映画のページ

A beautiful day /
You Were Never Really Here /
En realidad, nunca estuviste aquí

Lynne Ramsay 監督

UK/F/USA 2017 85 Min. 劇映画

出演者

Joaquin Phoenix
(Joe - 元兵士)

Dante Pereira-Olson
(Joe、8歳の頃)

Judith Roberts
(ジョーの母親)

Kate Easton
(ジョーの母親、若い頃)

Jonathan Wilde
(ジョーの父親、若い頃)

Ekaterina Samsonov
(Nina - ヴォト上院議員の娘)

Alex Manette
(Albert Votto - 上院議員)

Alessandro Nivola
(Williams - 上院議員候補)

Frank Pando
(Angel - ジョーが請け負う仕事を持って来る男)

John Doman
(John McCleary - エンジェルの上の親分、上院議員とコネのある男)

Madison Arnold
(年配の男)

Jason Babinsky

Ryan Martin Brown

Vinicius Damasceno

Cristina Dohmen

Leigh Dunham
(ウェイトレス)

Mengqi He
(売春婦)

Silvia Pena

Scott Price
(殺し屋)

Christian Reeve

Ronan Summers

Joseph Anthony Jerez

Jalina Mercado

見た時期:2018年1月

2018年冬のファンタ参加作品

要注意: ネタばれあり!

見る予定の人は退散して下さい。目次へ。映画のリストへ。

★ 感じの悪い作品、弱い作品

同じ監督が作った前の作品には不快感を感じました。今回の作品は弱いと思いました。にも関わらず、この監督には今後も仕事をしてもらいたいと感じます。物事の本質を突く能力はあります。

映画監督には色々な分野の知識が必要。しかも制作しようと考える前に、自分がこれから作ろうとする作品の内容の本質を把握していなければならず、しかも映画の好きな観客としてはできればそのテーマに個人的にも関心を持っていてもらいたいと願います。オートメーション式に依頼のあった作品を次々作って行くタイプの監督もいます。そういう人でもそれなりの作品に仕上げる力はあります。ですが、やはりある程度本人の思い入れが反映する作品の方がおもしろいです。

監督業は1人の人間が多くの方面で関心と才能を持っていなければならない、まことに負担の大きな職業ですが、ラムゼイはその1番大切な所、物事の本質を理解し、自分がどの方向に話を持って行きたいかははっきり分かっている人です。

前の作品はそこを理解し、実に本質を突いた形で仕上げていましたが、あまりにも本質を突いていて、エンターテイメント性とか、息をつく余裕の無い作品になっていました。見ていて、疲れました。だめな作品と言っているわけではありません。

監督自身もあちらの作品は観客を疲れさせると感じたのか、そういう感想を送った人がいたのか分かりませんが、今回はライト版になっています。なので、フェニックスに良い賞のノミネートや受賞が集中したのには、フェニックス本人も驚いているようです。

タクシー・ドライバーレオンをパクったようなストーリーで、そこへ 韓国のオールドボーイ式の殺人方法を導入したような作りです。深刻なテーマでありながら、全体はマイルドな作りになっているので、観客は疲れません。本来はショックを受けてもおかしくない暗いテーマなのですが、脚本、演出、演技はマイルドにミックスされていて、観客は嫌悪感を抱かずに見終わることができます。

ただ、この種のテーマに吐き気がするほどの嫌悪感を持っても本来は当然。そういう意味で私は弱い作品とランク付けしています。きつい作品も作れる監督なので、今回は自らマイルド路線を狙ったのだと思います。フェニックスもその気になればきつい作品の主演もできるだろうと思いますが、今回は監督や共演者とこの路線で行こうと話がまとまったのでしょう。

きつい作品にする事もできたと思うもう1つの理由は、共演者にアレッサンドロ・ニヴォラがいること。非常に達者な役者で、静かで物凄い悪人になることもできますし、事件に巻き込まれる普通の人を演じることもできます。

★ あらすじ

☆ ジョー

主人公はジョーという元兵士兼 FBI 捜査官。やや太り気味ではありますが、戦い、捜査に経験のある人物。

不幸な家庭に育ったため子供時代の悪夢から抜け切っておらず、鎮静剤中毒。アメリカではある時能書きとは違う効き目の鎮静剤が製薬会社から公式に発売され、医者が正式に処方箋を出していた時期があり、そのために恐ろしい数のアメリカ人が中毒になってしまっています。彼もそういうのに引っかかったのかも知れません。

現在は軍も FBI も辞め、闇の商売をしています。

ニューヨークという家賃の恐ろしく高い町に住んでいますが、自宅を持っていて、そこに子供の頃から母親と同居しています。現在はジョーは中年、母親はかなり年の行った老人です。

☆ ニナ

ジョーは時々行方不明になった少女を救出する仕事を請け負っています。依頼主は事を秘密にしておきたいので、高額を払います。今回の依頼は上院議員からで、娘のニナが誘拐され、売春宿で働かされているのを連れ戻してくれという話です。

手がかりになる住所を貰い、早速仕事にかかるジョー。問題の建物に侵入するための情報を集め、首尾よくニナを救い出します。あとは予定のモテルに行き、父親に引き取ってもらうだけ。ジョー自身の関心もあってか、ニナを救いに入った売春宿では、中にいた従業員、客をオールドボーイ式に金槌で殴り殺して行きます。ここでなぜ金槌かと言うと、銃声など大きな音を立てる武器は他の人の注目を集めてしまい、すぐ通報される危険があるから。

★ 先の予想がついてしまう

犯罪映画を見慣れた人がここまで見ていると、おやっと思う事があります。せっかく助け出されたのに、ニナはなぜか無表情。間もなく父親に再会できるというのに、ひんやりした雰囲気が漂います。売春宿で年取った大人からセックスの餌食にされたにしては、それほど傷ついた様子も無し。

