紅蓮館の殺人
[紹介]
高校生探偵の葛城輝義と友人の田所信哉は、山中に隠棲している大御所ミステリ作家・財田雄山に会うため、高校の受験合宿を抜け出した。だが、途中で落雷による山火事に遭遇し、雄山の住む〈落日館〉に避難することに。奇遇にも、かつて幼い田所の前で鮮やかに事件を解決してみせた女性・飛鳥井光流もまたそこに合流する。救助を待つうちに、葛城と田所は館に住む少女・つばさと仲良くなったが、翌朝、館に備えられていた吊り天井で圧死した彼女が発見された。殺人を疑う葛城に対して、飛鳥井は事故を主張し、協力して脱出することを優先すべきだと訴える。猛威を振るう火の手が館に迫る中、脱出経路の探索と真相解明の行方は……?
[感想]
『名探偵は嘘をつかない』・『星詠師の記憶』に続く作者の第三長編にして、講談社タイガに初登場となる本書は、前二作から一転して特殊設定ミステリではなく(*1)、力の入った“館もの”――昭和末期刊行の『十角館の殺人』で幕を開けた綾辻行人の元祖(?)〈館シリーズ〉、“平成の館シリーズ”ともいうべき青崎有吾の〈裏染天馬シリーズ〉(『体育館の殺人』など)に続いて、“令和の館シリーズ”(*2)の座にいち早く名乗りを上げたといってもよさそうな、堂々たる一作です。
舞台となるのは、吊り天井をはじめとした“からくり趣味”が横溢する高名なミステリ作家の館で、そこにエラリイ・クイーン『シャム双生児の謎』を髣髴とさせる(*3)山火事が組み合わされて、極限状況下での事件の顛末が高校生探偵と助手を主役に描かれています。吊り天井による圧死という凄絶な、しかし事故か殺人か判然としない死に対して、館に猛火が迫ってくる危機的状況の中、真実と生存との狭間でいきなり“壁”に突き当たる名探偵の姿が印象的です。
各章(*4)の題名には“【館焼失まで35時間19分】”
などと残り時間が付され、予告された〈落日館〉の最期(*5)へ刻々と近づいていく様子が示されることで、タイムリミットサスペンスの色合いも強くなっています。しかしその実、脱出経路の探索に関連する部分をも含めて徹頭徹尾、手がかりをもとにした謎解きを軸にして進んでいくところが、作者ならではといってもいいように思います。特に「第一部」の終盤あたりからは、謎解きとサプライズが立て続けに飛び出してくる展開となり、ますます目が離せなくなっていきます。
また、過去の事件が原因で探偵をやめた飛鳥井の存在によって、デビュー作『名探偵は嘘をつかない』とはまた一味違った形で“名探偵とは何か”が追求されているのも見どころ。懸命に脱出と解明の両立を図ろうとする葛城と、真実に背を向けるかのように生存を最優先する飛鳥井――名探偵と元名探偵のコントラストが、かつて飛鳥井と出会って名探偵を志し(*6)、後に葛城と出会って名探偵をあきらめることになった、助手・田所の視点を通して描くことで一層強調されている感があり、二人が(*7)どのような決着を迎えるのかも大いに興味をそそるところです。
“解決篇”では作者らしく、犯人を特定するための鮮やかなロジックが目を引きますが、同時に巧妙な手がかりの扱いも見逃せないところではないでしょうか。実をいえば、謎解きの手順には若干気になる部分がないでもないのですが、それもさしたる瑕疵とはいえない――とりわけ見方を変えれば――ように思います。そして謎解きを経ての結末は、作者による“名探偵”という存在への挑戦といった印象で、葛城がそれを見事に受けて立つことができるのか、今後を見届けずにはいられないところです。デビュー作ほど過剰(*8)ではないとはいえ、やはり数々の趣向がふんだんに盛り込まれた傑作です。
“「(前略)彼女の言葉に嘘の気配はなかったよ」/葛城のその断言は、もはや彼にしか確かめられない反則の域に達している。”(354頁)とあるところからみて、手がかりとなるべき証言に絶対的な信頼性を与えるためのものではないかと考えられます。
*2: 2021年2月にシリーズ第二作『蒼海館の殺人』が刊行されました。
*3: ずいぶん昔に読んだきりなので、あまり覚えていないのですが……。
*4: 前日談である第1章を除く。
*5: 作中の館の名称と異なる“紅蓮館”という題名は、炎上する館の様子を表したものです。
*6: ものすごい偶然ではありますが、まあそこはそれ。
*7: 正確には、助手の田所も含めて“三人が”というべきかもしれません。
*8: 決して悪い意味ではないので念のため。
2019.09.28読了 [阿津川辰海]
【関連】 『蒼海館の殺人』
犯人選挙
[紹介]
築三十年超の格安シェアハウス〈大泰荘〉で共同生活を送る、八人の若者たち。ある朝、その一人が鍵のかかった自室で遺体となって発見される。首には索条溝があり、殺人事件と判断されたが、深夜には建物の玄関にチェーン錠がかけられるため外部からの侵入は困難で、内部の住人たちに容疑が向けられることに。住人たちの誰もがそれぞれに怪しく思える中、犯人は“七つの選択肢”から選ばれる……!
