=公共事業は本当に有効か1=

1.経済における乗数効果の理論を考える

有効需要の原理で有名なケインズは「総需要の低迷が失業をもたらす。これを解消するには総需要を増加させることである。」と主張した。

ケインズは更に下記の事柄も主張している

(1)数学の乗数理論を適用し、財政支出の効果が支出額の数倍になることから景気対策として重要と説明した。

(2)同じく数学の乗数理論を適用し、「同規模の減税と公共投資とでは公共投資の方がGDPをより上昇させる。」とした。

(3)さらには国民にとっての効用が少ないような「無駄な」公共投資でも景気の浮揚効果がある。と説明しました。

さて、以下この章では、数学上の理論である乗数(無限等比級数)を現実の社会に適用した上記理論の妥当性を検討します。

 


2.=予備知識=

    数学の乗数理論を理解するための簡単なおさらい
  必要ない方は無視してください

 

3.ケインズ理論の検証1

(1)有効需要の原理の要旨

家計などの消費支出はその時々の所得水準の関数であり、次のような1次式で表現される。

     ・・・・・@

C:消費 
:所得が0のときの消費額(グラフ化した時の関数のY切片)
c:消費性向(所得の変化に対する消費の変化の割合)  
Y:所得

公共投資を行った場合、まずその金額だけ総需要が増加する。次にその投資により恩恵をこうむった人や企業の所得が増加する。それにより所得の増加額に消費性向を掛けた分だけ需要(消費支出)が増加する。次にその増加した消費により恩恵をうけた人や企業がまたその消費性向分だけ需要を増加させる。次もまた同様に波及して行く。このように所得の増加→需要の増加が無限に繰り返されることにより最初に行われた公共投資の金額の何倍もの需要創出効果がある。とケインズは考えた。そしてその需要創出効果は乗数の理論を適用して考えると次の数式で求められる。

 ・・・・・A

 :消費の増加分

  :政府支出 →   :政府支出の増加分

 例えば消費性向 c が2/3 であれば、 の3倍の需要創出効果があることになる。

 

 

(2)ケインズ理論の弱点−その1−

 数学の乗数理論はもともと「一定の数値を公比とした等比数列」についての理論である。現実の社会に当てはめる場合には、実際の「企業や人」の消費性向はそれぞれ異なることに注意しなければならない。(派手好きなAさんと倹約家のBさんとでは、所得が同じでもその消費性向は違うと考えられる。また、過剰債務を抱えた企業とそうでない企業とでもその消費・投資性向は異なるでしょう。)ケインズ理論の消費性向 c とは「世の中一般の(消費性向の)平均的な値」 ぐらいの意味しか持ち得ない。
 そして(消費性向の平均値が同じでも)、下記の2つの表を見比べてわかる通り、経済効果の波及過程において、消費性向の低い経済主体が初期段階に存在するケース@と、消費性向の高い経済主体が初期段階に存在するケースAでは第8項までの経済効果に大きな違いが出てきます。

ケース@

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

初項
政府支出

第2項

第3項

第4項

第5項

第6項

第7項

第8項

 

上段:消費性向平均値

経済主体NO.

(政府)

 

下段:経済効果の小計

消費性向(%)

 

20%

30%

40%

50%

60%

25%

55%

 

40%

支出の増加

1億円

20,000,000

6,000,000

2,400,000

1,200,000

720,000

180,000

99,000

 

130,599,000

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ケースA

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

初項
政府支出

第2項

第3項

第4項

第5項

第6項

第7項

第8項

 

上段:消費性向平均値

経済主体NO.

(政府)

 

下段:経済効果の小計

消費性向(%)

 

60%

50%

40%

30%

20%

25%

55%

 

40%

支出の増加

1億円

60,000,000

30,000,000

12,000,000

3,600,000

720,000

180,000

99,000

 

206,599,000

 

「どんな公共事業でも景気刺激効果がある。」というのは誤りとまでは言えませんが、その乗数的な効果については上記のシュミレーションを見れば明らかなように普遍的なものではありません。

今日の日本のゼネコンは過剰債務や債務超過にあえいでいます。このような経済主体は、所得が生じてもその殆どを債務の返済に回さなければいけないため消費・投資性向がかなり0に近くなっていると想像できます。(逆にいえば貯蓄性向が極めて高い状態: 債務を「マイナスの貯蓄」と考えれば、「債務の返済」は「貯蓄」といえます。)したがって初期投資である政府支出をそのようなゼネコンなどに行った場合、その効果は期待はずれのものになるでしょう。また、ゼネコンの周辺産業(建設機械製造、資材製造など)も消費・投資性向は低くなっているでしょうから、第2項も消費性向の低めの数値を設定したシュミレーションが妥当と考えられます。

