映画のページ

騎士 ニック・パーク /
Nick Park

声と姿の出演

Peter Sallis
(Wallace - 町の発明家)

姿の出演

Gromit
(ウォレスの忠犬、ビーグル)

その他の出演は個々の作品参照

見た時期:1996年頃から

暫く映画祭話題ばかり続いていたので、今日は違う話題にします。

当初多少長めの記事を1本書くつもりだったのですが、伸びてしまったので、分割しました。

★ アニメの中のアニメ

大好きだったのですが、好き過ぎて長い間文章にできなかった作品がありました。アニメにはうるさく、よほどのことがないと好きと言わない(= アニメが本当は好きで、間違い無く良い物しか受け入れない)私なのですが、大好きな作品の1つがウォレス & グロミットのシリーズ。日本ではなぜか《グルミット》と書かれることが多いのですが、海外では《グロミット》で通っているので、私もそういう風に書きます。

作者のニック・パークを知ったのは、快適な生活チーズ・ホリデーSledgehammer などがアードマンのコレクションとしてまとめて発表された頃です。パーク以外のアニメーターも含め、アードマン社の短篇を一まとめにして発表され、それがベルリンの場末の映画館で公開されました。翻訳はされずオリジナルの英語でした。英国では大評判だったらしく、ベルリンに住む英国人は良く知っていました。

ドイツではブレークがかなり遅れ、私が見た頃に知っている人は少なかったです。その後少しずつ評判が立ち、映画専門店に行けば T シャツが買えるようになりました。もっとも私の最初の T シャツは教え子が夏休みに英国に行った時に買ってプレゼントしてくれた物です。

後にドイツもテレビで放映したためか、評判が上がり、ウォレス & グロミット・グッズが売られるようになりました。ドイツでブームになる前、私は井上さんから日本製のウォレス & グロミット・グッズをプレゼントされ、今でも使っています。私が映画のグッズにこだわるのはよほどの事と言えますが、ウォレス & グルミットはよほどの事です。

ところで日本製のグッズは細かい所に気が配ってあって優秀な製品が多いです。各国別々にアードマン社と契約を結ぶのでしょう。そして欧州人はあまり細かい物を好まないのかも知れません。例えばこちらで買ったマグ・カップはぱっとしません。英国製のカレンダーはどのページにも可愛い写真や絵が入っていて、その年が過ぎても捨てる気になりません。注文する業者のこだわりに左右されるのかも知れません。

長く知らなかったのですが、日本の会社がアードマン社に依頼してコマーシャルが作られたそうです。知った当時はうらやましいと思っていました。最近はユーチューブで見られます。

アードマン社のクレイ・アニメーターにはドイツ人監督も入っているのですが、最近ではドイツはこの方面で自立を始め、ファンタの CM アニメはベルリンの工房で作られたものです。作った人たちはニック・パークに負けない映画好きらしく、パークといい勝負のオマージュとユーモアに溢れています。飛ぶ鳥を落とす勢いのアードマン社の経営が傾くことは当分無いでしょうが、万一何かあった時は、ベルリンに後継者がすでに育っているので安心です。

★ ニック・パーク

本名 《Nicholas Wulstan Park 騎士団の司令官》。外国では国から称号を与えられるとそれも名前の一部になります。 ニック・パークは元々は内気なアマチュア・アニメーターで、工芸学校を卒業。その後、国立の映像の学校に進み、そこで卒業制作としてチーズ・ホリデーを作り始めたそうです。ところがシーンを一枚一枚写真に撮るような作り方なので、時間がかかり、頓挫しそうになっていたようです。その頃プロのアニメ会社とつながりができ、協力して完成。そこからパークの人生が開けて行きます。

パークは非常に内気で、ビジネスにはトンと才能が無いようなのですが、アードマン社が PR やマーケティングなど本来の映画作り以外の用事を引き受け、パークは制作に専念できる環境を得たようです。破格の待遇を受け、監督というステータスで制作を続けています。

アードマンと聞いて名前が浮かぶのはピーター・ロードとデイビッド・スプロクストンだけなのですが、パークはこの2人に理解されているようです。2人も自分でアニメを作りますが、会社に取ってパークは金鉱を見つけたようなものかも知れません。

