Remaking 3-2
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[ Remaking & Repair Report ] V-2

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かの有名なロケット工学・物理学者である
糸川英夫博士制作・3号機のリメイク 2ページ目

V-1  入手の経緯 1ページ目
 現状の所見
 気になる細部
 博士の独自性
V-2 ◇ 手はじめに - 現状チェック
◇ 蓋を開けて - バスバー
◇ バスバーについての追記 -  形や削り、木の使い方
◇ 重心についての追記
◇ グラデュエイション - 板厚について
V-3 ◇ 元のグラデュエイション 他 

   ◇ 手はじめに    − 現状チェック

仕事が一段落し、ぼちぼちリメイクに手をつけはじめました。 (04.2.20)

とはいっても、適当にいじくり回わすのは本意ではありませんから、 「現状の状態と音色」をしっかり確かめるため、表面をきれいにクリーニングしたり新しい弦を張って、とりあえず弾ける状態にいたしました。 駒や糸巻きなど、パーツの交換は一切しておりません。

弦だけを、昔のスチール弦だったものから、現在、プロも使っているというオーストリア製のナイロン・コアー (芯が特殊なナイロンで、アルミを巻いてある)トマスティーク社の「ドミナント」にしました。 スチール弦より、ナイロン弦の方が、ずっと昔からヴァイオリン用として愛用されている ガット弦(羊の腸の繊維でつくられている)に近く、柔らかく、巾のある音色になります。

魂柱(中に立ててある直径6mm・長さ5cmほどの柱)の位置と長さも、ちょっと合っていなかったので これは、とりあえず標準の長さと位置に立て直し、調整しました。

さて、ギターなどでは、響板から緒止め(テールピース)が引っ張られて剥がれてしまうことがあったり 長いネックや指板がたわんだりしないように、使ったら必ず弦は2、3周、ゆるめておきます。 ところが、ヴァイオリンは弦を張りっぱなしにしておき、楽器には、常に弦のテンションがかかっている状態にしておきます。 つまり、力学的には一定の緊張を与え続けておくわけです。

ちょうど、競争するランナーたちを、常にスタート位置「よーぃ!」の状態にしておき、 「ドン」の合図でいつでも走り出せるような、そんな緊張感を楽器に与えておくのです。そんな状態ですから、馬の尻尾の毛でこするだけで、 あの大きなボディのギターよりずっと大きな音が出るわけです。
そうした意味では、本器はここで私によって永い休眠からたたき起こされ、スタートラインに並ばされたようなもの。 昨晩、弦をはり、今日、十分、試し弾きしました。 所見としていろいろ前述しましたが、古いもののせいか、つくりの外見より、 また、ボディをたたいた(タップトーン)の印象より、ずっとよく響いてくれました。

低音の方は「いまいち」という感じですが、高音部はよく響いていました。ただ、その高音も、ちょっとギスギス
というかトゲのあるような音に感じました。
でも、使って2、3ヶ月、4、5ヶ月もすると落ち着いて、また、さらによく鳴るようにもなります。

弓は、二本とも新しい馬毛に張り替え、調整ネジのサビを落としたり、グリスをぬったり、 また、とれかかっていたグリップ部の化粧巻きにも銀銅線を巻いたり、新しい牛革を巻いたりして、これで、いつでも使える状態になりました。

左側のものが銀銅線を巻き直したもので、ピカピカに光っているでしょ。

   ◇ 蓋を開けて    - バスバー

中をあける前にミラーで内部は一応、チェックはしておきました。
その結果、本に書かれているような、米国で特許をとったとい「E線側にも
バスバーのようなものが貼ってある」とありましたが、それらしいものは皆無、全く、普通のつくりでした。

中を見た外見上からだと、特に気になったのがバスバーの位置とその形。通常なら、もう少し斜めについているべきもの。

つまり、アッパー・バウツとロー・バウツの、それぞれ3/7ずつの線上にあるべきもの。
それが、ご覧のように、中心線に添ってほぼ平行に貼ってありました。


赤い線がノッチ(f字孔の三角の切れ込み)の線上、つまり駒の中心の位置であり、「ストップの位置」ということになります。
私は、バスバーの削りにおいて、そのバーの重心でさえ、ストップの位置に合わせてアーチング(カーブづくりを)しています。

