杜甫解悶　詩詞世界　碇豊長の詩詞：漢詩 Du Fu

解悶
	唐・杜甫

一辭故國十經秋，
毎見秋瓜憶故丘。
今日南湖采薇蕨，
何人爲覓鄭瓜州。

******

悶を解く　

一たび　故國を辭して　　十とたび秋を經へ，
秋瓜しうくゎを見る毎ごとに　　　故丘を憶おもふ。
今日こんにち　南湖に　　薇蕨びけつを采とる，
何人なんぴとか　爲ために覓もとめん　　鄭瓜州ていくゎしう。
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　****************

◎　私感註釈

※杜甫：盛唐の詩人。７１２年（先天元年）～７７０年（大暦五年）。字は子美。居処によって、少陵と号する。工部員外郎という官職から、工部と呼ぶ。晩唐の杜牧に対して、老杜と呼ぶ。さらに後世、

写真撮影：青木繁伸氏（群馬県前橋市）

詩聖と称える。鞏県（現・河南省）の人。官に志すが容れられず、安禄山の乱やその後の諸乱に遭って、流浪の一生を送った。そのため、詩風は時期によって複雑な感情を込めた悲痛な社会描写のものになる。

※解悶：悶を解く。『解悶十二首』のうちの第三首。作者が成都より夔州に赴いた折の作。　・悶：〔もん；men4●〕もだえる。思い悩む。

※一辭故國十經秋：（安禄山の乱のため）一たび故郷・長安を辞去してより、十年が経（た）った。　・一辭：ひとたび辞去してより。　・故國：故郷。　・十經秋：十回の秋を経（へ）た。十年が経（た）った。

※毎見秋瓜憶故丘：秋のウリを見る度に故郷の丘を思い出す。　・毎見：見る度に。　・秋瓜：秋のウリ。秦の東陵侯のウリ・「東陵瓜」を暗に謂うか。秦の東陵侯であった邵平は、秦が滅ぼされた後、庶民に戻って、長安の東でウリを栽培して生活をした。『史記・蕭相國世家』に「召平者，故秦東陵侯。秦破，爲布衣，貧，種瓜於長安城東，瓜美，故世俗謂之『東陵瓜』，從召平以爲名也。」とそのことが載っている。晉・陶潛の『飮酒二十首』其一に「衰榮無定在，彼此更共之。邵生瓜田中，寧似東陵時。寒暑有代謝，人道毎如茲。達人解其會，逝將不復疑。忽與一觴酒，日夕歡相持。」とある。　・憶：思い出す。　・故丘：故郷の丘。前出・「故國」に同じ。「故丘」の「丘」は韻脚のためでもあり、故居のある長安城外の少陵のことでもあろう。この詩、「故国」「故丘」と意味が重なり「故」字も重なっている。他にも「秋」字、「瓜」字が重なっており、比較的気楽に作られたものなのだろう。

※今日南湖采薇蕨：今は、南湖の畔で（隠者のように）薇（ぜんまい）や蕨（わらび）を採って（の生活をしている）。　・南湖：湖北省江陵県の南にある湖。唐の鄭審が居を構えたところ。夔州にある湖。後出・殷末・伯夷の『采薇歌』の「登彼西山兮，采其薇矣。」の「西山」を捩（もじ）って「南湖」としてはいまいか。そうだとすれば、「隠者のような生活をしている」の意。　・采：〔さい；cai3●〕採（と）る。つみとる。採取する。≒採。上古・『詩經』「風」等の『史記』初期のものには、この野草採取の詩篇「采…」が多い。『王風』「采葛」「彼采葛兮，一日不見，如三月兮。彼采蕭兮，一日不見，如三秋兮。彼采艾兮，一日不見，如三歳兮。」とある。　・薇蕨：〔びけつ；wei1jue2○●〕ゼンマイやワラビといった山菜。首陽山に隠棲して薇（ぜんまい）を採って過ごした伯夷・叔齊の故事を暗示して、「隠者のような生活をしている」といいたい。殷末周初・伯夷の『采薇歌』に「登彼西山兮，采其薇矣。以暴易暴兮，不知其非矣。神農虞夏，忽焉沒兮，吾適安歸矣！吁嗟徂兮，命之衰矣！」とある。　・薇：〔び；wei1○〕ゼンマイ。ワラビ。山菜。『史記』の古註は、「索隱『薇，蕨也。』『爾雅』云：『蕨，鼈也。』　正義　陸『毛詩草木疏』云：『薇，山菜也。莖葉皆似小豆，蔓生，其味亦如小豆，可作羹，亦可生食也。』」日本語では薇字は「ゼンマイ」、蕨字は「ワラビ」としており、現代語でも“蕨〔jue2〕”は「ワラビ」の意、“薇〔wei1〕”は「ゼンマイ」や「ハマエンドウ」の古称。「ゼンマイ」の古称。なお、伯夷や叔斉は、周の統治下の畑でできたアワ（禄）を食むのを潔しとせず、山野に自生している山菜を食べた、周の禄を拒絶したということの強調でもある。

※何人爲覓鄭瓜州：（ゼンマイやワラビといった山菜ばかり食べていた）ので、だれか（ウリを作って静かに暮らしていた）鄭瓜州をさがしもともてほしいものだ。　・何人：だれか。なんぴと。　・爲：因（よ）って。ために。　・覓：〔べき；mi4●〕さがしもとめる。もとめる。　・鄭瓜州：瓜州出身の鄭審。また、東陵侯・召平のように野（や）に下って瓜を作っていたであろう秘監の鄭審のこと。南湖の畔に住んでいた。原注に「今鄭秘監審」とある。

　　　　　　　　　　　　　　　***********

◎　構成について

韻式は、「AAA」。韻脚は「秋丘州」で、平水韻下平十一尤。この作品の平仄は、次の通り。

●○○●●○○，（韻）
●●○○●●○。（韻）
○●○○●○●，
○○●●●○○。（韻）