辛棄疾詞
少年不識愁滋味, 愛上層樓。 愛上層樓, 爲賦新詞強説愁。 而今識盡愁滋味, 欲説還休。 欲説還休, 却道天涼好個秋。 |
少年は識 らず 愁ひの滋味を,
愛 みて 層樓に 上る。
愛 みて 層樓に 上り,
新詞を賦するに強 ひて 愁ひを説(い)ふ。
而今識 り盡くす 愁ひの滋味を,
説(い)はんと欲して還 た休 む。
説(い)はんと欲して還 た休 め,
却って道 ふ:「天 涼しく好 き 秋なり」と。
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私感注釈
※醜奴兒:詞牌の一。詞の形式名。詳しくは下記の「構成について」を参照。
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地図中央が江西省上饒県広豊県博山村 |
※書博山道中壁:博山への道中での詞作。 *前半で、作者の若く感受性の強かった時期を描写し、後闋では老いた現在の生活や心境を詠う。この詞と同様に若い頃と年取った現在とを比較して詠んだ詩に、南宋・楊萬里の『感秋』「舊不悲秋只愛秋,風中吹笛月中樓。如今秋色渾如舊,欲不悲秋不自由。」がある。 ・書…壁:壁に詞を書きしるす。題…壁。 ・博山:現・江西省上饒県広豊県博山村の西南にあたる。(黄山市南200キロメートル、景徳鎭市東南150キロメートルのところ)。『中国地図集』53ページ「江西省」(中国地図出版社1995年北京)、『中国歴史地図集』第六冊 宋・遼・金時期(中国地図出版社1996年北京)61ページ「南宋江南西路」では見つからない。 ・道中:途上。途中。
※少年不識愁滋味:若い時には、悲しみというものの深みというものが分からない(まま)。 ・少年:若者。成年期。日本語の「少年」とは微妙に異なる。唐・張籍の『哭孟寂』に「曲江院裏題名處,十九人中最少年。今日春光君不見,杏花零落寺門前。」がある。以下の用例は「少年」というよりも「少年行」という用法が主であるが、「少年行」とは楽府題のことで、普通の用法とは異なる。「少年」の語には、日本語でも使われる「子ども」の意は無くて「若者」の意。李白『少年行』「五陵年少金市東,銀鞍白馬度春風。落花踏盡遊何處,笑入胡姫酒肆中。」、唐・崔國輔『長樂少年行』「遺卻珊瑚鞭,白馬驕不行。章臺折楊柳,春日路傍情。」や、唐・王昌齢『少年行』「走馬遠相尋,西樓下夕陰。結交期一劍,留意贈千金。高閣歌聲遠,重門柳色深。夜闌須盡飲,莫負百年心。」や王維も『少年行』で「新豐美酒斗十千,咸陽遊侠多少年。相逢意氣爲君飮,繋馬高樓垂柳邊。」、沈彬の『結客少年場行』「重義輕生一劍知,白虹貫日報讎歸。片心惆悵清平世,酒市無人問布衣。」や、宋・賀鑄『六州歌頭』「少年侠氣,交結五キ雄。肝膽洞,毛髮聳。立談中,生死同,一諾千金重。推翹勇,矜豪縱,輕蓋擁,聯飛, 斗城東。轟飮酒,春色浮寒甕。吸海垂虹。闌ト鷹嗾犬,白駐E雕弓,狡穴俄空。樂怱怱。」等と、粋な若者の姿として描かれる。 ・不識:分からない。知らない。知識として持っていない。「不識」と似たものに「不知」がある。「不知」は、詞中の○○(●○)とすべきところで使い、「不識」は●●(○●)とするところで使う。使い分けは、この平仄上の問題の外に語感の問題がある。 ・愁:うれい。悲しみ。
*南宋は淮河以南を領有していたものの、華北は金国の領土になっていた。国土の半分を奪われた悲しみ、祖国の善とを愁えかなしむことをも謂おう。 ・滋味:何ともいえない味わい。滋味。南唐後主・李Uに『烏夜啼』「無言獨上西樓,月如鈎。寂寞梧桐深院鎖C秋。 剪不斷,理還亂,是離愁。別是一般滋味 在心頭。」がある。
