〈スペシャルXシリーズ〉

マイケル・スレイド
『ヘッドハンター(上下)』 『グール(上下)』 『カットスロート(上下)』 『髑髏島の惨劇』 『暗黒大陸の悪霊』
『斬首人の復讐』 『メフィストの牢獄』



シリーズ紹介

 カナダの弁護士ジェイ・クラークを中心とした合作チーム“マイケル・スレイド”(*)による、サイコスリラー+警察小説を軸としたジャンルミックス・エンターテインメントのシリーズです(一部では“カナダ版京極堂シリーズ”とも評されているようですが……)

 シリーズの主役は、カナダ連邦騎馬警察(RCMP;Royal Canadian Mounted Police)の特別対外課(Special External Section)、通称〈スペシャルX〉のメンバーをはじめとする警察官たちです(“馬騎り”とも呼ばれていますが、実際に馬に乗っているわけではありません)。その中心となるのは、(実質的な)リーダーであるロバート・ディクラーク(警視→警視正)や、“災難に取りつかれた男”ジンク・チャンドラー(警部補)あたりですが、他にも多数の警察官たちの活動がしっかりと描かれ、さながら“カナダ連邦騎馬警察年代記”といった様相を呈しています。特に第1作『ヘッドハンター』や第5作『暗黒大陸の悪霊』は、警察小説色が強く表れた作品になっています。

 対するもう一方の主役となるのは、凄惨で猟奇的な殺人を繰り返すシリアルキラーで、その犯行の手口が手を替え品を替え様々に、かつ偏執的とも思えるほど詳細に描かれていきます。特に第2作『グール』や第4作『髑髏島の惨劇』などは強烈で、その悪趣味な描写に辟易とする人もいるかもしれません。すべてがシリアルキラーによるものとは限らないのですが、死者の数は非常に多く、最も少ない印象のある『ヘッドハンター』でも10人は下らないはずです。

 そしてもう一つ見逃せないのが本格ミステリ指向ともいうべきもので、すべての作品がフーダニットとしての側面も併せ持ち、ややアンフェア気味に感じられるところもないではないとはいえ、合理的で意外な真相が用意されています。残念ながら、真相の隠し方/見せ方に手際のよくないところがあり、多少気をつけて読めば見当がついてしまうきらいがあるのですが、その狙いは面白いと思います。特に、第5作『暗黒大陸の悪霊』の趣向などは必見です。

 このような“本格ミステリ風味のサイコスリラー+警察小説”に、さらにホラーや歴史/伝奇小説、冒険小説、リーガルサスペンスなど様々な要素が加わり、B級感の漂うジャンルミックス・エンターテインメントとなっています。冷静にみれば、あれこれと盛り込みすぎて収拾がつかなくなっているきらいがないでもないのですが、そのとんでもなく無茶苦茶なところが独特の魅力です。

 いずれの作品もかなりの分量があり、数多くの登場人物に膨大な薀蓄、めまぐるしい場面転換など、最初は読みにくく感じられるかもしれませんが、慣れればまったく気になりません。ゲテモノ/バカミス好きな方にはおすすめです。


(*) 公式サイト「SpecialX.net」(「Character Profiles」のページには多くのネタバレが含まれているのでご注意下さい)によれば、現在のメンバーはジェイ・クラークと娘のレベッカ・クラークの2人のようです(こんなヘンな小説を親子で書くというのもどうかと思いますが……)。



作品紹介

 シリーズの頭から順に、『ヘッドハンター(上下)』『グール(上下)』『カットスロート(上下)』(創元ノヴェルズ/創元推理文庫)、そして『髑髏島の惨劇』『暗黒大陸の悪霊』『斬首人の復讐』『メフィストの牢獄』(文春文庫)の7作が邦訳されています。
 以降は、『Hangman』・『Death's Door』・『Bed of Nails』・『Swastika』・『Kamikaze』と続いているようです。

