出演者数を限り、話を1つの街角に区切って観客を集中させることに成功したPTUに比べ、大事件は大勢の人が出て来ますし、大きな団地のある地域が舞台。その上メディアも大きく絡むので、どんどん裾が広がって行く作りになっています。同じ監督が作った作品としてはかなり違いがあります。

杜�h峰監督の作品では以前に全職殺手を見ていますが、それとも全く違います。いくつもの種類の作品が作れる人なのかと感心しているところです。

詳しくは井上さんの解説を参考にしていただきたいですが（導入部が特に詳しく書かれています）、デニーロ、パシーノ主演のヒートの中の1番いいシーン15分を持って来たかのような白熱戦で幕を開けます。

制服警官2人がちょっと交通違反の男を取り締まろうとしたところ、私服刑事たちが狙っていたやくざ取締りとぶつかってしまい、間の悪いことになります。警察が来ていることに気付いたやくざたちが普通は街中で使わないような武器を持ち出し、流れ弾などは一切気にせずドンパチやり始めます。

バズーカのような武器も使われ、車を奪って逃げたやくざは一般人の住むアパートに逃げ込みます。その途中で制服警官のだらしない（と思われる）シーンがマスコミに流れてしまい、警察は犯人逮捕と同時にマスコミ対策にも追われるようになります。

大事件では普通の犯罪映画と違い、マスコミ対策に追われる警察内部の様子が主演と言ってもいいような地位を占めます。杜監督が描きたかったテーマなのでしょう。それを大々的に取り仕切るのが2人の女性。マスコミ対策担当になると警察であれ何であれ、人に好かれるような事ばかりやっているわけには行きません。それをPTUの女性制服警官以上にきっちりやろうとする2人からは見ていていい印象を受けませんが、逆にこういう役目を強引にやるぐらいの力を持った女性が香港の警察にはいるのだという表現なのかも知れません。現実がどうかは知りませんが、杜監督は中国で働く女性は儒教の教えから離れてここまで来たぞと言いたかったのかも知れません。

マスコミやマスコミ操作がエスカレートするとどこまで行くかはタブロイドをご覧になった方にもお分かりでしょう。大事件では群がって報道したがるマスコミと真っ向から対決して、警察の方でも警察流の報道に乗り出します。おもしろい発想ですが、当然暗部もあって、現場の警官に撮らせた絵を徹底的に自分たちで編集して、危険な任務についているカッコイイ警官のイメージを作ろうとします。

警察の方は評判を落とさないようにするための画策、現場で犯人を探している刑事たち、S.W.A.T. 風の部隊の活躍などが中心に進んで行きます。

ドラマが単なるドンパチで終わらないのはやくざ、人質の描写にも時間をかけているからです。現場で犯人を追っている2人の刑事のやり取りとほぼ同じぐらいの比重で、やくざ側の人間関係にも時間を割き、やむを得ず撃ち殺してしまった仲間を悼む様子や、人質家族との一瞬の人間的な結びつきも入っています。

大事件ではやくざが死んだ仲間を弔うのが簡略化された仏教スタイルでした。私はこのシーンを見て、やくざでも人間的な繋がりは大切にしているのかと感じ、短いシーンながら注目しました。殺さざるを得ず殺してしまって気が咎めており、成仏しろよと送ったのでしょう。

ヒートでも犯人の家族にチラッと触れ人間味を出しており、いくらか影響を受けたのかと思いました。コンセプトとしてはパクリなのかも知れませんが、十分こなれていて、真似だという印象にはなりませんでした。（尤も最近では香港映画もかなり認められているので、どちらがどちらの影響を受けているのかは分かり難くなってきましたが。）

そうやって登場人物の人間らしい面を出すことで、最後のシーンが引き立つわけですが、それだけ悲しい結末でもあります。

マスコミ操作シーンを見て思ったのは、日本の警察の特殊性。最近こそ警察の評判も落ちて来ていますが、戦後長い間日本人は警官というものに対して大きな信頼を抱いていました。時代がどんどん変わって行く中、日本ほど戦後からずっと何十年も信頼を保った国は世界では珍しいのではないかと思います。というか、警官が国民に信頼されるなどということは世にも稀な出来事なのだということをドイツに来て初めて知りました。

ドイツに限らずこれまでに訪れる機会のあったいくつかの国を見ても、日本人が抱いているような信頼感を持っている国は見たことがありませんでした。例えば私が日本にいた頃は、ちょっと長く家をあける時、駐在に顔を出し、いついつまで家を空けますからよろしくと言っておいたものです。するとその駐在さんは家の近くをパトロールしてくれ、泥棒だけでなく、子供がマッチをいたずらして火事になっては行けないとまで気を使ってくれたのです。銀座の交差点にある交番には迷子が預けられ、交番の人が子供の機嫌を取りつつ母親はいないかと近所に呼びかけてくれたりしました。

国民の方も知らない人の財布を拾ったりすると交番に届けたり、何とも外国では信じ難い信頼関係が成立していたのです。私はドイツでも落し物を見つけたりすると駅や警察に持って行きますが、ドイツには交番のような小さな建物がそこいら中にあるわけではなく、まずは警察署の場所を探さなければなりません。駅も最近は自動化が進み、何かを届けようと思っても駅員がいない駅が多いです。

ずっと前ある出来事があって、私は日本と同じつもりで警察に届けると言ったのですが、その時友達に警察は敵だと言われてびっくりした経験があります。その時はその人が学生運動か何かをしていてたまたま警察嫌いなのかも知れないと思ったのですが、私が特定の出来事があった時には原則として警察に連絡するという姿勢だったのを見て、君はアホかという姿勢で説明を受けました。ドイツでは警察というのは良くない出来事が起きた時にしか登場しないようなのです。迷子の子守りをする警官とか、空き巣予防のために市民相手に説明会をする警察などというのは考えられない様子でした。警察が催すフェスティバルに行くとテントを張って防犯の説明などをやっていますが、これはあくまでも警察の敷地内でのフェスティバル。説明する人も普段は会社で言えば部長か重役といった感じの人たちで、市民との話にはあまり慣れていない様子でした。

日本では警察や消防署が事件予防に大きな時間を使っていますが、そういう面を国民もある程度知っています。無論警察にも別な面があり、そちらの面に関わった人たちにとっては付き合い難い相手なのかも知れませんが、市民に親しまれる、市民に予防情報を提供するという面では広報の方法はうまく行っていたように思えます。そういう違いが分かって以来警察物の外国映画を見る時は全く違う前提で見ないと理解できないシーンがあるのだと肝に銘じています。このズレは意外と大きいかも知れません。日本で警察物のドラマがたくさん作られ、視聴者から好まれるのにも欧米とは違った意味あいがあるのかも知れません。そういう中で香港の警察はどこに分類されるのだろうとちょっと興味がわいて来ました。イメージアップを大事件のような形でしなければならないということは、あまり警官と市民の仲が良くない、つまり世界の平均水準なのかも知れません。かく言う日本も時代が変わって殺伐としているのかも知れませんね。

さて、大事件でも杜�h峰監督はPTUと同じく90分以内にまとめています。これだけの大事件で、あれこれ展開があるのに、やはり90分以内。見事です。