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2008 UK/D/Spanien/Litauen 111 Min. 劇映画
出演者
Woody Harrelson
(Roy - アメリカ人乗客、ボランティア活動家)
Emily Mortimer
(Jessie - アメリカ人乗客、ロイの妻)
Eduardo Noriega
(Carlos - スペイン人乗客)
Kate Mara
(Abby - アメリカ人乗客、カルロスの恋人)
Ben Kingsley
(Grinko - ロシアの麻薬捜査官)
Thomas Kretschmann (Kolzak - グリンコの部下)
Etienne Chicot (フランス人)
Mac McDonald (大臣)
Colin Stinton (大使館員)
見た時期:2008年8月
速報: 地味な作品と思っていましたが、ドイツでは一般公開になります。
もう少し後でご紹介する予定だったのですが、前回 Babylon A.D. を入れてしまったので、東方見聞録のついでにここに Transsiberian を入れることにしました。
普通ファンタに出て来る作品とはいくらか毛色が違いますが、犯罪映画でもあるので、ファンタに出してもおかしくありません。有名な俳優も参加しているので一般公開されるかも知れませんが、どういうジャンルにするのか迷いそうな作品です。
最初オリエント急行の謎のような推理物を予想していました。中国から国境を越えモスクワに向かう列車と謎の事件が絡むということだったので、単純にシベリアを旅行しながら犯罪映画を楽しめると思っていたのです。この予想は見事に外れました。
★ オリエント急行
・・・というのはアガサ・クリスティーの小説の中に出て来るだけではなく実際にありました。どのバージョンを指すのかは人によって解釈が違いますが、イスタンブールからパリの間を通る鉄道の場合は1883年から100年弱続いています。ウィーンからパリの路線はイスタンブール線が終わった直後に始まっています。その他に昔懐かしいスタイルの観光列車もあります。
オクシデントの欧州がイスタンブールをかすっただけでこの路線をオリエントと呼ぶのには呆れますが、それに比べシベリア鉄道は東も東、日の出ずる地域をしっかり網羅しています。西側から見た出発点モスクワから全行程の半分をちょっと超えるぐらいまでは1路線で、途中から第1路線と第2路線に分かれます。第1路線の終着駅はウラジオストック。昔知り合いにこの線を旅行した人がいたのですが、1週間ぐらいかかるそうです。
途中で分岐してモンゴルから北京に向かう路線と旧満州を経由して北京に向かう路線もあり、そちらはモンゴル鉄道、満州鉄道と呼ばれています。Transsiberian の中ではロシア人役のキングスレイはウラジオストックから乗り込んで来ており、アメリカ人役のハレルソンなどアメリカ系旧西側の登場人物は北京から満州かモンゴルを経由して乗り込んで来ているようです。
《ルートは下を参照して下さい。上手く表示されることを祈っています。》
★ ウラジオストックから寄り道
ちょっと話がそれますが、一時期日系とも言われたことのあるロシア人ユル・ブリンナーはこのウラジオストックで生まれ、徒歩でパリまでやって来たという噂がありました。パリは古い時代のシベリア鉄道の終着駅。ベルリン経由です。モスクワからリガ経由とワルシャワ経由の路線があり、共にベルリンで合流し、そこからパリへ。ユル・ブリンナーはそうやってパリへ来た言われることがあります。無論全行程を徒歩で来るわけはありませんが、それほどエキゾチックに思われていたということでしょう。ユル・ブリンナーなどという名前ですとロシア人という感じがしませんが、ボリス・ブリナーの息子ユーリ・ボリソビッチ・ブリナーと言われるとなるほどなあと思います。
生まれたのは1920年らしく、ちょうど帝政ロシアが終わり、ソビエト連邦がまだきっちり成立していない時期。なのでソビエト人とは呼べず、ロシア人と私は考えています。彼はまさにユーラシア、トランスシベリアを体現するような人で、血を問うとアジアとヨーロッパの血が見事に混ざり合っていますし、徒歩だったかはともかく、あのウラジオストックからシベリア大平原を通ってパリ、そして最後にはアメリカにまでたどり着いた人です。
ブリンナーがウラジオストックの人だとか、ウラジオストックがシベリア鉄道の最終駅で、そこから船に乗って日本へ来る人がいるなどという話は随分前から聞いて知っていましたが、港や鉄道の様子を画面で見たのは今年見た2本の映画が初めてです。
★ 映画に関わるシベリア鉄道のルート
まだこういう方法を使ったことがないので上手く表示できるかどうか分かりませんが、試みてみます。上に入れるとボックスの都合で画像が崩れるのでここに出します。皆さん、ここではウインドウの巾をモニターの横巾いっぱいにして下さい。それからフォントのサイズはあまり大きくしないで下さい。
Moskau----Irkutsk --Ulan-Ude ---------Chabarowsk -------Wladiwostok(第1路線) l l----------Harbin l l (モンゴル、満州鉄道) Ulan-Bator l l---------Peking