 シリーズなので最初から順番に読むことをおすすめします。少なくとも、以下に示す順序は守った方が十分に楽しめると思います。

・『ヘッドハンター』→(『髑髏島の惨劇』)→『斬首人の復讐』
 『斬首人の復讐』には『ヘッドハンター』のダイジェストが含まれているので、逆の順序で読むべきではありません。『髑髏島の惨劇』は読んでおいた方が面白いという程度。
・『髑髏島の惨劇』→『暗黒大陸の悪霊』
 『暗黒大陸の悪霊』には、『髑髏島の惨劇』の真相の一部が明らかになってしまう箇所があります。
・『グール』→『カットスロート』
 『カットスロート』には、『グール』の結末付近の一場面が挿入されています。
・『カットスロート』→『髑髏島の惨劇』
 逆の順序で読むと、『カットスロート』のラストの効果が台無しになってしまいます。


ヘッドハンター(上下) Headhunter  マイケル・スレイド
 1984年発表 (大島 豊訳 創元ノヴェルズ ス3-3,4・入手困難ネタバレ感想

[紹介]
 次々と女性を襲って惨殺し、首を斬って持ち去るという残虐な手口で、ヴァンクーヴァーの街を恐怖に陥れた連続殺人犯〈ヘッドハンター〉。その犯行を止めるべく、カナダ騎馬警察総監は特別捜査本部を設置し、さらに犯罪者との戦いで妻子を失って引退していた伝説の人物、ロバート・ディクラークを本部長に据えて、大規模な捜査を開始した。だが、〈ヘッドハンター〉はそれをあざ笑うかのように、持ち去った首をに突き刺して撮影した写真を新聞社に送りつけ、ディクラークに公然と挑戦状を叩きつけてきたのだ……。

[感想]

 シリーズ第1作。目まぐるしい場面転換という手法はすでに確立されていますが、犯行場面の直接的な描写はほとんどなく、特に第一部ではもっぱら捜査陣の活動に焦点が当てられ、警察小説色がかなり強い作品となっています。

 〈ヘッドハンター〉が遺留品や手がかりをほとんど残さないことが捜査を難しくしている面もありますが、後の作品に比べると捜査の詰めの甘さというか、捜査員たちの連係不足が目立つのは否めません。もっともこれは、捜査本部が寄せ集めの組織であることに起因しているようにも思います(本書の段階ではまだ〈スペシャルX〉は設置されていません)。結果として捜査が後手後手に回ってしまっている感があり、指揮をとるディクラークには大きな重圧がかかってくることになります。その焦燥と苦悩が、物語の重要な要素となっています。

 捜査陣の活動以外では、〈ヘッドハンター〉の犯行はもちろんのこと、100年前の伝説的騎馬警官であるウィルフレッド・ブレイクとインディアンの対決や、事件の背景に浮かび上がるヴードゥー教(J.D.カー『ヴードゥーの悪魔』にも登場したニューオーリンズのヴードゥー・クイーン、メアリ・ラヴォーに言及されているのにニヤリとしました)などがおどろおどろしい雰囲気をかもし出しています。また、サイコな心理描写も少しずつ顔を出し、第二部などは幻惑されるような感覚です。

 ラストのサプライズを狙った作者の仕掛けは、十分に成功しているとはいいがたく、(特にミステリを読み慣れた読者にとっては)真相が見えやすくなっています。が、あまり関係がなさそうに見えていたことまですべてつながってくる構図はよくできています。すっかり忘れていた“アレ”が説明される最後のオチもまずまずです。

 なお、本書はarakiraさん(彬さん)「rambling life」)よりお譲りいただきました。あらためて感謝いたします。

2004.10.11 / 10.12読了

グール(上下) Ghoul  
 1987年発表 (大島 豊訳 創元ノヴェルズ ス3-1,2)ネタバレ感想

[紹介]
 〈下水道殺人鬼〉〈吸血殺人鬼〉、そして〈爆殺魔ジャック〉――ロンドンを蹂躙する殺人鬼に対して、ニュー・スコットランド・ヤードには特捜部が設置され、ヒラリー・ランド警視正の指揮のもとに懸命の捜査が続いていたが、殺人鬼の手がかりはつかめない……。
 一方、麻薬密売事件を追っていたカナダ連邦騎馬警察のジンク・チャンドラー警部補は、凄惨な殺人事件に遭遇し、関わりがあるとみられるヘヴィメタル・バンド〈グール〉を追ってロンドンへとやってきた……。

[感想]

 シリーズ第2作ですが、前作との間に登場人物の重複はなく、ニュー・スコットランド・ヤードが捜査の主役となる番外編的な作品で、カナダ連邦騎馬警察からはチャンドラー警部補がゲスト出演という感じです。