※愛上層樓:高殿(たかどの)に上るのがすきで、よく上りに来た。 *「たかどのに登って見渡す」という行為は、「今は居ない人を望む」「親しい人が帰ってくるように願って望む」「故郷の方を懐かしく想って望む」など、心に満たされないところがあると、たかどのに登って心の糸を遥か彼方に延ばしていく感情に基づく行動をとる。唐・王之渙に『登鸛雀樓』「白日依山盡,黄河入海流。欲窮千里目,更上一層樓」とある ・愛:(白話)このむ。よく…する。しょっちゅう…したがる。 ・上:のぼる。上の方に行く。動詞。 ・層樓:高殿。五重塔(五層塔)のように屋根の上に上の階がある建て方。日本家屋の二階建てのようなもの。 *余談になるが、前出・・王之渙の『登鸛雀樓』「白日依山盡,黄河入海流。欲窮千里目,更上一層樓」というのがあるが、この「更上一層樓」と「愛上層樓」は、共に「上層樓」と言う部分があるものの、意味がそれぞれ異なる。「更上+一層・樓」は現代語と同じで「更にもう一階上に上る」と言う意味で「愛上+層樓」(層樓に上るのがすきでよく上る)とは層樓の意味が異なる。蛇足だが「層樓」とは現代語で階の意味になり、三階は三層樓(三層とも三樓とも)と言う。この句を中国人の小学生が読めば別の意味に取るかも知れない。愛上も別の意味があるし。更なる蛇足だが、北京大学の南門のすぐ附近で、中関村の図書城近くに、風入松書店という店がある。ビルの地下に売場があるのだが、そこへ降りて行く所に「欲窮萬巻書,更下一層樓」と大きな文字で書かれている。もちろんこれは「欲窮千里目,更上一層樓」から来ているが、ここでの層樓の意味も現代語の普通の用法であるのと共に唐詩と同じ意味でも使っている。なお、ここの屋号の「風入松」は詞牌でもある。
※爲賦新詞強説愁:新しい詞を作るのに、無理をして悲しみを詠った(ものだった)。 ・賦:賦す。詩を作る。動詞。 ・新詞:新しい詞。新たに詩を作るとき。 ・強:〔きゃう(がう);qiang3●〕しいて。無理に。 ・説:(白話)言う。
*蛇足になるが、現代語では、「言う」の意で、古語のもつ「とく。説明、説法の説。」のように「論理的に筋を通していう」という感じに乏しい。
※而今識盡愁滋味:(年老いた)今は、悲しみという深い味を知り尽くした(ので)。 ・而今:いま。 ・盡-:…(し)つくす。
※欲説還休:(悲しみを)言いだそうとしても、なおもまた止めてしまう。 ・欲説:(かなしみを)言おうとする。 ・還:(白話)なおもまた。なお。また。 ・休:やめる。
※欲説還休:(悲しみを)言いだそうとしても、なおもまた止めてしまう(が)。
※却道天涼好個秋:(悲しみとは)反対に、「涼しい、なかなかいい秋になりましたねえ」と言ってしまう。 ・却:(詞語)反対に。(古・白話。)反対に。かえって。 ・道:言う。 ・天:天気(天の気、陽気という意味。お天気ではない)。気候。 ・好個秋:(白話)よい秋。現代語では「好一個秋」。 ・個:量詞(助数詞)。
◎ 構成について
醜奴兒 (采桑子ともいう)
双調。四十四字 平韻。韻式は「AAA AAA」。
○●○○●,
●○○。(韻)
●○○,(韻)
●○○●●○。(韻)
○●○○●,
●○○。(韻)
●○○,(韻)
●○○●●○。(韻)
となる。 脚韻は、「樓樓愁 休休秋」で第十二部平声。
2000. 9. 4 9. 5 9. 6 9. 7 10. 6完 2011.11.15補 11.16 11.17 2016. 1.26 |
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