[感想]
傑作『ミステリー・アリーナ』で“多重解決の極北”に到達した作者が、また違った形の“新たな多重解決”に挑んだ意欲作。まず“問題篇”となる「第二部」までがネットで公開された後、題名そのままに“候補者”の中から犯人を選ぶ読者投票が行われるという前代未聞の過程を経て出版された一冊で、“解決篇”となる「第三部」にはすべての“候補者”に対応する七つの解決が用意された上、巻末には「開票結果」も収録されています。
ちなみに、「あとがき」には、“企画当初の趣旨は、最多得票の〈世界〉の話を解決篇として出版するというものだった”
とあり、確かにその方が“選挙”という形態には合っているのですが、“量子の《重ね合わせ現象》に強い関心を抱いており”
(これも「あとがき」より)という作者のことですから、比較的早い段階ですべての解決を並べる方向に転換したのではないでしょうか(*1)。何より、書籍化された本書の読者――読者投票というイベントが終了した後の読者は、もはや投票結果を左右することはできない(*2)のですから、こちらの方がベターなのは明らかでしょう(*3)。
本書では犯人候補として七つの選択肢が示されますが、“犯人当て”ではなくすべての選択肢が犯人として成立し得る――ということはつまり、“(それぞれの選択肢として)犯人が先に示されている”状態、と考えることもできるでしょう。“誰が犯人なのか?”ではなく、犯人から逆算して“どうしたらその人物を犯人にできるのか?”が興味の中心となるという意味では、各篇の冒頭で犯人が示される麻耶雄嵩『さよなら神様』に通じるところがあります。が、そこに多重解決の趣向が加わっているのが本書のユニークなところです。
“問題篇”が終了した時点で七つの解決を“共存”させる必要がある(*4)本書では、決定的な手がかり――他の解決を否定する手がかりを配置することができないので、代わりに、それぞれの解決に蓋然性を与える伏線が数多く盛り込まれて、真田啓介氏がいうところ(*5)の“証拠事実の取捨選択”
が著しく多様になっています。これは、一つ一つの解決が“緩く”なる反面、自由度が高いともいえるわけで、それを利用してバラエティに富んだ解決――犯人だけが違うという単純(?)なものではない――が用意されているのが圧巻。同時に、作者のサービス精神にも頭が下がります。
もう一つ本書で面白いのは、企画の肝である“選挙”の部分を完全に物語の枠外に――“読者への挑戦状”と同じように――置いてしまうのではなく、作中に“観察者”の立場を用意する(*6)ことによって物語の中で選択肢として示してある点で、物語としての見せ方がしっかりと工夫されています。当然“解決篇”も同様で、半ばメタな立場から突っ込みを入れながら七つの解決を観察した後、“観察者”がどのような選択をするのかも焦点となりますが、最後に待ち受けるのは実に見事な結末。“唯一無二の真相”を求めるものではないために、好みは分かれるかと思いますが、作者が存分にやりきったおすすめの一作です。
“最多得票の〈世界〉の話を解決篇として出版する”ことは示されておらず、“問題篇”の公開時点ですでに出版時の形態は決まっていたと考えられます(もちろん、公開時点で“解決篇”まで完成してたことは間違いないでしょうが)。
*2: このあたりの難しさは、同じように読者参加型(?)の作品である『最後のトリック』――というよりも初刊の『ウルチモ・トルッコ 犯人はあなただ!』――にも通じるところがあるように思われます。
*3: その意味で、文庫版で『マルチエンディング・ミステリー』と改題されているのも納得です。
*4: この点で『ミステリー・アリーナ』とは大きく異なっています。
*5:
“そこで結論として言えるのは、偽の解決が生まれる原因 (すなわち多重解決のテクニック) は、①証拠事実の取捨選択の誤り、②証拠事実それ自体の誤り、そして③証拠事実の解釈 (推論) の誤りの3点 ――その中でも特に①と③――に集約される、ということである。”(真田啓介「書斎の死体/「毒入りチョコレート事件」論」より)。
*6: 「第二部」に入った時点で明らかになるので、事前に明かしても大丈夫だと思いますが……。
2019.10.17読了 [深水黎一郎]
medium[メディウム] 霊媒探偵 城塚翡翠
[紹介]
