ミステリ&SF感想vol.90

2004.09.02
『伊賀忍法帖』 『ふたりジャネット』 『時間蝕』 『日時計』



髑髏島の惨劇 Ripper  マイケル・スレイド

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伊賀忍法帖  山田風太郎
 1964年発表 (講談社文庫 や5-9)ネタバレ感想

[紹介]
 後に戦国の梟雄として名を馳せる松永弾正久秀は、主君である三好義興の妻・右京太夫に横恋慕していた。それを知った果心居士は、奇怪な忍術を使う七人の根来僧を弾正に貸し与え、究極の媚薬ともいうべき“淫石”を作ることを勧める。かくして、弾正の命により、根来僧たちは“淫石”の材料たる美女を狩り集めるのだった……。
 一方、遊女・篝火と駆け落ちした伊賀忍者・笛吹城太郎は、篝火を連れて伊賀の里へ戻ろうとしていた。だが、根来僧たちに襲われて深手を負い、篝火を奪われてしまう。右京太夫と瓜二つの顔を持つ篝火は、根来僧の忍法“壊れ甕”により弾正の愛妾・漁火と首をすげ替えられて……。

[感想]

 題名としては『甲賀忍法帖』と対になる作品。内容に直接の関係はないものの、特殊な忍法を使う忍者たちが命令によって集団対集団の戦いを繰り広げる『甲賀忍法帖』に対して、さほど特殊な忍法を身に着けていない主人公が個人的な事情により多数の忍者たちと対決するあたりは好対照といえます。

 主人公の笛吹城太郎は伊賀忍者ではありますが、能力的にも常人を大きく越えるものではなく、また心情的にも忍者らしからぬところがあり、結果として本書は『江戸忍法帖』などのようなヒーローものに通じる作品となっています。根来僧に対するその戦いぶりはやや心許ないところもありますし(実際に初対決ではあっさりと敗れています)、“黒衣の騎馬隊”の助けを借りる場面などもありますが、それゆえに、風太郎忍法帖としてはかなり感情移入しやすい主人公だといえるでしょう。

 物語は一見すると、愛する篝火を奪われた城太郎の、根来僧及び松永弾正に対する復讐譚であるように思えます。確かにそれが軸になることは間違いないのですが、そこに忍法“壊れ甕”や右京太夫の存在が絡んでくることで、物語は少しずつ様相を変えていきます。篝火の首を得た漁火は稀代の妖女へと変貌し、弾正や根来僧の思惑も越えた波乱を引き起こします。一方、弾正はまだしも城太郎とは本来無縁のはずの貴婦人である右京太夫は、騒動に巻き込まれて城太郎と出会い、大きく運命を変えることになるのです。同じ顔を持ちながら対照的なこの二人の女性に加えて、さらに独自の思惑で城太郎を助ける勢力までもが登場することで、物語は単なる復讐譚を越えて、より複雑で印象深いものになっています。

 そして、結末の処理もまた見事です。いわば実行犯である根来僧だけでなく、黒幕の松永弾正を討たずして城太郎の戦いが終わることはない……はずなのですが、史実では弾正が命を落とすのは10年以上も先の話。物語としての結末と史実との整合性という難題に対して、作者が用意した解決は実に巧妙というほかありません。最初から最後まで、巧みな構成が光る傑作です。

2004.08.21再読了  [山田風太郎]



ふたりジャネット The Two Janets  テリー・ビッスン
 2004年発表 (中村 融編・訳 河出書房新社 奇想コレクション)

[紹介と感想]
 日本で独自に編纂された短編集です。〈奇想コレクション〉という叢書にふさわしく、“奇想”というしかないワン・アイデアを中心とした作品ばかりですが、オチなどはほとんどなく、主にアイデアを“どのように描く(語る)か”というところに持ち味が発揮されています。
 個人的ベストは、「熊が火を発見する」

「熊が火を発見する」 Bears Discover Fire
 日曜日の晩、帰り道の途中でタイヤがパンクし、おれたちは壊れかけの懐中電灯の明かりで修理をしていた。と、そこに現れたのは、松明をかかげた二頭のだった。“どうも熊が火を発見したみたいだな”……。
 題名そのままの作品なのですが、とにかく熊たちのかわいらしさが何ともいえません。“火”そのものはさして重要ではなく、新しく発見した“玩具”に夢中になった熊たちが、人間に対する恐れも不安も見せることなくただ“そこにいる”という、その姿こそがこの作品の魅力なのだと思います。理解し合うことができない異質な存在であっても共存はできる、あるいは少なくとも何か近しいものが感じられる、というか。
 そのあたりが、我が家のオオコノハズク“ジェフくん”に通じるところがある(特にこの写真)ように思えることもあって、個人的に一層魅力的な作品になっています。

