〜4〜

おもむろに、聖さまが口を開く。
「祐巳、相変わらずだね、百面相」
目を閉じていたと思ったが、いつ観たのだろう。
それから祐巳は気がついた。学園でも、聖さまは、
自分のことを「祐巳ちゃん」とちゃん付けであった。
それは、学園内で唯一、祐巳を呼び捨てに出来たのが、
祐巳の姉であった小笠原祥子さまお一人であったからだ。
キスをする直前から、呼び方が変わっている。

「いやー、体同様に柔らかい唇。ずーっと、堪能させてもらいたいね」
祐巳は体の芯から熱くなっていくのを感じていた。顔は当然真っ赤。
「おや、体を振るわせるほど感動してくれているのかな。アンコールする?」
「し、しません、しません!!」
首を横にぶんぶん振り、赤面したまま、両手にこぶしを作り、叫ぶ祐巳。
「突然、部屋につれてきて、『一緒に住もう』なんていったかと思えば、きっ、きっ…」
「キス?」聖さまが代わりに言う。
「突然のキスなんてひどすぎます!」
半分涙ぐんでいる祐巳の声。
確かに冗談で「キスしちゃうぞ!」といってはいたけれど、
それは、祐巳と、祥子さまをからかうのが目的なことが多かった。
大好きな聖さまがいきなりこんなことをするなんて、信じたくなかった。

「ごめんね。本当は今日は話だけするつもりだったのよ。
でも、久しぶりに祐巳に会って、こうして向かい合っていたら、
どうしても気持ちが抑えられなくなって。本当にごめん」
素直に頭を下げる聖さま。よくみると、確かに感情が昂ぶっているようだ。

祐巳は思った。今の聖さまとのキス、嫌だっただろうか?
そんなことは決してない。それどころか、正直嬉しいと感じている自分がいる。
ただ、いきなりだったから、心の準備が出来ていなかった。
そう、祐巳は聖さまのキスを不快とは感じていなかった。

「せめて、前もっていってください…。びっくりしたじゃないですか」
「おや?」と首をかしげる聖さま。下げていた頭を上げ、祐巳の顔を窺う。
(うーん、やっぱり聖さまの顔って綺麗だよな…)
自分の置かれている状況がわかっているのか、
いないのか、祐巳はそんなことを考えている。

聖さまの体が動く。肩を抱き、顎に手を添え、
祐巳の顔を自分の顔に近づける。
「祐巳、目を閉じて」
彫りの深い顔どんどん祐巳の目の前に迫る。

(このシーン、確か以前にもあったような…)
そうだ、2年前の卒業式の日だ。聖さまの教室で、
冗談ではあったが「餞別」といって求められた、口でのキス。
今と同じような状況で、まるで映画のワンシーンのようだった。
確かあの時は、「カーット!!」って叫んで、逃れたのを思い出す。

(よーし、もう一度…)
と思った矢先に、聖さまの声がする。
「カットはなしよ、祐巳」
聖さまも覚えていたのか、祐巳に軽く釘をさす。
刺された祐巳は、急には他に逃げる手段を思い浮かべない。
それだけではない。あの時とやはり同じように、
聖さまのとキスを、嫌がっていない自分がいる。

「いいね、祐巳」
前もって言って欲しいという申し出を律儀に守る聖さま。
祐巳は、わずかに首を縦に動かし、肯定の意を表す。
再び、聖さまの唇と、祐巳の唇が出会う。
先ほどとは違い、とても情熱的なキス。
それはとても深く、熱く、まるで、聖さまの中で燃えさかる情熱の炎が、
祐巳にも伝わってくるようであった。


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