しばしば警察の捜査に協力してきた推理作家・香月史郎は、霊媒を名乗る女性・城塚翡翠と出会う。死者の言葉を伝えることができるという彼女だが、当然そこには証拠能力がなく、香月は霊視と論理を組み合わせながら事件に挑んでいく。“泣き女”の怪異が予見したような殺人事件、香月と翡翠も客となった推理作家の別荘で起きた殺人事件、そして女子高生連続絞殺事件……。そして巷を騒がせる、若い女性ばかりを次々と毒牙にかけて一切の証拠を残さない、姿なき連続殺人鬼の手がついに翡翠に迫り……。
[感想]
2009年に『午前零時のサンドリヨン』で第19回鮎川哲也賞を受賞してデビューした作者の、最新長編となるのが本書です……が、まずは“すべてが、伏線。”
という(第1刷の(*1))帯の惹句がくせもの。(個人的には)読み終えても違和感を禁じ得ない(*2)のもさることながら、惹句を受けて伏線を意識しながら読むと、うっかり途中でかなりの部分が見えてしまうおそれがあるのが困ったところです。ということで、本書を楽しむためには帯の惹句は気にせず、できるだけ無警戒で読むことをおすすめします。
さて、本書の主役となるのは推理作家・香月史郎と霊媒・城塚翡翠のコンビ。霊媒というとオカルト的な印象になってしまいますが、「プロローグ」で“特殊ルール”風に説明されているように翡翠の能力は無制限ではなく、あくまでも特殊設定ミステリの趣です。そして本篇では、翡翠の霊視で得られた情報を手がかりに、あるいはそこで一足飛びに示された真相(*3)を目指して、香月が推理を組み立てるという形の協同作業で事件が解決されていくことになります。このような、いかにして霊視に裏付けを与えるかが、本書の見どころの一つといえるでしょう。
物語は、間に連続殺人鬼の犯行を描いた「インタールード」を挟みながら、香月と翡翠の出会いを描いた「第一話 泣き女の殺人」から、いわくのある別荘で殺人が起きる「第二話 水鏡荘の殺人」、さらに「第三話 女子高生連続絞殺事件」(*4)と続き、「最終話 VSエリミネーター」へと突入します。「最終話」を別にすれば、麻耶雄嵩『さよなら神様』ばりに冒頭で翡翠が犯人を指摘する「第二話」が最も面白いのですが、よく考えてみるといずれも一長一短が。そして「最終話」では“衝撃の真相”が待ち受ける……のですが、残念ながらあらかた見当がついてしまったので、サプライズは(皆無ではないものの)ほぼ不発。
そのせいもあって――全体としてユニークな試みがなされていることは確かですし、相当な力の入った労作であることも間違いないのですが、私見では必ずしも成功しているとはいいがたいところがあり、今ひとつ評価しづらい作品です。おそらくは、“驚かされた”読者と“驚かなかった”読者とで大きく評価が分かれる作品なので、素直に読むのが吉でしょう。また、これは構成上かなり難しいかもしれませんが、終盤(どうしても“早口”に見えてしまう(?)部分)はできるだけじっくり読んでいただきたいと思います。
*2: 何を指して
“すべてが、伏線。”と称しているのかよくわからないので、“伏線観”の違いがあるのかもしれません(何でも“伏線”と表現するのはいささか乱暴な風潮(?)ではないか、と考えています)。
……と思っていたのですが、「Webミステリーズ! : 相沢沙呼『medium 霊媒探偵 城塚翡翆』、井上悠宇『誰も死なないミステリーを君に2』…「ミステリーズ!97号」(2019年10月号)書評 宇田川拓也[国内ミステリ]その1」に、
“帯に“すべてが、伏線。”と記されているとおり、それまで読み進め、頭に描いてきた物語像が(中略)みるみる塗り替えられていく”とあるのをみて、大いに困惑しています(槍玉に挙げて申し訳ありませんが……)。いや、
“頭に描いてきた物語像が(中略)塗り替えられていく”のは、それまで“騙されていた”(もしくは“隠されていた”)こと、すなわち“ある種のトリック”の話(叙述トリックというわけではない)であって、伏線(→Wikipediaによれば
“物語や作劇上の技術のひとつで、物語上において未来に起こる重要な出来事を、些細なかたちで前もって暗示しておく手法”)とは直接関係がない(そこに伏線があるとは限らない)でしょう。
原因を推測してみるに、真相が明かされた際の「あれはそういうことだったのか!」という感覚つながりで、(気づいていなかった)伏線の回収と混同されているのではないかと思われますが、伏線かどうかはあくまでも“そういうこと”の中身(真相/結末を暗示していたか)の問題です。
*3: このあたりの翡翠の“機能”は、京極夏彦〈百鬼夜行シリーズ〉に登場する探偵・榎木津礼二郎に通じるところがあるかもしれません。
*4: 撮影会のノリはちょっと引きました。
2019.10.21読了 [相沢沙呼]