神狩り
[紹介]
若き天才情報工学者の島津圭助は、発見された古代遺跡の石室に刻まれた“古代文字”を目にする。それは、ただ二つしかない論理記号、そして十三重に入り組んだ関係代名詞など、人間には理解できない論理構造を持つものだった。そして、古代文字の秘密を追い求める島津は、“神”との戦いに巻き込まれていく……。
[感想]
「想像できないことを想像する」というのが(特に初期の)山田正紀SFのキーワードになっているわけですが、デビュー作であるこの作品では“神との戦い”をテーマとし、冒頭に「語りえぬことについては、沈黙しなくてはならない」という、哲学者ヴィトゲンシュタインの言葉を引用しながら、真っ向からこれに挑戦しています。ここで山田正紀は、神の強大さを描くに際して抽象的な、あるいは陳腐な描写をもってするのではなく、神の“エッセンス”ともいえる古代文字を使って“論理レベルの違い”を浮き彫りにするという巧妙な手段を採用しています。
もう一つ特筆すべきは、その抜群の読みやすさです。ある意味ステレオタイプな登場人物たちが感情移入を容易にしている部分もありますが、やはりすぐれたストーリーテリングに負うところが大きいでしょう。ハードなテーマとリーダビリティが両立しうるということを具現化した、文句なしの傑作です。
【関連】 『神狩り2 リッパー』
弥勒戦争
[紹介]
人類に災いをもたらし得る超常能力を持っているため、あえて滅びの運命を受け入れることを掟とする独覚一族。しかし、第二次世界大戦が終了し、日本がようやく復興の時を迎えようとしているいま、独覚一族の前に正体不明の強大な独覚・弥勒が出現した。それはGHQを操って朝鮮戦争を引き起こし、第三次世界大戦の危機を招こうとしていたのだ。結城弦をはじめとする、独覚一族最後の生き残りたちは、掟に従って悪しき独覚・弥勒を除こうとするが……。
[感想]
独覚一族、そして弥勒に関する設定が秀逸です。物語の主役となるのは超常能力による戦闘ではなく、むしろ、独覚一族が受け入れざるを得ない滅びの運命です。仏教にヒントを得た設定をもとに、なぜ滅びていかなければならないのかが、鮮やかに描き出されています。仏陀の入滅後、56億7千万年を経て地上に降臨し、人々を救うはずの弥勒が、なぜ“悪しき独覚”と呼ばれるのか。真相を知った独覚たちの苦悩が印象に残ります。
化石の城
[紹介]
1968年5月、学生や労働者による大規模なゼネストに揺れるパリ。日本人の建築家、瀬川峻は、旧友と偶然再会したことから、否応なしにこの運動に巻き込まれていく。だがその背後には、米ソの上層部や諜報機関も関わる大規模な陰謀があった……。
パリの地下、洞窟の奥深くにユダヤ人が築いた城、〈自由城〉。フランツ・カフカにも影響を与えたとされるこの城は、どのような意味を持つ存在なのか?
