TAKEKO [ホーム]


「母と娘のヨーロッパ見てある記」    「ベトナム北部400キロの旅」   「アメリカ滞在顛末記」

 2000年秋、インド北部旅の写真とエッセイ

杉山武子


旅の写真から(ブラウザの【戻る】ボタンでお戻り下さい)
風の宮殿
(ジャイプール)
マハラジャ家の住居シティー・パレス
(ジャイプール)
交差点から見た街角風景
(ジャイプール)
白く輝くタージ・マハル(アーグラー)
可愛い小学生達と
(タージ・マハル内)
大理石の柱の象眼装飾
(アーグラー城内)
そびえ立つクトゥブ・ミナール
(デリー)
フマユーン廟
(デリー)
ひと休みの荷車ひきのラクダ
(ラジャスターン州)
露店の賑わい
(アーグラーへの道中)
道路に放し飼いの聖なる牛
(アーグラー)
テキスタイルの店内
(ジャイプール)

<タイトルをクリックすると本1文へジャンプします>
カモがネギしょって歩く!健康で文化的な・・感動のタージ・マハル

[ カモがネギしょって歩く!]
 初めて1週間のインド旅行を体験した。デリーの 国際空港に着いた途端から、強烈な旅が始まった。 10億の人口を擁する国の空の玄関にしては、予想外にみすぼ らしいのに驚く。公衆電話を見つけて ホテルに迎えの車を頼む手はずだったのが、電話が通じない。 夫が2度かけても英語が通じない。まさか、なぜ?? と不安が走る。次の手として、空港には比較的安全な 政府系のプリぺードタクシーがあるとガイドブックには 書いてあるが、夜も9時過ぎで外は真っ暗。

 プリペイドタクシーのブースがどこにあるのか見つけられない うちに、数人の男達が寄ってきた。 自分のタクシーでホテルまで連れていくから、と頼みもしないのに 荷物を掴んで引っ張る。そら来た! 顔つきや服装からてんで信用でき ないから無視するが、どこまでもつきまとう。こういう場合、こちらの弱み につけ込んで、法外な料金を要求するとガイドブックに書いてある。

 警官を見つけて事情を話してもノウ・プロブレムの一言だけ。 グルなのか? 全く動きが取れず、打つ手もなく、夜も遅いので結局 25ドルの要求を 20ドルに交渉して下げさせ、客引きのタクシーに乗るはめ になった。悪質なタクシーにつかまると、勝手にインチキ旅行会社や 土産物屋に連れて行かれ、場合によっては強盗に早変わりすることもあるという。

 相手の運転手にホテルへ直行する事を誓うか、と念には念を入れて 約束させ、タクシーに乗り込む。夫と一緒でもこの調子だから、女性の 一人旅はよほどの覚悟がいるだろう。翌日空港から目的のホテルまで8ドル くらいが相当料金と分かって、悔しいがあとの祭り。

 彼らはだいたい3〜4倍の料金を要求していると考えていい。 ぼられないためには「高い」「下げろ」と相手に負けないくらいの大声で 値交渉し、絶対彼らの言う要求をのまないことだ。私は騙されないんだぞ、 という強い態度に出ないといけない。20ドルはその授業料になったわけだ。

 交渉が苦手な日本人はつい相手の言うままにお金を 払うケースが多いらしい。彼らにとって旅行者(特に 日本人?)など、まさにカモがネギをしょって歩いている ようなものだろう。値切ってもかなり高い料金を払ったことが あとで分かったりして、何度も悔しい思いをした。

 土産物売り(ほとんど大人の男性)のしつこさにも辟易したが、 かたや信号待ちしている車の窓をたたいて物乞いする子供達や、 テントや路上で生活する家族を移動中に見るにつけ、 この国の印象を一口で言うのは難しいと感じた。極端な 貧富の差はカーストなど種々の身分制度や宗教に由来していると思われるが、 旅の総括をする前に、それも少し勉強してみたいと思う。

 旅行者にタカる彼らも、冗談も通じるし根は悪い人では ないことがだんだんわかってきた。それだけ生活が 厳しいことの反映なのだろう。ふっかけて取ることに何の 罪も感じていないらしい。払う方が悪いのだから。

 自分で思ったように物事が運ばない、時間もルーズ。 お金を使う前には、時には喧嘩腰の交渉が欠かせない。とにかく インド旅行は日本人の感覚では疲れることが多すぎる。 インドの旅を楽しむには、何が起きてもそれを楽しむくらいの気持の 余裕と時間の余裕に加え、猛暑に耐える体力と、値交渉を厭わない しぶとさと、自分の意見を主張する負けん気の強さが必要だ。それが 今回のインドの旅で得た教訓だ。(10/25/2000)
[ホームへ戻る] [上へ戻る]


[ 健康で文化的な・・]
  インドを旅している間、私は日本国憲法第25条の