皇帝の正しくないチェス

15.2 大竹栄−田中優毅戦 解説


   
1 e4 e5
2 Nf3 Nc6
3 Bc4 Nf6(図−15.2.1)
図−15.2.1
【図−15.2.1】

 皇帝による注:これがツーナイツオープニングになります。また、盤面は黒番から見た図になります。

   
4 Ng5 d5
5 exd5 Nd4
6 c3(図−15.2.2)
図−15.2.2
【図−15.2.2】

 ツーナイツオープニング、フリッツバリエーションという名前の変化です。
 このラインを使ってきた経験は、自分のチェスを広げてくれましたし、面白いアナライズや試合に夢中になる瞬間もありました。

   

 哀しい哉、この定石を発明したドイツ人フリッツさんの時代から百年、時代はコンピュータープログラム、偶然にも同じ名前のフリッツ「7」全盛時代、この変化に対する最も有効な返し技は、1時間チェスベースをいじればわかってしまうでしょう。(でも秘密です(^v^))

 このラインを使うのも、自分に数々の興奮を与えた試合や研究の思い出を胸に、この試合で最後にしなければなぁ、と考えています。

 5. ... Na5が、確立されたメインラインです。

 6.c3のところで、6.d6?! Qxd6 7.Nxf7?としてしまうと、強烈な返し技を食らいます。
 考えてみてください(^^;

 ひとつ、自分が中学3年の時の、ワールドユース大会、海外大会初勝利思い出の試合を紹介しましょう。
6.Nc3 h6 7.Nge4 Nxe4 8.Nxe4 Qh4 9.d3 Bg4 10.Qd2 Bf3! 11.0-0 Ne2+ 12.Kh1 Bxg2+ 13.Kxg2 Qg4+ 14.Ng3 Nf4+ 15.Kg1 Qf3 0-1 Carrilho - Yuhki 1992 World Youth

   
6 ... b5
7 Bf1 Nxd5
8 h4?! h6
9 Nxf7 Kxf7
10 cxd4 exd4
11 Qf3(図−15.2.3)
図−15.2.3
【図−15.2.3】

 7.Bf1についてですが、序盤についてはあまり詳しく解説しませんが、この手がベストとされています。
 出したビショップを戻すのですから、知っていないと指しずらい手ですね。

 8.h4?!の局面ですが・・・、

(1)8.cxd4 Qxg5

A) 9.Bxb5+ Kd8 10.Rg1?! exd4 11.Qe2 Bb4 12.a3 Rb8! この定石では、とにかく息つく暇を与えない事が肝要です。
13.axb4 Rxb5 14.Qxb5 Re8+ 15.Qxe8+ Kxe8 16.Ra3 Bf5 17.Rg3 Qe7+ 18.Kd1 Bxb1 19.d3 (19.Re1 Bc2+) 19...Qxb4 0-1  山下 − 田中 1999百傑戦

B) 9.Nc3 9...Bb7 10.Qb3 0-0-0 11.Nxb5 Bb4! d2-d3 と突かせない為に、ビショップをここに置きます。
12.a3 exd4 13.Nxa7+ Kb8 14.axb4 d3
 11…Bb4により稼いだ二手を使い、今度は永遠にd2のポーンの動きを封じました。
15.f3 Qh4+ 16.g3 Qd4 17.Qxd3 Rhe8+ 18.Kd1 Qf2 19.Qb5
 ここでは、19…Ne3 による一手メイトですね。言い訳になりませんが、この時ひどいタイムトラブルだった自分は、この手を逃し、結局この試合を負けてしまいます。
 10年近くなったチェスキャリアを通じて、最も辛い敗戦の一つでした。(三浦 − 田中 1997 学生選手権)
 自分はこの後1年間の間、抜け出せないスランプに陥る事になります。精神力、特に粘りの精神は、チェスプレイヤーには絶対に必要な質の一つです。

 チェスオリンピックの日本チームのコーチをして下さっている方で、ロシアのIM,ルイセンコさんという方がいらっしゃいます。
 ある大会で第一ラウンドに、Rublevskyという有名なGM相手に大金星の4手メイトを逃して逆転負けを食らった彼の愛弟子、Shariyazdanovがその後腐らずに勝ちを重ね、結局その大会で優勝したという話を聞くのはその大分あとのことですが、本当に物凄い精神力なんだな、と思ったものです。
 私なら帰ってます(笑)。

(2)実戦例ではないですが、自分がこのラインを研究している際に見つけた、面白いラインについて紹介しましょう。

 8.Ne4 (現在、この手がメインだと思います)Qh4 9.Ng3 Bb7 10.cxd4 0-0-0 11.Be2 Nf4 12.0-0 Rxd4 (12...Qh3? と思わず指したくなってしまいますが、13.Bf3で困ります) 13.Bf3 e4 14.Nf5?? 14.Bg4+、とIntermediate Checkを挟めば白良しです。
 このラインを研究していたのは、もう7年前になりますが、この局面にぶつかった時、すぐに14.Nf5 と飛ぶのは何がいけないのか?という疑問が浮かびました。参照にしていた本には、14.Nf5についての記述はありません。

