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特集
寝屋川まつり全3編 
 【1.花 灯】【2.寝屋川まつり一年後】【3.三度目の「寝屋川まつり】       

詩歌集夢現 第3集 ★「夢幻 (P57〜P59より)         

   『花 灯』はなび          
       
(平成10年8月30日)                                         
 ”鈴虫は ガラスの羽根の 拍子木を 
叩いて招く 寝屋川まつり
"
               
    
「ルルルリーン・ルルルリーン」                    
 二学期も間近の、(平成十年)八月三十日「寝屋川まつり」の会場入口辺りでは、鈴虫達がガラスの拍子木を叩いて私達を招き入れていた。
中に入って早小学3年生(当時)の甥子(私の亡妹の次男)は出店のイカ焼きを食べたり、
ポケモン掬いや、くじ引き等に興じた。
 側で、盆踊りの音楽が、輪を描いていた。
 夕陽が、淡く雲間をかすめて、急に暮れた。          

 あの、明る過ぎる空間は、何処だろう?                 
打ち上げ花火を待つ迄の歌謡ショーの処から反対側に、私の視線は吸い寄せられていた。鈴虫の音色でくるまれた様に、その灯群れの夜店は、
川面に浮かぶ三階層の船が揺れている様に見えた。
 人の流れは、下の一次元から二階層の二次元へ、まるでエスカレーターの川の侭に流れている様で、叉同じく三階層の三次元の人も、その階を、流れている様であった。             
 此の辺りから見ていると、「人」は、皆「影」の様に同じ故、三次元から
二次元へ、一次元から二次元へと、循環良く「一つの法則」の様に、巡っている 
。現在の、私自身が果たして何次元に在るものやら、
「過去」「現在」「未来」
全てに在る様な、魂の浮遊を感じていた。               
 その光の看板には
「ベビーカステラ」「綿菓子」「くじ引き」等々の文字が見える…… 

ベビーカステラ
────あの明光が、近づいて来る。………   
 「ゴトン、ゴトン、ゴトン」時刻を刻む様な枕木の音を軋らせ、それはまるで
「銀河鉄道の夜」を超えて休む事なく走っている列車から順番に抛り出され て「現在の時代」に降り立った。                     
 「ルルルリーン」                           
 深秋の十月、鈴虫が唱って呉れていたと、思います。私が産まれた朝………
安らかに、眠った侭だったのに、若い産婆さんだったから、
私は逆さにお尻を叩かれ、水に浸けられ、可哀相に「生まれた」そうです。  
でも、目覚めたのは産婆さんのせいだけではありません。          
「ルルルリーン」その聲に、惹かれたからです、そう思っています。     

綿菓子
───子供の頃の夜店、そう現在みたいに、夜がこんなに明るく無かった頃の闇の中に、光の連なりが、大きく輪を描いていた。そう言えば、小さいけれど、 何処よりも美味しいあんドーナッツ(その頃は、フライ饅頭と言っていた)の店があった。舟の船頭さんみたいに、リズムに乗って衣にアンコを丸めて行く職人さんの、そのリズミカルな姿によく見入ったっけ………口の中に入れると、美味しさが躍った。テレビは、未だ無かったけど、以後テレビででも見た事は無い。それに匂い付きだもん。あの夜店……何次元かの華やかなりし頃の夜店………あの明るい灯もだんだん薄れてゆき、あれ以来、あんな美味しいあんドーナッツとも、それっきり………。   

 もう四十年も前の、現在の甥子と変わらない、十才頃の事。         
あのおじさん、どうしてるんだろう?あのリズム、今でも思い出せる。                      
 三段目、左端の階段の処が、仄かに見える。人の流れは、其処から初まり、 其処へ下りて行く様だ。頂度、明るい舞台から闇へ下りる、現前の歌謡ショーの此の人達の様に。………   

 そして、待望の打ち上げ花火を観る為、その夜店寄りの池の方に場所を移動 した。その場所からは、人々の輪郭もはっきり見え、「現在の夜店」になっていた。    

 「ドドーン!」                 
 夏の終わりの合図の様な、号音と共に星の無い真っ黒な空を画用紙にして、 
打ち上げ花火が色彩を滲ませて行く。しかし、大きな音の割りには、小振りな 花火群であった。………
やがて、花火の星灯りもすっかり消え、何もなかったかの様に
、すっかり………黒い緞帳が、降りた───               
 池に目を落とすと、水面にはあの
「夜店の灯」が、揺れていた。      
    
 
「ルルルリーン」                       
 今度は、出口だけになってしまった同じ辺りで、変わらぬ鈴虫達が
「祭り」 の終りを、「夏」の終りの幕引きを、地底に高らかに響かせていた。 
それは、身体全部が透き徹って行く様な、
最上級の
「レクイエム」であった
「花火、綺麗かった………」                      
 帰路の途、鈴虫の音色と合奏する様な聲で、甥子が言った。        
さっきの
「夜店の灯」が、鮮やかに蘇る。……              
 ────
四十年後とともに─────                  
……
 
<ベビーカステラ> の頃から  いつか<綿菓子>の  
 雲の夢を 食べ終え  「当たり」か 「外れ」しかない  
「くじ引き
」 の様な それが、『人生』…… (了)☆ 
      

“我投稿 「ルルルルリーン」は  哀しい音色              
      「花灯」は消えて  「つながり」 ならず ”       


