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◎ 私感訳註:
※更漏子:詞牌の一。詞の形式名。双調 四十六字。換韻。詳しくは 「構成について」を参照。この詞は花間集卷一にある温庭の更漏子 其五になる。この作品は詠われているのが、どの時間帯とみるかによって、意味が大きく変わってくる。下片は、「銀燭盡」「玉繩(星)低」「一聲(村落)鷄」で、夜明けを詠っているのが、明瞭である。宋詞では、上片と下片とでは、時間的な経過や、場所の変遷の推移を表現して、奥深いものとしている。唐詞であるこれも同様であるとすれば、上片は、夕刻から夜になる。その場合「背江樓、」は、夜更けの船旅の出立であり、「堤柳動」は、動く船からの岸を眺めた情景になる。「(東より昇る)海月」「(宵の時を告げる)角聲」「島煙昏。」「征雁」が夜景になる。或いは、下片と同様の夜明けの描写とすれば、「(朝を知らせる)角聲」で、「島煙昏」は、朝靄で霞んでぼんやりとした島影の意になり、「昏」は「黄昏(たそがれ)」の意ではなく、「朧(おぼろ)に霞む」の意になる。
また、第一,二句の「背江樓、臨海月」の節奏は、『花間集』にある温庭の更漏子全六首のうち、五首またそれぞれの過片を見ても、基本的には「□□+□」になっている。「□+□□」という逗のようにも読みとれるのは、この作品のみになる。しかしながら、ここは「□+□□」と見るのが自然である。
※背江樓「□+□□」という逗のように読めば、「川沿いの建物に背を向けて、反対側を見れば」になり、「□□+□」と読みとれば、「川端の(裏が川に面している)建物で」になる。 ・背:背を向ける。また、船旅の出立とみれば、岸辺の建物群から離れて(船は出発し)。ここは仄字がくるところで、「背」は両韻で、仄:背く。背を向ける。隠す。名詞で背中。 平:背負う。となる。 ・江樓:川沿いの建物。
※臨海月:「□+□□」という逗のように読めば、「海の上に月が昇ってくるのに接する」になり、「□□+□」と読みとれば、「海辺の月」になる。 ・臨:赴く。訪れる。近づく。見る。 ・海月:海の上に昇ってくる月。海上の月。 ・臨海:海に面した。海辺の。
※城上角聲嗚咽:街の方からは、(時を告げる)角笛の音がもの悲しく響いてくる。 ・城上:城市の方から。街の方では。 ・角聲:角笛の音が響いてくる。本来は軍営で用いるが、街では朝夕の時刻を知らせる時報の役を負う。ここでは、月も昇ってきて、夜も更けてきた、という時間の経過を表す。 ・嗚咽:〔をえつ;wu1ye4〕むせび泣く。すすり泣く。また、寂しく悲しい笛の音の形容。
※堤柳動:川の堤に植えているヤナギの枝が風に揺れ動き。 ・堤柳:川の堤に植えているヤナギ。 ・動:ヤナギの枝が風に揺れ動く。風が出てきたことを謂い、宵闇が恰も風に吹かれて速く広がっていくかのような動的表現をとっている。
※島煙昏:島影が夕靄に霞んで、薄ぐらくなった。黄昏になって、宵闇が迫ってくる長江上の光景を描写している。 ・島煙:島影が夕靄に霞む。 ・昏:くらい。くれる。黄昏る。たそがれになる。
※兩行征雁分:二筋になって、旅を行くガンの群が分かれていく。(わたしも同様に、恋人と分かれていことになっていくことだろう)。 ・兩行:二筋(になった)。 ・征雁:旅行くガンの群。 ・分:分かれる。一つだったものが、別々に分かれていくこと。
※京口路:京口への道のり。 ・京口:長江南岸にある街の名。現・鎭江市。北岸の揚州、瓜州と船で結ばれた、旅路のターミナルの都市でもある。別れの港町でもある。 ・路:道のり。
※歸帆渡:ふるさとへ帰る船の(川の)船着き場では。 ・歸帆:帰り船。 ・渡:(川の)船着き場。(川の)港。別離の場所でもある。
※正是芳菲欲度:ちょうど花や草が咲き出す春の情況が(方々に)行きわたろうとしている。ちょうど春になろうとしている。 ・正是:ちょうど。 ・芳菲:花や草。ここでは、春の情況をいう。 ・欲度:行きわたろうとする。
※銀燭盡:白いロウソクの灯火も燃え尽きてしまった。夜になってから、時間が相当経過した。 ・銀燭:白いロウソク。灯油を使った明かりではなく、精製された蝋によって作られた高価な明かり。 ・盡:燃え尽きる。ロウソクが、燃え尽きたこと。夜になってから時間が相当経過したことをいう。四更、五更になって夜明けも近いということを暗示している。
※玉繩低:玉縄星が低くなって、西へ沈もうとしている。夜になってから時間も経った。間もなく夜明けだろう。 ・玉繩:玉縄星。二つからなる星の名。玉衡の北にあるというが、現代での名称は、未確認。 ・低:(星が)低くなって西へ沈もうとしている。これも、時間の経過をいう。
※一聲村落鷄:暁を告げる村の一番鶏の鳴き声が、一声響いた。朝が訪れた。 ・一聲:(暁を告げるニワトリの)鳴き声が一声響く。 ・村落:村の。 ・鷄:ニワトリ。ここでは一番鶏。
◎ 構成について
双調 四十六字。換韻。 押韻は、換韻で、韻式は「aaBB cccDD」。ただし、これは温庭だけの例外であり、宋代の人は、下片起句を押韻しないで上片、下片とも完全に同一。韻式は「aaBB ccDD」が普通。
韻脚は「月咽」は、第十八部入声六月。「昏分」は第六部平声十二文。「路渡度」は、第四部去声七遇。「低鷄」は、第三部平声八齊。
●○○、
○●●,(a仄韻)
●○●。(a仄韻)
○●●,
●○○。(B平韻)
○●○,(B平韻)
●○○、(c仄韻 上記を参照)
○●●,(c仄韻)
●○●。(c仄韻)
○●●,
●○○。(D平韻)
○●○,(D平韻)
となる。
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