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アーティスト /
The Artist /
Artist /
O Artista /
El artista

201 Min. 劇映画

出演者

Jean Dujardin
(George Valentin - 無声映画の大スター)

Penelope Ann Miller
(Doris - ヴァレンティンの妻)

Berenice Bejo
(Peppy Miller - ヴァレンティンのファン、後に映画デビュー)

John Goodman
(Al Zimmer - 大プロデューサー)

James Cromwell
(Clifton - 運転手)

Malcolm McDowell (執事)

Beth Grant
(ぺピーの家の女中)

Ed Lauter (執事)

Joel Murray
(火事の際の警官)

Ken Davitian (質屋)

Dash Pomerantz
(ぺピーのボーイフレンド)

Beau Nelson
(ぺピーのボーイフレンド)

Harvey J. Alperin (医者)

Lily Knight
(ぺピーの家の看護婦)

Uggie (犬)

見た時期:2012年3月

要注意: ネタばれあり!

犯罪物ではないので、犯人をばらすということはありませんが、洒落た見所がばれます。サプライズがお好みの方は退散して下さい。目次へ。映画のリストへ。

★ 統一タイトル

ここに挙げた言語以外でもおおむね《アーティスト》という言葉をタイトルにしています。日本語は冠詞をつけない言語なのでただ《アーティスト》ですが、フランスの原題でも冠詞がついているので、まあ《あのアーティスト》といったような意味でしょう。欧米の言語では冠詞がついているといないでガラッと意味が変わってしまいます。

★ オスカーにからむ小さな幸運

珍しくオスカー授賞式の中継を近所の家のテレビで見ることができました。ジョン・デュジャルダンが受賞したので大喜びでしたが、その近所の人がくれた雑誌に映画館の割引券がついていて、それを発見したのが特別上映の前日。慌てて翌日昼頃映画館に飛んで行ったら、まだ券を買えるというので喜びついでに買いました。ファンタを上映する館の小さめのホール。雑誌社が特別上映を企画していました。高い座席は避け、1段安い席で1番高い席に近く、まだ空いている席を取ったのですが、行ってみるとがらがら。予約が入っているのに来なかった人がたくさんいたようです。その人たち、凄くおもしろいものを見逃したんですよ。

★ 額面通りのオスカー

長い間オスカー受賞作品がその俳優に取って必ずしもベストな作品でなかったり、何がしかのバランスを考えて「これだ!」という作品でないものに賞が行ったりしていました。それで私はオスカーが本当におもしろい作品に行くことは無いんだと思うようになっていました。例えば外国の作品が低い評価を受けたり、外国語作品賞だけにとどまったりすることもあり、外国出身のスターがあまりいい扱いを受けない場合もありました。ま、アメリカの賞なのでアメリカ人優先というのは当たり前。そこは特に文句は言いません。ところが、米国産の作品でも「気合入れてがんばった」と思える作品が全く候補に挙がっていなかったり、「こんな作品のこの人にあげるの?」と疑念が浮かんだりするなど、妙な例は色々ありここに書き切れないので割愛します。

アカデミーの会員は4桁の数になるそうですが、老人が多く、そのため今流行の特殊効果を駆使したアクション映画などはあまり見向きされない傾向があります。裏方出身の会員もいるので、ドラマとしては大しておもしろくなくても技術的に優れていると賞が行くこともあるようで、一般のファンの趣味とはずれることがあります。各映画賞にはそれぞれの個性があり、アカデミー賞にもアカデミー賞的な傾向があるようです。

映画を1年に3桁の数見る者としては、エンターテイメント性も重視してもらいたいところですが、必ずしもそうはならず、2時間たっぷり楽しめたのにノミネートの末席を汚すことすらできない作品もあります。そんな中アーティストは珍しく楽しいのにたくさんの賞にノミネートされ、受賞もスコシージと引き分けで両者とも5つ受賞という年になりました。

