映画になった本のページ

ボーン・アゲイン・アイデンティティー 3 /
The Bourne Again Identity 3

Robert Ludlum

1980 USA 640 ページ (ドイツ語版)

登場人物

Jason Charles Bourne
(記憶喪失で地中海から助け上げられた男)

Dr. Marie St. Jaques
(フランコ・カナダ人経済学者、カナダ政府財務省に勤める女性、たまたま欧州に来ていた)

Dr. Geoffrey R. Washburn
(地中海の島の医者、大酒飲み、元スター外科医)

Carlos
(ベネズエラ出身、フルタイム・キラー、強力な組織を持っている、現在殺し屋ランク No.1)

Cain
(正体不明のアメリカ人らしき殺し屋、現在カルロスを No.1 の地位から引きずり落とそうと画策中、アントニオ・バンデラス、アンディー・ラウ参照)

Jacqueline Lavier
(Les Classuques というモードの店を取り仕切っている女性、カルロスの連絡員)

Jack Manning,
Alfred Gillette,
Peter Knowlton,
David Abbott,
Efrem Walters
(ジェイソン対策を話し合う会議の参加者、アメリカ政府側)

Gordon Webb,
David Abbott,
Elliot Stevens
(Treadstone 本部で話し合いの直後殺された Treadstone のメンバー、ゴードン・ウェッブはジェイソンの兄)

Crawford,
Irvin Arthur,
Alexander Conclin国会議員
(Treadstone の残ったメンバー、ホテルの話し合いに参加)

Andre Francois Villiers
(フランスの元軍人、将軍、現在右寄りの政治家)

読んでいる時期:2002年9月末から

詳しいストーリーの説明あり。

長い間お待たせしました。読んでいてだんだんあほらしくなって来たので暫く休んでいました。また気を取り直して書き始めました。

小説を読むつもりの方は退散して下さい。

目次へ。映画のリストへ。

これまでの話を忘れた人はこちらへ。(1)
これまでの話を忘れた人はこちらへ。(2)

もう映画とは全然関係無く暴走しています。こちらも半分やけですが、ちょっと話を整理してみましょう。

ジェイソンというのは本当はデビッドで、トレッドストーンという組織のメンバー。ここにはジェイソンの兄ゴードンも入っていました。ジェイソンはトレッドストーンに選ばれる前はメドゥーサという軍や CIA が荷担している殺し屋集団に入っていました。その前はベトナム、カンボジア付近で妻と2人の子供と一緒に家庭生活を営んでいました。家族皆殺し事件がジェイソンがこういう事に関係するきっかけになっています。映画ではトレッドストーンという組織はその時点で存在しましたが、誰がどういう理由で参加したなどという話は出て来ませんでしたよね。

★ 成りすましアイデンティティー: デビッド・ウェッブ = ジェイソン・チャールズ・ボーン

ニューヨークに本部があるトレッドストーンでは当時売り出し中の実在テロリスト、カルロスをおびき出すべく長期作戦を行っている最中。3年近くデビッドはジェイソンとして地下に潜り、チャンスを狙っていました。ジェイソン・チャールズ・ボーンというのはベトナムですでに死んでいる、しかし小説の中では実在したという設定の人物で、その人のアイデンティティーをデビッドが失敬したというわけです。アイデンティティーを拝借なんて、これまで絵空事だと思っていたのですが、最近の報道でこういう事をやる人が本当にいるのだと知り、背筋が寒くなったところです。

★ 偽の偽物

さて、本物のジェイソン・ボーンの死を知っている人が僅かながらいます。その1人、重要人物がカルロス。カルロスは今巷を歩き回っているジェイソンが通称ケインであり、そのいずれもが偽のアイデンティティーだと承知しています。1968年3月28日にジャングルで本物のジェイソンが死んだのを記念して、カルロスは次の3月28日にジェイソンをしとめるべく張り切っています。