[感想]
前二作がストレートなSF作品であったのに対し、本書は国際謀略小説といった感じの作品で、長編三作目にしてすでに山田正紀の幅広さがうかがえます。
いかにも山田正紀という展開、そして結末ですが、この予測される結末へ向けて暴走する登場人物たちの姿が非常に印象的です。SFから冒険小説、本格ミステリ、時代小説までもこなす器用さを持っている山田正紀ですが、その本質は青春の挫折と、かなうことのない虚しい希望がストレートに描かれたこの作品にこそ強く表れているのではないでしょうか。
氷河民族
[紹介]
ある夜、飛び出してきた少女を車ではねてしまった鹿島は、途方もない事件に巻き込まれていく。外傷もないまま、ひたすら眠り続ける少女は、体温が異常に低く、血液の組成が人間と異なっていた。少女は伝説の“吸血鬼”なのか? 少女をめぐる争奪戦は、やがて殺人事件へと発展し……。
[感想]
ハヤカワ文庫・ハルキ文庫では『流氷民族』の題名で刊行されている作品。
眠り続ける少女は、ほとんど冒頭にしか登場せず、全編を通じて、少女を取り巻く周囲の思惑に焦点が当てられています。少女を守ろうとする者、それと対立する者、そして少女に人生を狂わされた者……。これによって、逆に少女の神秘性が高められています。
その神秘的な少女の秘密はどのようなものなのか。作中で明らかにされるその秘密は、吸血鬼伝説の新解釈として非常に魅力的なものです。
バランスの悪い部分もありますが、不思議な魅力を持った作品です。
襲撃のメロディ
[紹介と感想]
巨大コンピュータによる管理社会の恐怖と、それに抵抗する人々の姿を描いた連作集です。“襲撃”の計画はなかなかユニークで、山田正紀らしさを感じさせます。1970年代に書かれた作品であるため、現在ではかなり苦しい部分もありますが、あり得たかもしれない現在を想像しながら読むのも一興でしょう。
- 「襲撃のメロディ/1」
- 東京湾に建設された巨大電子頭脳。経済のみならず、外交戦略をもつかさどるそれは、史実までもねじ曲げようとしていたのだ。反電子頭脳主義者たちの運動に身を投じた“ぼく”は、自動制御室を破壊するために、巨大電子頭脳に潜入したが……。
- 自動制御室の扉を開かせる手段や、巨大電子頭脳が管理する対象など、細部のアイデアがよくできていると思います。
- 「幽霊列車/2」
- 巨大電子頭脳による管理に反抗し、システムエンジニアからけちなゆすり屋へと成り下がった“私”は、新幹線座席予約システムのトラブルを調査するうちに、その背後に隠された事実を発見した。時刻表には現れない“幽霊列車”が走っているのだ……。
- 時刻表に現れない幽霊列車というアイデアが秀逸です。が、幽霊列車が走らされる“理由”がやや弱く、物足りなさを感じてしまいます。
- 「最後の襲撃/3」
- 反電子頭脳主義者たちの運動の背後に出没する“彼”は、医師と電子工学者にあるプログラムを作成するよう指示していた。そして反電子頭脳主義者が一斉に検挙されたその日、“彼”が動いた!
- 管理社会に生じたひずみと、それによって生まれた皮肉な状況が何ともいえません。
崑崙遊撃隊
[紹介]
中国大陸の奥深くにあるという伝説の地、“崑崙”。黄河の水源であるといわれるこの地を手中にした者は、中国全土を治めることができると信じられていた。ゴビ砂漠で剣歯虎を目にした大陸浪人の藤村脇は、謎の男・森田、中国秘密結社の殺し屋・B.W、馬賊の英雄・倉田、そして美少年・天竜らとともに、崑崙を目指すことになった。長い旅の果てにようやくたどり着いた崑崙の正体は……。
[感想]
戦前の中国を舞台にした、秘境冒険小説です。それぞれに事情を抱えながら、崑崙を目指す男たち。特に主人公の藤村の動機は切実ですが、カットバックを多用することによって、これがさらに際立っています。また、旅の途中で出会うラマ僧による予言も非常に印象的です。そして最後に登場するSF設定は意表を突いたもので、後の『宝石泥棒』にも通じるものを感じさせます。崑崙に到着した後の場面をもっと描いてほしかったとも思いますが、この若干の物足りなさも含め、いかにも山田正紀らしい作品です。
謀殺のチェス・ゲーム
[紹介]
自衛隊の次世代哨戒機PS-8が、テスト飛行中に奥尻島沖で消息を絶った。何者かにまんまと奪われてしまったのだ。最新のゲーム理論を駆使する新戦略専門家{ネオステラテジスト}・宗像一佐は、事件の背後に元同僚でライバルだった藤野の影を見いだす。かくして、PS-8をかけた想像を絶する頭脳戦が始まった……。
