史謹蜀中道中　詩詞世界　碇豊長の詩詞：漢詩 Shi Jin

蜀中道中

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　明・史謹

盤盤鳥道接峨嵋，
劍閣橫空北斗低。
羈思不堪過夜半，
萬山深處一猿啼。

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　　　　　　　　　　　　蜀中(しょくちゅう)道中

盤盤(ぱんぱん)たる鳥道(てうだう)は　　峨嵋(がび)に接し，
劍閣(けんかく)　空(そら)に橫(よこた)はりて　　北斗(ほくと ) 低し。
羈思(きし)　夜半( やはん)を過ごすに堪(た)へず，
萬山(ばんざん)　深き處に　　一猿(いちゑん) 啼(な)く。

◎　私感訳註：

※史謹：明代の人。１３６７年頃に在世。生歿年不詳。字は公謹、号して昆山人。洪武の初め、事情で雲南省に謫居した。後に應天府の官等に就いたが、辞職して金陵に住み、詩作に耽った。絵画にも巧みであり、薬を売って自活した。

※蜀中道中：蜀の地の旅路。　・蜀中：蜀の地。現・四川省中部の地方。初唐・王勃に『蜀中九日』「九月九日望鄕臺，他席他鄕送客杯。人情已厭南中苦，鴻雁那從北地來。」とある。・道中：旅行。旅行の途中。旅路。

※盤盤鳥道接峨嵋：曲がりくねって鳥しか通わないような険しい山道は、峨眉山（がびさん）に接しており。　・盤盤：〔ぱんぱん；pan2pan2○○〕曲がりくねるさま。ぐるぐる回りをする。円を描く。渦を巻く。唐・李白の『蜀道難』に「噫吁嚱危乎高哉，蜀道之難難於上青天。蠶叢及魚鳧，開國何茫然。爾來四萬八千歳，不與秦塞通人煙。西當太白有鳥道，可以橫絶峨眉巓。地崩山摧壯士死，然後天梯石棧相鉤連。上有六龍回日之高標，下有衝波逆折之回川。黄鶴之飛尚不得過，猿猱欲度愁攀援。青泥何盤盤，百歩九折縈巖巒。捫參歴井仰脅息，以手撫膺坐長歎。問君西遊何時還，畏途巉巖不可攀。但見悲鳥號古木，雄飛雌從繞林間。又聞子規啼夜月，愁空山。蜀道之難難於上青天，使人聽此凋朱顏。連峰去天不盈尺，枯松倒挂倚絶壁，飛湍瀑流爭喧豗，砯崖轉石萬壑雷。其險也如此，嗟爾遠道之人胡爲乎來哉。劍閣崢嶸而崔嵬，一夫當關。萬夫莫開，所守或匪親。化爲狼與豺，朝避猛虎，夕避長蛇。磨牙吮血，殺人如麻，錦城雖云樂。不如早還家，蜀道之難難於上青天，側身西望長咨嗟。」とある。　・鳥道：鳥しか通わないような険しい山道。＝鳥路、鳥径。前出・李白の『蜀道難』に「西當太白有鳥道，可以橫絶峨眉巓。」とある。　・峨嵋：〔がび；E2mei2○○〕現・四川省の四川盆地西南端にある名山の一の峨眉山。＝峨嵋山。その最高峰は標高３０９９メートルの万仏頂。中唐・白居易の『長恨歌』に「漢皇重色思傾國，御宇多年求不得。楊家有女初長成，養在深閨人未識。……翠華搖搖行復止，西出都門百餘里。六軍不發無奈何，宛轉蛾眉馬前死。花鈿委地無人收，翠翹金雀玉掻頭。君王掩面救不得，回看血涙相和流。黄埃散漫風蕭索，雲棧縈紆登劍閣。峨嵋山下少人行，旌旗無光日色薄。蜀江水碧蜀山靑，聖主朝朝暮暮情。行宮見月傷心色，夜雨聞鈴腸斷聲。……天長地久有時盡，此恨綿綿無絶期。」とある。

