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F/J/Schweiz 2009 119 Min. 劇映画
出演者
Anna Mouglalis
(Coco Chanel - フランスのデザイナー、実業家、パトロン)
Mads Mikkelsen
(Igor Stravinsky - ロシアの作曲家)
Elena Morozova
(Katarina Stravinskaya - イゴールの妻、従妹)
Clara Guelblum
(Milena Stravinskaya)
Maxime Daniélou
(Teodor Stravinsky - イゴールの長男)
Sophie Hasson
(Ludmila Stravinskaya - イゴールの次女)
Nikita Ponomarenko
(Sulima Stravinskaya - イゴールの末娘)
Anatole Taubman
(Arthur Capel - ココの愛人)
Radivoje Bukvic
(Dimitri - ロシア大公)
Michel Ruhl (男爵)
Grigori Manoukov
(Sergey Diagilev - ロシア・バレー団の主宰者、ニジンスキーの愛人)
Marek Kossakowski
(Vaslav Nijinsky - バレーの振付師)
Natacha Lindinger
(Misia Sert - サロンの主催者)
Nicolas Vaude
(Ernest Beaux - 調香師)
Tina Sportolaro
(ボーの秘書)
Irina Vavilova (乳母)
見た時期:2011年9月
この作品では音楽家がテーマですが、曲はあまり出て来ません。
もう1人の主人公は有名なデザイナーのココ・シャネル。
★ あまり縁の無い人
私は日本人が世界一流の鞄を持ち歩いたり、有名な化粧品を使っていた過去30年間、殆どその流行から外れていたのですが、シャネルの化粧品は僅かながら使ったことがあります。化粧は殆どしないのですが、あるフォト・セッションで有名な写真家が使った口紅の色が非常に上品で、その後同じ物を買い、たまに使いました。化粧もせず出かけて行ったので、何か塗らなければということで写真家がさっと選んだのが真紅の口紅。真紅とは言っても深みのある色で、目が高いと思いました。それをちょっとつけただけで不美人が一瞬美人に見えるから不思議です。職業柄化粧は必要でないので、その前も、その後も化粧品は殆ど買いませんでした。
しかも間もなくシャネルのコピーのような化粧品をたくさん庶民的な値段で売る会社が登場し、クリームの類はそちらで十分間に合うようになりました。同じフランスの会社です。もしかしてライセンス生産でもしているのかと思えるような感じで、やや安っぽい入れ物に入っていますが、毎日化粧をする人には大いに助けになるでしょう。
ドイツというのは女性が化粧をしなくても何の問題も起きない国で、私は職業柄化粧は必要ではありませんでした。なので一生の内で化粧をした日数を数えることもできるぐらい珍しいこと。シャネル社は私相手では儲かっていません。ちなみに値段は独仏殆ど変わらないようです。かつては空港の免税店に行く価値がありましたが、今ではそこまでしなくてもいいようです。
私の家にはシャネルの5番があります。上に書いた口紅を買った時にお店の人がおまけにくれました。オード・トワレも殆ど使わない私には香水は匂いが強過ぎるためまだ使わずに置いてあります。
★ 映画の素材にぴったりの人物
それほど化粧に無関心なのですが、ココ・シャネルという人物には関心があります。1つには彼女のデザイン力、美に対する目に感心するから。もう1つはドイツに関わる怪しい影が差すからです。戦争に関わり、フランス版マタハリ的な活動をしていたという話があります。最終的にどちら側についていたのかが今一つ分かりにくい人です。国を裏切っていたのか、あるいは最終的にフランスに情報をもたらしていたのか、あるいは自分か知り合いの命を助けたかったのか、謎の多い人で、シャネル&ストラヴィンスキーではそこは明かされていません。
英国の国王と結婚するために王が退位したことで有名なアメリカ人シンプソン夫人もドイツに関わり怪しい影が差す人物ですが、彼女が戦争の頃親独派だったことはほぼ間違いありません。ココ・シャネルについてはあまり詳しいことは分かりませんが、ドイツの親衛隊と愛人関係にあったのは確かなようです。この人物は名前も分かっていて、情報機関のトップ。となると戦後フランスではかなりシビアな社会的な制裁があったはずなのですが、彼女は中立国に逃げおおせています。親衛隊の愛人は終戦で逮捕されていますが、役職の割に軽い刑で、服役後間もなく病気を理由に釈放されています。シャネル社は戦後も存続を続けています。デザインは後にドイツ人のカール・ラーガーフェルトに引き継がれています。