ベン・キングスレーと部下はウラジオストックから乗って来るようです。カップルは北京からの帰り。モスクワからウラン・ウーデまでは非常に長い距離ですが、ここでは極端に縮めてあります。
★ 先が読めない
見終わるとそれほどの規模の作品ではないという印象になります。しかし後で落ち着いてよく考えてみると通常と違う点がいくつか浮かび上がって来ます。地味にまとめてあるのでそこが見過ごされてしまう可能性もあります。それでは残念なのでちょっと挙げておきましょう。
まず主演の1人ウディー・ハレルソン。この人はファンタでは気に入られている人なのですが、凶悪犯のイメージが強く、普通の人の役はこれまで見たことがありません。ユーモラスであっても犯罪が絡んでいたりして、全くの無実とか善良な人というのは私は見たことがありませんでした。2006年のファンタに出たスキャナー・ダークリーがまあましな方です。
その彼が何と今回は北京で子供を助けるボランティアに携わっているアメリカ人。私は「へええ」と驚き、いずれ何か暗い過去などが出て来るぞと思っていました。ところが非常に善良な表情、健全に見えるメイクで通しています。
彼以上に重要な役目を貰った妻を演じる女性は、元はサマンサ・モートンが予定されていたと後になって聞きました。モートンにしなかったのは正解です。彼女が出て来ると、「何かあるぞ」と最初から思ってしまいます。彼女よりいくらか知名度の低いエミリー・モティマーがこの役を引き受けています。しつこいようですが正解だったと思います。彼女が演じるジェシーはひょんな事から深みにはまってしまう役で、ちょっと演技力が要求されます。アクションでごまかせない役です。イギリス人が起用されるのも納得します。その辺の大して名の知られていない誰かを連れて来ても、イギリス人俳優ですとかなりの演技が期待できます。モティマーも予想できない出来事にあたふたする役をよくこなしていました。
次に重要なのはノリエガ演じるカルロス。ノリエガは悪役も善人もヒーローも脇役もできそうで、これまでファンタがらみで作品を見たことがあります。その他にちょっと前にバンテージ・ポイントにも警官役で出ていました。今回は悪役。女たらしで、恋人がいながら人妻にも手を出す男の役です。70年代の不良外人のスタンスで、「こんなに見え見えなのに、女性はなぜ騙されるんだろう」とやきもき、いらいらします。自分も遊ぶつもりで乗るのならともかく、普通の女性がころっと引っかかってしまうのです。ノリエガはその役をよく研究して演じています。
そこに出て来るもっと凄い悪役が最近悪役をコレクションしている観のあるベン・キングスレー。今回は冷血漢を楽々と演じています。彼自身は手を下さず、命令するだけですが、シベリアの凍土より冷たい男です。
その彼に酷い目に遭わされるのがケイト・マラ。その度合いがまた予想外でした。
後で考えると「そういうのもありか」と思いますが、見ている最中は話がどの方向へどのぐらい発展するのかがつかめず、自分の運命も風前の灯火かと感じるような演出です。その舞台としてのシベリア鉄道は登場人物と同じぐらい重要です。
★ あらすじ
北京から乗り込んで来たアメリカ人夫婦、スペイン人のノリエガとそのアメリカ人らしい恋人、ウラジオストックから乗っていたらしい麻薬捜査官のキングスレーなどが合流したのがどうやらシベリア鉄道の全行程の真ん中あたりで、その辺から話が始まります。
まずは人物紹介。同じコンパートメントや食堂車に座り、退屈な時間をおしゃべりで過ごします。何しろウラジオストックから乗ると7日かかるのです。列車の設備、従業員の応対は日本の鉄道と比べることはできません。一緒に愚痴を言い合うのも乗客の連帯感を強めます。
ところがアメリカ人夫婦が疑うことも知らず応対している中、スペイン人とアメリカ人のカップルの方はどこか変です。いつもニコニコしているロイとジェシーに対し、若い女性アビーは黙りがち。
同じ列車にはロシア人の麻薬捜査官グリンコも乗り込んでいます。ウラジオストックからモスクワですと1国でしょうが、途中の分岐点から合流して来る列車はモンゴルか中国を経由しています。国境を越える乗客がいます。麻薬事情に詳しくないので、寒い国ロシアで麻薬を作る植物が育つのかとか、このルートで売買して儲かるのかなどさっぱり見当がつきませんでしたが、これだけ長い行程ですと密輸をする人がいるのかも知れません。
このキングスレーという人が欧米人と違い、表情が読み難い。だから起用されたのでしょう。役職に忠実、厳しいだけで善良なのか、賄賂でも取ってとんでもない事をやっている邪悪な男なのか分からないのです。
前半はそういう人物描写と景色、列車の内部の紹介などが行われます。アクシデントは休憩時間に起きます。
イルクーツクで列車スタッフの人員交代と、補給のため長時間休憩があり、乗客は列車を降ります。この時鉄道マニアのロイが消えてしまいます。どこかへ写真を撮りに出かけたのでしょう。ロイが戻って来ないので3人は仕方なく次の列車を待とうということになり、ホテルに1泊と決定。
ちょうどその時カルロスがロイの妻ジェシーを「教会の写真を撮りに行こう」と誘います。ロイを待っているので教会へ行く時間はたっぷりあります。ジェシーはカルロスが麻薬の密輸をやっているのかも知れないと疑う瞬間もあり、夫ほど彼に対してオープンではなかったのですが、夫が消え、暇つぶしの相手をカルロスがやってくれ、実際に教会があったので、警戒心に緩みが出ます。
★ 危ない!