 へヴィメタルとホラー(主にクトゥルー神話)で味つけした異色のサイコスリラーで、まず、複数の殺人鬼が跋扈するという状況が目をひきます。殺害場面は(『髑髏島の惨劇』に比べると)意外に少ないようにも思えるのですが、それぞれのインパクトはなかなか強烈。さらに、登場する人物も奇人ぞろいという印象ですし、ラヴクラフト作品をモチーフにした曲を演奏する怪しげなヘヴィメタル・バンド〈グール〉も登場し、作品全体が異様な雰囲気に包まれています。

 殺人鬼に立ち向かうニュー・スコットランド・ヤードの捜査活動もしっかりと描かれていますが、捜査の指揮を取るランド警視正の焦燥や、彼女に向けられる反感と差別意識など組織内部の軋轢が強く印象に残ります。一方、チャンドラー警部補の方は麻薬密売事件の捜査をきっかけに、いわば裏側から事件に巻き込まれていくことになります。こちらのパートでは、ある狂気が少しずつ掘り下げられていきますが、これが何ともいえない、じわじわとしたおぞましさのようなものを感じさせてくれます。

 特に中盤以降は、本格ミステリ的なギミックも連発されるものの、残念ながら“驚愕の真相”とまではいきません。ミステリ、特に日本の新本格ミステリをある程度読みなれた方ならば、真相を見抜くことはさほど難しくはないでしょう。しかしそれでも、そのインパクトは十分に強烈です。

 物語とは直接関係のない「後記」は正直なところ蛇足かと思いますが、それを除けば、スピード感あふれるノンストップB級サイコスリラーとしてはなかなかの作品だといえるのではないでしょうか。

2004.09.06 / 09.06読了

カットスロート(上下) Cutthroat  マイケル・スレイド
 1992年発表 (大島 豊訳 創元ノヴェルズ・入手困難ネタバレ感想

[紹介]
 1876年、カスター中佐率いる第七騎兵隊はインディアンの総攻撃を受けて全滅し、戦場から巨大な頭蓋骨が持ち去られた/1897年、伝説的な騎馬警官ウィルフレッド・ブレイクは、警官殺しの罪で追い求めていたインディアンの若者を射殺した/1987年、巨大企業を率いるクワン一族総帥により、香港から一人の〈刺客人{カットスロート}が送り込まれた――アメリカで、そしてカナダで相次いで起きた判事惨殺事件。捜査にあたるカナダ連邦騎馬警察〈スペシャルX〉のディクラーク警視正とチャンドラー警部補は、姿なき〈刺客人〉に翻弄される……。

[感想]

 シリーズ第3作にして『ヘッドハンター』『グール』双方の続編で、ディクラークとチャンドラーというシリーズ主要人物が顔を合わせることになります。また、ディクラーク率いる〈スペシャルX〉が本格的に始動するのもこの作品からです。

 この作品でもサイコスリラー+警察小説という基本構図は変わりませんが、他の作品ほどそれが前面に出ているわけではなく、その代わりに伝奇小説色が非常に強くなっているのが目につきます。〈スペシャルX〉の面々が直面するのは判事殺しですが、怪しげな不老不死伝説や人類進化の謎に関わる“ミッシング・リンク”など、事件の背景に浮かび上がる伝奇小説的要素が、物語の中で重要な位置を占めています。しかも、この“ミッシング・リンク”の謎にあのウィルフレッド・ブレイクまでもが絡んでくるという凝りようで、無茶苦茶な展開という意味ではシリーズ中随一といえるのではないでしょうか。

 特に第三部終盤から第四部に至るクライマックスは大変なことになっていて、息詰まる展開にページをめくる手が止まりません。そして、最後に待ち受ける豪快な結末にはひたすら絶句です。

 最後の第五部でようやく〈カットスロート〉の正体が明かされますが、これについてはやや微妙です。作者の狙いはわからないでもないのですが、今ひとつ不発に終わっている感があります。それよりもむしろ、ラストのものすごい場面の方が強烈な印象を残します。次の『髑髏島の惨劇』を先に読んでしまうと、このインパクトが半減してしまうのが残念なところです。

