さがある。

 前代未聞と言える密室トリック(?)と切断死体の謎。これは本作の世界においては「あり」なのである。東京駅の改築計画が実際とはかなり異なっていることもまた、作品世界の一部。いやあ愉快じゃないですか。これぞ山口流本格の真骨頂。本作は、少年少女が楽しめると同時に、かつて子どもだった読者の柔軟性が試される一作だ。

 営業を再開したら、東京ステーションホテルに泊まってみたいねえ。



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