ミステリ&SF感想vol.4

2000.05.09
『太陽風交点』 『そして扉が閉ざされた』 『プレード街の殺人』 『花嫁のさけび』


太陽風交点  堀 晃
 1979年発表 (徳間文庫214-1・入手困難ネタバレ感想

[紹介と感想]
 第1回日本SF大賞を受賞した、堀晃の第一短編集。ほとんどの作品が宇宙を舞台とした、ストレートなハードSF作品集です。
 個人的ベストは、「時間礁」・「暗黒星団」・「悪魔のホットライン」のどれか。

「イカルスの翼」
 太陽へ接近する軌道を持ち、灼熱地獄となる小惑星イカルス。情報省の爆破を企てた男は、60日間の流刑という判決を受けてこの小惑星に置き去りにされる。彼はこの灼熱地獄を生き延びることができるのか……?
 〈情報サイボーグ・シリーズ〉の番外編的な作品。堀晃の作品にはしばしばミステリのセンスが感じられますが、この作品もその一つです。手持ちの材料を組み合わせて解決策を立てる主人公の姿は、まさにミステリの解決部分に通じるものであり、またミステリ作家がトリックを組み立てるのにも似ています。

「時間礁」
 航行中の宇宙船が発見した、漂流する連絡艇。だがそれは、10時間後の自船からやってきたものだった。そして中には乗組員・土岐の死体が……。自分の死体を目にした土岐は、〈時間礁〉に立ち向かおうとするが……。
 この作品もミステリ的です。未来からきた自分の死体、そして未来の自分が残したダイイングメッセージというユニークな謎が、見事に解決されています。ラストで示唆される土岐の運命が感動的です。

「暗黒星団」
 6個のブラックホールに囲まれたアダマス第二惑星。無人探査機が送ってきた地表の映像には、すべての生物が集団自殺を行う、悪夢のような光景が映し出されていた。宇宙飛行士タキは調査のためにアダマス星系に突入し、試料を持ち帰ってくるが……。
 生物たちの集団自殺という衝撃的な謎が非常によくできています。また、ラストはアナロジーを用いてわかりやすく説明されており、切れのいい作品といえるでしょう。

「迷宮の風」
 惑星ミノタウロスの地底に広がる、底知れぬ迷宮。元宇宙飛行士のタキは、遭難したヤマモト教授を救うために迷宮に潜っていく。だが、内部には謎の強風が吹き荒れていた……。
 前作「暗黒星団」の後日談ともいうべき作品です。タキとヤマモト教授の立場の逆転が皮肉です。メインのアイデアは面白いと思いますが、ひねりが少ないためにやや印象が薄い作品となっています。

「最後の接触」
 情報省では、〈人体利用計画〉の一環として、二つの実験が計画されていた。一つは恒星間無人探査装置への人脳の搭載、そしてもう一つはワープ・シップの操縦装置への筋肉系の利用というものだった。そして条件に適合する男が選び出され、手術を受けたのだが……。
 〈情報サイボーグ・シリーズ〉の1篇。脳と筋肉系の分離にはおぞましいものを感じてしまいますが、分離された後の構成は非常に面白いと思います。結末はほぼ予想できるところではありますが、そこへ至る過程に工夫が凝らされています。

「電送都市」
 電送通信による移動の際に起きた事故によって、別の宇宙へと消滅してしまったクヤマニア大学学園都市。自慢の美貌にかげりを見いだし、絶望してしまった男は、思い出の恋人を求めて学園都市への電送処理を受けた……。
 映画「ザ・フライ」などでおなじみの物質電送を題材にしながら、送られる情報そのものに着目した作品です。展開される理論には、非常に説得力が感じられます。

「骨折星雲」
 羽ばたく蝶のように直角に折れ曲がって見えるその銀河は、〈骨折星雲〉と呼ばれていた。コンピュータによるシミュレーションでも作り出すことのできない、自然発生ではあり得ない形状のその銀河へと、調査に向かった情報管理官マキタ。そしてそこで遭遇したものは……。
 〈情報サイボーグ・シリーズ〉の1篇。折れ曲がった銀河という壮大なスケールの奇想には驚かされます。そしてその背後に隠された秘密にも。