2004.10.13 / 10.14読了

髑髏島の惨劇 Ripper  マイケル・スレイド
 1994年発表 (夏来健次訳 文春文庫ス8-1)ネタバレ感想

[紹介]
 橋からぶら下げられていたフェミニズム運動家の死体は、顔の皮が剥ぎ取られるなど激しく損壊されていた。これを皮切りに、女性ばかりを狙った凄惨な殺人事件が次々と発生し、ディクラーク警視正に率いられた捜査陣は狂気のシリアルキラーを発見すべく、手がかりを追い求めていく……。
 一方、〈魏巌城〉という名の奇怪な館がそびえる孤島〈髑髏島〉では、謎の主催者により名だたるミステリ作家たちが集められ、推理ゲームのイベントが行われようとしていた。そこには、ディクラークの依頼を受けて参加したチャンドラー元警部補の姿もあったが、参加者たちが現地に到着すると間もなく、血みどろの殺人劇が開始されたのだ……。

[感想]

 前作『カットスロート』から5年後という設定の第4作です(前作のものすごいラストの後日談が、しごくあっさりと説明されているのが残念)。いつものサイコスリラー+警察小説に、オカルト趣味+スプラッター+本格ミステリ風味の味つけを施したジャンルミックスの怪作となっています。

 第一部では、カナダ本土を舞台に繰り広げられる残虐な連続殺人と、ディクラーク警視正を中心とした捜査陣の活動が描かれています。実は、個人的にはこの警察小説的部分、わずかな手がかりをもとにシリアルキラーを見いだそうとする捜査の過程が、最も面白く感じられました。

 第二部以降はいよいよ、チャンドラー元警部補の視点で描かれた、孤島の館での連続殺人のパートが加わってきます。第一部以上にバタバタと人が死んでいくこちらのパートは、“マイケル・スレイド版『そして誰もいなくなった』”と表現したくなるような展開ですが、本家クリスティの作品では殺人の前後、すなわち童謡や人形による予告と見立てのための装飾に重点が置かれていたのに対して、本書ではひたすら殺害手段に力が注がれているのが特徴といえるでしょう。偏執的なまでのこだわりがうかがえる数々の仕掛けには、気色悪さを感じつつも呆れるほかありません。

 緊迫感を高めるためか、物語全体が時系列に沿って組み立てられているのですが(各章の始めに日時が明記されています)、これがかえって興を削いでいる感があります。孤島のパートと本土のパートが並行して進んでいくために、連続殺人が描かれる一方で次々と事件の背景が明らかにされていき、結果として、両方を見通すことができる読者にとっては真相がわかりやすくなっていると思います。また、意外性を狙った仕掛けも施されているのですが、それもあまりうまく機能しているとはいえません。

 というわけで、ミステリとしては今ひとつ物足りないところもあるのですが、全体的にみればなかなか面白い作品だといえるでしょう。全編に詰め込まれたマニアックなこだわりがかもし出す、そこはかとない“B級感”が何ともいえません。

2004.08.19読了

暗黒大陸の悪霊 Evil Eye  マイケル・スレイド
 1996年発表 (夏来健次訳 文春文庫ス8-2)ネタバレ感想

[紹介]
 カナダ連邦騎馬警察の警官たちが次々と殺される中、ニック・クレイヴン巡査長のただ一人の肉親である母親が撲殺された。一連の事件は同一犯の手によるものかとも思われたのだが、現場に残されていた手紙と、服に付着した血液という証拠をもとに、母親殺しの容疑者としてクレイヴンが逮捕されてしまう。部下の無実を信じるディクラーク警視正は、様々な障害に直面しながら独自の捜査を進めるが、やがて始まった裁判の中で、クレイヴンは窮地に追い込まれていく。事件に関わるクレイヴンの出生の秘密とは? そして殺人鬼〈邪眼鬼{イーヴル・アイ}の正体は……?

