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對雪 | |
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唐・杜甫 |
戰哭多新鬼,
愁吟獨老翁。
亂雲低薄暮,
急雪舞迴風。
瓢棄尊無綠,
爐存火似紅。
數州消息斷,
愁坐正書空。
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雪に對す
戰哭 す新鬼 多く,
愁吟 するは獨 り老翁 。
亂雲薄暮 に低 れ,
急雪 迴風 に舞ふ。
瓢 は棄てられ尊 に綠 無く,
爐 に存す 火は紅 に似たり。
數州 消息は斷 たれ,
愁 へ坐 して正 に空 に書す。
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◎ 私感註釈
※杜甫:盛唐の詩人。712年(先天元年)~770年(大暦五年)。字は子美。居処によって、少陵と号する。工部員外郎という官職から、工部と呼ぶ。晩唐の杜牧に対して、老杜と呼ぶ。さらに後世、詩聖と称える。鞏県(現・河南省)の人。官に志すが容れられず、安禄山の乱やその後の諸乱に遭って、流浪の一生を送った。そのため、詩風は時期によって複雑な感情を込めた悲痛な社会描写のものになる。
※對雪:雪に向かって。雪に対して。*この詩は、安祿山の軍隊に長安が陥落・占領された際、安祿山の軍によって長安に連れ戻された時の作品。
※戦哭多新鬼:戦場で声をあげて泣いているのは、最近死んだ人であることが多く。 *「戦哭多新鬼」と「愁吟独老翁」とは、対句。対句は国語(日本語)での読み下しでも対にしていくものだが、この詩の三組の対句は、対にして読み下すのが難しい。 ・戦哭:戦場で声をあげて泣く/泣いている、意。 ・新鬼:最近死んだ人。盛唐・杜甫の『兵車行』に「車轔轔,馬蕭蕭,行人弓箭各在腰。耶孃妻子走相送,塵埃不見咸陽橋。牽衣頓足闌道哭,哭聲直上干雲霄。道旁過者問行人,行人但云點行頻。或從十五北防河,便至四十西營田。去時里正與裹頭,歸來頭白還戍邊。邊庭流血成海水,武皇開邊意未已。君不聞漢家山東二百州,千邨萬落生荊杞。縱有健婦把鋤犁,禾生隴畝無東西。況復秦兵耐苦戰,被驅不異犬與鷄。長者雖有問,役夫敢申恨。且如今年冬,未休關西卒。縣官急索租,租税從何出。信知生男惡,反是生女好。生女猶得嫁比鄰,生男埋沒隨百草。君不見青海頭,古來白骨無人收。新鬼煩冤舊鬼哭,天陰雨濕聲啾啾。」とある。
※愁吟独老翁:うれいをおびて吟じているのは、ひとり、老人(=ここでは杜甫)だけである。 ・愁吟:うれいをおびて歌う。また、うれい、かこつこと。悩み嘆くこと。呻吟。ここは、前者の意。 ・独:ひとり。 ・老翁:老人。翁。ここでは杜甫自身を謂う。
※乱雲低薄暮:乱雲:乱れ飛ぶ雲は、低く垂れ籠めている夕暮れであり。 ・乱雲:乱れ飛ぶ雲。俗に雨雲と呼ばれる不定形の雲。婦人の黒髪の形容。ここは、前者の意。 ・薄暮:〔はくぼ;bo2mu4●●〕夕暮れ。たそがれ。また、夕暮れになる。「薄」は迫る意。
※急雪舞迴風:にわかに降り出した激しい雪は、つむじ風に舞っている。 ・急雪:にわかに降り出す激しい雪。 ・迴風:つむじかぜ。旋風。=回風、廻風。
※瓢棄尊無緑:(ひょうたんで作った)柄杓(ひしゃく)は打ち棄てられており、(というのも、)酒樽(さかだる)には酒が無くなっているからだ。 ・瓢:〔へう;piao2○〕(ひょうたんで作った)ひしゃく。また、ふくべ。ひさご。ひょうたん。ふくべを半分に割り、果実の内部を取り除いて乾燥させた、酒や水などを入れる容器。ここは、前者の意。 ・尊:たる。さかだる。=罇、樽。 ・緑:〔りょく;lù(lǜ)●〕酒。緑色の酒。南唐・馮延巳の『長命女』に「春日宴,綠酒一杯歌一遍,再拜陳三願。一願郞君千歳,二願妾身長健,三願如同梁上燕,歳歳長相見。」とあり、南宋・辛棄疾の『念奴嬌』登建康賞心亭,呈史留守致道に「我來弔古,上危樓、贏得閒愁千斛。虎踞龍蟠何處是?只有興亡滿目。柳外斜陽,水邊歸鳥,隴上吹喬木。片帆西去,一聲誰噴霜竹? 却憶安石風流,東山歳晩,涙落哀箏曲。兒輩功名都付與,長日惟消棋局。寶鏡難尋,碧雲將暮,誰勸杯中綠?」
とあり、後世、清末~・黄遵憲の『不忍池晩遊詩』に「薄薄櫻茶一吸餘,點心淸露挹芙蕖。靑衣擎出酒波綠,徑尺玻璃紙片魚。」
とある。後世、日本・江戸・荻生徂徠は『甲斐客中』で「甲陽美酒綠葡萄,霜露三更濕客袍。須識良宵天下少,芙蓉峰上一輪高。」
とする。
※炉存火似紅:炉(ろ)には、赤いような火がある。 ・存:存在する。残存する。「炉存火…」の意は「炉に火がある」のであって、「炉がある」ではない。 ・炉:炉(ろ)。ストーブ。囲炉裏。
※数州消息断:(長安周辺の)幾つかの(行政区劃の)州からの便(たよ)りは、途絶えて。 ・数州:幾つかの(長安周辺の)行政区劃、の意。 ・消息:たより。しらせ。晩唐~・韋莊の『謁金門』に「空相憶,無計得傳消息。天上嫦娥不識,寄書何處覓。 新睡覺來無力,不忍把伊書跡。滿院落花春寂寂,斷腸芳草碧。」とある。
※愁坐正書空:悲しみながら腰を下ろして、ちょうど、(晋の殷浩のように、気が塞いで、無気力になって、驚き訝(いぶか)る言葉を、無気力なまま、)指で空(くう)に字を書いている。 ・愁坐:悲しみながら腰を下ろす。愁え坐す。 ・正:ちょうど。まさに。 ・書空:指で空(くう)に字を書く。気が塞いで無気力になっている時のさま。晋の殷浩の典故で、晉の殷浩が職を罷免された際、無気力で所在なげに、「はて、いぶかしきこと」と、空(くう)に文字を書いていたことに因る。『世説新語』黜免第二十八 3(中華書局版874ページ)に「殷中軍被廢,在信安,終日恒書空作字。揚州吏民尋義逐之。窃視,唯作“咄咄怪事(はて、いぶかしきこと。)”四字而已。」とある。後世、清末・秋瑾の『踏莎行・陶萩』に「對影喃喃,書空咄咄,非關病酒與傷別。愁城一座築心頭,此情沒個人堪説。 志量徒雄,生機太窄,襟懷枉自多豪侠。擬將厄運問天公,蛾眉遭忌同詞客!」とある。
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◎ 構成について
韻式は、「AAAA」。韻脚は「翁風紅空」で、平水韻上平一東。この作品の平仄は、次の通り。
●●○○●,
○○●●○。(韻)
●○○●●,
●●●○○。(韻)
○●○○●,
○○●●○。(韻)
●○○●●,
○●●○○。(韻)
2015.2.4 2.5 |
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