「太陽風交点」
 遺跡調査員の“私”は、ヘルクレス110番星を訪問せよという緊急指令を受けた。そこには、死んだはずの恋人・オリビアが待っているという。オリビアのもとへと急ぐ“私”の目の前に、突如現れた無数の太陽風ヨット。それは、目的地であるヘルクレス110番星系から飛来したものだった……。
 〈宇宙遺跡調査員シリーズ〉の、作中の時系列としては最初の作品で、しがない遺跡調査員としてくすぶっていた“私”にとって、重大な転機となったエピソードです。かつて死んだはずの恋人との“再会”、そしてトリニティとの出会いは、“私”に新たな人生をもたらしたといえるでしょう。また、宇宙空間を漂う無数の太陽風ヨットのイメージが鮮烈です。

「遺跡の声」
 次々と消息を絶つ無人探査艇の行方を追って、“私”とトリニティはアドルム第4惑星に着陸した。やがて、トリニティが聞き取った何者かの“声”を頼りに調査を進めていった“私”たちは、巨大なピラミッド型の遺跡へとたどり着く。そして、トリニティが“声”から読み取った“問い”とは……?
 〈宇宙遺跡調査員シリーズ〉の、作中の時系列では最後となるエピソードです。発表(初出は1976年)から年月を経て、作中の重要な要素の一つが“現実”に追い越されてしまったのは残念な(?)ところですが、それも瑕疵とはいえないでしょう。美しくも無常感の漂う結末が見事です。

「悪魔のホットライン」
 その男は、〈マックス〉と名乗った。恒星間を航行する宇宙船に、通信士として乗り込んだ“私”は、この奇妙な男の求めに応じて、自分の思い出を語り続けてきた。そして今、〈マックス〉は「おわかれが迫っている」と私に告げた……。
 非常によくできたアイデアにうならされますが、さらに“私”と〈マックス〉の奇妙な関係が見事なドラマを作り出しています。

2000.04.28再読了  [堀  晃]



チョウたちの時間  山田正紀
 1979年発表 (角川文庫 緑446-7・入手困難

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そして扉が閉ざされた  岡嶋二人
 1987年発表 (講談社文庫お35-12)ネタバレ感想

[紹介]
 富豪の一人娘が不審な事故で死亡してから三ヶ月、彼女の遊び仲間だった四人の男女が、遺族の手で地下の核シェルターに閉じ込められてしまった。そして、内部の壁には死んだ娘の写真とともに、“お前たちが殺した”という文字が……。四人は必死に脱出を試みながら、極限状況の中で事件の真相を推理するが……。

[感想]

 まず、事件の関係者が密室に監禁され事件の真相を推理するという設定がユニークです。岡嶋二人はシリーズの探偵をほとんど作らず、大多数の作品では、ごく普通の人間が事件に巻き込まれて推理せざるを得なくなるというパターンになっています。これは読者にとって、探偵役に感情移入しやすくなると同時に、探偵役の思考を追うことで推理の過程を身をもって体験することが可能となるのです。そしてこの作品では特に、“推理するという行為”自体に強い必然性があります。関係者たちにとっては、その推理に自分たちの命がかかってくることになるのですから。

 推理自体も魅力的です。一人の視点ではどうしても事件全体を把握しづらくなってしまう部分がありますが、複数の関係者が一緒に閉じ込められることで、複数の視点からの証言・推理をまとめあげ、真相に近づいていくという、ブレインストーミングのような手法となっています。次々と提示される細かい手がかりもよくできていますし、三ヶ月前の記憶をもとに推理するということで、手がかりが少しずつ提示される(思い出される)ところにも説得力があります。

 岡嶋二人後期の、間違いなくミステリ史上に残るべき傑作です。

2000.05.03再読了  [岡嶋二人]



プレード街の殺人 The Murders in Praed Street  ジョン・ロード
 1928年発表 (森下雨村訳 ハヤカワ・ミステリ244)ネタバレ感想

[紹介]
 ロンドンのプレード街で、青物商のトーヴィ、パン屋のコルバーン、そして詩人のパージェントらが相次いで殺されるという、不可解な殺人事件が発生した。被害者たちのつながりは見つからないが、全員が死の直前に、番号を記したカードを受け取っていた。一体誰が、何のために? そして、トーヴィの死に際に目撃された、“黒い船員”の正体は?