パークが活躍を始めた頃、アカデミー賞の短篇アニメはほとんど忘れられたような部門でした。戦前、賞が設定された頃はもっぱらディズニーが取っていました。戦後はディズニー以外の作品も増えていますが、このカテゴリーがオスカーの授賞式で特に注目されることはありませんでした。劇映画なら主演の俳優が豪華なドレスやかっこいいスーツを着てステージに上がりますが、アニメでは背広を着た中年のおっさんが賞を貰いに来るだけなのでおもしろくないのかも知れません。

90年代に入るとのっけからニック・パークの名前が挙がり、本当にウォレスやグロミットが舞台に上がるのではないか(例えばパークが人形を携えて来るなど)などと書いた人もおり、珍しくこの部門に注目が集まりました。その後アードマン社から受賞者がちょくちょく出るようになります。

注: 近年は技術が発展し、アニメやトリック撮影の主人公を授賞式の前に撮影しておき、式の最中に大型スクリーンに映し出す方式が可能になっています。2013年の授賞式には口と素行の悪いクマのテッドがマーク・ウォールバーグと一緒に出演しました。

★ アードマン対ドリームワークス − 国の威信を賭けた戦争か

ハリウッドがパークの才能に目をつけたらしく、パークに5本の長編の契約にサインするように迫ったそうです。アードマン社がためらい、「飛行機が取れない」とか口実を使って誤魔化していたら、ハリウッドから自家用機が飛んで来て、無理やり連れ出されたという話を読んだことがあります。

話の成り行きを見ると英米戦争の様相を呈していました。私も心配しました。出版界などで時々才能のある新人を大きな会社が呼び出し、契約するところまではいいのですが、できた作品を大きな宣伝をせずそのままお蔵入りにするという形で潰してしまったり、次々できないような数の仕事を持ち込んで作家を疲れさせてしまったり、果ては作家の名前だけ使って、内容は会社の方針に合わせてゴーストライターに書かせるなどという話を耳にしたことがあったからです。私は特に、パークに長編は向かないと思っていました。

それでもパークは長編の契約を結び、とりあえずチキン・ランを作っては見ました。テーマはハリウッドが好きな、収容所から命がけで脱走する鶏の話。 観客の目から見ると《制作側やる気ゼロ》という印象でした。

1人でこつこつやっていた頃のパークと違い、かなりの数の人員をあてがわれ、登場する人形も非常にたくさん。そして主演の声は当時まだ既婚、子沢山で大スターだったメル・ギブソン。ところが作品からはパークらしさが消え、大量生産された鶏には心がこもった感じが無く、手作りで、作った人の指紋まで見えるようなウォレスやグロミットのあたたかさが欠けていました。

プロモーションは成功し、興行成績は良好で、グッズも売れたようです。と言うか、ドイツではそういう印象でした。実際公開後間もなく制作費の元はあっさり取り戻し、その後もどんどん儲かったようです。

その後何かドガチャカあったようで、アードマンとドリームワークスは平和的に契約を解除したのか、条件を変更したのか・・・は謎。5本立て続けに長編を作るとアードマン社がその仕事だけにエネルギーを取られてしまい、他のアニメーターが無視されてしまうのではと私は気にしていましたが、長編は時々撮り、ニック・パークも含み会社は短篇、中篇の仕事を続けることができた様子。ただ、アードマン社の倉庫が不審火で全焼。ウォレスやグロミットの以前の作品のセットや人形などが消失したと言われています。

注: パークはさぞがっかりしているだろうと思ったら、けろっとしていました。芸術家やクリエーターには「出来上がるまでの過程が大切だ」と考える人がいるようです。

パークが騎士になったのはこういう英米戦争で英国がパークを大西洋の向こう側に掠め取られることに歯止めをかける意味があったのかも知れません。彼の貰った称号は CBE と言い、訳すと司令官。ソニーの社長、トヨタの会長、ビル・ゲイツよりは下で、阪急デパート会長、井上さんも知っているブライアン・メイ博士と同格、高島屋社長、YKK 社長、ベッカムより上、真田広之、ポール・マッカートニーより 2 ランク上です。アードマンの経営陣はこの時パークの立場を必死で守ったような印象でした。

英国は90年代以降芸能関係の有名人に次々称号を与え、国内にとどめようととしています。パークは英国を去る気は元から無いようで、「騎士にしてあげる」と言われれば「ありがとう」と言ってもらうでしょうが、他の有名人は必ずしも喜んでおらず、「サー」などと呼ばれると返事をしない人、1年間逃げ回った人、資格剥奪を承知で外国に移住した人もいます。