[感想]

 まず、本書では随所に前作『髑髏島の惨劇』からの抜粋が挿入されており、結果的に真相の一部が明らかになっているので、本書よりも先にそちらをお読みになるよう、ご注意下さい。

 サイコスリラー+警察小説という骨格は相変わらずですが、第2作『グール』や前作『髑髏島の惨劇』のようなスプラッター/ホラー趣味はかなり控えめ。その代わり、法廷もの・歴史もの・社会派・冒険/アクションもの・パニックもの、そして“最後の一撃”で鮮やかに幕を下ろす本格ミステリという風に、ジャンルミックスもここに極まれり、という感があります。

 とはいえ、本書では主な被害者や容疑者(クレイヴン巡査長)までもが警官であるため、今まで以上に警察組織内部の描写に重点が置かれることになり、警察小説としての性格がはっきりと前面に押し出されています。また、被害者の遺族から容疑者を経て被告へと立場は変わっていくものの、100年前のアフリカでの植民地戦争に端を発する因縁話や、自身の出生に隠された秘密なども相まって、物語は終始クレイヴンを中心に動いていきます。このように物語の“核”がはっきりすることで、今までになく(というのは失礼か)読みやすいものになっています。

 中盤のクライマックスとなるリーガルサスペンス的展開も、作者たちが弁護士を本業としているだけあってなかなかよくできています。法廷での対決場面もさることながら、判事・検察側・弁護側それぞれの思惑がじっくりと書かれているのが興味深いところです。また、ディクラーク警視正の活躍にも注目。

 まったく関係のなさそうだった誤射事件までが本筋に絡んでくるなど、あらゆる要素が一つにまとまっていき、また同時に、得意の“二元中継”でサスペンスが高まっていく終盤は、まさに怒濤の展開。じっくり考えながら読みさえすれば、少なくとも結末の直前までには事件の真相を見抜くことも不可能ではないのですが、ページをめくる手が止まりません。そして結末、工夫が凝らされた“最後の一撃”は、やはりよくできています。最初から最後まで、大ボリュームもまったく気にならない傑作です。

2004.09.20読了

斬首人の復讐 Primal Scream  マイケル・スレイド
 1998年発表 (夏来健次訳 文春文庫ス8-3)ネタバレ感想

[紹介]
 厳冬のブリティッシュ・コロンビア州北部。土地の返還を求めて武装蜂起した先住民に対し、事態を沈静すべく派遣されたスペシャルXのエド・ラビドゥスキィ巡査長は、野戦の最中、全裸の男の凍りついた首なし死体を発見する。これが〈刎刑吏{デキャピテイター}事件の始まりだった……。
 一方その頃、ディクラーク警視正のもとに何者かが小包を送りつけてくる。その中身は、オレンジ大に縮められた人間の首だった。ディクラークは捜査を進めるうちに、かつて手がけた〈ヘッドハンター〉事件との類似に気づく。決着したはずの事件が、再び動き出しているのか……?

[注意]
 本書は『ヘッドハンター』の直接の続編であり、その事件の犯人である〈ヘッドハンター〉の正体が本書の中でも明らかになっています(正確にいえば、『ヘッドハンター』の大筋がダイジェストで取り込まれたような形です)。したがって、川出正樹氏の解説にも書かれているように“本書読了後では『ヘッドハンター』を読んだとしても、ほとんど愉しめないだろう。”ということになってしまいますので、『ヘッドハンター』を未読の方はご注意下さい。

[感想]

 このシリーズでは、正体を伏せられた犯人の心理やその犯行場面の描写が含まれており、フーダニットでありながら倒叙ミステリ的な側面も備えています(“倒叙フーダニット”とでも呼ぶべきかもしれません)。その中で、『ヘッドハンター』の続編である本書は、そちらを読んだ読者、すなわち『ヘッドハンター』の中でディクラークをはじめとする捜査陣が知り得なかった事実を知っている読者にとっては、かなり倒叙ミステリ色が強いものになっています。

 『髑髏島の惨劇』の伏線がようやく生かされているところには感慨深いものがありますが、倒叙ミステリの醍醐味の一つである、読者が知っている真相に謎解き役がどうやってたどり着くかという点には、(とある理由で)さほどの面白味はありません。しかし、その過程におけるディクラークの心の動きからは目が離せないところです。また、真相がわかっているだけに、サスペンスフルな展開の魅力が際立っています。

 一方、(本来は)メインの事件である〈刎刑吏{デキャピテイター}〉事件の方では、土地や文化をめぐる先住民と白人との対立も絡み、毎度のことながら大変なことになっています。その中で、自らも先住民の一員として事に当たる“幽霊番人”ボブ・ジョージと、戦闘で暴れまくる“狂犬”エド・ラビドゥスキィという、名脇役としてシリーズを支えてきた二人に光が当てられているのが、ファンとしてはうれしいところです。真相にはやや難がありますが、事件の背景の重さが心に残ります。