地下に潜った新ジェイソンとそれを全面的に支援しているトレッドストーンは、暗殺事件や、重要人物の死という出来事があるたびに、それを真ジェイソンが暗殺したことにし(カルロスに強力なライバルが現われたという噂を捏造して)、それをさらにカルロスがやったことにして(頼まれていない殺しを勝手にやったという事になってしまう)プロの間に噂を流すということをして来ました。そうやってカルロスを怒らせ、業界の信用を落とし、暗殺者の社会を混乱させ、黒幕として影に隠れているカルロスを表に誘い出そうという作戦です。その最中に予期せぬ出来事があり、新ジェイソンことデビッドは撃たれて海で発見されます。その直後にフランスで大使殺人事件が起きていますが、これに関してはデビッドには犯人でないことを証明するに足るアリバイがあります。この時期漁師に助けられて、島で治療中でした。

↓ 下へ

スイスで偽の殺人報道を出され、犯人扱いで追われているマリー。本当の狙いがマリーではなく新ジェイソンだということが分かって来ます。同じ報道はパリにも出まわっているため追い詰められた2人は、本当の事情を知るために追いかけて来る人間を追いかけるという風に作戦変更。

犯人でない人物を犯人のように仕立てておびき出すという手は、小説では中心テーマになっています。映画ではほとんど扱っていませんが、後半 CIA が、暴走するジェイソンと連絡を取るべくおびき出す時にちらっと使われます。

後記: 小説が書かれた時は推理小説的な要素を入れようとしてこういう話にしたのではないかと思われます。

マット・デイモン版の映画では狙いは別な所にあったようです。映画が世に出た時はまだその走りで当時は気づきませんでしたが、その後 CIA など政府機関の暴走を扱った作品が増えて行きました。例えばハンテッドも映画ボーン・アイデンティティーと同じように元々は政府のために働いていた人物が精神的な負担から暴走を始めてしまうというストーリーです。

そのため誰が誰の真似をして誰をおびき出すなどという話はどうでも良かったのかも知れません。

★ 将軍、後妻登場

ジェイソンはみつけた2つの電話番号のうちの2つ目に取り組みます。1つ目はクラシックという名前のモード・ハウスで、そこの女性とはすでにコンタクトを取りました。間もなく2つ目の電話番号はフランスの大物政治家の自宅だということが分かります。この人物は曲者。輝かしい軍歴があり、それは植民地アルジェリアの独立を阻むものでした。アルジェリア独立は食い止められなかったものの、当時本国では高く評価されていました。その後政界にいた息子が暗殺され、現在は息子に代わり父親の元将軍が政治家になっています。政治方針はあくまでも右向き。しかしことカルロスに関してはマリーはこの男がカルロスのような男と一緒に働くはずはないと主張します。右、左ということを別にしてこの男には筋が通っているというわけです。

半信半疑のジェイソンは取り敢えず会ってみようということでこの将軍をみつけ、ピストルで脅し、カルロスとの関係を詰問します。するとそれまで 志気も高く、「若造ジェイソンなんぞにはやられないぞ、さあ殺せ」とまで言いかけた将軍が、急に意気消沈して泣き始めます。何事かと思ってジェイソンが話を聞いてみると、将軍の息子はカルロスに殺されていました。将軍はカルロスを恨みこそすれ、つるむということはあり得ないわけです。ではなぜ将軍の電話番号がカルロスの関係者の所にあったのか・・・。それを仲直りした2人は考え始めます。間もなく将軍の後妻が関係していることが分かります。

と、まあ、上に書いたように映画には全然登場していない人物が重要な役で出て来ます。 しかし読むにつれアラが目立つので、映画がこれをばっさりやったのは正解だと思います。 ジェイソンが映画で請け負っていた任務はアフリカの某国元元首の暗殺でした。それをやり損ねて追いかけられ、撃たれて海に転落、それを漁船に拾われるということで、カルロスは全然関係ありません。まして息子を暗殺されたフランスの将軍などというのも登場しません。ま、実在版本物カルロスはムショ行きで過去に属するような時代ですから、映画でカルロスを抜きにしたのは正解でしょう。そのため話のスケールがちょっと小さくなったような感はありますが、無理に持ち出しても不自然になるだけです。

