小説「夏の出来事」 ART観賞の合間に小説で気分転換!

小説、ART(絵画=抽象・具象・シュール)油絵・水彩・木版画(ARTの現場)GRA-MA

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〈嗚呼小説〉
夏の出来事
(page3)


この先生は何者なのか。
不思議な感覚に心がゆれる。

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〈3〉

彼は、会社に戻り、デスクのコンピューターで、薬の名前で効能等を調べら れる“薬110番”というホームページを開き、イトリゾール”という今もらったカプセルの名前を検索した。モニターに説明が表れた


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成 分
イトラコナゾール itraconazole
分 類
トリアゾール系抗真菌剤
効能効果
皮膚糸状菌 (トリコフィトン属、ミクロスポルム属、エピデルモフィトン属)、カンジダ属、マラセチア属、アスペルギルス属、クリプトコックス属、スポロトリックス属、ホンセカエア属による次の感染症。
(1)内臓真菌症 (深在性真菌症):真菌血症、呼吸器真菌症、消化器真菌症、尿路真菌症、真菌髄膜炎
(2)深在性皮膚真菌症:スポロトリコ
シスクロモミコシス(3)表在性皮膚真菌症:白癬 (体部白癬,股部白癬、手白癬、足白癬、頭部白癬、ケルスス禿瘡、白癬性毛瘡)、カンジダ症(口腔カンジダ症、皮膚カンジダ症、カンジダ性毛瘡、慢性皮膚粘膜カンジダ症)、癜風、マラセチア毛包炎
用法用量
1日1回、表在性皮膚真菌症には50〜100mg、その他には100〜200mg、食直後 (適宜増減)。1日最高200mg

禁忌
(1)テルフェナジン,アステミゾールを投与中の患者
:心血管系の副作用が現れるおそれがある。
(2)トリアゾラムを投与中の患者
:トリアゾラムの作用が増強及び延長される可能性がある。
(3)本剤に対して過敏症の既往歴のある患者
(4)重篤な肝疾患の現症,既往歴のある患者
:不可逆的な肝障害に陥るおそれがある
(5)妊婦又は妊娠している可能性のある女性
:動物実験 (ラット)で催奇形性が報告されている。

併用禁忌
(1)テルフェナジン、アステミゾール
:まれにQT延長、心室性不整脈 (torsades de pointesを含
む)、あるいは外国では心停止 (死亡を含む)などの心血管系の副作用が報告されている。(2)トリアゾラム
:代謝遅滞による血中濃度の上昇、作用の増強,及び作用時間の延長が報告されている。本剤は肝チトクロームP450 3Aを阻害するので、併用により前記薬剤の代謝を阻害し、血中濃度を上昇させることがある。
副作用例
(1)急性心不全
:骨髄移植後の免疫抑制状態の患者において、まれに急性心不全が現れることがある。
(2)肝臓
:まれに黄疸、ときにGOT、GPT、LD、γ‐GTP、Al‐P、総タンパク総コレステロール、血清ビリルビン、LAPの上昇等が現れることがある(3)(外国症例)
:皮膚粘膜眼症候群(Stevens‐Johnson症候群)
:外国においてまれに皮膚粘膜眼症候群(Stevens‐Johnson症候群)が現れるとの報告がある。

薬効薬理
 作用機序:真菌のチトクロームP‐450に特異的に作用し、細胞膜主要構成脂質のエルゴステロール生合成を阻害。

製品例
イトリゾールカプセル50 (ヤンセン協和-協和発酵)』(ホームページ“薬110番”を抜粋。二千年八月)
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 長々と詳しく書かれていた。専門的なことはよく分からず、ながして読んだ。
 『確かに皮膚の薬だ。間違い無い。とすると、今日もらったこの薬は』メモしておいた二つ目の薬も同じように検索して調べたが、これもやはり間違いなく水虫の薬であった。
 『薬が正しければ、問題はない。大きな看板を都内のど真ん中に出し、長く皮膚科をやっているのだろうから心配ないだろう。しかし、おかしな医者だなあ。なんだかちょっと面白くなってきたな』
 彼は、物好きにもそんなことを思い始めていた。

