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有起皆因滅,
無睽不暫同。
從歡終作慼,
轉苦又成空。
次第花生眼,
須臾燭過風。
更無尋覓處,
鳥跡印空中。
幻(まぼろし)を觀(くゎん)ず
有(いう)の起こるは 皆(み)な 滅(めつ)に因(よ)り,
無は 睽(そむ)きても 暫(しばら)くも 同じからず。
歡(くゎん) 從(よ)り 終(つひ)に 慼(せき)と 作り,
苦を 轉じて 又た 空と成る。
次第に 花(かすみ) 眼に 生じ,
須臾にして 燭 風を過ぐ。
更に 尋ね覓(もと)むる處 無く,
鳥跡(てうせき) 空中に 印す。
◎ 私感註釈 *****************
※白居易:中唐の詩人。772年(大暦七年)〜846年(會昌六年)。字は楽天。号は香山居士。官は武宗の時、刑部尚書に至る。平易通俗の詩風といわれるが、詩歌史上、積極的な活動を展開する。晩年仏教に帰依する。
※觀幻:幻(まぼろし)を観ず(る)。幻(まぼろし)を静かに見つめて悟る。仏教の哲理と、作者の眼病を詠っている。仏教のことはよく分からないので、通常の字義に従った。第一聯、第二聯、第三聯すべて、対句になっている。読み下しは、対になっていないが…。 ・觀:観ず。心静かに対象を観察し、真実を悟る。
※有起皆因滅:有とは、皆なすべて、滅・涅槃・死ぬということに起因している。 ・有:〔いう;you3●〕存在。あること。あるもの。『般若心經』でいう「色不異空,空不異色。色即是空,空即是色。」の「色」に該るのか。 ・起:おこる。「縁起」か。 ・皆:すべて。みな。『般若心經』の「照見五蘊皆空,度一切苦厄。」に近いか。 ・因:…による。…に起因する。 ・滅:〔めつ;mie4●〕涅槃のこと。死ぬこと。煩悩や苦悩が消滅することを理想涅槃の境地とするもの。
※無睽不暫同:無とは、目をそむけていても、片時も同じではない。 ・無:経験や知識以前の純粋な意識にかかわるもの。前出『般若心經』でいう「空」にあたるのか。それとも「是故空中無色,無受想行識。無眼耳鼻舌身意…」から始まる「無…」のことなのか? ・睽:〔けい;kui2○〕(目を)そむける。蛇足だが、〔き;kui2●〕目をみはるさま。ここは、前者の意。 ・不暫:しばしも…でない。片時も…でない。
※從歡終作慼:歓びごとから、ついには憂いごとになってしまい。 ・從:…より。…から。 ・歡:〔くゎん;huan1○〕よろこび。 ・終:ついには。結局は。 ・作:(…と)する。(…と)なす。 ・慼:〔せき;qi1●〕うれえる。憂え。いたむ。
※轉苦又成空:苦しみを転じても、またしても空となる。 ・轉:転ずる。 ・苦:苦しみ。「無苦集滅道」のことか。 ・又:またしても。またもや。 ・成空:むなしいものとなる。白居易の『商山路有感』に「憶昨徴還日,三人歸路同。此生キ是夢,前事旋成空。杓直泉埋玉,虞平燭過風。唯殘樂天在,頭白向江東。」、李Uの『菩薩蠻』「銅簧韻脆鏘寒竹,新聲慢奏移纖玉眼色暗相鈎,秋波欲流。雨雲深繍戸,未便諧衷素。宴罷又成空,夢迷春雨中。」 とある。
※次第花生眼:だんだんと、眼にかすみが生じてきて。 ・次第:だんだんと。次々と。次第に。後世、晩唐の杜牧は『過華清宮絶句』「長安回望繍成堆,山頂千門次第開。一騎紅塵妃子笑,無人知是茘枝來。」と使う。 ・花:目がかすむ。=花眼。眼花。現代語では、老眼で目が見えにくくなった時にも使うが、白居易の詩を見ていくと「雪が降るようだ」とか「紗がかかっているようだ」「朝から暗い」「この鏡は磨かれていないのか(曇っている)」「朦朧と…」いった自分の眼病に対する描写がある。盛唐・杜甫の『小寒食舟中作』に「杜甫佳辰強飯食猶寒,隱几蕭條帶鶡冠。春水船如天上坐,老年花似霧中看。娟娟戲蝶過陋,片片輕鷗下急湍。雲白山青萬餘里,愁看直北是長安。」とあり、同・杜甫の『飮中八仙歌』に「知章騎馬似乘船,眼花落井水底眠。汝陽三斗始朝天,道逢麹車口流涎,恨不移封向酒泉。左相日興費萬錢,飲如長鯨吸百川,銜杯樂聖稱世賢。宗之瀟灑美少年,舉觴白眼望青天,皎如玉樹臨風前。蘇晉長齋繍佛前,醉中往往愛逃禪。李白一斗詩百篇,長安市上酒家眠。天子呼來不上船,自稱臣是酒中仙。張旭三杯草聖傳,脱帽露頂王公前,揮毫落紙如雲煙。焦遂五斗方卓然,高談雄辨驚四筵。」とある。 ・生:なる。生じる。
※須臾燭過風:たちまちのうちに燭火を吹き抜ける風に逢うように、生命の灯火が消されてしまう。 ・須臾:〔しゅゆ、すゆ;xu1yu2○○〕しばらく。しばし。ゆるゆる。ここでは、短時間で、たちまちのうちに、まもなく、の意になる。前漢・李陵『與蘇武詩』其一「良時不再至,離別在須臾。屏營衢路側,執手野踟。仰視浮雲馳,奄忽互相踰。風波一失所,各在天一隅。長當從此別,且復立斯須。欲因晨風發,送子以賤躯。」、白居易の『燕詩示劉叟』「梁上有雙燕,翩翩雄與雌。銜泥兩椽間,一巣生四兒。四兒日夜長,索食聲孜孜。青蟲不易捕,黄口無飽期。觜爪雖欲弊,心力不知疲。須臾千來往,猶恐巣中飢。」 とある。 ・燭:ともしび。 ・過風:風が吹き抜ける。燈火を風が吹き抜けて、火が消えることを謂い、命の灯火が消える・死ぬことを指す。前出・『商山路有感』に「杓直泉埋玉,虞平燭過風。」とある。
※更無尋覓處:もうこれ以上、探し求める処はない。 ・更無:もう…ない。ましてや…ない。 ・尋覓:両宋・李清照の詞『聲聲慢』に「尋尋覓覓,冷冷CC,凄凄慘慘戚戚。乍暖還寒時候,最難將息。三杯兩盞淡酒,怎敵他、曉來風急。雁過也,正傷心,却是舊時相識。」と使う。
※鳥跡印空中:鳥跡(文字、飛ぶ鳥の姿)が空中に、跡をつけている(のを追うだけである)。 *或いは、眼病に苦しむ作者の視界の描写か。 ・鳥跡:〔てうせき;niao3ji1●●〕文字。蒼頡が鳥の足跡を見て、漢字を創造したという故事に基づく。また、鳥の飛翔する影。ここは、前者の意。 ・印:しるしをつける。印を押す。動詞。
◎ 構成について
韻式は「AAAA」。韻脚は「同空風中」で、平水韻上平一東。次の平仄はこの作品のもの。
●●○○●,
○○●●○。(韻)
○○○●●,
●●●○○。(韻)
●●○○●,
○○●◎○。(韻)
●○○●●,
●●●○○。(韻)
2006.1.5 1.6 1.7完 2015.3.3補 |
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