[感想]

 ジョン・ロードといえば、J.D.カー(C.ディクスン)との合作『エレヴェーター殺人事件』でトリック部分を担当したということもあって、何となくトリックメーカーというイメージを持っていましたが、この作品では意外にも、ユニークなプロットで読ませてくれます。特に前半は、被害者たちの隠されたつながりを求める展開で、強く興味をひきます。
 逆に後半、特に最後はあっけなく感じてしまいますが、全体的にはまずまずの作品といえるでしょう。

2000.05.05読了  [ジョン・ロード]



花嫁のさけび  泡坂妻夫
 1980年発表 (講談社・入手困難ネタバレ感想

[紹介]
 人気俳優・北岡早馬と結婚した伊津子は、それまでのつましく平凡な生活から一転、早馬の豪壮な邸で暮らすことになった。だがそこには、早馬の亡くなった前妻の影が色濃く残っていたのだ――早馬の前妻・貴緒は一年ほど前に謎の事故死を遂げていたが、生前の彼女を知る人々は今でも口を揃えて、その神々しいばかりの美しさと豊かな才能をほめそやすのだった。やがて、早馬が殺人鬼の役を演じる新作映画〈花嫁の叫び〉の撮影が終了し、早馬の結婚祝いも兼ねて北岡邸で行われた打ち上げの最中、不可解な毒殺事件が……。

[感想]

 趣向が前面に押し出された『11枚のとらんぷ』『乱れからくり』、そして大がかりなイリュージョンが仕掛けられた『湖底のまつり』と、それぞれにマニアックともいえる作風を披露してきた泡坂妻夫ですが、それらの作品に続いて発表された本書は、名作を下敷きにした王道のサスペンスの中に、実に巧妙に伏線とミスディレクションを張りめぐらせた作者の腕が光る、端正な印象のミステリとなっています。

 妻を事故で亡くした男に見初められ、新妻として豪壮な邸で暮らし始めた主人公が、そこかしこに残る前妻の影に脅かされていく――というプロットから、D.デュ・モーリアの小説/A.ヒッチコックの映画『レベッカ』“本歌取り”*1とされる本書ですが、主人公の夫・北岡早馬が人気俳優であり、新作の映画〈花嫁の叫び〉が製作されていく様子が大幅に取り入れられているあたり、『レベッカ』(映画)の“本歌取り”であることを強調する狙いもあるのかもしれません。

 名作が下敷きにされているゆえか、はたまた“前妻の影との対決”という構図そのものが普遍的な訴求力を備えているのか、いずれにしても主人公・伊津子への感情移入は非常にたやすく、物語に入り込みやすくなっているのは確かです。とりわけ、序盤から中盤にかけて伊津子が新たに出会う人々がことごとく、才色兼備だった早馬の前妻・貴緒を無神経とも思えるほどにほめそやす*2ことで、読者としては伊津子に対して判官びいきにも似た感情を抱かずにはいられないでしょう。

 貴緒は死してなお、伊津子を拒絶するかのように強烈な存在感を放ち、早馬と伊津子の結婚祝いも兼ねた撮影の打ち上げでさえ、いつの間にか“急死した美しき貴緒を悲しむパーティ”に姿を変える中、これまた貴緒が考案したという“毒杯ゲーム”でついに事件が起きます。毒薬ミステリでは定番といえば定番ですが、“毒杯”が誰の手に渡るかまったくわからないという状況は――ゲームのルールも相まって――非常に強固で、不可解さとともに不安感が一気に高まるのが秀逸です。

 さらに、貴緒の“事故死”――密室でのガス中毒死――までもが掘り起こされ、いよいよ事態が風雲急を告げるクライマックスにおいて、突如明らかにされる真相はある意味で衝撃的(一応伏せ字)多少はそれを予感させる部分がないでもない(ここまで)のですが、真相が明示されてもなお「まさかそんなはずは」と思わせる強力なミスディレクション、そして一つ一つ積み上げられることで説得力をもたらす膨大な伏線と、冴え渡る職人芸には脱帽せざるを得ません。

 最後の最後まで注意深く伏せられてきた“あるもの”が、事件の真相と同時にあらわにされることで鮮烈な印象をもたらし、そのまま効果的な演出が施された結末につながっていくあたりも実に見事。名手・泡坂妻夫の、稚気に満ちた趣向や逆説的なロジックなどとは違った一面を代表する傑作といえるでしょう。

*1: 実は私自身も『レベッカ』は未読/未見ですが、そのあらすじ(例えば「レベッカ (映画)#あらすじ - Wikipedia」などを参照)を押さえておく程度でも、本書を楽しむには十分かと思われます。
*2: 例外的な人物もいるにはいますが。

2000.05.07再読了
2009.05.26再読了 (2009.07.06改稿)  [泡坂妻夫]


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