アーティスト受賞は非常に大きな例外か、あるいはアカデミー賞が大きな変革を遂げたかのどちらかです。アーティストは外国の制作なので、普段なら良くても外国語作品賞にノミネートされるのがせいぜい。ところがどこかの誰かが上手く屁理屈をつけ、「誰も外国語を話さないから外国語映画賞はだめだ」ということになりました。それで本選に乗り込んで来ます。

その前にカンヌ映画祭に出品されましたが、その時はコンペ外の予定だったそうです。それが急遽本選に登場。ここまで成功してしまった今言うのは後付けのように聞こえますが、遠慮してコンペ外にする必要の無い立派な作品です。しかしパルム・ドール(言わば優勝)はテレンス・マリックにしてはあまり出来の良くない ツリー・オブ・ライフに持って行かれています。アーティストの受賞は主演男優賞と、パルム・ドック賞だけ (注: 2001年から導入された賞。この賞は冗談ではなく、犬のための優秀演技賞。賞創設以来毎年 1頭、あるいは撮影に1頭として登場した犬群に与えられている)。お膝元のフランスでこうだったので、アメリカの最大の映画賞でアーティストが本当に大きな賞を掻っ攫うとは思いませんでした。取ってもらいたいけどだめだろうという風に思っていました。

それがいざ蓋を開けてみると、カンヌでテレンス・マリックに花を持たせた以上に重要な賞がオスカーの方でぞろぞろ(作品賞、監督賞、主演男優賞、作曲賞、衣装デザイン賞)。アーティストは気合を入れた部門で全勝。撮影技術に気合を入れて臨んだスコシージにも5つ賞が行きましたが、両作品とも気合を入れた部門でそれぞれ受賞しているので、両監督、制作者は大満足なのではと思います。

監督がユダヤ系の人で、プロデューサーがヌーヴェルヴァーグ系の監督の息子であるなど、映画界でやや有利なバックがあったのかとは思いますが、アメリカ映画界はそれだけでオスカーをあげるほど甘い世界でもなく、やはり現実に演じる俳優の力量、監督の演出力、全体の統一性が物を言います。

☆ 額面通りのオスカー - 実際に見て

オスカーが決まって間もなく見ることができたわけですが、エンターテイメント性たっぷりで、観客としては大満足です。ほぼ無声映画の形式を踏襲して作られています。観客に配慮して読むべきテキストの量は抑えてあります。時系列などでややこしいことをしておらず筋を理解するのは簡単。その分俳優の表情、クラシック・カー、当時の服装などを満喫することができます。

デュジャルダンの職業はコメディアンなのですが、コメディアンとしては1枚も2枚も上手のジョン・グッドマンが出演しており、最後のシーンを締めています。さすがというシーンがあります。コメディアンとしてはグッドマンにちょっと負けるデュジャルダンですが、それは年齢の差でしょう。その代わりにデュジャルダンは稀代の洒落男を非常にエレガントに演じており、いかにもサイレント時代の銀幕の大スターといういでたちです。その上映画界の裏、汚い話は全部避けてあり、子供に見せても大丈夫。監督は映画界に愛情をささげ、子供から老人まで誰にも楽しめるような作風にしてあります。そういう風に間口を広げると普通はつまらない作品になってしまうものですが、それをすばらしいエンターテイメント作品にしたところが監督の腕。

☆ ジョン・デュジャルダン

押し出しが良く、ある程度整った役者顔。アメリカで言うとジョージ・クルーニーに匹敵する容姿を備えた人です。なんとタレント・ショー出身なのだそうですが、テレビ、短編出演を経て、長編の劇場映画に出るようになります。出世はかなり早いです。デビューが1996年で、2004年にはアルベール・デュポンテルというフランスを代表する俳優のすぐ下にクレジットされるまでに出世しています。

