滿江紅　
　　　　　　和郭沫若同志

　　　　　　　　　　　　一九六三年一月九日

　小小寰球，
　有幾個蒼蠅碰壁。
　嗡嗡叫，
　幾聲凄�氏C
　幾聲抽泣。
　螞蟻縁槐誇大國，
　蚍蜉撼樹談何易。
　正西風落葉下長安，
　飛鳴鏑。

　多少事，
　從來急；
　天地轉，
　光陰迫。
　一萬年太久，
　只爭朝夕。
　四海翻騰雲水怒，
　五洲震盪風雷激。
　要掃除一切害人蟲，
　全無敵。
　




******

郭沫若同志に和す

　　　　　　　　　　　　　　ちきゅう　　　　　　
　 小さき小さき寰球に，
　　　　　ひきか　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　ぶつ
　幾個の蒼蠅有りて　壁に碰け。
　　ブンブン　　　　な
　嗡嗡と　叫き，
　　　　　　　　　　　　すさまじ
　幾聲か　凄�獅ｭ，
　　　　　　　　　　　すすりな
　幾聲か　抽泣く。
　　　あり　　ゑんじゅ　　よ
　螞蟻　槐に縁りて　大國を誇り，
　おおあり　　　　　　　　ゆす　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　やす
　蚍蜉　樹を撼ぶると　談ずるは何ぞ易き。
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　ふ
　正に　西風　落葉を長安に下らすとき，
　 めいてき
　鳴鏑　飛ぶ。



　多少の事は，

　從來　急；

　天地　轉じ，

　光陰　迫る。
　　　　　　　　　　　　　あまり
　一萬年は　太にも久しければ，
　　ただ　　てうせき
　只　朝夕を爭はん。
　　　　　　　　　ほんとう
　四海　翻騰して　雲水　怒り，
　　　　　　　　　しんたう
　五洲　震盪して　風雷　激し。

　一切の人を害する蟲の　掃除を要せば，

　全て無敵。


**********

私感注釈


※満江紅：双調　９３字。詞牌の一。

※和郭沫若同志：郭沫若同志（の詞（『滿江紅・一九六三年元旦書懷』））に唱和する。 　・一九六三年一月九日：毛沢東の提倡した大躍進政策が失敗し、三年続きの自然災害とソ連との対立も重なった結果、数千万人の餓死者を出した。毛沢東は自己批判を行って国家主席を辞任し、経済は調整局面に入った。経済の第一線を退いた毛沢東は政治面で反撃に移り、プロレタリア階級とブルジョワ階級の間の階級闘争、社会主義と資本主義という二つの道が存在するとして、階級闘争が強調されていった文化大革命前夜。やがて起こる文化大革命では、毛沢東に反対する立場を取って国家の運営を任された劉少奇や�ｹ小平らは、「実権派」として打倒された。この作品は、文化大革命を発動する直前の毛沢東の心境がよく分かる詩。　・和：〔わ；he4●〕（詩歌に）唱和する。他人が作った詩作に対して、詩を作って応える。…に和す。なお、和韻は、同一の韻部（韻目）の中の韻字を使った詩作をいう（＝依韻）。特に、全く同一の文字を同一配列（＝次序）で使うことを特に次韻といい、同一の韻字を自由な配列で用いることを用韻といい、同一の韻部の中の文字を使うことを依韻、狭義の和韻という。郭沫若の原詞は『滿江紅・一九六三年元旦書懷』「滄海��流，方顯出英雄本色。人六億，加強團結，堅持原則。天垮下來�ﾌ得起，世披靡矣扶之直。聽雄雞一唱遍寰中，東方白。　　　太陽出，冰山滴；真金在，豈銷鑠？有雄文四卷，爲民立極。桀犬吠堯堪笑止，泥牛入海無消息。迎東風革命展紅旗，乾坤赤。」。　・郭沫若：現代の文学者、歴史学者、政治家。１８９２年〜１９７８年。四川省の楽山の人。名は開貞。号して沫若。日本に留学中、文筆活動を開始。国民党に参加し、北伐軍の総政治部主任となるが、南昌蜂起に参加、直後に中国共産党に加入。蒋介石に追われ、日本へ亡命。１９３７年に日中戦争が勃発するや日本人の妻らを残して帰国、国民政府に参加して、抗日救国に活躍。中華人民共和国成立後、政務院副総理・中国科学院院長に就任。文学・史学の指導に努める。（なお、１９５７年の反右派闘争以降は、毛沢東に迎合するようになり、１９６６年〜の文化大革命発動後には、「私が以前に書いた全てのものは、全て焼き捨てるべきで、少しの価値も無い」との自己批判を行い、一層毛沢東に迎合する度合いを高めていった。）　・同志：…さん。あらたまった気分での呼称。革命の理想のために協力する仲間を指す。ここは、前者の意。蛇足になるが、共産党外の人士に対しては、「-先生」が使われる。

