楚辞　離騒

楚辭　　　　 　　　　　　　  　　　　  
離騷
　　　　　　　　　　　　
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　屈原

帝高陽之苗裔兮，　　朕皇考曰伯庸。 攝提貞于孟陬兮，　　惟庚寅吾以降。 皇覽揆余初度兮，　　肇錫余以嘉名。 名余曰正則兮，　　 　字余曰靈均 。                            　　　　　　　　　　 （中略）                            亂曰： 已矣哉！ 國無人莫我知兮，　　　 又何懷乎故�ｷ？ 既莫足與爲美政兮，　　吾將從彭咸之所居！

　　　 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊

　　　　　　　　　　離騷
　　　　　　　　　　

帝　高陽の苗裔にて　，　　朕（わ）が皇考は　伯庸と　曰（い）ふ。
攝提　孟陬に貞（あた）りて，　　惟（こ）れ　庚寅（かのえとら）に　吾れ以って降（うま）る。

皇（ちち）　覽ずるに　余の初めて度すを　揆（はか）りて，　　肇（はじ）めて余に錫（たま）ふに　嘉名を以てす。
余に 名づけて　正則と　曰（い）ひ，　　余に 字（あざな）して　靈均と　曰（い）ふ 。

　　　　　　　　（中略）

亂に曰く：
已矣哉（やんぬるかな）！
國に　人 無く　　　我を　知るもの 莫し，
又　何ぞ　故都を　懷しまん乎（や）？
既に　　與（とも）に　美政を爲すに　足るもの　　莫し，
吾れ　將に　彭咸に　從ひて　　居す所に　之（ゆ）かん！

　　　　　　　　　　　　　******************

◎　私感訳註：

※楚辭：戦国時代、南方の楚に興った詩の一形式である『辞』の集成されたもの。『楚辭』とは「楚」の「辞」。＝「楚國」の「辞集」の意で、以降は詩集名となった。漢代に盛んになる『賦』とともに併称され「辞賦」といわれるものの代表である。

※離騷：『楚辞』中の第一の作品。屈原の作。題意は六十六種あるという。「離（わか）れの哀しみ」「別離の思い」「憂（うれ）えに罹（あ）う」等々。『離騒經』ともいう。本詩は極めて厖大な量なので、頭と乱のみを掲げ、その雰囲気を味わうだけとする。

※屈原：戦国時代の楚国の名門（同姓、左徒）の出身。楚の懐王のとき三閭大夫に任じられるが、頃襄王のとき、忠言を以てするが讒言のため、職を解かれた上、都を逐出されて各地を流浪した。『史記』巻八十四に「屈原者，名平，楚之同姓也。爲楚懷王左徒。」とある。『楚辭』中の『漁父』に「屈原既放，游於江潭，行吟澤畔，顏色憔悴，形容枯槁。漁父見而問之，曰：「子非

與？何故至於斯？…」（屈原　既に放たれて，江潭に游びて，澤畔を行吟す，顏色　憔悴して，形容　枯槁せり。漁父　見て　之に問ひて曰く：「子は三閭大夫に非ずやと？何の故に斯に至れると…）とある、それである。その放浪の折り、多くの慷慨の詩篇辞賦を残した。 やがて、秦が楚の都郢を攻めた時、屈原は汨羅(現・湖南長沙の北方)に身を投げて自殺した。時に、前２７８年の五月五日で、端午の節句の供え物（粽）は、屈原を悼んでのものともいう…。

※帝高陽之苗裔兮：帝である高陽の子孫にして。　・高陽：伝説上の皇帝のこと。　或いは、炎帝。後世、『史記・楚世家』「楚之先祖出自帝

生稱，稱生卷章，卷章生重黎。重黎爲帝高辛居火正，甚有功，能光融天下，帝命曰祝融。」とあり、『晋書』のトップも「宣皇帝諱懿，字仲達，河内温縣孝敬里人，姓司馬氏。其先出自