なぜなら、バスバーは、低音の響きを直上の駒から伝えてもらい、さらに、表板全体に振動を伝え、響かせようとするもののはず。

それなら、当然、スピーカーの中心にボイスコイルがあるように、振幅の中心(基点)は、バーの中心が望ましいわけです。
しかし、ボディのアッパーとローアの巾が違う、長さも違う、ということから考慮すると、少なくともバーの中心ではなくても、 目方の中心である重心だけはストップに合わせなければ振動中に干渉波がおきやすく、その効果が弱まるのでは・・・というのが私の説。

例えば、3mほどの棒を水平にして、中央を片手で保ち上下に振って「振動させた」とします。
中心(=重心)をもって振るのなら、たとえ片手でも、楽に振ることができます。
それが、例えば6:4とか、3:7にずらしたままで、水平に保ち、上下に振ろうとしても、
それは大変な力で握りしめ、しっかり固定して振るわせなければ振動させることはできません。

このことは、つまり少ないエネルギーで効率よい振動を与える・・・という見地で考えた場合、
長さが、たとえ6:4であっても、重量的には5:5になっていれば問題はないわけです。

という簡単な理屈から、そう確信しているのです。 
それについては、『バラバラのチェロを修復』ページに図解した説明がありますので、そちらもご参照下さい。


写真は、そのひとつの例で、現在ついているものは、小さく適当な形。(この適当という見解については後述)

白い方が今回、新しくつくったもので、写真では上下反対において写してしまいましたが・・・
上下、反対に置いてみると、重心の位置がだいたいストップくることがお分かりいただけると思います。

つまり、理屈では、右の写真(これは、また別のオールドのもの)のように、ストップの位置に鉛筆で印をつけ、
シーソー式にバランスをとって確認しながら削っています
ご覧のように、古いものの方は左の長い方が重く、下についています。
一方、新しい方(上のもの)は水平になってバランスがとれています。

バスバーも、ギターのように単に弦の圧力を板全体に拡散させ、加重をかけるための、
いわゆる「力木」的なものだったら、どんなものでもついていればいいでしょう。
しかしながら、低音を伝えるという大きな働きがあるわけですから、ないよりはましですが、
ただついていればいいという形とか位置では、私は納得できないのです。

前述したように、響板(表板)の巾が上下違うわけですから、振動を均等に伝達させるためには、
やはりその巾にそって、やや斜めについてなければならないはずだと、私は考えます。
だからといって、そのことだけが低音の響きを悪くしている原因だとは考えていません。

それも、ひとつの大きな要素かも知れませんが、決して、支配的な原因だと断定するものではありません。
こうした、ひとつひとつの積み重ねが大切だと思っています、念のため・・・。

ということからも、本器は、博士の全くの練習用としてつくったものだと、さらに確信しています。
あえて付け加えると、ニスの、刷毛の含ませ方にも問題あり・・で、エフ字孔から、裏に汚くしみ出していました。

裏・表とも丁寧にチェックしたグラデーション(板厚)については、次回に書きます。

     ◇ バスバーについての追記    − 形や削り、木の使い方

本器の低音特性向上にあたっては、表板の板厚調整と、前述したようにバスバーが大きな役割を果たすものと考えています。
 
そこで、もう一度バスバーについて検証したいと思いま。
写真は、実際に古いヴァイオリンに使われていたバスバーを取り外したものです。



いちばん上のものは、鈴木の3/4についていたもの。
モミに近い、目が細かくつんだ素材で、全体がかるい緩やかなアーチになっています。

しかも、写真の正面(バーの側面)に年輪が見えている横目使いです。

次のものは、チェコかどこかの東欧のものと考えていますが、古い4/4についていたもの。

いかにもオールドらしく、長さは短く、杉の柾目のような、晩材(年輪)がはっきりした素材で、やはり側面に出ている横目です。

三番目は、鈴木の50年ほど前のもの。アーチはやや標準型ですが、やはり、横目使いです。
 
四番目が、この糸川博士のバーで、写真でも分かるように、重心がストップの位置からはっきり中央(左)に寄って、離れています。
(すべて、右がエンド側です。)
ただし、これだけは側面が板目で、晩材が上にでている縦目使いにしてあり、上の3つとは異なっています。

