無題 寓意 | |
北宋・晏殊> |
油壁香車不再逢,
峽雲無跡任西東。
梨花院落溶溶月,
柳絮池塘淡淡風。
幾日寂寥傷酒後,
一番蕭瑟禁菸中。
魚書欲寄何由達,
水遠山長處處同。
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無題 寓意
油壁 の香車 再びは逢 はず,
峽雲 跡 無く西東 に任 す。
梨花 の院落 溶溶 たる月,
柳絮 の池塘 淡淡たる風。
幾日 の寂寥 傷酒 の後 ,
一番 の蕭瑟 禁菸 の中 。
魚書 寄 せんと欲 するも 何に由 りてか達 せん,
水 遠く 山 長くして處處 同じ。
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◎ 私感註釈
※晏殊:北宋の著名な詞人(991〔淳化二〕年〜1055〔至和二〕年)。神童として科挙の召試に臨み、進士とされた。臨川(現・江西省撫州市)の人。字は同叔。集賢殿大學士となり、中書門下平章事等を歴任する。謚は元獻。詞では、小令を得意とし、南唐の馮延已の影響を受けた優雅で艶麗な閑情をうたいあげている。
※無題 寓意:『無題』は異性を詠うことが多い。 ・寓意:ある意味を、別の物事に託して表すこと。≒諷諭。
※油壁香車不再逢:油や漆(うるし)塗りの囲いのある女性の乗り物に、(一度だけは出逢ったが)二度と出逢うことがない。 ・油壁香車:油や漆(うるし)塗りの囲いのある車。女性の乗り物。『玉臺新詠』に蘇小小の『歌一首』(『蘇小小歌』『西陵歌』)「妾乘油壁車,カ乘馬。何處結同心?西陵松柏下。」があり、中唐・李賀の『蘇小小墓』に「幽蘭露,如啼眼。無物結同心,煙花不堪剪。草如茵,松如蓋。風爲裳,水爲珮。油壁車,久相待。冷翠燭,勞光彩。西陵下,風雨晦。」とある。 ・不再-:(一度だけはあったが)二度とは…ない。ふたたびは…ず。 ・逢:でくわす。(偶然に)出あう。(偶然に)あう。なお、「会」も「あう」の意だが、「会」は、日時を約して会うこと。
※峡雲無跡任西東:(巫山の)峡谷の雲(=契りを交わした神女(=作者の恋人の女性?)は朝は巫山の雲となったが、やがて)跡形もなく(消えていって)西と東に(別れて、ばらばらとなって、)成り行きにまかせている。 ・峡雲:「(巫山の)峡谷の雲」のことで、楚の襄王が巫山で夢に神女と契った時の神女のこと。神女は朝は巫山の雲となり夕べには雨になるといった故事に基づく。宋玉『高唐賦』によると、楚の襄王と宋玉が雲夢の台に遊び、高唐の観を望んだところ、雲気(雲というよりも濃い水蒸気のガスに近いもの)があったので、宋玉は「朝雲」と言った。襄王がそのわけを尋ねると、宋玉は「昔者先王嘗游高唐,怠而晝寢,夢見一婦人…去而辭曰:妾在巫山之陽,高丘之阻,旦爲朝雲,暮爲行雨,朝朝暮暮,陽臺之下。」と答えた。「巫山之夢」に基づく。宋・秦觀は『鵲橋仙』「纖雲弄巧,飛星傳恨,銀漢迢迢暗度,金風玉露一相逢,便勝卻人間無數。 柔情似水,佳期如夢,忍顧鵲橋歸路,兩情若是長久時,又豈在朝朝暮暮。」とある。 ・任:まかせる。ゆだねる。つく。なりゆきにまかせる。
※梨花院落溶溶月:(春に咲く)ナシの白い花(の咲く)中庭に、大きな月(を見ては貴女を思い出し)。 ・梨花:ナシの白い花。晩唐・韋莊の『C平樂』に「春愁南陌。故國音書隔。細雨霏霏梨花白。燕拂畫簾金額。 盡日相望王孫,塵滿衣上涙痕。誰向橋邊吹笛,駐馬西望消魂。」とあり、南宋・陸游は『春晩懷山南』で「梨花堆雪柳吹綿,常記梁州古驛前。二十四年成昨夢,毎逢春晩即悽然。」と使う。 ・院落:中庭。庭の周囲は、建物か垣になっている。閉鎖的な感じのする庭。北宋・蘇軾に『春夜』「春宵一刻値千金,花有C香月有陰。歌管樓臺聲細細,鞦韆院落夜沈沈。」がある。 ・溶溶:〔ようよう;rong2rong2○○〕(心や水などの)広大なさま。水勢の盛んなさま。