之子重黎，爲夏官祝融。」となっており、晋の王室も同じ出自としている。　・苗裔：子孫。末裔。　・兮：語気助詞。特段の意味はないが、兮字脚で、歌唱する際、リズムをとる虚字脚とも謂える。
※朕皇考曰伯庸：わたしの立派な（既に亡くなった）父は伯庸という。我が父上は伯庸という字である。　朕：われ。当時は、身分の上下にかかわらず、自称に朕を用いた。　・皇考：立派な（既に亡くなった）父。　・皇：美称で「立派な」。　・考：死んだ父。　・伯庸：屈原の父親の字。或いは、楚人の祖先の名。楚人の氏神。祖神の名。

※攝提貞于孟陬兮：星の巡りは、ちょうど寅年の正月で。　・攝提：寅歳のこと。歳星（木星）が寅年の位置にあるときのこと。＝「攝提格」のことで、歳星（木星）の周期（一周は）、十二年で、その位置に干支を当てはめ、寅年の位置にあるときを「攝提格」と謂う。　・貞：…にあたる。…になる。正しい。　・孟陬：（まうすう；meng4zou1）孟春正月。新春。正月。陰暦の別名で云うと正月は寅月。　・孟：初め。　・陬：正月の別名。寅月。

※惟庚寅吾以降：庚寅（かのえとら）の日に、わたしは生まれた。　・惟：これ。語気詞。　・庚寅：庚寅（かのえとら、かういん；geng1yin2）の日。干支で日を表している。　・吾：われ（は）。主として主格を表す。　・降：生まれた。降誕した。屈原は、寅歳の寅月の寅日に生まれた、ということ。黄鳳顯氏によると、計算してその生年月日を出したものに、鄒漢勳、劉師培は楚の宣王二十七年（前３４３年）正月二十一日と見、陳暘は楚の宣王二十七年（前３４３年）正月二十二日、郭沫若は楚の宣王三十年（前３４０年）正月七日、浦江清は楚の威王元年（前３３９年）正月十四日、胡念貽は楚の宣王五十七年（前３５３年）正月二十三日頃というのがある。そのうち、浦江清の楚の威王元年（前３３９年）正月十四日というのが優勢。

※皇覽揆余初度兮：父上がわたしの誕生の時をご覧になり。　　・皇：前出「皇考」の省略形で、父を指す。・覽：見る。覽ず。　・揆：量る。はかりしる。推し量る。　・余：わたし（を）。　・初度：初めて生まれたとき。誕生の時。

※肇錫余以嘉名：はじめてわたしによろしき名を賜（あた）えてくださった。或いは、占って、わたしによろしき名を賜（あた）えてくださった。　・肇：始めて。或いは、「肇」字は「兆」字で、占って。　・錫：＝「賜」で、たまう。　・嘉名：美名。素晴らしい名。

※名余曰正則兮：わたしを「正則」と名付けた。　・名：名付く。　・正則：公正で、規則、法則に則っているとの義。屈原は字が「原」で名は「平」。名の「平」に公平、平等の意がある。

※字余曰靈均 。わたしに「靈均」と字（あざな）を附けた。　・靈均：善くて平らかである。「靈」「均」。「正則」、「靈均」はともに幼時の名と字である。或いは神性を帯びた命名。

※陟陞皇之赫戲兮：　・陟陞：昇らす。上昇する。　・皇：皇天。皇天后土。太陽。　・赫戲：（太陽等の）赫奕たるさま。輝くさま。

※亂曰：辞賦のまとめの篇。最後の章。『楚辞』や「漢賦」では、辞賦の終わりの部分で言い出され、全編のまとめをする。

※已矣哉：もうこれまでだ。もうだめだ。やんぬるかな。≒已矣。　陶淵明の『歸去來兮辭』「

，寓形宇内復幾時。」で有名。蛇足だが、現代語では“算了”“完了”になろう。「已」が“算”“完”で、「矣」が“了”になり、「哉」が“”になる。この場合の“完了”の発音は、〔wan2 le0〕であって、〔wan2liao3〕と言えば「完了する」になる。