パークが騎士になった頃の話は私も報道を見ていて、女王陛下がパークの仕事場を見学したとか、パークからウォレスとグロミットの人形を1体ずつ贈られ、当時まだ子供だった2人の孫にプレゼントできると女王が喜んでいたなどという話がありました。

★ ウォレスとグロミット

ウォレスは中年、独身の発明家。家の中はとても家庭的で、保守的な飾りつけです。私は当初から非常にドイツ的だなあと思いました。80年代の終わり頃英国に行き、普通の家庭に滞在したことがあるのですが、その家や近所とかなり違います。英国と言っても色々な地方がありますから、もしかしたらパークが舞台として選んだ場所はああいう風なのかも知れません。

パークは自分自身の人生を作品に取り入れていて、悪役犬プレストンの名前は彼の出身地、ウォレスの職業(発明家)は父親の趣味です。ちなみに父親の本職は写真。パークがアニメーターとしてああいう作品を作ったのは運命だったのかもしれません。父親が日曜大工で子供たちのためにロケットを作ってくれたという話をどこかで聞いたことがあります。なので家具、調度品、日常生活も自分の知っている世界から取り入れているのかも知れません。その本物らしさが観客に伝わるので欧州でファンを増やしたのでしょう。また、学校時代ウォレスに似た感じの先生がいたとも言われています。また、誰も言いませんが私は声優のピーター・サリスも顔の感じがウォレスに似ていると思います。

ウォレスはお人好し、人の言う事をすぐ信じてしまうのですが、他方非常に頑固に自分の考えを通します。そして彼なりにグロミットを大好きなのですが、グロミットの神経に障る事、傷つける事もやるため、グロミットの犬生は楽ではありません。

グロミットはウォレスの忠犬。ウォレスが楽天的過ぎて、雑に物を考え、犬のグロミットが主人のウォレスが窮地に陥らないように見張っているという役回り。しかしウォレスがあまりずぼらで辟易した時は、ウォレスが本当に窮地に陥るまで放って置くこともあります。非常に大人、冷静な犬です。

ウォレスもグロミットも男でありながら女性的な面もあり、自分で料理をしたり編み物、縫い物もこなします(パークの母親のキャラクターを取り入れたらしい)。かと思うと大工仕事もこなし、発明ができるほど機械工学にも詳しいです(ここは父親の影響か?)。

グロミットは非常にインテリで冷静な犬ですが、役割はもっぱらあけすけでのんびりし過ぎるウォレスが起こすトラブルの後始末。ウォレスの長所は次々飛び出す奇想天外なアイディアと、それを機械という具体的な形にする能力。そして3作目あたりからはビジネスの才能にも目覚めます。

グロミットの「やれやれ、またか」という表情は絶妙で、もしかしてこれはパークと父親の関係を表現したのではないかと思えるほどです。パークの私生活については1度離婚し、再婚したという話以外はほとんど伝わっていません。

グロミットは今では犬ですが、元々は猫にしようと考えられていて、口も利くという設定だったそうです。私は今のグロミットに変更して良かったと思います。目が口以上に物を言う忠犬という設定はパーフェクト。

★ スピンオフ − ショーン

ウォレスとグルミット、危機一髪!の主人公、臆病でいつも震えている羊のショーンは全世界の同情を集め、涙を誘いましたが、最後はド根性でハッピー・エンドに持ち込みます。そのショーンが独立した番組ひつじのショーンの主人公になっています。ドイツでも大評判で、DVD のみならず、お菓子まで売られています。ただ、私は ウォレスとグルミット、危機一髪!の方が好きで、 スピンオフは今一つという感想です。

ウォレスとグルミット、危機一髪!に出ていたショーンはとてもかわいいです。私は「頭に帽子をかぶっている」と言ったのですが、ドイツ人の友人は「頭に毛が生えている」という説で、決着がついていませんでした。北ドイツにはああいう羊がたくさんいるので、そのうち1度ドイツの羊に聞いてみようかと思っています。何しろこのドイツ人の使う羊語はちゃんと羊に通じているようなのです。

★ 最初の3つの冒険の方がいい

当初3つの作品が作られました。比べて見るとウォレスの姿がかなり変化していることが分かります。私は1989年のチーズ・ホリデー、1995年のウォレスとグルミット、危機一髪!、1993年のペンギンに気をつけろ!の順で好きですが、正直なところこの3作ではほとんど差が無く、全部好きと言えます。

特に目立つのは1作目と他の作品の差で、ウォレスの姿がガラッと違います。この間にウォレスのコンセプトが決まって行ったのだろうと思います。グロミットには大きな変化は見えません。