 鱗波海太は、会社から地下鉄で三十分ほどの所のマンションの五階に住んでいた。妻は、三つ年下。活発、且つ社交的な性格。で、海太と同じく整理整頓好きで、ダイエットしなくてもOKタイプの女性である。昼間は、スーパーでパートをしている。
 子供は、中学三年の男の子がひとりいた。家族三人とも自立しているようで、それぞれの世界を、それぞれに生きているように見えた。悪く言えば、お互いに無関心である。ただ、同じところに住んでいるだけといったところだ。子供の進路等の話し合わなければいけないことも、本人が無難な進路を選ぶので議論する余地がない。問題を起こすのがいやなのか、口論がめんどうなのか、とにかくやることすべてが『あ、そう』で片付いてしまう。
 最初の頃は、彼が会社を何回か変わり、その都度妻と口論が絶えなかったのだが。結婚生活、八月でちょうど二十年。彼にとって、味気ない生活がここ何年か続いている。
 『これでいいのか』と思いながら、なにも考えない。何もしない。と、いったようにまた一週間が過ぎた。

 日常にないもの、自分の生活には見る事のない感覚。どこか心の片隅にワクワクする何か、と同時に嫌悪感も味わいながら、いつのまにか、また兎内ビルの前に立っていた。
 息を大きく吸い込み、エレベーターに乗った。

 二階でドアが開いて、いつものように診察券を出した。今日もサラリーマン風の初めて見る患者がひとりいた。

 あっ、何かおかしいと待ち合い室に入った瞬間、全身で感じていた。こういうことは、目で分かることなんだけども。それは、待合室の天井に二灯のダウンライトが付いていて、その一灯が点滅していたことだ。蛍光灯の電球が切れそうで点滅していることなど何処にでもあることだが、ここは部屋が狭く、二灯しか照明器具がないために、一灯が点滅すると部屋が明るくなったり暗くなったりの差が激しい。
 『あー、次から次から、イライラさせてくれるなあ』と思いながら椅子に座った。前ではやはり、中年のサラリーマンが背中をまるめて座っている。
 『この人、こんなに明るくなったり暗くなったりしているのに平気なのだろうか』彼は、不思議だった。ただただ耐えているのだろうか。それとも、気にならないのか。
 そのうち、男性は、診察室から呼ばれて中に入って行った。その人のようにしばらくは、じっと耐えていた。まるでどこまで耐えられるかの実験室に入れられたようである。受付の女性も気が付いているのかいないのか、知らん顔である。
 『これなら、消してくれた方がいいのに』明るくなったり暗くなったりというのはかなり気分がめいってくるものだ。
 彼はそう思ってスイッチを探した。これだけ周りのことに無関心であれば、こちらでスイッチを探して切ってしまってもへいきだろうと思った。しかし、いくつかあってどれが待合室のものか分からなかった。
 『あやまって診察室の電気なんか消したらあの先生頭から湯気出して怒るのだろうか』等と考えながら。
 「すみません。電気が点滅しているんですけど、消していいですか。その方がいいと思いますが」と受付の女性に言った。
 「あ・・」と言って彼女は、立ち上がり先生の方へ行って
 「電気を消した方が・・・」とか、何か言いながら待合室に出てきた。
 「取り替えようと思ったんですが、高くてとどかなくて・・・そうですね、消した方がいいですね」と言って消して、また中へ入っていって、先生に「消してきました」とか、何やら二言三言、言葉をかわしていた。
 『先生も事情は、分かっているんだ』分かっていても何もしない、なんとも思わない。気にする方がおかしいって感じか。また、ため息がでた。
 そして、この女性もたぶん、もちろん此処のおかしさを感じているのだが、この先生が、ねじ伏せてしまうのだなとも、この時感じた。
 この後、前の人が終わり診察室に呼ばれた。先週と何も変わらない本や紙の山の部屋。それに、なんと着ているものまで同じもので、ますます汚れがひどくなっている。で、先生といえ
ば、落ち込んでいるようでもなく相変わらずのお喋りである。
 「今飲んでいる薬の副作用とかは、どうなんでしょう」話の途中になにげなく聞いてみた。
 「ないですヨ。いつのまにか皮膚がキレイになって水虫がなくなっている。それが副作用だよ」と屈託もなく話している。お伽の国のぐうたら先生とでも言えば愛されるかもしれないが、これは現実である。それに、医療である。と、思いながらもここまで見ていて、この現実離れの兎内皮膚科に何かを期待する自分がいることを、この時また感じていた。
 風変わりで、個性的で、世間に媚びない。皮膚科なんてそんなおおげさに考えることないんだ、と、言いたそうな、人生なんて部屋が散らかっていたっていいんだよ、とか、君の窮屈で退屈な考え捨ててしまえ、なんて言っているようだ
 『なかなか、おもしろいじゃん』
いやだなあ、と思う気持ちが、不思議と先生頑張れの心境に変わりつつあった。会社に戻り、我が家に帰った時にふと思い出した時には、なんだか懐かしさのような感覚まで味わっていた。
 『不思議な先生だな』
と思い、一週間、自分の生活の中でお伽の国の先生が消えては現れしていた。