 ラストのサプライズがやや不発気味なのはいつものこと(笑)ですが、今回は特に見え見えで、勘のいい方なら驚くほど早い段階で結末が予想できてしまう可能性もあると思います。真相をうまく隠しきれていないというよりも、隠したいのか見せたいのかよくわからない状態で、もはやスレイドの“味”というべきなのかもしれません。

 最後になりますが、訳者の夏来健次氏による(と思われる)第一部〜第三部のタイトルは必笑です。お見事。

2005.09.02読了

メフィストの牢獄 Burnt Bones  マイケル・スレイド
 1999年発表 (夏来健次訳 文春文庫ス8-4)ネタバレ感想

[紹介]
 北米大陸の太平洋沿岸、カナダ―アメリカ国境付近。カナダ側のメイン島とアメリカ側のオーカス島でそれぞれスコットランド系の男が拉致され、拷問の末に殺害される事件が起きた。その裏には、古代巨石文明に取りつかれ、謎の“秘宝”の行方を追い求める怪人物〈メフィスト〉の影が……。カナダ連邦騎馬警察のニック・クレイヴン巡査長は、アメリカ側のサンファン郡保安官補ジェナ・ボンドと協力して捜査にあたろうとするが、その矢先に〈メフィスト〉の手に落ちてしまう。そして〈メフィスト〉はディクラーク警視正に対して、クレイヴンの命を盾に“秘宝”の探索を要求してきたのだ……。

[感想]

 古山裕樹氏の解説において“このシリーズのなかで、本書はちょっとした異色作である。”と指摘されているように、本書は少々毛色の変わった作品となっています。

 まず目につくのが、敵役である〈メフィスト〉の人物像でしょうか。これまで数々の殺人鬼が登場してきたこのシリーズですが、今回の〈メフィスト〉は作中でもモリアーティ教授になぞらえられているように、自ら手を下す殺人鬼ではなく目的を達成するために手下を動かす悪の首領として描かれています。自ら手を下さないからといって凄惨さが薄れているわけではありませんし、異様な心理の持ち主であることも確かなのですが、いずれにしても物語の雰囲気は一味違ったものになっています。

 それが顕著に表れているのが、〈メフィスト〉の抱える誇大妄想を描くことにかなりの分量が費やされている点です。今までの作品でも敵役の心理描写がなかったわけではないのですが、それがどちらかといえば“行動”に直結しやすい衝動的なものであり、それゆえに分量としては短くならざるを得なかったのに対して、〈メフィスト〉の誇大妄想は体系的ともいえる壮大なもので、その全貌を描くには分量が必要となります。結果として、〈メフィスト〉が正体不明の人物であるにもかかわらず、今までになく厚みと存在感の備わった敵役となっているのが印象的です。

 このシリーズでは時に歴史/伝奇色が強く表れていますが、本書では〈メフィスト〉の誇大妄想の背景となる古代巨石文明への関心と、古代ローマの時代に起源を有する“秘宝”への執着がその中心となっています。それによって、北米史が絡んだ宝探しの物語としてもなかなか面白いものになっていると思いますし、“古代妄想”に支えられた〈メフィスト〉の恐るべき目的もまた見どころといえるでしょう(解説でも指摘されているようにやりすぎの感はありますが……)

 その〈メフィスト〉に対する捜査陣ですが、このシリーズでは(番外編ともいえる『グール』を除き)一貫してカナダ連邦騎馬警察が主役となってきたところ、本書では〈スペシャルX〉メンバーの出番はさほど多くはなく、代わりに合衆国側の捜査官であるジェナ・ボンドが重要な役割を果たしているというのも異色で、カナダ連邦騎馬警察に対する外部からの視線が興味深いところです。その一方で、『髑髏島の惨劇』以来おなじみのニック・クレイヴンは……。

 例によって(苦笑)、あざとさも感じられるほどスリリングな終盤の展開を経て、最後に待ち受ける何ともぬけぬけとした結末は、スレイドならではというべきかもしれません。本格ミステリ色が薄くなっているのが残念なところではありますが、独特の持ち味は健在です。

2007.10.11読了

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