2004年と2005年は年4本に出演し、2006年には自分を主人公にしたシリーズの主演に上り詰め、他の作品でも主演に収まっています。主としてコメディーに出ており、自分でもコメディアンだと言っています。とは言うもののシリアス・ドラマでもちゃんと様になっていて、アルベール・デュポンテルとの共演作はシリアスな犯罪物。2007年にファンタに出た作品では刑事な上に一児の父親という役も演じています。同じ2007年の39,90では身から出たさびで酷い苦境に陥っているどうしようもない男というコメディーをやっていますが、観客だから笑えて、その境遇にいいる本人にとってはのっぴきならない状況を演じています。

とまあ、非常に早い出世で、ちょっと助演をやった後今では堂々の主演。ジョン・レノーに続いて国際スターになるかなと思われ始めた頃にいきなりドーンとオスカー。

☆ 英語圏からの助っ人

ほとんど台詞が無いので俳優がフランス人でも言葉の問題はありません。H が聞き取りにくいとか、前の語の尻尾と次の語の頭をくっつけて発音するので、何を言っているのか分からないとかの問題は起きません。しかしデュジャルダンはまだ国際スターと言うには今一知名度が弱い上、助演の女優もフランスでは知られていても国外に出ると名前にたくさん特殊記号が付いているので覚えてもらえないとか、いずれにしろフランス勢だけで国際的に勝負をかけると、多少不利。そこで呼んで来たのが英語圏で知名度の高い性格俳優3人。

中でも重要な役を果たすのがジョン・グッドマンとジェームズ・クロムウェル。グッドマンは本職はコメディアンですが、近年渋いシリアスな役も演じ、どちらが本職か分からなくなっています。歌、踊りも得意で、ブルース・ブラザーズ 2000 では大活躍。アーティストではデュジャルダン演じる大スターの映画を制作する人物を演じています。時代が変わり彼は上手く無声映画からトーキーに乗り換えて行きます。当初乗り気でなかった新人女優をトーキーになってから起用し、大成功。

グッドマンは一時期非常に肥満していて、健康状態が危ぶまれたのですが、アーティストでは恰幅のいいおじさん程度に減量しており、健康を取り戻したのかと思えます。

もう1人非常に重要な役を演じているのがジェームズ・クロムウェル。彼は物凄い悪人も演じられ、大きな組織に属す何か裏のある人物を演じることが多く、本格的な性格俳優と言える人。難しい役に慣れていますが、アーティストではそれよりもっと難しい役に取り組み、大成功しています。

何とクロムウェルはアーティストで、全く裏の無い、正直、実直、誠実な老運転手クリフトンを演じているのです。あれだけ深い秘密に関わる人物や、しれーっと善人の顔をしながら酷い陰謀に加担する役をやった後、これほど普通の人物を観客が信じるような表情で演じるのは大変だったと思います。彼は自分を見る観客の目を良く分かっているはずです。

デュジャルダン演じるヴァレンティンが落ちぶれ、大邸宅を去り、しょぼくれたアパートに住み、1年以上給料も貰っていないのに、ヴァレンティンのアパートでヴァレンティンのためにクリフトンが料理をするシーンは非常に説得力があります。ヴァレンティンはまだ高級車だけは手放しておらず、 車と制服を着た運転手だけは身近に置いていたのですが、「他で就職できたらいい」とでも思ったのか、ヴァレンティンは彼を首にします。しかしクリフトンはそれがヴァレンティンの本心ではないと思い、翌日も、その翌日もアパートの前に立っています。数日してようやく諦めて出て行きます。ここは涙のシーン。クロムウェルの演技が光ります。

マルコム・マクドウェルは執事の役で、カメオにちょっと毛が生えたぐらいしか出て来ませんが、彼の登場も映画ファンには全体にアクセントをつけているように見えます。

☆ パルム・ドッグ受賞の犬

何頭の犬を使って撮影したのかは分かりませんが、アジーという犬が《犬》という役で出て来ます。ヴァレンティンの飼い犬で、グロミットに負けないぐらい物分りが良く、主人の危機には適切な判断を下し、救援を頼み、主人が欝状態の時は慰め、主人の命令は何でも聞きます。グロミットのようにシニカルでなく、主人に非常になついています。