後記: 小説と関係なく実在したカルロスは現在パリの刑務所に入っています。そういう意味では小説でフランスと関わっているのはそれほど現実を無視していません。

本名のどこにもカルロスという名前は無く、通称。フォーサイスの小説にちなんでジャッカルというあだ名もついています。

ベネズエラの大金持ちの長男。極左。彼の思想は親譲りで、そういう意味では本人の運命を左右しています。ただ親子とも問題だなあと思えるのは裕福な家の育ちで、労働者を助けるという考え方が本物なのかは疑わしくなります。

生まれは南米。両親の離婚に伴い、英国へ移住、大学へ。その後父親の支援でソ連に留学。スパイ教育はソ連。語学はスペイン語、英語、ロシア語、アラビア語、フランス語。その後ヨルダンのトレーニング・キャンプへ。欧州で社会革命が起き、日本で安保反対と言っている頃カルロスはテロ活動開始。犯行現場は主として欧州。特にフランスとは犬猿の仲になるような事件を起こしているので、最後にフランスの刑務所に入ったのもなるほどと思われます。

彼の左翼思想が本物かを疑われるような行動が出るようになり、小説版ボーン・・アイデンティティーが登場するのも無理からぬ様相を呈して来ます。ちょうどそんな時になぜかドイツ人の極左女性と結婚。徐々に雇われテロリストになって来たカルロスは東欧の国々から便利屋として使われたのかとも思いますが、その辺ははっきりしません。

東欧に住み、西欧と中近東でドンパチといった状態が80年代前半続きます。後半は中東に居を移しています。小説に出て来る大使殺人事件は場所を変えてありますが実際起きています。

ベルリンが彼に関わることもありました。1つは1983年8月に井上さんがベルリンで泊まった宿から歩いて数分の所にあるフランスの文化センター兼映画館の爆発。私もよく覚えています。もう1つはベルリンの壁崩壊。こちらは彼の人生に大きな影響を与え、共産圏で匿ってくれる国が無くなります。最後まで友人を守るということで共産主義のはずの彼はイスラム教になり、中東とアフリカの国々を転々とし、90年代にはシリアで悠々自適の生活。よく気がつく方なら遅くともこのあたりでこの人の左翼思想、宗教観は本物なのだろうかと疑うでしょう。

彼の強運はその後匿ってもらっていたスーダンで尽き、逮捕。現在はフランスの刑務所で悠々自適の生活。フランスにギロチン制度があったら毎年娘にバースデイ・カードを送るなどとのんきな事をしているわけには行かなかったでしょう。税金で食べさせてもらいながら(個室)、刑務所収監条件改善を求めて欧州人権裁判所に訴えており、一審、二審と進みましたが認められていません。

彼には色々な伝説がありますが、有名な事件でも関与した事件と無関係な事件があるようです。ソ連スパイ説、ミュンヘン・オリンピック事件、ウガンダのハイジャック事件関与説は否定されています。

ドイツとカルロスの接点は
 ・ カルロスには西ドイツ人の妻と娘がいる
 ・ 東ドイツの秘密警察と関わりがあった
 ・ 上に書いたように西ベルリンでテロをやった
こと。

私見ですが、近年のカルロスは時代に取り残されているようです。欧州に死刑が無く、彼の話を聞いて一応相手にしてくれる人権裁判所があるだけでも運が良かったのではと思います。

後記を飛ばして、上から繋がりますが、なぜカルロスの話を飛ばした方が良かったか。

↓ 下へ

映画では寡黙なデイモンの様子、いきなり襲われてびっくりするポテンテの自然な驚き、怒りが生きていました。それに加え、観客には先の予想がつかず、はらはらします。それを2時間息切れせず持ちこたえています。