このことは、(政府支出の財源である)租税の及ぼすマイナスの経済効果と考え合わせるとき、我々に大きな示唆を与えてくれます。

つまり、政府支出を増加しようとするとき、財源を税金でまかなうことにより企業や家計の可処分所得が減ります。これにより生ずる有効需要の減少にも乗数的効果が働き、マイナスの経済効果は租税額の数倍になります。このマイナスの経済効果を差し引いても経済効果が十分なプラスの値になるようにするためには、政府支出の支出先が消費・投資性向の高い「企業」でなくてはいけないはずです。
そして政府支出のやり方を間違えると、(財源である)租税の及ぼすマイナスの経済効果のほうが大きくなり、公共事業(公共工事等)をすればするほど実は経済に悪影響を与えることになるものと推測されます。

 

(3)ケインズ理論の弱点−その2−
副題:「租税によるマイナスの乗数効果」をどう考えるか

ケインズの減税と財政支出についての考え方

ケインズの主張によれば、「減税政策よりも財政支出のほうが、有効需要への効果が大きい」とされおり、公共事業推進論者のよりどころになっている様です。ケインズがこのような主張をしたのは以下の考え方によります。

政府支出の有効需要に対する効果は乗数理論によって次の式のようになります。

  ・・・@       (  消費の増加額 ,政府支出の増加額 )

同じく、租税の変更による有効需要への効果は

   ・・・・A       (  : 租税の変更額 ) 

とされています。@、A式ともに乗数効果による結果で、形は似ていますが式の右辺の分子が違っている。すると当然、消費性向は 0<c<1 だから@式の結果のほうがA式よりも大きくなります。
なぜ右辺の分子は違っているのか?ケインズ的には次のような説明がなされます。

GDP統計の考え方からいけば

=ケース1 政府支出(G)の場合=

乗数効果の波及過程でまず、第1段階の政府支出GはGDPに加えられる。次に政府支出を受けた企業や個人がその受取った所得に消費性向を掛けた分だけ支出を増やす。これもGDPに加えられる。そして次々に等比級数的にGDPに加えられていく。

GDPへ加えられる数列   (rは消費性向)

初項

第2項

第2項

第4項

第5項

第6項

それ以降の項

Gr

Gr

Gr

Gr4

Gr5

以下同様

=ケース2 租税の変更(減税額 G )の場合=

第一段階で可処分所得の増加(=減税分)に消費性向を掛けた分(Gr)しか消費(需要)は増加しない。政府支出の場合と比べ初項が小さいために有効需要への効果が小さくなる。

GDPに加えられる数列 (可処分所得がGだけ増加)

初項

第2項

第3項

第4項

第5項

第6項

それ以降の項

Gr

Gr2

Gr3

Gr4

Gr5

Gr6

以下同様

上記の2つの表を見比べると政府支出の場合の第2項以降と、減税の場合の初項以降は全く同じである。つまり同額の政府支出と減税の各経済効果を比べた場合の経済効果の違いは、初項(初期投資=政府支出額)の金額だけ=ケース1=の方が大きいことがわかる。

したがって同額(ここではG)の政府支出と減税政策では政府支出のほうが景気対策として有効として結論付けているのです。

 

 

いま、道路建設(総費用G)をするためその財源を同額の増税でまかなった場合を考えてみると、上記の@、A式において
T=Gだから


@式の右辺−Aの右辺

ケインズ的にはだけ経済効果があったことになる。

すると、政府支出の財源を租税によりまかなう場合は、差し引きの経済効果()は初期の政府支出の金額であることが分かる。
つまり、乗数効果は「政府支出によるプラスの波及効果」と「租税によるマイナスの波及効果」で打ち消しあい、関係ないとも言える。

さらに、「政府支出と減税を比べた場合に、政府支出のほうが景気に与える効果が大きい」と言う命題は正しいのだろうか?

等比数列の理論と現行のGDPの定義から言えばこの命題は正しい。しかし、減税の場合の初項は「可処分所得の増加Gによる消費(需要) の増加」である。最初の現象である「可処分所得の増加」自体はGDP統計には算入されないものの我々の実感としてはふところが温まるわけで「景気が良い」と感じないわけではない。
GDPベースでは「政府支出と減税を比べた場合に、政府支出のほうが景気に与える効果が大きい」と言えるが、我々民間の実感としての所得ベースで「景気への効果」を計算すれば減税の場合の初項は「可処分所得の増加額(上の表ではG)」であり、政府支出の場合と全く同様になります。 

(4)政府支出と租税の経済効果の違い(私の理論)

(1)

租税は世の中の経済主体に対してまんべんなく課すことも税制のデザインによっては可能である。
 

(2)

現実の社会の中では、波及過程の中で例えば、初期段階で消費性向が平均値よりも高いケースや低いケースなどが存在しているはずであるが、租税による経済効果は満遍なく課税されることにより、(消費性向の平均値 c を全ての項に適用して計算した値と比べた場合とのプラスマイナスが相殺して、)乗数理論で計算した値がある程度妥当性を持つものと推測することも可能。
 

(3)

これに対し、政府支出は公共事業を受注した特定の業種や特定の企業などに支出がなされる。この場合はその業種や企業により消費性向の値の高低によって、波及経済効果は大きく異なってくる。(乗数効果の方程式は成り立たない。)
 

 

したがって公共事業の選定に当たっては

    発注先業界、企業について消費・投資係数を考慮する
    ※成長業種や需要の今後高まると予想される業種では当然投資係数が高い


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