この犬が泣かせる役を演じ、観客の涙を絞ります。パルム・ドッグ受賞に値します。

☆ 助演の女優

監督の奥さんだそうですが、デュジャルダンとはOSS 117 カイロ、スパイの巣窟で共演しています。アルゼンチン出身のコメディアン。非常に現代的な顔の人ですが、裏の無い明るい性格の 新進女優という役を上手くこなしています。芸能界というのは上に上がるために何でもする人ばかりの伏魔殿のはずですが、彼女のような善人でもちゃんと生きていける世界のように描かれているところがこの作品のメルヘン。

☆ すばらしいダンス

古い映画のファンにはいくらでもオマージュを発見することができる作品ですが、最後にすばらしいお土産か隠されています。

落ちぶれて命を断とうとするほど失意のどん底にいた往年のスターを、彼のおかげでトーキー時代の大スターになれた女優が救おうとするのですが、かたくなに台詞をしゃべることを拒否するヴァレンティン。そこで一計を案じて、彼女はダンス・シーンならやれるだろうと提案します。ダンスは彼女がスターにのし上がれたきっかけでもあります。

「本当に踊りだけなら」ということで撮影に入るシーンになり、そこから暫く2人のダンス・シーンが続きます。フレッド・アステアとジンジャー・ロジャーズを思い浮かべる方もおられるかと思いますが、デュジャルダンとべジョーのダンスはすばらしいです。私は何度かデュジャルダンの作品を見ていますが、これほどダンスが上手いとは思いませんでした。

★ サイレント・ムービー?

メル・ブルックスのサイレント・ムービーも実は台詞が1つ隠されていて、普段一言も発さず演技をするある有名俳優がその一言を発するのですが、アーティストも厳密には無声映画ではなく、途中でグラスをテーブルに置いたりする時の音が入ります。そして最後には台詞もあります。

途中で入る物音はシーンに効果的に使われています。主人公は時代に追い越される中、無声映画の時代にとどまろうとするのですが、時々チラッとトーキーの方に目を向けようかと迷います。そういう所にチラッと音が登場。非常に洒落た演出です。

★ 味噌をつけたキム・ノヴァック

皆が楽しくなる作品ですが、クレームをつけた有名人がいます。往年のグラマー女優、キム・ノヴァック。自分が主演した有名な作品の音楽が使われ「自分の(職業上の)体が暴行されたように感じた」と発言("I want to report a rape. My body of work has been violated by The Artist. This film took the Love Theme music from Vertigo and used the emotions it engenders as its own" - 出典: digitalspy 09.01.2012 22:25、ウィキペディアなどもこの件に触れています)。

監督は元からオマージュ作品を作るつもりでおり、引用、使用予定の作品については最初から手続きを踏んで、料金も納めていました。そこへさらに殴り込みをかけて来たのがレイプ被害者団体。レイプという言葉を軽々しく使ってくれるなと、これまた理にかなったクレーム。長らく芸能界から引退していたキム・ノヴァックがなぜここで急に登場し、物議をかもす発言をしたのか、その意図は不明。本人は長く結婚していて、これと言って不自由しているようでもなく、ここで売名行為をしなければ行けない理由もなく、本人も売名行為のつもりではなさそう。

オマージュというのは正式に「パクるぞ」と宣言してパクるものなので、ノヴァック流のいちゃもんはつけてみても意味がありません。しかも法的手続きは事前に取ってあり、払うものも払ってあったので、どこにも問題は見えません。むしろ使ってもらったために彼女の映画が改めて注目されるかもしれず、褒めた方が得をしたかも知れません。

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