「こりゃ、何かわけがありそうだ」と感じる観客がいてもおかしくありません。

★ さらにあらすじ

☆ おやじさんが死ぬ

間もなくモテルに現われて娘を引き取るはずのおやじさん、上院議員がテレビに登場。「たった今死体が発見された」とレポーターが報じています。それを聞いたニナは相変わらずひんやりした雰囲気。

モテルには警官がやって来て、ニナを引き取って行きます。ジョーは汚職警官と気づき、彼を見張るために残った1人を殺し、その場から脱出します。

取り敢えず事情を探るためにニナの父親の家に行きます。事務所には議員が拷問を受けた後に殺された痕跡が残っていました。事情を考慮し、この仕事の仲介をした男も危ないと悟ったジョーは電話を入れようとしますが、その男は息子と共に既に殺されていました。これでこのルートのつながりは途絶えてしまいます。息子がジョーの自宅の住所を知っていたため、ジョーは自分と母親も危ないと感じ、急いで自宅に戻ります。

母親は既に殺されていて、家には2人の殺し屋が待っていました。ジョーは1人を殺し、1人に怪我をさせます。生き残った男を拷問してもいいところですが、ちょっと優しくしたら、男が陰謀の内容を教えてくれました。「殺された上院議員の知人のウィリアムズ上院議員がニナの顧客で、ニナは彼のお気に入りだった」と言うのです。ニナは自分の父親から知り合いの男に与えられていたということです。なので救出されても浮かぬ顔だったのです。

☆ もう1度ニナ救出

母親の死体を見つからないように湖に沈めたジョーは過去のトラウマもあってそのまま死にそうになりますが、ふと頭にニナの事が閃いて、目を覚まし、自殺を思いとどまります。子供の頃とんでもない父親に酷い目に遭わされていた母親とジョーですが、父親がいなくなってからは2人は小さな家で幸せに暮らしていました。その母親が死んでしまったので、ジョーは糸の切れた風船のような状態になってしまいましたが、取り敢えずニナを救い出すべきだ、死ぬかどうかはその後で考えよう・・・と思ったかどうかは分かりませんが、その場では生を選びます。

元々は自分の娘を売春のために知り合いの男に売った父親でした。政治家としてエリート集団に入ろうとかウィリアムズ議員に気に入られようと考えての事。ところがそこへ匿名の手紙が届き、気が咎めて娘を救出しようと考えジョーを雇ったのだろうとジョーは推測。しかし警察などはそんな父親に理解を示すわけも無く、ウィリアムズの配下の汚職警官が動員されて来ます。

現在ではウィリアムズがジョーの標的。ところがウィリアムズの家を十分に事前調査していなかったので、ジョーは家の中で迷い、加えてトラウマのフラッシュバックも起きます。そしてニナが一足先にウィリアムズを殺していました。

大急ぎでウィリアムズの家を去る2人。この後2人がどうなるかは示されませんが、母親の代わりに今度はニナの面倒を見るという図式が浮かびます。ニナの方も愛するに値しない父親を失ったばかり。ウィリアムズに預けられていたニナの行方を外部の人は知りませんから、このまま2人でどこかへトンズラして、新しいアイデンティティーを捏造すれば、親子のふりでけっこう上手く行くかも知れません。

最後2人がどうするかは語られませんが、死は選ばないだろうというトーンで終わります。

★ タクシードライバーレオン

多くの人が A beautiful day を見てタクシードライバーを思い浮かべるでしょう。当時のジョディー・フォスターぐらいの年齢の少女がニナ。筋は全然違いますし、結末も全然違いますが、ティーンエージャーの女の子が中年の男に救出されるところが似ています。

A beautiful day がマイルドに演出されていることもあり、タクシードライバーの方がずっとハードボイルドです。

フェニックスが窮地に陥ったニナを助けるという点でナタリー・ポートマンを助けるレオンとも似ており、連想してしまいます。

ただ、私はタクシードライバーレオンに軍配を上げ、A beautiful day はそれよりインパクトが少ないと感じています。タクシードライバーはロバート・デニーロが演じるトラヴィスの思い込みぶりが怖かったです。

レオンの方はレオンが一見知恵遅れに見える、恐らくは自閉症気味の殺し屋。職業柄か、きちんとした学校教育は受けていません。殺し屋としてのノーハウは先輩の親分から受けていて、報酬もその男から受け取っていました。殺しをする以外は消極的に生きていたレオンが、ある日少女のために一肌脱ぐ決心。そこから彼自身の人生も主体的になって行きます。その過程が見所。

といったわけで、この2作の方が人間のドラマが良く描けていると思います。

★ ミートゥーではなく、「私が作る」

今年のゴールデン・グローブ、グラミー賞に喪服にしてはやたら肌を出した黒服で現われた女性たち。私はこういったパーフォーマンスにもろ手を挙げて賛成することはできませんでした。「そんな事をする代わりに、自分が監督になってラムゼイのように意味のある映画を作れよ」と言いたかったです。マイルドだ、弱いとは言っても、女性の被害、彼女に被害を与える男たち、彼女を救う男をきちんと描いています。

俳優組合が昼寝をしている間に多くの女性が被害に遭ったわけですが、女性監督、女性カメラマン、女性プロデューサー、女性脚本家、どんどん増えて行けば反比例して女性被害者が減るのではというのが私の希望的観測。がんばれ。

この後どこへいきますか?     次の記事へ     前の記事へ     目次     映画のリスト     映画以外の話題     暴走機関車映画の表紙     暴走機関車のホームページ