ミステリ&SF感想vol.84

2004.05.31
『魔界の盗賊』 『狐闇』 『読後焼却のこと』 『重力が衰えるとき』 『風来忍法帖』



魔界の盗賊 Nifft the Lean  マイクル・シェイ
 1982年発表 (宇佐川晶子訳 ハヤカワ文庫FT77・入手困難

[紹介と感想]
 ホラー/ファンタジー的な世界を舞台に、天下に名だたる大盗賊・痩せのニフトが、怪力を誇る相棒・チリテのバーナーとともに繰り広げる冒険を描いた中編集です。
 ニフトが実際に盗賊らしい仕事をするのは、本書の中では「吸血鬼女王の真珠」のみ。邦題からするとやや拍子抜けですが、作者としては単にアンチヒーロー的なキャラクター、というくらいの意味合いなのかもしれません。
 本書は、ニフトの冒険譚を友人の歴史家がまとめたものという設定になっており、各篇にはその歴史家による序文が付されています。この序文では、舞台となる土地の様子や事件の背景などが要領よく説明してあり、話がわかりやすくなっていると同時に、舞台となる世界のイメージを強固なものにしています。
 なお、痩せのニフトを主役とした物語は他にも書かれているようですが、残念ながら未訳です。

「では、くるがよい、人間ども――彼女の魂を捜すとしよう」 Come Then, Mortal, We Will Seek Her Soul
 ニフトがバーナーに語る思い出話――ニフトはかつて、相棒だったハルダーという男とともに、死者の国を訪れたことがあるという。荒涼たる平原で野営をしている最中、岩の中から突如現れた骸骨が、見る見るうちに美女へと姿を変え、二人に頼みごとをしてきたというのだ。ある男を自分のもとへ連れてきてほしい、と……。
 古典的ともいえる題材、死者の国への旅を扱った作品ですが、死者をそこから連れ戻すのではなく、死者の依頼を受けて生者を連れて行くという状況が、なかなか面白いと思います。また、死者の国への行き方はどことなくユーモラス。結末は皮肉が利いています。

「吸血鬼女王の真珠」 The Pearls of the Vampire Queen
 吸血鬼女王の領土の特産品、沼地でとれる黒い真珠の密漁を企むニフトとバーナーだったが、真珠を生み出す沼地の生物・ポリープは強敵で、手に入る獲物はとても労力に見合わない。そこで出会った男から、女王の宮殿で行われる儀式の話を聞き出したニフトは、要領のいい盗みの計画をひねり出した……。
 ニフトの本業である泥棒劇を描いた作品です。スマートな盗みというよりは、強盗、もしくは誘拐に近いようなものですが……。豪快な結末が印象的です。

「魔海の人釣り」 The Fishing of the Demon Sea
 捕らえられて絞首刑となる寸前のニフトとバーナーを救った悪代官は、その代償として、自ら呼び出した悪魔にさらわれ、魔海に囚われている息子を救い出すことを要求する。この難題を解決するためには、300年もの間魔海で行き続けているという伝説の人物、“私掠船長”の力を借りるしかないらしい……。
 ダークファンタジーというべきでしょうか。魔海周辺の異様な光景の描写は迫力があります。また、ニフト以上の存在感を示している怪(快?)人物、“私掠船長”が魅力的です。馬鹿息子のせいで、帰りの旅が“珍道中”になっているところはご愛嬌。

「ガラスの中の女神」 The Goddess in Glass
 “鉄床草原”の神殿。巨大なトンボに似た、かつて星からやってきた“女神”の亡骸は、ガラス箱に納められ、死してなお神殿の巫女に託宣を送り続けていた。危機に瀕する“鉄床草原”に対して“女神”が下した託宣は、壮大な難事業を命じるものだった。そこにいあわせたニフトは、傭兵として参加するのだが……。
 異星人が登場する、ややSF寄りの作品です。死体となっても託宣を下し続けているところがものすごいですが、何となく納得させられてしまいます。クライマックスは、ある意味『風の谷のナウシカ』風といえるかもしれません。

2004.05.14再読了  [マイクル・シェイ]



狐闇  北森 鴻
 2002年発表 (講談社)

[紹介]
 店を持たない骨董屋を営んでいた宇佐見陶子が、二枚の青銅鏡を市で競り落としたことが事件の始まりだった。そのうちの一枚がなぜか、三角縁神獣鏡というまったくの別物にすり替わっていたのだが、その神獣鏡を取り返そうとする勢力によって、陶子は絶体絶命の窮地に追い込まれてしまったのだ。神獣鏡には、一体どんな秘密が隠されているのか? 調べていくうちに浮かび上がってきたのは、強引に古美術品を収集していたという明治時代の堺の県令・税所篤という人物、そして“税所コレクション”と呼ばれる古美術品……。

