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エスパーニャ道中記 こぼれ話
Vol.1
(第1話 〜5話)

                                第1話  シェスタ

 スペイン人の一日の生活の中に、シェスタと呼ばれる時間帯があります。日本語にすると昼寝ですが、単に昼寝というよりもイギリスのティータイムのように、すっかり生活習慣としてスペイン社会に定着しています。午後の1時過ぎから4時頃までデパートや飲食店を除いて、ほとんどの商店や銀行、オフィスはシャッターを降ろしてしまいます。役所や学校も例外ではなく、子供達は一旦、昼食をとりに家に戻り、3時頃再び学校に出掛けます。都会といっても日本のように通勤時間に1時間も2時間もかけるということはありませんので、ほとんどの人は昼食とシェスタのために、家に戻ります。ですからスペインの都会ではラッシュアワーが1日に3回あるといわれています。何故4回ではなく3回なのかというと、最後の帰宅時間は職種によってマチマチなのと、家に帰る前にバルでちょっと1パイひっかけてという習慣もあるからです。
 最初の旅行の時は、このシェスタの習慣を知らず、だいぶまごつきました。それで今回の旅行では宿を町の中心にとり我々もシェスタをとるようにしました。こうしないとスペインの夜は長くて体が持たないのです。(ヨーロッパ内は時差を設けず、共通の時間を使っているので最西端に位置するスペインでは、真夏だと夜の9時頃でも、まだ明るいのです。)
 このシェスタという習慣は、てっきりスペインやイタリアなど主に南ヨーロッパが発祥と思っていたところ司馬遼太郎氏の「街道をゆく」のなかで「昼寝の風習の領域は、東南アジアから中国、日本(夏期)にいたるまで、まことに広大である。スペイン人が東南アジアにきてこの風習を知り、みずからもそれになじみ、シェスタとよび、やがて世界語になった。」という文を読んでビックリしました。
 最近、この「シェスタの習慣がヨーロッパの田舎と呼ばれるような経済の立ち遅れをまねいている。」とシェスタ廃止の動きもあるようですが、生活をエンジョイすることに情熱的なスペイン人が、経済の発展性のために、そうたやすく自分達の生活習慣を変えるとは思えません。

                                第2話  バル(Bar)

 Bar、英語読みするとバーですが、日本のバーとは大分、雰囲気が異なり、スペインのバルは、もっと喫茶店に近い感じがします。喫茶店というと「カフェテリア」というのがありますが、酒飲み天国のスペインでは、カフェテリアでもアルコールを出しますから、両者の区別はあまりはっきりしません。しいていうならば、カフェテリアは、椅子席が多く、ケーキなどのお菓子類がおいてあり、バルはカウンターが中心で、タパスと呼ばれるつまみ類が、日本の小料理店のようにカウンターの上に並べられているといったところでしょうか。
 椅子席があっても、みんなカウンターのまわりで、それも立ったまま、朝はクロワッサンとカフェ・コン・レーチェというミルクコーヒーや、チューロ(ドーナツのような揚げパン)にチョコラテ(どろっとしたチョコレート)をつけて食べたり、昼はボカディージョ(フランスパンにハムやチーズ等をはさんだもの、そして夕方はビーノ(ワイン)、セルベッサ(ビール)などを飲みながら、おしゃべりをして出ていきます。1ヵ所に腰をすえて飲むというのではなく、一軒の店で1、2杯ひっかけたら、次の店で、また別の仲間とおしゃべりをするといったような、はしご酒の習慣があるようです。
 このバルはスペイン中どんな田舎に行っても1軒や2軒は必ずあって町の人達の社交の場になっています。マドリーなどの都会では、昼間から女性の姿もみかけますが、田舎へ行けばいくほど昼間バルにいるのは男性だけ。アジャリスという村では、昼食後は男性だけで、バルでトランプをする習慣が、いまも残っていると聞きました。
 そして夕方になると家族そろって、お馴染みのバルに出かけ、夕食前のひと時、おしゃべりやトランプをして時を過ごします。
 バルではコーヒーが1杯50円から80円(昭和61年当時)、ビーノは30円から50円、セルベッサは100円程度と日本に比べるとうんと安いので我々は一日のうちに何度も利用しました。タパスにはイカやエビ、イワシなどを揚げたものがあります。たいていビーノやセルベッサをたのむと、小皿にオリーブやイワシなどをつけてくれますが、2度3度と同じ店に顔を出すと、つまみの量が多くなったり、カマレロ(ウエーター)と仲良くなると、時には彼のおごりのビーノやセルベッサが出てくることもあります。
 いったいにスペイン人は人におごることが好きな人種のようです。今日もまたスペインの各地のバルでおごったり、おごられたりと陽気な彼らの生活風景が展開されていることでしょう。

                            第3話  レバハス(Rebajas)