※國無人莫我知兮：国に人物がいなくて、わたしを理解する者がいない。　・國無人：国に人物がいない。国に賢者がいない。　・莫我知：わたしを理解する者がいない。上古漢語の特徴で、否定詞と人称代詞がある場合、「莫知我」は「莫我知」となる。同様の表現は、『楚辭』『懷沙』の乱にも「曾吟恆悲，永歎慨兮。世既

，心不可謂兮。」とある。

※又何懷乎故都：またどうして、楚の朝廷を懐かしく思おうか。　・又何：またどうして。　・懷乎：懐かしく思う。　・故都：故国。ここでは、楚の朝廷になる。

※既莫足與爲美政兮：すでに理想の政治を実現するのに充分ではない以上は。　・既：すでに……である以上は。　・莫足與：たらない。　・足與：たる。充分である。　・爲：なす。実現する。　・美政：素晴らしい政治。理想的な政治。

※吾將從彭咸之所居：わたしは、まさに彭咸に從い、水神となるところへ行こう。　・吾：わたし。　・將：まさに…んとす。　・從：したがう。　・彭咸：殷の賢明な臣下で、君主を諫めたが聞き入れられず、ために入水する。或いは、巫、みこの名。水に身を投げて入水し、水神となる。　・之：行く。　・居：やすんずる。いる。　・彭咸之所居：彭咸に倣って入水自殺をする。『離騒』の前段に出てくる。

◎　構成について

『楚辭』の『離騷』は、句の語（字）数が動く場合もあるものの、基本的には各段が次のような構成になっている。 「□□□□□□兮〜，　□□□□□□〜。」の形式で統一されており、「兮」字部分と押韻部分で、歌唱の声が整えられている。騒体の名称はこれに因って起こる。

□□□□□□兮，　□□□□□□。（A韻）
□□□□□□兮，　□□□□□□。（A韻）
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（換韻）
□□□□□□兮，　□□□□□□。（B韻）
□□□□□□兮，　□□□□□□。（B韻）
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（換韻）
□□□□□□兮，　□□□□□□。（C韻）
□□□□□□兮，　□□□□□□。（C韻）
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（換韻）
□□□□□□兮，　□□□□□□。（D韻）
□□□□□□兮，　□□□□□□。（D韻）
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（換韻）
□□□□□□兮，　□□□□□□。（E韻）
□□□□□□兮，　□□□□□□。（E韻）
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（換韻）
□□□□□□兮，　□□□□□□。（F韻）
□□□□□□兮，　□□□□□□。（F韻）
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（換韻）
　　　　　　　　　　　
次の平仄はこの作品のもの。「兮」字は○になる。

　　　●○○○○●兮，　 ●○●●●○。（韻）
　　　●○○○●○兮，　 ○○○○●●。（韻）
　　　○●●○○○●兮，●●○●○○。（韻）
　　　○○●●●兮，　　　●○●○○。（韻）
　　　　　　　　　　　　（以下略）

２００３．１．１４ 　　　　　１．１５ 　　　　　２．　２完 　　　　　３．１７補 　　　　　９．３０ 　　　　１０．　２ ２００４．３．　５ 　　　　　３．　６ 　　　　　８．２８ ２００７．４．２５

漢詩　唐詩　漢詩　宋詞　漢詩　唐詩　漢詩　宋詞　漢詩　漢詩

次の詩へ　　 前の詩へ　　　　 先秦漢魏六朝詩メニューへ 　　　　********** 辛棄疾詞 李�U詞 李清照詞 花間集 婉約詞 歴代抒情詩集 秋瑾詩詞 天安門革命詩抄 毛主席詩詞 碇豊長自作詩詞 豪放詞　民族呼称 詩詞概説　　 唐詩格律　之一　　　 宋詞格律 詞牌・詞譜 詞韻 詩韻 《天安門詩抄》写真集へ 参考文献（宋詞・詞譜） 参考文献（詩詞格律） 参考文献（唐詩・宋詞）

わたしの主張

メール

トップ