★ 小説家としての力量を疑う

今3分の2あたりに来ているのですが、作者はいつも一足先にポロっと秘密を喋ってしまいます。それで読者は大きな秘密が明らかになる前に、その秘密を短い言葉にまとめて知らされています。例えばゴードン・ウェッブの弟がデビッドといい、それがジェイソンの本当のアイデンティティーだということが Book 2 の終わりにちらっと出て来ます。それを大分後になってもう1度大きく出します。

かと思えばケインとデルタが同じ人物かもしれないということが繰り返し語られます。デルタ、ケイン、ジェイソンが同じ人物を指すということも話の半ばではっきりするのですが、そこに至る出し方があまりにも単純で、謎というものが生まれて来ません。同じ題材でももっと巧みに謎を作れる作家がいるのではと思います。

マリーとジェイソンが恋人になる部分でも不自然さが目立ちます。映画の方では一方で自分の身元が分からず途方にくれ、他方全然意識もせずいきなり複数の男を殴り倒せる力に自分でも呆れている男と、巻き込まれ型の典型のような巻き込まれ方をしたポテンテ。彼女が積極的な好奇心もある女性を演じ、途方にくれた男を何とか助けようとするということで話は合います。

小説のマリーは役所勤めのまじめで上品なキャリア・ウーマン。いきなりホテルの講演会場から拉致され、最初はジェイソンに殴られたりとひどい扱いを受け、自分のキャリアも滅茶苦茶にされた状況でジェイソンに愛情を抱くと言われても納得しにくいです。しかもマリーは1度悪漢に暴行されてしまいます。普通の市民がこういう目に遭ったら普通はアレックス状態。あれほどひどい怪我をしなくても、精神的なショックはかなりなもの。小説ではそれが意外なほどあっさり忘れ去られます。また、ジェイソンが彼女の安全を考えて別れようとすると、彼女は自ら望んでさらに深入りします。それでも小説の2人は映画の2人より年がかなり上で、分別もある年代ということになっています。(分別、カム・バック!)

これまでにちゃんと驚けたのはカナダからマリーに情報を渡そうとした同僚2人があっという間に殺されてしまったシーンだけ。こんなに距離があるのになぜこうも早く(インターネット、携帯、GPS 無しの時代に)手が打てたのか・・・。スリルが出せたはずのに肩すかしになってしまったのは、マリーがカナダに電話することによって起きかねない次の事件。ジェイソンは最悪の場合を予想して、ダミーを用意しておきます。そこへ案の定ヒットマンがやって来ます。用意しておいた服に蜂の巣のように弾の穴が空いているシーンは、ブラック・サンデーの実験シーンのようなショック効果が期待できますが、不発に終わっています。ジェイスンの準備を事前に詳しく書き過ぎたためではないかと思います。

次にジェイスンの職業と過去を考えると、スイス以来のジェイスンは喋り過ぎです。そして時々マリーだけでなくジェイスンもヒステリックになるので、クールな殺し屋、クールなアンダーカバー、気の毒な記憶喪失症患者、などというイメージから逸脱してしまいます。家族を一瞬に失い悲しみに打ち拉がれた男は無口になりがちで、お喋りやヒステリーにはなりませんねえ。殺し屋などという職業についているとやばい事が多いので、やはり口数は減りますねえ。アンダーカバーにも隠している事が多いので、やはりお喋り男にはなりませんねえ。記憶喪失で悩んでいる男性がどういう風に反応するかは分かりませんが、小説だとお喋りになるんでしょうか。そのくせマリーに何か聞かれると「今は言えない」という発言も多くて、読んでいていらいらしました。漫才だったら「黙るべきところは黙っておれ、言いたいんだったらはっきり言え」といってボケのパートナーのおつむをこつん・・・といったところでしょう。

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