幽蘭露,
如啼眼。
無物結同心,
煙花不堪剪。
草如茵,
松如蓋。
風爲裳,
水爲珮。
油壁車,
久相待。
冷翠燭,
勞光彩。
西陵下,
風雨晦。
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西湖の西泠橋畔にある蘇小小の墓・慕才亭
慕才亭は文革初期に毀され、約二十年後に亭が再建され、
墓が再建されたのは十数年後の2004年になる。もと嘉興
にあったと云う。
蘇小小墓
幽蘭の露,
啼(な)ける眼の如し。
物の 同心を結ぶ 無く,
煙花は 剪(き)るに 堪へず。
草は 茵(しとね)の如く,
松は 蓋(おほひ)の如し。
風は 裳(も)と爲り,
水は 珮(おびだま)と爲る。
油壁車(いうへきしゃ),
久しく 相(あ)ひ待つ。
冷ややかなる翠(あを)き燭(ひ)も,
光彩を 勞す。
西陵の下,
風雨 晦(くら)し。
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◎ 私感註釈
※李賀:中唐の詩人。字は長吉。官職名から李奉礼。出身地から李昌谷とも呼ばれる。昌谷(現・河南省洛陽附近『中国歴史地図集』第五冊 隋・唐・五代十国時期都畿道44−45ページ(中国地図出版社)にはなかった)の人。791年(貞元七年)〜 817年(元和十二年)。その詩は鬼才(日本語での意とは異なり、「幽鬼に通じる才能」)と評されるが、わたしの個人的な感覚では不気味な詩が多い。(それ故、本サイトではあまり採りあげていない。このページが李賀の二つめの作品。一つめの作品は嫌いだった(「天若有情…」のこと。毛沢東は自身の詩に、これを使っている)ので、アップはしたがリンクをしていないので、実質これが一つめ)。
※蘇小小墓:亡霊となった蘇小小を詠う。現在の墓は西湖の北西の西泠橋畔にある。慕才亭の慕才墓。或いは、浙江省の北東端の嘉興(杭州と上海の中間点で、杭州の北東100キロメートルの所)。この詩と似たものに(恐らく同一)『蘇小小歌』があり、両者の違いは、「剪⇔翦」「珮⇔佩」。(『蘇小小墓』⇔『蘇小小歌』)だけである。イメージとしては、白居易の『長恨歌』の「天長地久有時盡,此恨綿綿無絶期。」や、今はやりの『千の風になって』と似ていなくもない。ただ、李賀の方が鬼気を帯びている。 ・蘇小小〔そせうせう;Su1Xiao3xiao3○●●〕南斉・錢唐(錢塘(杭州))の才媛の妓女のこと。彼女が作った詩は『玉臺新詠』に残されている。『歌一首』(『蘇小小歌』『西陵歌』)「妾乘油壁車,カ乘馬。何處結同心?西陵松柏下。」 というのがそれになる。同題では中唐・權コ輿の『蘇小小墓』「萬古荒墳在,悠然我獨尋。寂寥紅粉盡,冥寞黄泉深。蔓草映寒水,空郊曖夕陰。風流有佳句,吟眺一傷心。」がある。後世、蘇小小については、白居易の『楊柳枝』其五「蘇州楊柳任君誇,更有錢塘勝館娃。若解多情尋小小,漉k深處是蘇家。」とあり、 『楊柳枝』其六に「蘇家小女舊知名,楊柳風前別有情。剥條盤作銀環樣,卷葉吹爲玉笛聲。」とあり、同・白居易の『餘杭形勝』「餘杭形勝四方無,州傍山縣枕湖。遶郭荷花三十里,拂城松樹一千株。夢兒亭古傳名謝,ヘ妓樓新道姓蘇。獨有使君年太老,風光不稱白髭鬚。」とあり、杜牧は『自宣城赴官上京』「瀟灑江湖十過秋,酒杯無日不淹留。謝公城畔溪驚夢,蘇小門前柳拂頭。千里雲山何處好,幾人襟韻一生休。塵冠挂卻知闔磨C終擬蹉跎訪舊遊。」 とあり、温庭には『楊柳枝』「蘇小門前柳萬條,金線拂平橋。黄鶯不語東風起,深閉朱門伴細腰。」 、五代・梁・羅隱の『江南行』「江煙雨蛟軟,漠漠小山眉黛淺。水國多愁又有情,夜槽壓酒銀船滿。細絲搖柳凝曉空,呉王臺春夢中。鴛鴦喚不起,平鋪告眠東風。西陵路邊月悄悄,油碧輕車蘇小小。」 、牛の『楊柳枝』に「呉王宮裏色偏深,一簇纖條萬縷金。不憤錢塘蘇小小,引カ松下結同心。」と、多くの作品が作られている。現在、杭州西湖畔(西北)に墳墓 がある。
※幽蘭露:奥ゆかしく気高いランの葉の上に置く露は。 ・幽蘭:奥ゆかしく気高いラン。奥深い谷に生じるラン。 ・露:(葉の上に置く)つゆ。
※如啼眼:涙目のようである。 ・如:…のようである。…(の)ごとし。 ・啼眼:涙目。
※無物結同心:愛の契りを結ぶ(時に必要な)物というものが無くて、一緒になることも出来ず。 ・無物:何もない。 ・結同心:愛情の契り。愛の証し。千載不磨の契り。
