ミステリ&SF感想vol.122 |
2006.04.14 |
『三百年の謎匣』 『誰の死体?』 『夜想曲』 『殺しにいたるメモ』 『カーテンの陰の死』 |
三百年の謎匣 芦辺 拓 | |
2005年発表 (ハヤカワ・ミステリワールド) | ネタバレ感想 |
[紹介]
[感想] 時代も舞台も様々に異なる6つのエピソードを、「森江春策、三百年の謎匣を開く」及び「森江春策、三百年の謎匣を閉じる」と題された外枠で挟み込んだ“枠物語”形式のミステリです。それぞれのエピソードの間には直接のつながりはありませんが、結末では必ず一つの謎が未解決のまま残されており、最後の外枠部分でそれが一気に解き明かされるという、〈連鎖式〉ミステリに通じるユニークな構成になっています。
作中作となる6つのエピソードは、カバーの紹介の言葉を借りれば “東方綺譚、海洋活劇、革命秘話&中華幻想、秘境探検、ウェスタン、航空推理”とバラエティに富んでおり、様々な時代や舞台での冒険と謎解きの物語が楽しめます。前述のように各エピソードには未解決の謎が残りますが、それとは別にエピソードの中で解かれる謎も用意されており、作者のサービス精神の賜物といえるでしょう。ただし、二つの謎を提示するという“縛り”のあおりを食ってか、各エピソードが総じてボリューム不足に感じられ、せっかくの舞台を駆け足で通過するような形になってしまっているのがもったいないところ。情景描写などをもう少し充実させた方がよかったのではないかと思うのですが……。 一方、〈連鎖式〉の肝ともいえる各エピソードの連結については、作者の狙いこそ非常に面白いものの、それがうまく実現されずにアイデア倒れに終わっている感があります。また、外枠部分の謎と解決も今ひとつ面白味に欠ける上に、作中作と外枠との関連もかなり弱く、結果として統一感の薄い小ネタの寄せ集めになってしまっているという印象が拭えません。個人的には外枠部分の物語がやけに大時代的なところも気になりますが、これは好みの問題もあるでしょう。 全体的に、趣向を凝らした意欲的な作品であることは間違いないのですが、それが決してうまくいっているとはいえないのが実に残念です。 2006.03.14読了 [芦辺 拓] |
誰の死体? Whose Body? ドロシー・L・セイヤーズ | |
1923年発表 (浅羽莢子訳 創元推理文庫183-02) | ネタバレ感想 |
[紹介] [感想] D.L.セイヤーズの長編第1作にして、貴族探偵ピーター・ウィムジイ卿の初登場作品です。忠実な従僕のバンターや友人のパーカー警部など、シリーズの重要なキャラクターもすでに登場しています。
やはり何といっても、見知らぬ男の全裸死体が浴室に出現するという奇天烈な発端のインパクトが強烈。そして、死体の身元がなかなか判明しない一方で、時を同じくしてよく似た別人が失踪しているなど、事件全体の何ともいえないとらえどころのなさが興味を引きます。 事件の様相がつかめないまま、ピーター卿はわずかな手がかりを追いかけて長く地道な調査を続けますが、次から次へと個性豊かな人物が登場し、決して退屈させられることはありません。このあたりは、浅羽莢子氏の翻訳に負うところも大きいかと思いますが、実に読みやすく、また読者を飽きさせない作品になっています。 最後に示される真相は、意外にシンプルなので予想できてしまう方もいるかもしれませんが、盲点を突いたなかなか面白いものだと思います。実際のところは犯人があれこれとやりすぎているようにも思えますが、核になる部分がしっかりしているので解決はストンと腑に落ちます。古い作品であるだけに、全体的にやや素朴なものに感じられるのは否めませんが、なかなかよくできた作品といっていいでしょう。 2006.03.18読了 [ドロシー・L・セイヤーズ] |
夜想曲{ノクターン} 依井貴裕 | |
1999年発表 (角川書店・入手困難) | ネタバレ感想 |
[紹介] [感想] 徹底的にロジックにこだわったマニアックな作風と、恐ろしいほどの寡作ぶり(現時点でいまだ本書が最新長編です)で知られる奇術師作家・依井貴裕の、最高傑作といってもいい作品です。が、決して万人におすすめできるというわけではありません。
まず、小説としての出来がお世辞にもいいとはいえないのが難点です。例えば “天井の梁から吊された姿を、桜木が何も言わず、じっと立ち尽くしているところだ”(56頁)といった悪文(“姿を”はどこに係るのか?)はいかがなものかと思いますし、感情移入を拒絶するような人物描写や妙にフラットな事件の記述など、物語の面白味を欠いたところがあるのは否めません。 しかしながら、ミステリ(=推理小説)が“推理(パズル)”+“小説”であるとすれば、小説の部分に難があっても推理(パズル)の部分が優れた作品には、それに応じた評価を与えるべきだと考えます。そして、本書で作者が試み、結果として見事に成功している仕掛けは、ミステリ史上例を見ない“はなれわざ”といっても過言ではありません。 “手段”の方が前面に出ているために、真の狙いがわかりにくくなっているきらいはありますが、(ネタバレではないと思いますが、一応伏せ字)多重解決(ここまで)ものとして実に斬新で画期的な手法であることは間違いないでしょう。そしてまた、およそ実現不可能としか思えないアイデアを、(心情的にやや釈然としない部分もあるとはいえ)細部まで考え抜かれた“手段”により鮮やかに結実させた手腕には脱帽です。 前述のように、小説としての難点があるのは確かですが、ミステリの技法としてはオールタイムベスト級ともいえるのではないでしょうか。少なくとも本格ミステリファンにはぜひ読んでいただきたい作品です。 2006.03.20再読了 [依井貴裕] |