※柳絮池塘淡淡風:(春の風物である)柳の綿毛(の飛ぶ)池の畔のさっぱりとした風(に接しては貴女を思い出す)。 ・柳絮:〔りうじょ;liu3xu4●●〕柳の綿毛。柳の花が咲いた後の風に舞う綿毛のある種子。 *春の風物を歌い、また、柳の綿毛のように風のままに移っていく男女の関係をも暗に詠う。 風に従って動くものの譬喩。流離(さすら)うもの。政治的な節操もなく情況に流されて揺れ動く者。南唐後主・李Uの『望江梅』に「閑夢遠,南國正芳春。船上管絃江面淥,滿城飛絮輥輕塵。忙殺看花人。 閑夢遠,南國正C秋。千里江山寒色暮,蘆花深處泊孤舟。笛在月明樓。」とあり、北宋・蘇軾の『和孔密州五絶 東欄梨花』に「梨花淡白柳深,柳絮飛時花滿城。惆悵東欄一株雪,人生看得幾C明。」とあり、北宋・司馬光の『居洛初夏作』に「四月C和雨乍晴,南山當戸轉分明。更無柳絮因風起,惟有葵花向日傾。」とあり、朱淑眞の『蝶戀花』送春「樓外垂楊千萬縷,欲系青春,少住春還去。猶自風前飄柳絮,隨春且看歸何處。 此゙山川聞杜宇,便做無情,莫也愁人苦。把酒送春春不語,黄昏卻下瀟瀟雨。」とある。 ・池塘:〔ちたう;chi2tang2○○〕池の堤。池。晩唐・高駢の『山亭夏日』に「克陰濃夏日長,樓臺倒影入池塘。水精簾動微風起,一架薔薇滿院香。」とある。 ・淡淡:〔たんたん;dan4dan4●●〕さっぱりしたさま。あっさりしたさま。
※幾日寂寥傷酒後:何日か寂(さび)しくて、悪酔いをして。 ・寂寥〔せきれう;ji4liao2●○〕寂(さび)しく静かなさま。ひつそりしているさま。盛唐・李白の『宿五松山下荀媼家』に「我宿五松下,寂寥無所歡。田家秋作苦,鄰女夜舂寒。跪進雕胡飯,月光明素盤。令人慚漂母,三謝不能餐。」とあり、中唐・權コ輿の『蘇小小墓』「萬古荒墳在,悠然我獨尋。寂寥紅粉盡,冥寞黄泉深。蔓草映寒水,空郊曖夕陰。風流有佳句,吟眺一傷心。」や、五代・顧夐の『楊柳枝』「秋夜香閨思寂寥,漏迢迢。鴛帷羅幌麝煙銷,燭光搖。 正憶玉カ遊蕩去,無尋處。更聞簾外雨蕭蕭,滴芭蕉。」とある。 ・傷酒:悪酔い。二日酔い。
※一番蕭瑟禁煙中:とりわけ、物寂しいのは、寒食節だ。 ・一番:〔いちばん;yi4fan1●○〕ひとたび。一つ。ひとしきり。 ・蕭瑟:〔せうしつ;xiao1se4○●〕秋風が音をたてて寂しく吹くさま。荒れ果てているさま。物寂しい。盛唐・王之渙の『九日送別』に「薊庭蕭瑟故人稀,何處登高且送歸。今日暫同芳菊酒,明朝應作斷蓬飛。」とあり、宋・劉克莊の『賀新カ』に「北望~州路,試平章 這場公事,怎生分付?記得太行山百萬,曾入宗爺駕馭。今把作握蛇騎虎。加去京東豪傑喜,想投戈、下拜真吾父。談笑裡,定齊魯。兩河蕭瑟惟狐兔,問當年 祖生去後,有人來否?多少新亭揮泪客,誰夢中原塊土?算事業須由人做。」とある。 ・禁煙:=禁菸:寒食(かんじき)の節の別称。寒食:〔かんしょく/かんじき;han2shi2○●〕寒食節を謂う。清明節の前日。冬至から百五日目にあたる日の前後三日間(陽暦の四月三、四日頃)は、火をたくことが禁じられ、冷たいものを食べる。春秋時代・介之推が山で焼け死んだのを晋の文公が悲しみ、その日に火をたくことを禁じたことによる。盛唐・王維に『寒食上作』「廣武城邊逢暮春,汶陽歸客涙沾巾。落花寂寂啼山鳥,楊柳渡水人。」があり、盛唐・杜甫に『小寒食舟中作』 「佳辰強飯食猶寒,隱几蕭條帶鶡冠。春水船如天上坐,老年花似霧中看。娟娟戲蝶過陋,片片輕鷗下急湍。雲白山青萬餘里,愁看直北是長安。」があり、唐・韓翃に『寒食』「春城無處不飛花,寒食東風御柳斜。日暮漢宮傳蝋燭,輕煙散入五侯家。」がある。
※魚書欲寄何由達:(貴女に)手紙を出したいと思うものの、何によってとどけたらよいのか。 ・魚書:手紙。たより。また、魚の形をした割り符。ここでは、前者の意。 ・欲:…たい。…しようと思う。ほっす。 ・寄:手紙を出す。 ・何由:何によって。 ・達:とどく。
※水遠山長処処同:川は遠くまで流れてゆき、山は長く続いている(ように、前途が遼遠であるのは)、(貴女にとっても)どこも同じである。 ・水遠山長:川は遠くまで流れてゆき、山は長く続いている。前途が遼遠であること。 ・処処:ここかしこ。あちらこちら。ほうぼう。
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◎ 構成について
韻式は、「AAAAA」。韻脚は「逢東風中同」で、平水韻上平一東。この作品の平仄は、次の通り。
○●○○●●○,(韻)
●○○●●○○。(韻)
○○●●○○●,
●○○○●●○。(韻)
●●●○○●●,
●○○●●○○。(韻)
○○●●○○●,
●●○○●●○。(韻)
2020.5.31 6. 1 6. 2 6. 3 |
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