[感想]
次世代哨戒機PS-8をかけた男たちの戦いを描いた傑作です。
実行部隊である立花と佐伯の戦いも迫力がありますし、新戦略専門家たちと愛桜会との自衛隊内部の覇権争い、さらには不確定要素を増すために導入された、少年少女のやくざからの逃避行なども見逃せませんが、やはり何といっても宗像と藤野の頭脳戦が圧巻です。完全に先手を取られながらも、わずかなチャンスを見逃さずに逆転を狙う宗像と、予期せぬアクシデントに見舞われながら、懸命に打開策を探る藤野。二人がそれぞれに繰り出す指し手はいずれもハイレベルで、見ごたえがあります。特に初期の山田正紀における重要なキーワードである“ゲーム性”が色濃く表れた作品です。
火神{アグニ}を盗め
[紹介]
インド奥地に建設された、最新鋭の原子力発電所・火神{アグニ}。日本の商社からセールス・エンジニアとして派遣されていた工藤篤は、偶然アグニの秘密を知ってしまったことから、CIAや中国情報局などの国際スパイ戦に巻き込まれ、命を狙われてしまう。逆襲に転じるため、工藤は仲間たちとともに、鉄壁の要塞であるアグニに潜入しようとするが……。
[感想]
山田正紀流の“ミッション・インポシブル”。頭脳と肉体を駆使して困難な目標に挑む男たちというモチーフは、『贋作ゲーム』など、他の作品でも再三描かれていますが、この作品は特によくできています。
緊張感をはらんだ序盤からスリリングな終盤まで、息をもつかせぬ展開で読者を引き込みますが、最大の魅力は何といってもその痛快さでしょう。国際スパイ戦、そして堅固なアグニという、巨大すぎるターゲットに対して、潜入チームは一人を除いてごく普通の、というよりはむしろ無能なサラリーマンという、あまりにも心もとない状況ですが、ダメサラリーマンだったはずのメンバーたちがいつしかチームとしての結束を高め、難題を解決していく展開は、鮮やかというほかありません。
山田正紀の代表作であり、絶対に読んで損はない大傑作です。
神々の埋葬
[紹介]
幼い頃の飛行機事故で、奇跡的に救出された榊賢二、乃理子の兄妹は、政財界の大物たちの親睦団体・“渡虹会”による庇護を受けてきた。だが、パリ留学からの帰途に着いたはずの乃理子が姿を消し、手がかりを求める賢二の前に、“渡虹会”を背後で操る黒幕・“翁”の秘書が姿を現す。マスコミによる“神”をテーマとした熱狂的なキャンペーンが進行する中、信じがたい超常能力に目覚めた賢二。榊兄妹の運命は……。
[感想]
『神狩り』、『弥勒戦争』に続く、〈“神”三部作〉の第三弾。この三部作の特徴として、神と対決する主人公の能力が次第に強大なものとなっている点が挙げられますが、そのためこの作品では、人間を超越した存在であるはずの神の強大さが、伝わりにくくなっている面があるように感じます。代わりに、この作品で描かれているのは神の悲哀です。ラストの“神”の凄惨な姿には、胸を打たれずにはいられません。超越者の孤独を見事に描ききった作品といえるでしょう。
また、脇役の充実も見逃せません。“翁”の秘書・西丸や、乃理子の元級友・後藤、さらには榊兄妹と直接関わることのないCMマン・笠原にいたるまで、実に印象的に描かれています。
地球・精神分析記録 エルド・アナリュシス
[紹介]
“異変”、そして集合的無意識と神話の消滅。人類の自我は空虚なものとなり、感情を失った生ける屍と化してしまった。失われた感情、そして神話を受け継ぐのは、〈悲哀{ルゲンシウス}〉、〈憎悪{オディウス}〉、〈愛{アモール}〉、〈狂気{インサヌス}〉と名づけられた、四体の神話ロボット。人類はいつしか、神話ロボットたちにコンプレックスを抱くようになっていた。
しかし今、コンプレックスを克服し、人類の手に神話を取り戻すため、謎のゴムマスクの男の命令を受けて、四人の工作員たちが神話ロボットの破壊に向かった――はずだったが……。
[感想]
精神分析の手法になぞらえた、「徴候分析 悲哀―ルゲンシウス―」、「既往歴分析 憎悪―オディウス―」、「無意識分析 愛―アモール―」、「連想分析 狂気―インサヌス―」、「総合診断 激情―エモツィオーン―」と題された五篇の物語からなる連作です。
冒頭では、集合的無意識の喪失と神話ロボット、そしてコンプレックスを克服するための“父殺し”と、比較的ストレートな設定ですが、モチーフは維持されたまま、世界が次第に変容していきます。
世界の変容に伴う不安感に加えて、モチーフの繰り返しによって特徴づけられる悪夢を見事に描いた傑作です。