私は長い間ユースホステルを使って旅行していたため、色々な人から知恵をつけられ、何が危険かを聞いていました。海外に出る時は警戒心は二乗しても、三乗してもやり過ぎではありません。英国のラジオの語学番組ですらそういうテーマを素材にしてストーリーを作っていました。その原則を片っ端から覆して行くのがナイーブなアメリカ人。善良さ、率直さはアメリカ人の良い面ですが、警戒心の無さというのが裏面です。「自分が経験が無いとかナイーブだと思ったら、危ないことに近づかない」、それだけでもかなりの助けになります。
旅行でやっては行けない原則を破ってしまうことでこの作品は立派にホラーとして成立しています。その元凶がノリエガ演じるカルロス。
★ あらすじ 行き違いの連続
ガールフレンドがいるし、自分は夫と旅行している身だから状況ははっきりしていると思い込んでいるジェシーはカルロスと連れ立って2人きりで駅からかなり離れた場所へ行きます。確かにそこに教会はあり、アマチュア写真家のジェシーは喜ぶのですが、そこでカルロスが豹変。身を守るために彼女はカルロスを殺してしまいます。動転して1人で駅に戻り、列車に乗り込みます。
人を殺すなどというおよそ人生設計に無かった事をやってしまったジェシーは内心大パニック状態。逆にロイはまたどこからともなく現われ、3人、しかし今度はロイたち夫婦とアビー、やはり1人足りません。しかし3人は次の列車に乗ります。今度はアビーが変だと思う番。
ロシア人麻薬取締官はモスクワの会議に出るためにロイたちの車両に乗り込んで来ます。その上この男がどういうタイプなのかは映画の観客には知らされています。ジェシーはカルロスの件があるのでおどおど。プロの捜査官はそういうのを感じるのは早いです。
そしてやっぱり・・・。カルロスが死んだことはジェシーだけが知っているのですが、ジェシーのトランクにはカルロスの持ち歩いていたロシア人形マトリョーシカが・・・。そうなんです、英国のラジオ放送が言っていた通り・・・。彼女を誘惑するような顔をしてホテルで彼女の部屋に入って来たカルロスは、やばい品物を自分以外の人に運ばせようと思っていたのです。ようやく悟ったジェシー。異国で殺人罪と麻薬密輸容疑ではちょっと大変。よほどはっきり証明しなければ疑いは晴れません。
ジェシーはアビーを犯罪から守ろうとしていましたが、ここには思い込みがありました。アビーも潔白というわけではありません。むっとしてはいますが、カルロスが何をやっているのかはある程度把握している様子。そのカルロスが急に消えてしまったので、こんどはアビーの内心が穏やかではありません。
そしていつもニコニコしているロイ。この人は何をどこまで知っているんだろう・・・。
ここで十分怖さを出しているのがハレルソン。妻が非常な危機に瀕しているのに、正統派の考えしか持たない夫がいるためにかもし出される恐怖というのはどこか他の映画で見たことがあるのですが、今タイトルが思い出せません。しかしこういう恐怖も映画の素材としては立派に役立ちます。
そして俳優ハレルソンはこれまで犯罪に全く関係の無い役がほとんど無いわけです。だからもしかすると・・・。このキャスティングは絶妙です。
官憲、教会のボランティア、風来坊の旅行者の顔を持った5人が表の顔と裏の顔を交互に出しながらの探り合い。こういう展開になるとは映画が始まった時には予想もしませんでした。
そして最後にあっと驚く○五郎・・・(古いねえ)。
★ 次の作品も見たい監督
スリラー映画だとは思っていましたが、サスペンスたっぷりとは思いませんでした。最近は出来のいいスリラーもちょくちょくありますが、ヒッチコック的なサスペンスはちょっと隅に追いやられた感がありました。それを復活させた作品と言えます。
ブライアン・デ・パルマが時々サスペンスを復活させようと努力していますが、ブラッド・アンダーソンの方が一枚上手です。彼はサスペンス以外に犯罪ストーリーとしての面、紀行映画としての面、俳優が能力を発揮できるようなセッティングにも気を使っているので、サスペンスだけが強調されるわけではありません。
最近作ではマシニストが彼の手によります。この作品は最初見た時クリスチャン・ベイルの姿に呆気に取られ「あんた、バカか。いくら仕事だからと言って、体壊してもいいの」と思いました。マシニストは見るのは1回でもいいですが、考えるのは少なくとも2回をお薦めします。見た直後と、少し時間を置いてもう1度。意外と違う解釈が生まれるかも知れません。そういう風にいくつもの層になった作品が撮れる監督です。
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