殺しにいたるメモ Minute for Murder ニコラス・ブレイク | |
1947年発表 (森 英俊訳 原書房) | ネタバレ感想 |
[紹介] [感想] 終戦直後の雑然とした空気が漂う、戦意昂揚省広報宣伝局なる役所を舞台にしたミステリです。長い戦争を乗り切って忙しく働く人々の前に、戦死したはずの元同僚が突然姿を現すという発端、しかも彼が不在の間に元婚約者が不倫に走っているとあっては、いかにも何かが起こりそうな雰囲気。さらに、不用意に持ち込まれた毒薬のカプセルという“爆弾”の登場で、読者は否応なく引き込まれます。
ミステリとしては、衆人環視下で起きた毒殺事件をめぐるフーダニットがメインになりますが、使われた後に残るはずのカプセル(←水溶性ではない)が消失するというユニークな不可能状況が加わり、決して派手ではないながらなかなか面白い謎になっています。 それに対して探偵役のナイジェル・ストレンジウェイズは、被害者や容疑者たちの言動を丹念に積み重ね、地道にロジカルな推理を展開していきます。派手さに欠ける謎と相まって、何とも地味に感じられる物語になっているのは難ですが、それでも終盤、ナイジェルが膨大な手がかりの一覧を作り上げるあたりは圧巻ですし、ついに犯人が明らかになる場面の演出はスリリングかつドラマティックです。 惜しむらくは、真相の最も興味深い部分が明かされるタイミングがやや早すぎで、その後のスリリングな演出とは裏腹にミステリ的な興味は尻すぼみ状態になっています。また、とある理由で犯人がわかりやすくなってしまっていることも、それに拍車をかけています。事件が解決した後のナイジェルの説明が長すぎる点も含めて、全体的な構成に難があるように感じられてなりません。 2006.03.24読了 [ニコラス・ブレイク] |
カーテンの陰の死 La mort derriere les rideaux ポール・アルテ | |
1989年発表 (平岡 敦訳 ハヤカワ・ミステリ1773) | ネタバレ感想 |
[紹介] [感想] 『第四の扉』・『死が招く』に続く、P.アルテの〈ツイスト博士シリーズ〉第3弾で、例によって密室状況での殺人が扱われており、“カーテンの陰の死”というそのイメージはなかなか魅力的です……が、しかし。
アルテの他の作品を読んだ経験から、もともと密室トリックにはあまり期待していなかったのですが、さすがにこの脱力トリック(←(ほめ言葉としての)“バカトリック”とすらいえない)はいかがなものかと思います。これが黎明期の古典であればまだしも、1989年の作品としては論外といわざるを得ないでしょう。アルテ自身は古典ミステリを現代に再現するつもりで書いているのかもしれませんが、例えば同じように作中の年代を過去に設定した二階堂黎人の一連の作品(『吸血の家』など)と比べると、トリックには雲泥の差があります。 もっとも、このあたりについては、フランスと日本のミステリ事情の違いを考慮すべきなのかもしれません。例えば殊能将之氏は2001年9月25日の日記で、アルテを “徹底的に非フランスミステリ的”あるいは “真の意味での異端児、一種の突然変異なのだ”と評していますが、(それなりに)しっかりしたトリックに重点を置いた不可能犯罪ものが書き継がれてきた日本と異なり、フランスではそのような作品が数少ないということであれば、それがアルテの密室トリックに関するハードルの低さの一因になっているとも考えられます。 というわけで、密室トリックそのものはかなりダメな部類に入るのですが、それでも本書にまったく見るべきところがないというわけではありません。まず一つは、霞流一氏による解説で言及されている“下宿もの”という趣向(余談ですが、解説で挙げられた“下宿もの”ミステリの中に、本書に付された献辞の対象の一人であるS=A・ステーマン『殺人者は21番地に住む』がないのはなぜでしょうか)で、マージョリーの住む下宿に殺人犯が帰ってくる場面のスリルや、くせのある住人たちの間に漂う疑心暗鬼、そして容疑者が限定された中での意外な犯人など、なかなかよくできていると思います。 もう一つ、過去の因縁を巧みに絡めたプロットの妙も光ります。75年前の迷宮入り事件と重なり合うあたりも面白いと思いますが、やはり何といっても意表を突いた結末の趣向が秀逸。結論としては、密室トリック以外はかなりよくできた作品といっていいのではないでしょうか。 2006.03.29読了 [ポール・アルテ] |
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