 スペインでは、クリスマスのあとの1月と、夏のバカシオネス(バケーション)前の7月に、いっせいに、レバハスとよばれるバーゲンセールが行われます。(スペインでは、この時期にしかバーゲンセールは行われません−最近は変わっているかもしれません)なにしろ30%とか50%、なかには90%引きなどというのもあるのですから、普段ウィンドーショッピングで自分の欲しいものを見定めておき、このレバハスの時期にお目当てのものを買うというのがスペインでは賢い主婦の買い物のようです。
 7月にマドリーの北にあるレオンという町に行った時のことです。夕食後、ブラブラと町を散策していると、ある靴屋さんのショーウィンドーに1000ペセタ(当時、約1000円)の商札がついている牛皮製のショートブーツを見つけました。
 実は、翌朝、一番の列車で次の町に行く予定にしていたのですが、早速、午後の便に予定を変更、翌日、店の開く時間をみはからって、めざす靴屋にむかいました。
 店に入るやいなや、店員の男性に「本当に、コレ1000ペセタですか?本物の牛皮ですよね!」と念を押し、色違いのを2足買いこみました。おかげで、それから1ヶ月というもの背中にリュック、両手に紙袋というなんとも不様な姿の旅が続きました。
 しかし、これに味をしめた私は各地で、レバハスの札のかかっている店を見つけては、夫の皮のネクタイ300ペセタ、ズボン500ペセタ、パンタロンスーツ1500ペセタと買いまくり、そのたびに両手の荷物はますます増えてゆき、私の格好もますます哀れな姿になっていきました。
 帰国後、カカトの減ったこのブーツを修理に持っていったところ、カカトを貼り替えるだけで1300円と言われ私は、思わず叫んでしまいました。「ウソッー!この靴、1000円で買ったのに!」

                        第4話  バカ コン アホ(Vaka con Ajo)

 バカ コン アホ。日本人に面とむかって言ったら怒られてしまいそうなこの言葉。実は、日本語に訳すと「牛肉のニンニク添え」という意味になります。つまりバカは雌牛、アホはニンニクのことです。
 スペインは牧畜が盛んで、各地で牛飼いや牛の放牧をみかけます。牛肉も日本に比べるとずっと安いので500円程度の定食でもメインディッシュにステーキが出てくることがよくあります。我々が拠点としていたマドリーの日本人経営の宿にいた黒猫のアラレちゃんは、毎日、牛のヒレ肉を軽くボイルしたものにカツオブシをかけたものを食べていました。
 風車とドン・キホーテの舞台ラ・マンチャ地方のカンポ・デ・クリプターナという村で知り合った小学生の男の子に、日本語を教えてくれといわれ、バカの日本語の意味を教えると、大笑いをして「スペインでバカといったらママのような女の人のことを言うんだよ」と、自分の母親を指差しました。なるほどスペインのお母さんは方は、ブタ(スペイン語でブタのことはセルドといいます)というより牛と言った方がピッタリというたくましい女性が多いですものね。(失礼!)ちなみにスペイン語で馬鹿(バカ)はトント(男)、トンタ(女)と言います。(ですから我家の店名「カサ・デ・トンタ」を日本語に訳すと「馬鹿女の家」といったところでしょうか)
 ある日、我々がマドリーのソル広場付近をあるいていた時のことです。前を歩いていた男の子が、工事用の鉄板につまづいて大きな悲鳴をあげました。次の瞬間、男の子の前を歩いていたお母さんが振り向きざま、彼の頭をおもいきりひっぱたき「トント イーホ!(バカ息子!)と叫びました。あっけにとられた我々はしばらくして、お互い顔を見合わせて大笑い。それからというもの亭主は、私が何かドジをするたびに面白がって叫びました。「このトンタ ムヘール!」(バカ女房!)

     第5話  ケ エス エル ママ(Que es el Mama?:本当はQueの前に?を逆にしたマークがつきます)

 前回、“トンタ ムヘール(バカ女房)”を御紹介したところ、知り合いの奥様から「亭主の方はなんというのですか?」という質問を受けましたので、片手落ちにならないよう男性の方もお教えしましょう。トンタ ムヘールに対し男性は“トント オンブレ(バカ亭主)”といいます。正確に言いますとムヘールは女、オンブレは男ですが、御主人が奥さんを紹介する時“ミィ ムヘール”と表現するのをよく聞きました。(ただ“ミィ オンブレ”というのは聞いたことがありません)オンブレは男という意味のほか英語のマンと同じように人間という意味でも使われるようです。
 夫と妻という単語にはエスポーソ、エスポーサというのがあります。面白いことに、この妻に該当するエスポーサの複数形エスポーサスを辞書で引いてみると“手錠”と書かれてありました。洋の東西を問わず御主人は奥さんのことを、そのように感じているのでしょうか。
 以上のことでおわかりと思いますが、スペイン語の名詞は、すべて男性と女性とに分れています。そして、それに付く冠詞や形容詞も男性形と女性形があります。これは我々がスペイン語を学ぶ際にとても苦労させられたところです。
 我々がマドリーでスペイン語の学校に通っていたときのお話。我々のクラスに途中から日本の男性が一人加わりました。我々は東京にいる時、スペイン語を少しばかり習っていましたが彼は初めてということでした。ある日「私はローマに行きます」という会話を練習していた時のこと、「何をしにローマに行きますか?」という先生の質問に対し、前の人が「エル パパに会いに」と答えました。次に彼の番になり彼が「エル ママに会いに」と答えたとたん外国人の生徒たちは大笑い。日頃、生徒たちのトンチンカンな答えにも決して笑うことなく、やさしく間違いを直してくれる女性教師のメルセデス(我々はその名前から、彼女のことをベンツちゃんと呼んでいました)も、この時ばかりはおなかをかかえて笑いながら苦しそうに「ケ エス エル ママ?(エル ママって何?)」と言いました。
 彼の答えの中に間違いが2つあります。1つはママは女性形ですからそれに付く定冠詞は“エル”ではなく“ラ”にしなければなりません。しかし、これはそれほど、たいした誤りではありません。問題は彼が“エル パパ”を父親の意味と思い「お母さんに会いに」のつもりで“エル ママ”と言ったことにあります。パパ、ママという表現は幼児語(正しくはパドレ、マドレ)ですがこのパパにエルをつけると“ローマ法王”のことを意味します。スペイン人のほとんどがカソリックの信者といわれています。他のヨーロッパ人の生徒たちはそのことを、よく知っていたのでしょうが、我々日本人にはすぐに反応できない出来事でした。