というわけでシャネルがドイツ人の愛人を通してドイツの情報を自国にもたらしたのか、自国を裏切ってフランスの情報を愛人にもたらしたのか、情報のやり取りがあったのか、無かったのか、彼女の数多くの各国の要人の知り合いの情報が2人の間で行き交っていたのか、愛人がどちらの側についていたのかについてもう少し調べてみないと分かりません。
スパイ活動をやっていたと言われていますが、誰が誰に何をもたらしたのかをはっきり書いた記事はまだ見たことがありません。スパイ教育、訓練を受けて派遣されたスパイとは違い、ちょうど都合のいい場所にいて、情報源にできるため彼女が使われたか、ちょうど都合のいい場所にいたので自分から進んで協力したのか、ちょうど都合のいい場所にいたので誰かを使ったのか、この作品を見てからその辺をもう少し知りたいと好奇心が沸いて来ました。
彼女の生涯には映画にできるような話題が満載で、シャネル&ストラヴィンスキーと同じ頃に3本か4本映画が作られています。私が見るのはこれが1本目。他の作品が彼女の人生のどの部分を扱っているのかはまだよく知りません。機会があれば全部見てみたいところです。
★ 監督候補
なぜか暴力とアクション映画で名を成した監督が候補に上がっていました。ウィリアム・フリードキンとヤン・クーネンです。フリードキンの名前がフランスで取り沙汰される理由はジャンヌ・モロー。短期間ですが結婚していました。
フリードキンはフレンチ・コネクション、エクソシスト、恐怖の報酬(リメイク)、ハンテッド、Bug/バグなどを作っています。中には凄いという作品もありますが、調子の悪い時期もあります。
ヤン・クーネンは時々話題に取り上げていますが、私が最初に見た作品はドーベルマン。ドーベルマンが長編第1作です。長編は全部見ており、続いたのがブルーベリー。次が 39,90 で、その後シャネル&ストラヴィンスキーです。
他の場所にも書きましたが、ドーベルマンを見た時は暴力シーンがインパクトを持ち過ぎてあまり気に入らず、監督に感想を聞かれた時率直に「暴力がひど過ぎて好きになれなかった」と言いました。この作品はフランスでは大ヒット。続く作品では暴力シーンはどんどん減っています。
★ 俳優はどうでも良かった?
この作品の主演はデザイン。監督自身の美的感覚と、ココ・シャネルの美意識の両方が表に出ており、それが相殺されずに済んでいます。その効果を上げるためなのか、俳優はあまり演技が上手くありません。シャネルを演じた女性はファッション・モデル的な役割になっており、デンマークでは知らぬ人の無いと言えるミケルソンも、笑いを取る映画でないため、良さが全然出ていません。達者な役者ではありますが、彼が最も生きるのはドライなユーモアのあるシーン。
クーネンがミケルソンを採用した理由はフレッシュ・デリで精神的に圧迫された神経質な男を演じたためかと想像しています。フレッシュ・デリの役は一種のパロディーで、普段コメディー出演の多い人でした。近年海外進出を始めてからは悪役もやっています。
★ すばらしい美術
39,90 のエクストラでも顔を見た、クーネン監督と長く仕事をしているらしきスタッフがシャネル&ストラヴィンスキーのエクストラにも出て来ます。打ち合わせの会議をしているシーンや撮影の様子です。打ち合わせを見ていると、ミケルソンがあれこれ演技の解釈で意見をぶち上げ、監督が「いいよ、いいよ、それやって」と丸投げしているように見えます。
クーネンという監督は自分が何をやっているか良く分かって仕事をする人なので、このシーンを見てびっくりしました。日を置いて役者の演出はどうでも良かったのだろうと考えるに至りました。クーネンのティームは相変わらず冗談が好きで、笑いながら楽しそうに仕事をしていますが、出来上がった作品を見ると、始めと終わりのクレジットの部分に物凄く気合が入っているのが分かります。また、シャネルの持っている家の内装、服などには細かい所まで神経が行き届いています。女優としてこういう服装、髪型、メイクで出演できたらうれしいだろうと思います。
★ あらすじ
短くまとめると自由に生きる女性ココ・シャネルと既婚者で有名な作曲家イゴール・ストラビンスキーの不倫物語です。結婚願望希薄な女性実業家ココ・シャネルが数々の苦難を乗り越えて既にデザイナーとして名を成してからの話です。
1913年のパリでココはカペルと愛人関係にあり幸せでした。仕事も順調。そんな頃春の祭典をバレー仕立てにして有名な劇場で発表するところだったイゴール・ストラヴィンスキーと顔見知りになります。バレーの振り付けはニジンスキー。この公演は内容が前衛的過ぎて賛否両論。実際に客席に座っていたラベルとドビュッシーも大論争か大乱闘に加わったようです。