ウォレスの声は一貫して俳優のピーター・サリスがやっています。パークはサリスの特徴を生かしており、「ただ声優が台本の通りに読んだ」という出演の仕方ではありません。珍しく声優と人形作りの合作です。後にも書きますが、パークとサリスは非常に幸運な出会いをしたと思います。

最初の3作を作った後、パークは 2002年にウォレスとグルミットのおすすめ生活(10本セットの短編集)、2005年にウォレスとグルミット 野菜畑で大ピンチ!、2008年にウォレスとグルミットベーカリー街の悪夢(次回までリンク切れ)を作っていますが、ほぼ駄作と言えます。最初の3作のような主人公やプラスティックに対する愛着が見えず、契約のために作った感じがします。

ウォレスとグルミット 野菜畑で大ピンチ!は再びスピールバーグと組んだ長編で、ウォレスとグロミットが出る初長編です。私は止めておけば良かったと思っています。

パークは30分以内の短篇にオマージュをたくさん詰め込んだり、快適な生活の短い会話の中にピリッとスパイスを効かせる時に才能がほとばしり出る人。長編ですと大味になってしまいます。

ウォレスとグルミット 野菜畑で大ピンチ!は声優の大盤振る舞い、出演する人形の数も多く、セットは大掛かり。恵まれないアニメーター助手のために職場を作ってあげたという意味では努力を買いますが、作品としては好きになれませんでした。ドイツで好かれるミニマリズムという考え方があるのですが(「簡素なことはいいことだ」という考え方)、普段成功例はほとんど見ません。しかしウォレスとグロミットの出るアニメはそれが成功した例と思います。やたら数を増やしたり、大掛かりなセットで撮影しても、思ったほど効果が上がりません。

スピールバーグとどういう打ち合わせができていたのか分かりませんが、長編アニメ部門でオスカーを取っています。パークは1人では手に負えないと考えたのか、共同監督。

★ 吹き替えはしない方がいい

ウォレス & グロミットが世界中で受けた理由の1つは台詞だと思います。あまりややこしい事を言わず、絵を見ながら聞くと非常に分かり易い点にあると思います。子供だけでなく大人に大受けしたのは、翻訳が無くても分かるぐらいのあっさりした台詞であることと、声優が役にぴったり合っているからだと思います。そしてウォレスとグロミットの人犬関係は大勢の大人に心当たりがあるからでしょう。

★ サリスの功績

グロミットは全く声を発しないので、ウォレス役の俳優の1人芝居になるのですが、その声をニック・パークに依頼されたのが、ピーター・サリスという俳優。当時まだ学生だったパークはちゃんとした額の出演料を払えないような立場。現在92歳のサリスはまさか60歳を過ぎてからオスカーを貰うような作品に出演するとは思っていなかったでしょう。初期の3作のうちの2作がオスカーを取っています。ウォレスとグルミット 野菜畑で大ピンチ!も受賞作ですからサリスは非常に貢献したことになります。

パークに取ってのサリスは、コスカレリに取ってのアングス・スクリムのようなものかも知れません。インタビューを見ると制作中2人は良く話し合うようです。元々パークはサリスに台本を渡し、声を録音してからプラスティックの動きを決めたようです。サリスは大げさにはっきり発音するので、その顔、口の動きを人形に移し易かったと思いますが、何よりもサリスがウォレスの役柄を正しく理解し、ぴったりの言い方にしたところが成功の源。その功績抜きには現在のウォレスは無かったと思います。聞くところによるとサリスは英国のかなり南の出身。なのであまり強いイングランド北部(ランカシャーやヨークシャー)の訛りは入れていないそうです。

ドイツ語版の翻訳してあるビデオを人からもらったので、そちらも聞いたことがあるのですが、声が上品過ぎ、穏やか過ぎてパークが作り出したウォレスのキャラクターに合っていません。日本では萩本欽一、辻村真人、津川雅彦が担当したそうですが、この3人の中では辻村真人が1番合うかなと思います。少年っぽさの無いおっさんで、べたっとした図々しさが必要な役なので、藤村有弘氏がドン・ガバチョの乗りでやると合ったかも知れません。藤村が48歳で亡くなったのは残念です。かつての貴公子津川雅彦ですと全然合いませんが、最近の津川ならあの図々しさを出せるかも知れません。しかし日本で何度か声優が変わったのは不幸。

長くなってしまったので、ここで1度切ります。以下は個々の作品についてです。

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