一書生逃醫詩以諷之 | ||
伊藤東涯 |
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大道何陵遲, 下與伎述夷。 于嗟今學者, 奔趨無定時。 忘道唯謀利, 動逃佛與醫。 爾亦何爲者, 效尤復蹈斯。 奚若甘自棄, 髠髮學軒岐。 幾年讀書史, 今知亦徒爲。 |
大道 何ぞ陵遲 せる,
下 りて伎述 と夷 し。
于嗟 今の學者,
奔趨 して 定まる時 無し。
道を忘れ唯 だ利を謀 り,
動 もすれば佛 と醫 とに逃 る。
爾 亦 た何爲 る者ぞ,
效尤 復 た斯 れを蹈 む。
奚若 んぞ 自棄に甘 んじ,
髮を髠 りて軒岐 を學ぶ。
幾年か書史 を讀み,
今 知る亦 た徒 らに爲せしことを。
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◎ 私感註釈
※伊藤東涯:江戸中期の儒者。寛文十年(1670年)〜元文元年(1736年)。伊藤仁斎の長男。名は長胤、字は源蔵、号して東涯、別号を慥々斎。京都堀川にあって子弟の育成に従事し、仁斎の古義学を継承、大成させた。著に『制度通』等多数。
※一書生逃医詩以諷之:とある弟子が医学の道に転身したことについて、詩でこれを遠回しに批判した。 *詩語を使うことなく、細かな内容については中国語を使い、作者の鬱屈した感情をよく表現し得て、鬱屈した感情が伝わってくる作品。 ・書生:学問する人。読書階級の人。ここでは、住み込みで家事や雑用を手伝いながら勉強する人の意。 ・逃:避けのがれる。にげさる。 ・詩以諷之:詩でこの(風潮を)遠回しに批判した。「賦詩以諷之」「以詩諷之」のこと。
※大道何陵遅:人のふみおこなうべきりっぱな道理が、しだいに衰えて。 ・大道:〔たいだう;da4dao4●●〕人のふみおこなうべきりっぱな道理。大法。大儀。安土・明智光秀の『辭世』に「順逆無二門,大道徹心源。五十五年夢,覺來歸一元。」とある。 ・陵遅:〔りょうち;ling2chi2○○〕しだいに衰える。しだいに低くなる。
※下与伎述夷:下って、技術(=医術)と同じになった。 ・与:…と。 ・伎述:技術。ここでは医術を謂う。 ・夷:〔い;yi2○〕平らかである。平坦である。普通。なみ。常。
※于嗟今学者:ああ、今時の学ぶ者は。 ・于嗟:〔くさ;xu1jie1○◎〕ああ。ため息をつき嘆く。歎息して発する声。=「吁嗟」(くさ;xu1jie1)。屈原?の『楚辭・卜居 』に「世溷濁而不清。蝉翼爲重,千鈞爲輕。黄鐘毀棄,瓦釜雷鳴。讒人高張,賢士無名。吁嗟默默兮,誰知吾之廉貞。」とあり、魏・曹植の『吁嗟篇』に「吁嗟此轉蓬,居世何獨然。長去本根逝,宿夜無休閑。東西經七陌,南北越九阡。卒遇回風起,吹我入雲間。自謂終天路,忽然下沈泉。驚飆接我出,故歸彼中田。當南而更北,謂東而反西。宕宕當何依,忽亡而復存。」とある。
※奔趨無定時:走り回って、落ち着く時が無い。 ・奔趨:〔はんすう、ほんしゅ;ben14qu1◎○〕走りおもむく。
※忘道唯謀利:人のふみおこなうべき道理を忘れて、ただ利益を求めて。 ・唯:ただ…だけ。 ・謀利:利益を求める。
※動逃仏与医:ややもすれば、仏道(僧侶)や医学(医師)に逃れていく。 ・動-:ややもすれば。しばしば。よく。常に。いつも。 ・仏与医:仏道(僧侶)と医学(医師)と。
※爾亦何為者:おまえもまた、何をしようとするのか。 ・爾:おまえ。なんぢ。 ・亦:…もまた。 ・何為:何を(…と)するか。(詰(なじ)る語気)。また、何ゆえ。なんすれぞ。
※効尤復蹈斯:まちがっていると知りながらそのまねをして、また、その(行動)を蹈襲している。 ・効尤:〔かういう;xiao4you2●○〕悪事をまねる。まちがっていると知りながらそのまねをする。 ・蹈:〔たう;dao3●〕蹈襲(たうしふdao3xi2)する。蛇足になるが、「踏襲」(たふしふta4xi2)は「蹈襲」の同音の漢字による書きかえ(=我が国の戦後の国語政策)。それ故、ta4xi2(踏襲)という語自体があり得ない。「蹈襲」(たうしふdao3xi2)が伝統的な表記。以上、蛇足。 ・斯:このよう。かく。
※奚若甘自棄:どうして、自分というものを捨て去ることに甘んじて。 ・奚:〔けい;xi1○〕なぜ。なに。いずれ。いずくんぞ。なんぞ。疑問代詞。 ・奚若:どうして。どういう。どんな。いかん(ぞ)。 ・甘:あまんじる。
※髠髪学軒岐:頭髪を剃り落として、医学を学ぶのか。 ・髠〔こん;kun1○〕頭髪を剃り落とす。 ・軒岐:〔けんき;Xuan1Qi2○○〕医術、医学。「軒」は黄帝(軒轅氏)のことで、「岐」は岐伯のこと。共に伝説上の医学の祖。転じて医術、医学。
※幾年読書史:(一体、)幾年、(漢学を究めようとして)経書と史籍を勉強したことか。 ・読:勉強する。 ・書史:書籍。経書と史籍。また、書物の歴史。ここは、前者の意。
※今知亦徒為:今、無駄に(漢学を)してきたことが分かった。 ・徒:〔と;tu2○〕いたずらに。むだに。・徒為:いたずらに…をする意。むだに…をする意。
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◎ 構成について
韻式は、「AAAAAAA」。韻脚は、「遲夷時醫斯岐爲」。平水韻上平四支。この作品の平仄は、次の通り。
●●○○○,(韻)
●●●○○。(韻)
○◎○●●,
◎○○●○。(韻)
●●○○●,
●○●●○。(韻)
●●○○●,
●○●●○。(韻)
○●○●●,
○●●○○。(韻)
●○●○●,
○○●○○。(韻)
平成27.3.16 3.17 3.18 |
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