 もう四回目の一週間になるのか、また兎内ビルのエレベーターのボタンを押した。
 『あれ、やすみか?』
待ち合い室にも、受け付けにも、誰もいなかった。
 「すみません、お願いします」
受付をのぞきながら声をだした。
 「・・・・・・」何も聞こえない。
待ち合い室の照明は、この前のままで、一灯だけが点灯し、受付には明かりがついていた。
 『ほんとうに、来るたびに何かみせてくれるなあ、ここは。一寸待ってみるか』
すると、診察室から先生が顔をだした。
 「なんだね」
 「え、あ、薬をもらいに来たんですけど」
 『なんだねは、ないだろ、この先生何考えてんだ』先生は受付の部屋に入り何やら引っぱりだした。
 「薬と言われてもね」と、悪気も無く話している。
 『あ、何かこざっぱりしているなと思ったら

 今日は先生の服装が新しくなっている。夏らしくネクタイがなく、カジュアルな清潔そうなシャツ姿だ。いつも、そんなふうにしていたら先生カッコイイのに、心境の変化か?何かあったか?』などと思いながら。
 「看護婦さん(そうは思わないのだが)、今日は、お休みですか」この変な先生に愛想がつき辞めたんだろう、等と考えながら、聞いてみた。
 「うん?ああ、あの人、弱い人でね」
 「あ、そうですか」あまり深く聞きたく無かったので生返事のように答えた。
 「旦那を亡くして戻ってきたんですよ」
 『そんなことまで聞きたく無いのに』
 「この辺の方ですか」心とは裏腹に喋っていた。
 「この、近所ですヨ・・・こんな人がいましたよ。若い時に財産家に言い寄って二十歳年上の人と結婚しましてね、一年後に、その旦那が死にましてね。財産が自分のものになってね、それで、また、資産家と縁があって結婚しましたら、また、その旦那が亡くなりましてね」
 ここの受付の女性のことではなさそうだ。なぜ、ここでそんな話をするのかわからなかった。次から次へと話が変わり、人なつっこそうに屈託も無くよく喋る。このことだけだと愛想のいい親しみやすい先生だと思ったかも知れない。
 「あ、そうですか、恐いですね」そんな会話をしながら先生は、受付の窓口で薬を袋に入れ、渡してくれた。受付の部屋で棚から薬袋と薬を取り出し必要なことを書き込むだけで十分もかかっていない。
 『いつも、こうだといいのに、診察もしないのだから診察室で時間をかける必要ないはずなのに』

 いつもの事ながら、またまた、心をかき回されてビルを出た。
 「まぁ、いいか」しかし、外の空気は夏の暑さはあったが、なぜか、さわやかに気持ちよかった。

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