[感想]

 傑作『狐罠』の続編ですが、主人公である旗師・冬狐堂こと宇佐見陶子に、民俗学者・蓮丈那智(『凶笑面』など)や雅蘭堂こと越名集治(『孔雀狂奏曲』)が協力するという、オールスターキャストの豪華な作品です。前作でも陶子が“目利き殺し”の罠に嵌まったところから物語が始まっていますが、今回陶子が落ち込んだ苦境はそれをはるかに上回っており、豪華な協力者が必要になるのも当然といえるかもしれません。

 コン・ゲーム+本格ミステリといった趣の前作とはうってかわって、本書の中心となるのは三角縁神獣鏡に秘められた歴史ミステリ的な謎です。複雑に錯綜した謎は、物語が進むにつれてスケールの大きなその姿を少しずつ現していきます。このあたりは非常にスリリングで、本書の最大の見どころといえるでしょう。

 ただし、それが現代の事件と結びついた途端、今ひとつピンとこないものになってしまうのが残念です。現代の視点から眺めてみる限り、やや大風呂敷を広げすぎたという印象は否めません。結果として、前作よりは落ちるといわざるを得ないところですが、それも傑作である前作と比べての話であって、水準以上の作品には仕上がっていると思います。作者のファンならば間違いなく必読です。

2004.05.20読了  [北森 鴻]
【関連】 『狐罠』 『緋友禅』



読後焼却のこと Burn This  ヘレン・マクロイ
 1980年発表 (山本俊子訳 ハヤカワ・ミステリ1387)ネタバレ感想

[紹介]
 “焼き捨てること”という太字の注意書きに続く文章は、殺人計画をほのめかすものだった――作家や翻訳家が同居する家の庭で、家主である女流作家・ハリエットの目前にどこからともなく舞い落ちてきた一枚の紙には、容赦ない辛辣な書評で作家たちの恨みを買う匿名書評家〈ネメシス〉がこの家に住んでいること、そしてその正体を知った人物が〈ネメシス〉の命を狙っていることが記されていたのだ。〈ネメシス〉は、そして“犯人”は一体誰なのか? そして数日後、自室に戻ってきたハリエットは、そこで死体を発見した……。

[感想]

 レギュラー探偵のベイジル・ウィリング博士が登場する、マクロイ最後の長編です。それぞれに癖のある作家たちが同居する家の中に、悪名高い匿名書評家をまぎれ込ませるという状況設定が秀逸で、そこから生み出される謎めいた発端が実に魅力的です。

 しかし残念なことに、殺人事件が起こってからの展開に少々難があります。〈ネメシス〉と作家たちの対立を中心に話が進んでいくのかと思いきや、物語の焦点が急にぼやけたものになってしまい、プロットが迷走しているという印象がぬぐえません。もちろん、最後にはきれいに収束するのですが、全体としてはややまとまりを欠いているきらいがあります。

 トリックよりもプロットで勝負するタイプの作品であり、しかも作者のたくらみの核となる部分がよくできているだけに、非常にもったいなく感じられてしまいます。

2004.05.21読了  [ヘレン・マクロイ]



重力が衰えるとき When Gravity Fails  ジョージ・アレック・エフィンジャー
 1987年発表 (浅倉久志訳 ハヤカワ文庫SF836)ネタバレ感想

[紹介]
 様々な悪徳がはびこり、猥雑な魅力を誇るアラブの犯罪都市・ブーダイーンにあって、一匹狼の立場を貫こうとする男・マリード。行方不明の息子探しを依頼してきたロシア人の男が目の前で射殺された上に、なじみの性転換娼婦が失踪したことで借金を背負い込むなど、続けざまにトラブルに見舞われたマリードだったが、さらに続発するむごたらしい殺人事件の解決という難事を、街の顔役から押しつけられてしまう。しかも、電脳手術を受けた強力な敵に立ち向かうために、こちらも脳味噌を改造しなければならないというのだ……。

[感想]

 近未来のイスラム世界を舞台とした電脳ハードボイルド――紹介としてはこれだけでも十分かもしれません。ハヤカワ文庫SFとして刊行されていますが、ミステリの方(ハヤカワ文庫HM)に入っていてもおかしくない作品です。

 手術によって頭に取り付けられる、“モディー”(人格モジュール)と“ダディー”(アドオン)というサイバーパンク的ガジェットがSF設定の中心ですが、全体的にみるとSF色はやや薄いといえるかもしれません。しかし、あまりなじみのないイスラム文化圏という舞台によるエキゾティシズムが、それを補うに足る“異世界”感をかもし出しています。