7年後再会。ココの当時の愛人は彼女に会いに来る途中交通事故で死亡。イゴールは春の祭典の後それなりに高い名声得ています。しかしロシアに革命が起きて亡命状態。お金はありません。ココの懐具合は良好。
イゴールの音楽の才能を買ったココは自宅に家族全員で住むように勧めます。やがてココとイゴールは妻のカタリーナの横で不倫。カタリーナと子供には何となく雰囲気が伝わるので、家の中に波風が立ちます。しかもココはイゴールと時々関係を持ちますが、彼の愛人となる気はゼロ。妻は子供の教育に良くないとばかりにココの家を去ります。夫の曲を書く役目を担っていたので、多少不自由な生活になります。聡明な夫人はココの不倫の目的が夫に対する愛情ではなく、人を蒐集する、あるいはもてあそぶことだと見抜いています。ココは経済的に完全に自立しているので、御妾さんとか、大奥の側室などではなく、面倒を見てもらっているのはイゴールの方。しかも60年代前半あたりまでフランスによくあった地位の高い男性が若い女性を囲う(男女逆転も時々あったようです)のとも違い、ココは1人の人に固定されることを好みません。史実として特定の時期決まった愛人も持っていたようですが、全体的に彼女は自立を重んじていました。なのでせっかくココと肉体関係になっても、イゴールは彼女を自分の元に縛り付けることはできませんでした。
★ ストラビンスキー
史実では1913年が春の祭典、1917年がロシアの革命。1920年頃2人は不倫をしていたことになります。この頃バンバン新作を発表しています。1939年ドイツ軍を恐れてアメリカへ亡命。この頃娘1人と妻を病気で失います。アメリカでは映画界とも関わりができます。1959年には来日。1969年からニューヨークに住み、1971年他界。
シャネル&ストラヴィンスキーは2人の出会いが両者の創作意欲を二乗させたと言いたかったのかも知れませんが、あまり押し付けがましくありません。最後のシーンは高齢で死ぬ少し前の2人で、それぞれ遠く離れた場所にいます。恐らくイゴールがニューヨークで、ココがパリでしょう。
★ シャネル
2人はほぼ同い年で、出会った時それぞれ自分の業界で名を成していました。ココは孤児同様にして育ち、まだ子供のうちに大人の世界と関わりを持ちます。当初は歌手とお針子で自分の運命を試して見ます。やがてファッションの世界で少しずつ成功して行きます。帽子のデザインから始まり、服全般に広がり、やがて香水にも事業をのばして行きます。アイディア、デザインの才能に加え、人脈を作ることにも長けていたようです。フランスにはサロンと呼ばれる社交の場があり、彼女も出入りするようになり、大いに仕事に役立てたようです。
シャネル&ストラヴィンスキーのエピソードは必ずしも史実と一致しませんが、史実では1921年に有名な香水を発表しています。1920年が2人の出会いですから、彼女もそれがきっかけで良いアイディアを得たのかも知れません。
シャネルの生涯を見ていると所々に軍人が登場します。ドイツの情報機関のトップと近づいたのも彼女が将校などを好んだためなのか、あるいは軍のお偉方を知っていると都合のいい事があったのか、その辺は良く分かりません。
ジョニー・キャッシュがジューン・カーターの死後すぐ死んだのと似て(2003年の5月と9月)、シャネルは1971年の1月に死亡、ストラビンスキーは同じ年の4月に死んでいます。とは言っても2人は別れてから全く別な場所で別な人生を送っていました。
★ ピアノを弾くシーン
DVD のおまけにピアノを弾くミケルセンのシーンがありました。一応それらしく体を動かしますが、見ていてどうも怪しいと思ったら、やはり吹き替えでした。ミケルセンが音の出ないピアノで体の動きだけをやり、音はストラビンスキーのレコードを使ったのか、プロのピアニストが弾いたようです。
グランド・ピアノの弦を取り外したのか、あるいは弦の上にフェルトをかぶせて音が出ないようにしたのか、とにかくミケルセンが座っているピアノからはまともな音は出ません。オルゴールのようにペーパーのプログラムで鍵盤を動かし(= 自動ピアノ)、ミケルセンがその上を指でなぞれば良かったのにと思いますが、音は別な時に入れたようです。
ミケルセンは多少音楽が分かるか、ピアノを弾くのでしょう。一応音に合った場所の鍵盤を叩いています。それでも見ていて自分が弾いていないと丸分かり。自分で歌を歌う俳優がいる反面、ピアニストの真似が下手な俳優が意外と多いです。
★ というわけで
シャネル&ストラヴィンスキーは、いつものクーネンを期待して行くと外れます。シャネルやストラビンスキーの伝記を期待して行くと、扱う時代が短か過ぎて伝記の用を成しません。上にも書いたようにデザインやファッションを期待して行くとそれなりの満足感が得られます。
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