※剣閣橫空北斗低：剣門関は天空を横切る（ように聳えて、）北斗七星が低く（見える）。　・剣閣：剣門関のこと。陝西省の長安から四川の成都へ到る街道の四川側の関山。『中国歴史地図集』第五冊　隋・唐・五代十国時期（中国地図出版社）６５－６６ページ「唐　剣南道北部」の剣州にある。現在の剣閣の３０キロメートル北東部。盛唐・李白の『上皇西巡南京歌』に「劍閣重關蜀北門，上皇歸馬若雲屯。少帝長安開紫極，雙懸日月照乾坤。」とあり、盛唐・杜甫の『哀江頭』に「少陵野老呑聲哭，春日潛行曲江曲。江頭宮殿鎖千門，細柳新蒲爲誰綠。憶昔霓旌下南苑，苑中萬物生顏色。昭陽殿裏第一人，同輦隨君侍君側。輦前才人帶弓箭，白馬嚼齧黄金勒。翻身向天仰射雲，一笑正墜雙飛翼。明眸皓齒今何在，血汚遊魂歸不得。清渭東流劍閣深，去住彼此無消息。人生有情涙霑臆，江草江花豈終極。黄昏胡騎塵滿城，欲往城南望城北。」とあり、前出・白居易の『長恨歌』で「黄埃散漫風蕭索，雲棧紆登劍閣。峨嵋山下少人行，旌旗無光日色薄。」と詠われているところ。　・横空：天空を横切る。また、天空に立ち籠める。ここは、前者の意。初唐・虞世南の『侍宴応詔賦得前字』に「芬芳禁林晩，容與桂舟前。橫空一鳥度，照水百花然。綠野明斜日，青山澹晩煙。濫陪終宴賞，握管類窺天。」とあり、現代・毛沢東の『念奴嬌・崑崙』に「橫空出世，莽崑崙，閲盡人間春色。飛起玉龍三百萬，攪得周天寒徹。夏日消溶，江河橫溢，人或爲魚鼈。千秋功罪，誰人曾與評説？　　　而今我謂崑崙：不要這高，不要這多雪。安得倚天抽寶劍，把汝裁爲三截？一截遺歐，一截贈美，一截還東國。太平世界，環球同此涼熱。」とある。　・北斗：〔ほくと；bei3dou3●●〕北斗七星を指す。北天にある大熊座の七つの星。「斗」（ひしゃく）の形に並び、北極星を探す指極星。また、一昼夜に十二方を指し、時刻を計る星。七曜星。盛唐・劉方平の『夜月』に「更深月色半人家，北斗闌干南斗斜。今夜偏知春氣暖，蟲聲新透綠窗紗。」とあり、南宋・張孝祥の『念奴嬌・過洞庭』に「洞庭青草，近中秋、更無一點風色。玉鑑瓊田三萬頃，著我扁舟一葉。素月分輝，明河共影，表裏倶澄澈。悠然心會，妙處難與君説。　　　應念嶺海經年，孤光自照，肝肺皆冰雪。短髮蕭騷襟袖冷，穩泛滄浪空闊。盡吸西江，細斟北斗，萬象爲賓客。扣舷獨笑，不知今夕何夕。」とある。

※羈思不堪過夜半：旅の愁いは、夜中をすごすのに耐えられない（。それというのも）。　・羈思：〔きし；ji1si4○●〕旅のうれい。旅愁。客愁。「思」：名詞（おもい）は●だが（動詞（おもう）はsi1○）、現代語では共にsi1。中唐・柳宗元の『柳州二月榕葉落盡偶題』に「宦情羈思共淒淒，春半如秋意轉迷。山城過雨百花盡，榕葉滿庭鶯亂啼。」とある。　・不堪：耐えられない。忍びがたい。もちこたえられない。　・過：すごす。　・夜半：よなか。＝夜分、半夜。

※万山深処一猿啼：多くの山々の（ある）奥深いところで、一匹の猿が（断腸＝深い悲しみを込めて）鳴いている（からだ）。 *盛唐・李白の『早發白帝城』に「朝辭白帝彩雲間，千里江陵一日還。兩岸猿聲啼不住，輕舟已過萬重山。」とある。　・深処：奥深いところ（で）。中唐・白居易の『靈巖寺』「館娃宮畔千年寺，水闊雲多客到稀。聞説春來更惆悵，百花深處一僧歸。」、前出・釋靈一の『題僧院』「無限青山行欲盡，白雲深處老僧多。」に雰囲気が似ている。北宋・柳永の『夜半樂』に「凍雲黯淡天氣，扁舟一葉，乘興離江渚。渡萬壑千巖，越溪深處。怒濤漸息，樵風乍起，更聞商旅相呼。片帆高舉。泛畫鷁、翩翩過南浦。　　　望中酒旆閃閃，一簇煙村，數行霜樹。殘日下，漁人鳴榔歸去。敗荷零落，衰楊掩映，岸邊兩兩三三，浣沙遊女。避行客、含羞笑相語。　　　到此因念，繍閣輕抛，浪萍難駐。歎後約丁寧竟何據。慘離懷，空恨歳晩歸期阻。凝涙眼、杳杳神京路。斷鴻聲遠長天暮。」とあり、或いは、「荷花深處小船通」「綠楊深處是蘇家（＝蘇小小の所）」とあり、李清照の『如夢令』に「嘗記溪亭日暮，沈醉不知歸路。興盡晩回舟，誤入藕花深處。爭渡，爭渡，驚起一灘鴎鷺。」とあり、清・袁枚の『銷夏詩』に「不著衣冠近半年，水雲深處抱花眠。平生自想無官樂，第一驕人六月天。」や前出・戴叔倫『夏日登鶴巖偶成』「碧雲深處共翔。」とあり、我が国では、江戸時代・廣瀨旭莊の『夏初遊櫻祠』「花開萬人集，花盡一人無。但見雙黄鳥，緑陰深處呼。」とある。　・啼：（鳥やけものが）鳴く。また、（人が）声を出して泣く。ここは、前者の意。　猿啼：猿が鳴く。ここでは「断腸」（はらわたがちぎれるほど、悲しくつらいこと）の故事を指す。『世説新語・黜免第二十八』に「桓公入蜀，至三峽中，部伍中有得猨子者，其母縁岸哀號，行百餘里不去，遂跳上船，至便即絶。破視其腹中，腸皆寸寸斷。公聞之怒，命黜其人。」（『世説新語訳注』中華書局1998年北京　８７３ページ）（桓温公が三峡を旅したとき、従者が捕らえた子猿を、その母猿が悲しみの声をあげながら百里あまりを岸伝いに去ることなく付いて来て、遂に船に飛び移ったが、そのまま息絶えた。その腹を割（さ）いて見ると、腸は皆ずたずたに断ち切れていた。）とある。