 そしてその中で展開される物語そのものは、至極オーソドックスなハードボイルド(私立探偵もの)風です。主役をつとめるマリードも、不信心であったりドラッグ中毒であったりという味つけはされているものの、その弱点も含めて、ハードボイルドの主人公として魅力的に描かれています。真相を突き止めようと、R.スタウトの創造した名探偵ネロ・ウルフのモディーを装着する場面などは、笑いを禁じ得ないところですが(しかもそれが役に立たないあたりも……)。本格ミステリ的な謎解きが用意されているわけではありませんが、それなりの仕掛けは施されており、ミステリとしても十分楽しめるでしょう。

 ユニークなアイデアと魅力ある題材、そしてしっかりした物語を構築した作者の筆力が結びついた、異色の傑作です。

 なお、『太陽の炎』及び『電脳砂漠』(いずれもハヤカワ文庫SF・入手困難)という続編が発表されています。

2004.05.24再読了  [ジョージ・アレック・エフィンジャー]



風来忍法帖  山田風太郎
 1964年発表 (角川文庫 緑356-10)ネタバレ感想

[紹介]
 色男の七郎義経、怪力無双の弁慶、哀れっぽい声を出す夜狩りのとろ盛、顔色が悪い中にも一脈のすごみを秘めた陣虚兵衛、軍略の才を見せる昼寝睾丸斎、想像を絶する巨根を持つ馬左衛門、そして女に対して特殊な能力を発揮する悪源太助平――戦乱に乗じた掠奪や強姦、さらには人身売買と、あくどい稼業を続けてきた七人の香具師たち。しかし、関白秀吉と北条家との攻防が続く小田原城下、美貌の女性・麻也姫との出会いが彼らの運命を変える。麻也姫を守る三人の風摩忍者にこっぴどくやられた腹いせに、彼女の嫁入り先である忍城{おしじょう}に乗り込もうとした香具師たちだったが、またもやあえなく撃退されてしまう。風摩忍者に立ち向かうには、自分たちもまた忍法を身につけるしかない。かくして香具師たちは、風摩組に入門して忍法修行に臨んだのだが……。

[感想]

 作者自身の評価はともかくとして、ファンの間では非常に評判が高い作品です。主役をつとめるのは戦国をしたたかに生き延びる風来坊、七人の香具師たち。戦場を舞台に悪事を繰り広げる彼らが、ヒロインである麻也姫と出会ったことをきっかけに飛び込んでいく、痛快にして凄絶な戦いが描かれています。序盤の香具師たちの狼藉には少々辟易とさせられますが、その後は、600頁近い分量ながら一気呵成。

 まず、主役クラスの登場人物たちが非常に魅力的です。リーダー格の悪源太を中心とする香具師たちは、それぞれの特殊技能も相まって個性豊かに描かれています(それを見事に表現している、角川文庫版の佐伯俊男氏によるカバーイラストは必見です)し、序盤の暴虐ぶりや終盤の命がけの戦いにもかかわらず、終始どこか明るい雰囲気をかもし出しているのも印象的です。そして、無頼の徒であった彼らが、なすべきことを見いだしてそれに邁進していく展開には、思わず胸が熱くなります。また一方、彼らの前に立ちはだかる敵となる三人の風摩忍者たちも、悪役としての強大さと存在感を大いに発揮しています。さらに、毅然とした態度と人情味を兼ね備え、城主不在の忍城と領民を石田三成の軍勢から守るために奮闘する麻也姫は、風太郎忍法帖屈指のヒロインといえるでしょう。

 その登場人物たちが絡み合う物語もまた、出色の出来です。主役である香具師たちの戦いだけでなく、忍城をめぐる麻也姫と石田三成の攻防も含めて、本書のベースとなるのは“プロと素人の対決”であり、弱者が知恵を絞って強者を翻弄する痛快さが全編を支配しています。特に中盤、香具師たちが力を合わせて“風摩組卒業試験”ともいうべき困難な任務に挑む場面では、忍者らしいやり方とはまったく異なる大胆なアプローチが光っていますし、逆に終盤には一人一人がそれぞれの持ち味を発揮して一世一代の見せ場を作り出しています(余談ですが、特にこのあたり、山田正紀の傑作『火神を盗め』を連想しました)

 激しい戦いが終わった後に待っているのは、何とも美しく切ない結末。偶然の出会いに端を発する、香具師たちと麻也姫の数奇な運命を強調するかのように、深い感慨を与えてくれます。評判通り、風太郎忍法帖の最高傑作の一つであることは間違いありません。

 ちなみに、私が所持しているのはイラストの佐伯俊男氏のサイン本です。

2004.05.26読了  [山田風太郎]


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