ミステリ&SF感想vol.84 |
2004.05.31 |
『魔界の盗賊』 『狐闇』 『読後焼却のこと』 『重力が衰えるとき』 『風来忍法帖』 |
魔界の盗賊 Nifft the Lean マイクル・シェイ |
1982年発表 (宇佐川晶子訳 ハヤカワ文庫FT77・入手困難) |
[紹介と感想]
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狐闇 北森 鴻 | |
2002年発表 (講談社) | |
[紹介] [感想] 傑作『狐罠』の続編ですが、主人公である旗師・冬狐堂こと宇佐見陶子に、民俗学者・蓮丈那智(『凶笑面』など)や雅蘭堂こと越名集治(『孔雀狂奏曲』)が協力するという、オールスターキャストの豪華な作品です。前作でも陶子が“目利き殺し”の罠に嵌まったところから物語が始まっていますが、今回陶子が落ち込んだ苦境はそれをはるかに上回っており、豪華な協力者が必要になるのも当然といえるかもしれません。
コン・ゲーム+本格ミステリといった趣の前作とはうってかわって、本書の中心となるのは三角縁神獣鏡に秘められた歴史ミステリ的な謎です。複雑に錯綜した謎は、物語が進むにつれてスケールの大きなその姿を少しずつ現していきます。このあたりは非常にスリリングで、本書の最大の見どころといえるでしょう。 ただし、それが現代の事件と結びついた途端、今ひとつピンとこないものになってしまうのが残念です。現代の視点から眺めてみる限り、やや大風呂敷を広げすぎたという印象は否めません。結果として、前作よりは落ちるといわざるを得ないところですが、それも傑作である前作と比べての話であって、水準以上の作品には仕上がっていると思います。作者のファンならば間違いなく必読です。 2004.05.20読了 [北森 鴻] | |
【関連】 『狐罠』 『緋友禅』 |
読後焼却のこと Burn This ヘレン・マクロイ | |
1980年発表 (山本俊子訳 ハヤカワ・ミステリ1387) | ネタバレ感想 |
[紹介] [感想] レギュラー探偵のベイジル・ウィリング博士が登場する、マクロイ最後の長編です。それぞれに癖のある作家たちが同居する家の中に、悪名高い匿名書評家をまぎれ込ませるという状況設定が秀逸で、そこから生み出される謎めいた発端が実に魅力的です。
しかし残念なことに、殺人事件が起こってからの展開に少々難があります。〈ネメシス〉と作家たちの対立を中心に話が進んでいくのかと思いきや、物語の焦点が急にぼやけたものになってしまい、プロットが迷走しているという印象がぬぐえません。もちろん、最後にはきれいに収束するのですが、全体としてはややまとまりを欠いているきらいがあります。 トリックよりもプロットで勝負するタイプの作品であり、しかも作者のたくらみの核となる部分がよくできているだけに、非常にもったいなく感じられてしまいます。 2004.05.21読了 [ヘレン・マクロイ] |
重力が衰えるとき When Gravity Fails ジョージ・アレック・エフィンジャー | |
1987年発表 (浅倉久志訳 ハヤカワ文庫SF836) | ネタバレ感想 |
[紹介] [感想] 近未来のイスラム世界を舞台とした電脳ハードボイルド――紹介としてはこれだけでも十分かもしれません。ハヤカワ文庫SFとして刊行されていますが、ミステリの方(ハヤカワ文庫HM)に入っていてもおかしくない作品です。
手術によって頭に取り付けられる、“モディー”(人格モジュール)と“ダディー”(アドオン)というサイバーパンク的ガジェットがSF設定の中心ですが、全体的にみるとSF色はやや薄いといえるかもしれません。しかし、あまりなじみのないイスラム文化圏という舞台によるエキゾティシズムが、それを補うに足る“異世界”感をかもし出しています。 そしてその中で展開される物語そのものは、至極オーソドックスなハードボイルド(私立探偵もの)風です。主役をつとめるマリードも、不信心であったりドラッグ中毒であったりという味つけはされているものの、その弱点も含めて、ハードボイルドの主人公として魅力的に描かれています。真相を突き止めようと、R.スタウトの創造した名探偵ネロ・ウルフのモディーを装着する場面などは、笑いを禁じ得ないところですが(しかもそれが役に立たないあたりも……)。本格ミステリ的な謎解きが用意されているわけではありませんが、それなりの仕掛けは施されており、ミステリとしても十分楽しめるでしょう。 ユニークなアイデアと魅力ある題材、そしてしっかりした物語を構築した作者の筆力が結びついた、異色の傑作です。 なお、『太陽の炎』及び『電脳砂漠』(いずれもハヤカワ文庫SF・入手困難)という続編が発表されています。 2004.05.24再読了 [ジョージ・アレック・エフィンジャー] |
風来忍法帖 山田風太郎 | |
1964年発表 (角川文庫 緑356-10) | ネタバレ感想 |
[紹介] [感想] 作者自身の評価はともかくとして、ファンの間では非常に評判が高い作品です。主役をつとめるのは戦国をしたたかに生き延びる風来坊、七人の香具師たち。戦場を舞台に悪事を繰り広げる彼らが、ヒロインである麻也姫と出会ったことをきっかけに飛び込んでいく、痛快にして凄絶な戦いが描かれています。序盤の香具師たちの狼藉には少々辟易とさせられますが、その後は、600頁近い分量ながら一気呵成。
まず、主役クラスの登場人物たちが非常に魅力的です。リーダー格の悪源太を中心とする香具師たちは、それぞれの特殊技能も相まって個性豊かに描かれています(それを見事に表現している、角川文庫版の佐伯俊男氏によるカバーイラストは必見です)し、序盤の暴虐ぶりや終盤の命がけの戦いにもかかわらず、終始どこか明るい雰囲気をかもし出しているのも印象的です。そして、無頼の徒であった彼らが、なすべきことを見いだしてそれに邁進していく展開には、思わず胸が熱くなります。また一方、彼らの前に立ちはだかる敵となる三人の風摩忍者たちも、悪役としての強大さと存在感を大いに発揮しています。さらに、毅然とした態度と人情味を兼ね備え、城主不在の忍城と領民を石田三成の軍勢から守るために奮闘する麻也姫は、風太郎忍法帖屈指のヒロインといえるでしょう。 その登場人物たちが絡み合う物語もまた、出色の出来です。主役である香具師たちの戦いだけでなく、忍城をめぐる麻也姫と石田三成の攻防も含めて、本書のベースとなるのは“プロと素人の対決”であり、弱者が知恵を絞って強者を翻弄する痛快さが全編を支配しています。特に中盤、香具師たちが力を合わせて“風摩組卒業試験”ともいうべき困難な任務に挑む場面では、忍者らしいやり方とはまったく異なる大胆なアプローチが光っていますし、逆に終盤には一人一人がそれぞれの持ち味を発揮して一世一代の見せ場を作り出しています(余談ですが、特にこのあたり、山田正紀の傑作『火神を盗め』を連想しました)。 激しい戦いが終わった後に待っているのは、何とも美しく切ない結末。偶然の出会いに端を発する、香具師たちと麻也姫の数奇な運命を強調するかのように、深い感慨を与えてくれます。評判通り、風太郎忍法帖の最高傑作の一つであることは間違いありません。 ちなみに、私が所持しているのはイラストの佐伯俊男氏のサイン本です。 2004.05.26読了 [山田風太郎] |
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