『「寝屋川まつり」一年後』                    (平成11年8月21日)    
 平成11年8月21日(土)午後四時過ぎに、家を出た。         
昨年は、宿題を皆目終えてなくて連れて行かなかった、中学二年生の甥子も
加わり、下の小学四年生の甥子、私とで「寝屋川まつり」へ、徒歩にて向かった 
。その道々の道路沿いの歩道には、夏の勢いと共に
夏草が、コンクリートの「 
壁」を裂いて、処々に噴生していた「元々は、私達の土だったのに………」 
慎ましやかな、そんな草々の聲なき聲が、見える。             
 整頓された様に、全然雑草の生えていない歩道もある。……        
…人間は、この「美しさ」に馴れてしまっていると、思った…………     
寂漠とした「美しさ」………                      
 
“「江戸の人」 おもいむく 「寝屋川まつり」”  
           
 
歩き、歩いて、ふと江戸時代の「人」を思い還しつつ五時前、やっと会場の 
打上緑地に着いた。昨年より早い時間帯だった為、入口辺り、今年は鈴虫でな 
く、蝉の木々の葉を揺する聲が、迎えて呉れた。              
 会場に入って、早速甥子二人はヨーヨー釣りや、スーパーボール掬い
、当てもん(くじ引き)をしたり、クレープやイカ焼き、おでん(関東煮は死語に成 
りたり)を、私も一緒に食べたりした。                  
 シルク(絹)を着た様な
、黄金色の夕焼けが、奥行のある輝きを「別次元」から放っていた。                         
 暮れた空の下、盆踊りの輪は途切れる事無く、今年も輪を描き、広い会場の中、三つのステージに、一方では人形劇、もう一方では、ロックバンド、此方では 
、今年は「歌謡ショー」ではなく、中国から来た上海の少女達の、舞踏、歌唱 
演奏(筝等)があった。                                     

「夜店の灯」は、変わりなく連なっていたが、「三階層の船」は、去年の
「寝屋川まつり」が終わった後「銀河鉄道」を追い駈け、「その夜」の中に
戻ってしまっていた。………立っている場所、日のズレ(去年は8月30日)
風の角度、そんな微妙な「ずれ」が写真のピンボケの様に、その夜は噛み
合わぬ侭、フィレーの花火になった。                        
  
”五線譜の レーザー光線 花火「音」”                  
BEET・MUSICに乗って、レーザー光線銃が池を、木を、夜店を、撃って行く。
時には、緑色の光線の
五線譜の上を、花火が弾丸の様な音符を、落とす。
花火は、去年と同じように、いやそれより小振りで、その夜を閉じた。                     
 
“寄附をして 「愛は地球を救うなり」 
     鈴虫貰い 「寝屋川まつり」” 
 
 会場を入った時、直ぐにTV「愛は地を救う」の募金場所が数ヶ所に在り、 
募金をしたら小さな箱に入った鈴虫の雄雌一匹ずつを貰った。        
 家に帰って飼育器に入れ、茄子やじゃこを与えると、雄が羽根を拡げて、
美しい音色を奏で始めた。                         
  
“冥界の 共鳴音なり むしの稟”                  
 今も目の前で、昨年の「寝屋川まつり」の時の様に、ガラスの拍子木を
叩いている。  
「ルルルルリーン」………                    
 鈴虫だけが祭りの収穫だった。去年見た、三次元「花灯」の「澄明」な灯群 
れは、鈴虫の透明な音色の「
原光」だった様に、思えてきます……      

 
“遥かなり 「自然界」へ 還る道                    郷愁の すむ 鈴虫すずの音色おといろ   (了)       


 三度目「寝屋川まつり」』
       (平成12年8月20日)       
  
毎年、「寝屋川まつり」が催される打上治水緑地を、先日車で通過した。あの各舞台、盆踊り、華々しい夜店の花灯、
そして、夥しい人の群れ………その水と緑の側を通り過ぎ乍ら、去年、一昨年の
「喧騒の絵巻物」が、拡げられては、
畳まれ、拡げられては、畳まれした。 
 本来の「自然」の姿に─── 
結局、「人間」は此の舞台の上で、その時代の中の、己の役回りを演じ切り、その聴衆だった「自然」が、最後を看取る───そんな想いが「通過」して行きました。………     

                                                               
 そして、現在、その「人の群れ」の中に在る……… 
三度目の「寝屋川まつり」も、甥子二人と共に行った。      
長い長い夜店の連なりの中、ベビーカステラを頬張り乍ら甥子と歩いた。
「金魚すくい」一回三百円。
たまにするもんやなぁ。             
 私が子供の頃、夜店は1,6,3,8(いちろくさんぱち)の日にあって、そのたんび金魚すくいしとった。一ヵ月に十六日として、今やったら、子供の小遣いだけではでけへんやろ。    
「夜店」も希少価値になったから、値打ちも上がったんやなァ。      
私には懐かしい、甥子には目新しい「鰻釣り」もあり、お好み焼きを買って、手品、漫才を見ながら舌鼓を打ちました。                 
  “暮れ染めき 寝屋川まつり 藍色の空”           2年前の、最高の夢幻夜、又その1年後、そして、今年と ……      
   “悲しみの海 底まで 沈めば そこはなし”        悲しみの深さも、感激の高さも、最低、最高だったと、気付いた時には、もう、そこにはその居場所はありません。                 
 今回は、歌謡ショーも、花火も見ずに帰路の途につきました… 
“鈴虫も 寝屋川まつり おとなしや 収穫は ただ 藍色の空 ”
                            (了) 
詩歌集「夢幻」について

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