「アンを押してください」 Press Ann
 “ご利用のお取引をお選びください/お預け入れ/お引き出し/残高照会/お天気――暴走を始めるATM。デートのために金をおろそうとするカップルに話しかけ、その行動に口を挟み、やがて……。
 ほぼ全編が会話のみで構成されたショートショート。ATMの暴走による際限ないドタバタ劇が愉快です。

「未来からきた二人組」 Two Guys from the Future
 未来からきたという二人組の男たち。彼らの目的は、テレサ・アルガリン・ロサドという名の芸術家の絵画を保護することだった――というわけで、画廊で警備員のアルバイトをしているわたしは……。
 本書の中では比較的ストレートな作品で、冒頭の状況などは陳腐とさえいえるかもしれませんが、終盤の奇妙な味は秀逸です。

「英国航行中」 England Underway
 海岸に打ち寄せる波のおかしな様子に気づいたフォックス氏。翌日になると事態が明らかになった。英国本島が元の位置を離れ、少しずつ移動し始めたのだ。その目的地は一体どこなのか……?
 英国がふらふら漂流するという珍妙なアイデア。しかし、そこに孤独な男の単調な生活が重ね合わされ、単なるホラ話ではなく味わい深い作品に仕上がっています。

「ふたりジャネット」 The Two Janets
 ニューヨークに出てきて仕事をしているジャネットのもとに、故郷のオーエンズボロにいる母親、元婚約者のアラン、そして親友のジャネットから、次々と奇妙な電話がかかってくる。オーエンズボロでは一体何が起こっているのか……?
 SFでもファンタジーでもなく、特にオチもないまま、奇妙な不条理感だけが漂う作品です。

「冥界飛行士」 Necronauts
 自己で視力を失った画家であるわたしは、奇妙な実験に協力することになった。人工的に臨死体験を引き起こし、死後の世界の様子を描いてほしいというのだ。かくして、〈他界〉への旅が始まった……。
 ビッスンにしては珍しい雰囲気の作品です。闇に閉ざされた“現実”と光あふれる〈他界〉が鮮やかなコントラストをなす一方で、グロテスクな“死”が少しずつ顔を見せ始めるのが印象的です。

「穴の中の穴」 The Hole in the Hole
 〈穴〉と呼ばれる地区の廃車置場で、中古車の部品を物色していたアーヴとウー。ところが、ウーがとんでもないものを発見したことから、二人は〈穴〉の奥の洞窟に潜り込むことになって……。
「宇宙のはずれ」 The Edge of the Universe
 宇宙は膨張を止めて、収縮を始めている――ウーが伝えてきた大発見にも取り合わないアーヴだったが、駐車場に捨てられた座席クッションのおかしな様子に首をひねる。以前に見た時よりも……。
「時間どおりに教会へ」 Get Me to the Church on Time
 結婚式を間近に控えたアーヴ。だが、付き添い役となるはずのウーが、厄介な問題を抱えていて手が放せないのだという。どうやら、“局地的時空におけるねじれ”なるものが発生しているらしいのだが……。
***
 この3篇は、〈万能中国人ウィルスン・ウー〉の登場するシリーズです。
 いずれも、マッド・サイエンティストたるウーの活躍を友人のアーヴの視点から描くというスタイルですが、ウーがいわば“理論マッド・サイエンティスト”なのが面白いところで、“実験マッド・サイエンティスト”のように珍奇な発明で騒動を引き起こすのではなく、怪現象を珍奇な理論(なぜか数式の中に漢字が……)で解き明かすという探偵のような役回りです。特に後の2篇ではほとんど直接姿を現すことのないまま、“安楽椅子探偵”のようなポジションにおさまっています。
 スケールの大きなネタが無茶苦茶な理論で説明されている“バカSF”ですが、それがローカルな現象と結びつけられることで生じるギャップがまた笑えます。

2004.08.25読了  [テリー・ビッスン]