※小小寰球：たいへん小さな地球で。　・小小-：小さな…。たいへん小さな…。とても小さな…。 *形容詞「小」（ちいさい）の重ね型である「小小-」。形容詞を重ね型にすることで、強調の意味合いを添える。また、ここでは、語調を整えている。　・寰球：〔くゎんきう；huan2qiu2○○〕地球。＝環球。

※有幾個蒼蠅碰壁：何匹かのハエがいて、壁に突き当たっては。　・幾個：いくつ（の）。十個以下を指すことが多い。　・個：…匹。…こ。…つ。量詞（助数詞）（＝「箇」・「个」。毛沢東の手跡では「个」となっている）。専用の量詞のない名詞に用られる。使用範囲は、日本語同様の「一個桃子（桃一つ）」のような場合だけでなく、「両個人」（ふたり）「一個理想」（ひとつの理想）などのような場合にも使われる。　・蒼蠅：〔さうよう；cang1ying2〕ハエ。クロバエ。人を陥れようと影で立ち回る人の喩え。みみっちい汚職をやる小役人。王建は生活の中での煩わしいものとして「但得��天不下雨，上無蒼蠅下無鼠。」と使う。。このページの詞は１９６３年１月９日に作られたが、その二週間前の１９６２年１２月２６日に、毛沢東は七律『冬雲』「雪壓冬雲白絮飛，萬花紛謝一時稀。高天滾滾寒流急，大地微微暖氣吹。獨有英雄驅虎豹，更無豪傑怕熊羆。梅花歡喜漫天雪，凍死

未足奇。」を作っており、やはり「蒼蠅」を使う。　・碰壁：壁に突き当たる。行き詰まる。　・碰：〔ほう?；peng4●?〕突き当たる。ぶつける。ぶつかる。

※嗡嗡叫：ブンブンと鳴き。　・嗡嗡：〔をうをう?；weng1weng1○○?〕ブンブン。ブウンブウン。虫の羽音や機械の振動音の擬声語。　・叫：（小動物、小鳥虫などが）鳴く。

※幾声凄�氏F何回か、すさまじい声で。　・凄�氏F〔せいれい；qi1li4○●〕（音が）すさまじい。（声が）ひどく甲高い。

※幾声抽泣：何回かは、すすり泣いていた。　・抽泣：〔ちうきふ；chou1qi4○●〕すすり泣く。泣きじゃくる。

※螞蟻縁槐誇大国：アリが槐（エンジュ）によじ登って大国と誇って。　・螞蟻：〔？ぎ；ma3yi3●? ●〕アリ。　・縁：よじ登る。よる。　・槐：えんじゅ。『南柯太守傳』（『南柯記』）を踏まえる。夢で、大槐安国の南柯郡の太守になって半生を過ごしたが、にわの

。此地聚會夕，當時雷雨寒。蘭橈殊未返，消息海雲端。」とある。

※飛鳴鏑：合戦の合図に使う音の出る矢が飛んだ。　・鳴鏑：〔めいてき；ming2di2○●〕かぶら矢。合図に使う音の出る矢。

※多少事：多くのことがらは。　・多少：多く。また、どれほど。ここは、前者の意。　・事：できごと。ことがら。

※従来急：これまで、急激であった。　・従来：今まで。これまで。　・急：速い。急である。いそぐ。急激である。

※天地転：天地・星宿は廻り動き。

※光陰迫：時間は差し迫ってくる。漢樂府『蒿里曲』に「蒿里誰家地，聚斂魂魄無賢愚。鬼伯一何相催促，人命不得少踟蹰。」とある。　・光陰：時間。月日。年月。「光」は昼。「陰」は夜。また、「光」は日光と「陰」は月光。盛唐・李白の『春夜宴桃李園序』に「夫天地者，萬物之逆旅；

