皇帝の正しくないチェス

第8回−ポカラ・・・ヒマラヤの眺望(2002年11月10日記)


写真−8.1
【写真−8.1 朝5時半、ポカラはまだ真夜中のようだ。】

 ネパールと言えば、やはりその象徴はヒマラヤです。

 ヒマラヤとは、サンスクリット語で「雪の住処」という意味を持つそうです。

 そもそもネパールは、インドプレートが北進してユーラシアプレートの下に沈み込み、それ故に地殻変動が活発な地域に位置しています。

 さてさて、ややこしい話になりますが、その地殻変動のために、西北西〜東南東方向に走る大規模な衝上断層が発達しておりまして、それらは北部より、主中央衝上断層(Main Central Thrust)、マハラバット衝上断層(Mahabharat Thrust)、主境界衝上断層(Main Boundary Thrust)、ヒマラヤ前縁衝上断層(Himalaya Frontal Thrust)と呼ばれています。

 その主中央衝上断層(Main Central Thrust)の北部に広がるのが8,000m級の高標高のヒマラヤ山脈(Higher Himalaya)です。

 と長々と書いた割に、今までヒマラヤの写真がほとんど出てきませんでしたね。
 何故かというと、この11月7日〜9日にポカラ周辺の視察旅行を控えていたからです。
 中途半端にヒマラヤが見える写真はあったんですけど、物足りなくてね(笑)。

 そのポカラはカトマンズから西へ約200km、自動車でも5時間かかります。

 標高はカトマンズよりも低くておよそ800m〜900m、ヒマラヤから下る川が開いた盆地にある街です。このポカラから北へ50kmもいけば、もうヒマラヤ山脈なわけで、その眺望と言ったらそりゃもう!と「地球の歩き方」に書いてあるわけです(笑)。
 先に視察旅行なんて書きましたが、主役は他の日本人スタッフ2人で、私はオマケみたいなもの。気分は観光旅行なわけです。

 しかし、初日のポカラ入りは夜の7時過ぎ。もう真っ暗。ヒマラヤの「ヒの字」さえも見られませんでした。

 翌日、8日の朝にはポカラの街からヒマラヤを見ることが出来たのですが、クライマックスは最終日の早朝でした。

 8日の視察先の現地スタッフが、「ポカラに来たなら、是非ともサランコットに行くべきだ。サランコットまでは車で30分、さらに歩いて10分だ。日の出は6時前だから、ホテルを5時に出ればちょうど良いよ。サランコットからの日の出とヒマラヤは最高だ!」と(当然、英語で)力説するのです。

 サランコットは標高1592mの丘。ここからの写真がポスターとして売られていたりするわけで、ともかく我々は早起きすることに決めたのです。

 そんなわけで朝5時にホテルを出て、サランコットの駐車場に到着したのが朝の5時半。あたりは真っ暗(汗)。

 で、その駐車場から撮影したのが冒頭の写真。えー、ポカラの街を一応写しているわけです。

 この時点で私は、「日の出が6時前」という情報は嘘だと私は思ったわけでございます。

 ともかく、真っ暗な中、我々は歩き始めたわけです。

 ところがいくら歩いても目的地には着かないわけです。誰だ「歩いて10分」なんて言ったヤツは!

 ともかく、40分ほど歩いてようやっと、頂上の展望台に到着しました。そして、その頃になると空も白み始めるわけです。

写真−8.2
【写真−8.2 おお、明るくなってきたぞ。時に朝6時15分頃。】

 空が白み始めると、北から北西にかけてそりゃもう素晴らしいヒマラヤが姿を現すわけですが、そう簡単にその写真を見せるわけにはまいりません(笑)。
写真−8.3
【写真−8.3 空はいよいよ朱色に染まる。時に朝6時20分頃。】

 この頃には、既に我々は「ビバ!ヒマラヤ!!」的な気分なわけです。

 そして・・・。

写真−8.4
【写真−8.4 ライジングサンだ!時に朝6時30分頃。】

 日の出とともに、ヒマラヤの山々も朱色に染まります。

 この素晴らしいヒマラヤの眺望も、早朝が最も良いのです。
 というのも、午後からは雲が多くなり、山の連なりが見えにくくなってしまうからです。

 と言いながらも、そのヒマラヤの写真は未だに出てこなかったりもするのですが・・・(笑)。

写真−8.5
【写真−8.5 陽は〜また昇るぅぅぅ〜♪時に朝6時32分頃。】

 などとやっているうちに、ネパールも日付が変わってしまいました。

 そういうことなので、今回はここまで(笑)。
 次回は冒頭からヒマラヤの眺望をお見せすることをお約束します。