さて、バーの形や大きさ、それにアーチの取り方(削り方)など、
製作者がそれぞれまちまちですが本来ならどうあるべきか、検証したいと思います。

魂柱には、私はイラストのように、目がつんで、硬めの、軽い素材を選んでいます。
しかも、側面の柔らかい春目(年輪でない白っぽい)所にセッターの先を差し(図の黒い点)、立てています。
すると、表板の堅い晩材と、魂柱のそれとが、ちょうど90度の角度で立つことになります。

その接点では、魂柱の堅い晩材と表板側の堅い晩材とが90度の角度で、しっかり密着し、
振動の伝達をより確かなものにする・・と考えています。

反対に、魂柱の柔らかい春目と、表板の春目とが偶然にも平行に接した場合、
それは、より細く、スカスカのやわらかい魂柱を立てたことと同じで、柔らかい部分がクッションになり、
その結果、特に高音域の伝達が著しく減衰してしまうと考えられます。

同様のことが、前述した本器のバスバーの貼り方(垂直に近い)にもいえるわけで、
表板の晩材に対して、たとえ少しの斜めであっても、クロスさせた方が特性の向上が望めるはずです。

また、バスバーの木取りにしても、市販の部材ではなく、私のように原木から切り出すものにとっては、
横目にすべきか、縦目にすべきか・・ということも考えなければなりません。
私は、いままでは博士と同様、縦目にしていましたし、縦目が一般的に正しい使い方といえます。
それは、上下方向に振幅する、上からの振動を伝えるのにはどちらがいいか、と常識的に判断しても、
縦目がより望ましいわけだからです。

また、構造力学的に考えても、弦の張力を広く逃がす単純梁構造ですから、縦目の方が何倍か丈夫です。

   ◇ 重心についての追記   

以前、雑誌「ストリング」に掲載された、クレモナ派の岩井孝夫氏が書かれた「ヴァイオリンの作り方」の中に、
バスバーの板厚について、エンドピン側が5.5mm、上が5.0mmと書かれていました。
その理由や、そうする必要性など一切、説明はありませんでしたが、
その厚さだと標準的なアーチでも重心が必然的に後に移動します。

それ以前から、「重心」ということを真剣に考えていた私は、
「なるほど、イタリヤの職人さんたちは、そのようにして板厚でバランスをとっていたのか」と合点しました。
 
以来、自信をもって、上の写真のように、取り替えられるものは取り替えてしまうことにしているのです。
(捨ててしまわないで、このようにとっておくのも、いかにもボクらしいでしょ。)

   ◇ グラデュエイション    (graduation *)= 板厚について

写真は、博士自ら目標の厚みを書いたものか、測った結果を書いたものか、ともかく表板に3個所、裏板に2個所、
厚さの数値が書いてありました。 (写真、天地逆になっていますが、うすく2.0と読める。)

しかしながら、私が実測した結果は、若干、数値にずれがありました。

鈴木の量産品から比べると、やや標準値(川上氏の著作)に近い厚さになっていましたが、
ここで気になるのが、表板の上部低音側(右側)の周辺部や、全体的なムラ。

低音をよく響かせようと思ったら、平均的に周辺部はもっと薄くていいのでは、ということと、
エッジの処理が平らだったことから、1mmほどのチャンネル彫りをすることにしました。

チャンネル(エッジの溝)彫りでは、最初、イラストの濃いグレーのところを、 ノミや彫刻刀で、余って出っ張っているパフ材と共に、少し彫り込みます。それを全体のアーチにとけ込ませるように、 薄いグレーのように、滑らかに削って仕上げます。

結果として、周辺部が薄くなり、低音特性が向上することになります。

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ついでに汚れていたし、塗りむらがあるなど、気に入らなかったニスも剥がしてしまい、裏板の下の穴や、 パフリング溝の穴もコクソ(木パテ)をして埋めました。
(写真・黒い丸の部分)

* graduation = 本来この語は、卒業、学位授与、等級づけ、目盛り、度盛りなどの意味でしか使われないが
ヴァイオリン製作においては、板の厚さの度合いの意味から「板厚」が適語であるという考えから、筆者はその意味で使っている。
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