者，百代之過客。而浮生若夢，爲歡幾何？古人秉燭夜遊，良有以也。況陽春召我以煙景，大塊假我以文章。會桃李之芳園，序天倫之樂事。群季俊秀，皆爲惠連。吾人詠歌，獨慚康樂。幽賞未已，高談轉清。開瓊筵以坐華，飛羽觴而醉月。不有佳作，何伸雅懷？如詩不成，罰依金谷酒數。」とあり、清・袁枚の『意有所得雜書數絶句』に「莫説

去不還，少年情景在詩篇。燈痕酒影春宵夢，一度謳吟一宛然。」とある。

※一万年太久：一万年（という時間単位でものごとを見るには）あまりにも悠長すぎ。　・太：（普通の程度を越え）ひどく、あまりにも。いい事を言うときには、あまり使わない。　・久：長い。

※只争朝夕：一日単位という短い時間の中でこそ競おう。寸刻を惜しもう。 *「一萬年太久，只爭朝夕」：悠久の歴史的な時間はあまりにもひさしければ（長ければ）ただ、朝夕を争はん。この句やや「只爭朝夕」は、文化大革命の時には、よく使われた。　・只争：ただ…を問題にする。　・朝夕：短い時間。　・只争朝夕：寸刻を惜しむ。

※四海翻騰雲水怒：全国各地（＝四海）は衝き上げ覆（くつがえ）って、風雲急を告げて。　・四海：中華世界の四方の周りの海。転じて、天下。世界。　・翻騰：〔ほんとう；fan1teng2○○〕ひっくりかえして衝き上げる。かき乱す。滅茶苦茶にする。　・雲水：雲と水。雲水怒：風雲急を告げる。

※五洲震盪風雷激：世界各地（＝五洲）ふるえ動いて、狂風と激しい雷の衝撃が激しい。　・五洲：五大洲。世界各地。　・震盪：〔しんたう；zhen4dang4●●〕ふるえ動く。揺さぶる。振動する。＝振盪。　・風雷：狂風と激しい雷で、強烈な衝撃力を謂い、革命勢力を指す。

※要掃除一切害人虫：人を害する虫（＝反動勢力）を退治すれば。　・要：もし、…ならば。「もし、…ならば」の用法で、「要…就」の表現で、古文の「如…則」に近いか。また、必要である。…したい。…するつもりだ。…しなければならない。しそうだ。するだろう。その語の使い手の意志を表す表現。「『掃除一切害人蟲』に取りかかろうか。…しないといけないなあ」　・掃除：除く。「掃除障碍」「掃除文盲」等に使う。　・一切：一切。全て。　・害人虫：害虫。反動勢力を謂う。

※全無敵：まったく向かうところ敵なしだ。 *「所向無敵」（向かうところ敵なし）。　・全：まったく。完全に。　・無敵：敵し得ない。






◎　構成について：
　満江紅　　双調　　９３字　脚韻は、入声韻が条件。一韻到底。この場合は「壁」「泣」「易」「鏑」 「急」「迫」「夕」「激」「敵」で、主として詞韻十七部錫韻。「一萬年太久」の句は、本来「□＋□□□□」となるべき所。 またこの「太」字の部分は平字が来るべき所である。なお、「螞蟻縁槐誇大國」の「國」は、十七部にもあり、脚韻と同じ韻部になるが、ここは韻脚ではない。

，
　　　□□●，
　　　□○□●。（韻）　
　　　□□●＋□○□●，　
　　　●○○●。（韻）
　　　●○○●●，
　　　○●○○●。（韻）
　　　●□○＋●●○○，
　　　○○●。（韻）

　　　○□●，
　　　○○●。 （韻）
　　　□□●，
　　　○○● 。（韻）
　　　●＋□○○●，
　　　●○○●。（韻）
　　　●○○●●，
　　　○●○○●。（韻）
　　　●□○＋●●○○，
　　　○○●。（韻）

２０００．　１．１３ 　　　　　　１．１４ 　　　　　　１．１５ 　　　　　　１．１６ 　　　　　　１．２２ 　　　　　　３．　３ ２００１．　２．１１ ２００２．　６．　８ 　　　　　　８．２４ ２００４．　５．　４ ２０１３．　３．　３補 　　　　　　３．　４ 　　　　　　３．　５ ２０１９．　６．２５

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