※煙花不堪剪:霞んでいる花は(ベッドのベールとしては)切り取りがたい。或いは、かといって関係を断ち切ることも出来ない。「無物結同心,煙花不堪剪」愛情を交わす場所を設定できる物はなく、春霞みを切り取って(ベールとする)わけにもいかない。この句、理解しにくい。なお、この「無物結同心,煙花不堪剪」の句の部分の解釈について、伊勢丘人先生は「一緒になることも出来ず、かといって、関係を剪ることも出来ない」という意味にとられています。 *この詩は押韻から見てこの句までが前半となり、実際の情景に基づいた部分。 ・煙花:霞んでいる花。春霞がたなびく美しい景色。都市の賑わい、繁華。妓女。 ・不堪:しのびがたい。たえられない。どうしようもない。 ・剪:〔せん;jian3●〕(はさみで)切る。はさみきる。断ち切る。「翦」ともする。同義。南唐の李Uの『烏夜啼』「無言獨上西樓,月如鈎。寂寞梧桐深院 鎖C秋。 剪不斷,理還亂,是離愁。別是一般滋味 在心頭。」の「別」。
※草如茵:(蘇小小の魂は)草をしとねとして(そこに寝て)。 *ここからが後半部分で、作者の情念の描写部分。ここで換韻されている。本来、詩は同一韻目であれば同一の場面で、換韻されれば、描写場面が変わることが多い。 ・茵:〔いん;yin1○〕しとね。しきもの。
※松如蓋:松を天蓋として(その下にいるといい)。 ・蓋:〔がい;gai4●〕おおい。苫で作ったおおい。かさ。天蓋。
※風爲裳:風を裳裾として。 ・爲:〔ゐ;wei2○〕…とする。なす。 ・裳:〔しゃう;chang2○〕も。スカート状に下半身を被う衣。蛇足になるが、裳:〔しゃう;shang1○〕は「衣裳」というときの音。ここでは風に靡く もすそ〔しゃう;chang2○〕と見るのが表現上適当だろう。
※水爲佩:水を帯(おび)として帯びる。「一衣帶水」。水音を腰の玉飾りの音とするとよい。 ・珮:〔はい;pei4●〕帯びに着けた飾り玉。おびだま。また帯。「佩」ともする。同義。
※油壁車:(蘇小小の魂は)漆塗りの車で。北宋・晏殊の『無題 寓意』に「油壁香車不再逢,峽雲無跡任西東。梨花院落溶溶月,柳絮池塘淡淡風。幾日寂寥傷酒後,一番蕭瑟禁煙中。魚書欲寄何由達,水遠山長處處同。」とある。 *前出・蘇小小作の『西陵歌』)「妾乘油壁車」に拠る。
※久相待:長い間待ち続けている。 ・久:長い間。「夕」ともする。 ・相待:…を待ち続けている。 ・相:…てくる。…ていく。動作が相手に及んでいく表現。
※冷翠燭:冷たく青い鬼火。 *青く燃える蘇小小の魂(たましい)である人魂(ひとだま)。 ・冷翠燭:冷たい青火。鬼火。燐光。人魂。
※勞光彩:(青く燃える蘇小小の魂(たましい)の)輝きも衰える(時が来るだろう)。 ・勞:つかれる。 ・光彩:輝き。
※西陵下:(蘇小小が曾て男性と千載不磨の契りを交わした西陵では。 ・西陵。蘇小小が男性と千載不磨の契りを交わしたところ。現・杭州の銭塘江の東の蕭山市。『中国歴史地図集』第五冊 隋・唐・五代十国時期(中国地図出版社)55−56ページ「江南東道」では、西陵は錢塘江を挟んで杭州、錢塘側の対岸(西南西側)すぐのところにある。現・浙江省蕭山県西興鎮。杭州の国際空港のあるところ。前出・蘇小小作『西陵歌』「何處結同心?西陵松柏下。」 とある。或いは西湖の西泠橋畔のたもと(写真上のところ)。
※風雨晦:(蘇小小の魂の燐光も衰え、附け加えて)風雨で暗くなっている。 *ここを「風吹雨」ともするがその場合、韻脚がなくなる。どちらがより原初の形かを論じない場合、「風雨晦」の方が詩としては適切である。 ・風雨:風と雨。もし「雲雨」だと愛情の意になるが、ここは、厳しい情勢の意の「風雨」。 ・晦:〔くゎい;hui4●〕(月が無くて)くらい。真っ暗闇でかくれてわからない。
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◎ 構成について
韻式は、「aabbbbb」。韻脚は「眼剪 蓋珮待彩晦」で、平水韻上声十五潸(眼)、十六銑(剪)。去声九泰など。次の平仄はこの作品のもの。
○○●,
○○●。(a韻)
○●●○○,
○○●○●。(a韻)
●○○,
○○●。(b韻)
○○○,
●○●。(b韻)
○●○,
●○●。(b韻)
●●●,
○○●。(b韻)
○○●,
○●●。(b韻)
2007.5.16 5.17 5.25補 2020.6. 1 |
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