時間蝕  神林長平
 1987年発表 (ハヤカワ文庫JA249・入手困難

[紹介と感想]
 バラエティに富んだ4篇のSF中編を収録した作品集です。

「渇眠」
 “眠らせてくれ、やつは眠りを食う”――ウラシマ効果の陰に隠れて逃亡を続ける永久逃亡犯と、それを追い続ける永久刑事。彼らが乗り込んだ民間宇宙船が救難信号を受信したことから、敵味方である二人は難破船の捜索に向かうことになったのだが、その船内には……。
 堀晃テイストの漂うストレートなSF。永久逃亡犯と永久刑事という設定が魅力的です。B.J.ベイリーのアレにもう一ひねり加えたようなアイデアもよくできています。

「酸性雨」
 酸性雨が降り続く都市。人々は、この都市を管理する第六世代コンピュータに頼り切っていた。そんな中、一人の女性が入浴中に感電死し、コンピュータは事故と判断した。だが、疑問を抱いた一人の刑事が捜査を続けるうちに、思わぬ事件が浮かび上がってきたのだ……。
 未来都市を舞台にしたSFミステリ。とはいえ、謎解きはさほどのものではなく、しいていえばミッシング・リンクとホワイダニットでしょうか。舞台や設定からどことなく陰鬱な雰囲気が感じられる中、主役である男女の刑事の明るいキャラクターが際立っています。

「兎の夢」
 人工副脳PABシステム――コンピュータによるもう一人の“自己”――が発達した世界。PABから漏れ出す信号波を感知して読み取る能力を持つ慈明は、〈ポリグロット機関〉の指令を受けて情報収集に勤しんでいた。PABシステムを揺るがす危険分子を排除するために……。
 プロットそのものはありがちながら、世界を支配するシステムをめぐる攻防と、二つの“自己”の間の葛藤とが生み出す、奇妙な現実感覚の崩壊が秀逸な佳作です。
 なお、この“PABシステム”(“Personal Artificial Brain”の略ではなかったかと思いますが……)は長編『帝王の殻』にも登場しています。

「ここにいるよ」
 5歳の少年・来{きたる}は、変わった子供だった。集団行動が苦手で、返事をすることもめったになく、どこかぼんやりとしていた。どうやらそれは、時間感覚が他人とずれているためらしいのだ。その来が、他の誰にも聞こえない“声”に応えた。“聞こえるよ。きみはだれ?”と……。
 叙情的でファンタジックな作品です。美しい情景の裏側に無常感が漂う結末が印象的。

2004.08.26再読了  [神林長平]



日時計 The Shadow of Time  クリストファー・ランドン
 1957年発表 (丸谷才一訳 創元推理文庫419・入手困難ネタバレ感想

[紹介]
 私立探偵ハリー・ケントのもとに、美容師ステビングズが依頼に訪れた。3歳になる娘のマーガレットが誘拐されてしまい、警察の捜査も実らないまま打ち切られたという。だが、ステビングズには娘がまだ生きていることがわかっていた。週に一度、脅迫文とともにマーガレットの写真が送られてくるのだ。ステビングズは犯人に弱みを握られているため、警察に告げることはできない。依頼を引き受けたケントは、妻のジョウン、そして友人のジョシュアとともに、まずはマーガレットの居場所を突き止めようとするが……。

[感想]

 少女誘拐を題材に、ミステリ的な興味を付け加えた冒険小説、といったところでしょうか。唯一の手がかりである写真をもとにしてマーガレットの居場所に迫っていく前半に対して、後半はスリリングな救出作戦が展開されています。

 数枚の写真から場所を特定するプロセスは、非常によくできていると思います。推理というよりは科学捜査に通じるところのある手法ですが、何の変哲もなさそうな写真からどれだけ多くの事実を引き出すことができるか(作者の立場に立てば、“どれだけ多くの手がかりを盛り込むことができるか”)、という命題に極限まで挑戦したような、圧巻というべき内容です。やや状況が都合よすぎる(犯人側があまりにも迂闊すぎる)という難点もないではないのですが、それもさほど気にはなりません。

 後半は一転して、ケント夫妻とジョシュアの三人が現地に乗り込み、マーガレット救出に挑むことになりますが、タイムリミットによる焦りなども加わり、必ずしもスムーズにいかないところも含めて、かけ合いを通じて三人のキャラクターがしっかりと描かれているのが印象的です。救出作戦から逃亡劇を経て、ラストはややとってつけたような感じもあるのですが、お約束ともいえる大団円。なかなかよくできた物語だと思います。

2004.08.29読了  [クリストファー・ランドン]


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