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岐王宅裏尋常見,
崔九堂前幾度聞。
正是江南好風景,
落花時節又逢君。
江南にて李龜年 に 逢ふ
岐王 の宅裏尋常 に見,
崔九 の堂前 幾度か聞く。
正 に是れ江南 の 好風景,
落花 の時節又 君に逢 ふ。
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◎ 私感註釈
※杜甫:盛唐の詩人。712年(先天元年)〜770年(大暦五年)。字は子美。居処によって、少陵と号する。工部員外郎という官職から、工部と呼ぶ。晩唐の杜牧に対して、老杜と呼ぶ。さらに後世、詩聖と称える。鞏県(現・河南省)の人。官に志すが容れられず、安禄山の乱やその後の諸乱に遭って、流浪の生涯を送った。そのため、詩風は時期によって複雑な感情を込めた悲痛な社会描写のものになる。
※江南逢李亀年:落ち延びた先の江南で(曾ての宮廷声楽家の)李亀年に出逢った。 *この詩と似た趣のものに、後世、明・高啓の『聞舊教坊人歌』「渭城歌罷獨凄然,不及新聲世共憐。今日岐王賓客盡,江南誰識李龜年。」や『逢呉秀才復歸江上』「江上停舟問客蹤,亂前相別亂餘逢。暫時握手還分手,暮雨南陵水寺鐘。」がある。 ・李龜年:唐の開元、天宝年間の声楽家の名。玄宗に可愛がられて、長安では豪勢に暮らしていたが、安禄山の乱で、江南へ落ち延び流浪していた。その流浪の旅先で杜甫と李龜年が出逢い、長安時代を回想した詩である。『明皇雜録』(明皇:玄宗皇帝)に「開元の御代に、音楽家の李亀年は歌を善くし、玄宗皇帝の特別な恩顧と寵遇を賜っていて、都の東部に大々的に邸宅を構えていた。其の後 江南を流浪して、めでたい日や美しい景色に出遇う毎に、人の為に数首 歌えば、座中 これを聞き、酒を罷め 顔を掩って泣かないものはいなかった。杜甫は嘗って詩を贈ったことがある。」「開元中,樂工李龜年善歌,特承顧遇,於東都大起第宅。其後流落江南,毎遇良辰勝景,爲人歌數,座中聞之,莫不掩泣罷酒。杜甫嘗贈詩。」(開元中,樂工の李龜年は善く歌をし,特に顧遇を承り,東都に於て大いに第宅を起こす。其の後 江南を流落し,良辰・勝景に遇ふ毎に,人の爲めに歌ふこと數,座中 之を聞き,酒を罷め掩ひて泣かざるもの莫し。杜甫 嘗て詩を贈る。)とある。恰も『晉書』の新亭の光景のようでもある。なお、その贈った詩というのがこの絶句である。哀れさに胸をうたれる佳篇である。蛇足になるが、李亀年は本名ではなかろう。『歌』「北方有佳人,絶世而獨立。一顧傾人城,再顧傾人國。寧不知傾城與傾國,佳人難再得。」で有名な、漢代の先輩とも謂える宮中声楽家・李延年の名を戴いたものではないか。ともにお目出たい名である。
『聯珠詩格』より
※岐王宅裡尋常見:(あなた(=李亀年)には)岐王(睿宗の四男・李範)のお屋敷で、いつもお目にかかっており。 ・岐王:〔きわう;Qi2wang2○○〕睿宗の四男・李範のこと。岐王に封ぜられていた。 ・宅裡:お屋敷で。 ・尋常:〔じんじゃう;xun2chang2○○〕いつも。つね。なみ。あたりまえ。「尋常」と「幾度」とが対になる。「尋常」が「幾度」と対になり得るのは、「幾度」という数字性の語に対して、「尋常」とは「尋」「常」になり、「一尋=八尺」「一常=十六尺(一尋の倍)」と、やはり数になるからである。借対。杜甫の『曲江』「朝囘日日典春衣,毎日江頭盡醉歸。酒債尋常行處有,人生七十古來稀。穿花蝶深深見,點水蜻款款飛。傳語風光共流轉,暫時相賞莫相違。」 にもある。
※崔九堂前幾度聞:崔家の九番目の男子で(殿中監に任じられていた)崔滌のお屋敷前で、何度か(あなたの歌声を)耳にしたことがある。 ・崔九:〔さいきう;Cui1jiu3○●〕名は滌。中書令の崔の弟。玄宗の寵臣で、殿中監に任じられていた。 ・堂前:立派な建物の前で。 ・幾度:何度も。 ・聞:聞こえる。きこえてくる。蛇足になるが、「聽」は、耳をすまして、自分の方から積極的にきく。聴き耳を立てて聴く。
※正是江南好風景:(今日、お逢いできたのは、)ちょうど江南地方のすばらしい(気節の)風景の中で。 ・正是:ちょうど。 ・江南:中国沿岸の南部。作者らの避難先でもある。潭州(現・湖南省長沙)で出逢ったことをいう。 ・好風景:すばらしい風景。
※落花時節又逢君:花の散る時節(=晩春/人生の晩年)に、またしても、あなた(=李龜年)にお逢いする(とは)。 ・落花時節:花の散る時節で、晩春の意。また、人生の晩年に。家国が衰亡に向かおうとしている時に。 ・又:またもや。またしても。ふたたび。*以前に逢った時は、@長安の都で、A若くて人生の上り坂にある時だった。今回、再び(=又)逢った時は、@江南の田舎で、A春の盛りを過ぎた時であった。その落差を「又」で表している。蛇足になるが、「亦」は、…もまた、の意。 ・逢:偶然にであうこと。蛇足になるが、「會」は、期日を決めて会すること。 ・君:あなた。ここでは、李龜年を指す。
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◎ 構成について
七絶平起。一韻到底。韻式は「AA」。韻脚は「聞君」で、平水韻上平十二文。以下の平仄は、この作品のもの。
○○●●○○●,
○●○○●●○。(韻)
●●○○●○●,
●○○●●○○。(韻)
2002.11.29 12. 1 12. 2完 2003. 1.19補 2005.12. 4 2009. 3.24 2015. 4.28 2021.11.11 |
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