 思えば数々のチェスソフトウェアプログラムは、自分の頭で考える機会をどれだけ奪っているでしょう。
 自分はどちらかというと保守的な人間ではありますが、昔をただ懐かしんでいるのでは仕方がありません。
 道具に使われるか、道具を使いこなすか、それはいつでも自分次第という事を忘れずに、自分なりの付き合い方を見つけ出していきたいものです。

14. ... exf3!! 15.Nxh4 Ne2+ 16.Kh1 Rxh4 17.Rg1 (17.g3 Nxg3+ 18.Kg1 Ne2+ 19.Kh1 Bd6; 17.h3 Bd6!) 17. ... Bd6 18.g3 (18.h3 fxg2+) 18...Bxg3! 19.Rxg3 Nxg3+ 20.Kg1 Ne2+ 21.Kh1 (21.Kf1 Rxh2) 21...Rd8
 次に Rdd4(or d5) そしてRxh2, Rh4 メイトの筋に対し、受けがありません。
 このラインを発見した時の感動は、今でもよく覚えています。友達にタラタラ自慢をしたことも覚えています。寛容に自慢話に付き合ってくださった中村君、どうもありがとう。
 僕ならあきれてます(笑)。

 ついぞこのラインは日の目を見る事はありませんでしたが、こうして局面に没頭する事が自分に大きな益があった事は、間違いないと考えています。

   
11 ... Nf6!
12 Qxa8 Bd6!
13 Bxb5(図−15.2.4)
図−15.2.4
【図−15.2.4】

 11. ... Nf6!という手ですが、その次の12. ... Bd6!,そして13. ... Re8+! という手が見え、白が15.Qxd8とするとメイトである事(後述)、を確認した時点で、ルックサクリファイスが通じるものである事を感じ取ります。
 この時点では、本譜の15.Qc6については、15. ... Qe7「位でまあいけるんじゃないか」という程度しか考えていません。

 こう書くと、あたかも相当な実力者みたいですが、a8のルックを捨てる同様な筋は何かで見た事があり、ぼんやりとですが覚えていました。
 「a8のルックを捨てる筋があるんじゃないかな?」という発想は、いわば試合前に準備されたものです。

 12. ...Bd6!はh2のマスをコントロールする事で、バックランクメイトのニュアンス、含みを作ります。

            
13 ... Re8!
14 Kf1 Ba6
15 Qc6 Qe7
16 g3 Bxb5+
17Qxb5 Qe4!(図−15.2.5)
図−15.2.5
【図−15.2.5】

 14.Kf1の手ですが、14.Bxe8+ Qxe8+ では、キングがどちらへ逃げても、Bg4+またはBa6+による開き王手、「Discovered Check」で、クイーンを失います。

 15.Qc6の局面では、15.Qxd8 Bxb5+ 16.Kg1 Re1# これが先ほど説明した、12…Bd6により用意された、バックランクメイトの伏線です。

 16.g3のところで、16.Qxe8+として駒を返して粘ろうとすると、 Qxe8 17.Bxa6 Qc6!の両当たり、「Double Attack」でビショップをどちらか取る事ができます。

 本譜では16.g3 としました。
 こういう時はこの手の「弱点」はなにか、と考えるとうまくいくことがあります。この手は、h1-a8 の斜筋を弱めていますね。白のクイーンサイドの展開は手付かずですから、これを利用して、展開の遅れている白に暇を与えずに何か手を作る事を考えます。

 17. ... Qe4!の手、ポジショナルな原則からいうと、ただ中央に配置、「Centerization」をしてクイーンの働きを高めた、という到って基本に忠実な一手ですが、先に述べたようにh1への斜筋を睨みながら中央にドーンと居座って効果的です。

   
18 Qc4+ Kf8
19 Kg1 Qf3
20 Qf1 Ng4
21 Rh2 Nxh2
22 Kxh2 Re2
23 Kg1 d3(図−15.2.6)
図−15.2.6
【図−15.2.6】

 18.Qc4+?のチェック(王手)は不必要だったと思います。
 「権利はおびやかされない限りとっておく方がよい、少なくとも早く行使してしまう事にはメリットはない」という考え方を自分に教えてくれたのは、西村裕之さんでした。
 f8のキングには、チェックがかけられません。a2−g8の斜筋でいつでもチェックがあるよ、という筋を権利として、含みとして残しておいたほうが良かったと思います。
 18.Kg1 Ng4 で、いずれにせよ攻めきれるのではないかなあ、とは考えていましたが、本譜と同じように 18...Qf3? などとやってしまうと、19.Qb3+をくらいます。
 18.Qc4+ の時点で、局面が勝ちになった、と考えました。

 20. ... Ng4の後続は、Re2 of d4-d3,そしてBc5です。目を引く Bxg3 として一気に決めにいく筋は、 fg3, としてクイーンがキングに対してピンになっているので注意が必要です。

 こうした攻めの途中でも、バリエーションを追う事だけでなく、自分の一つ一つのピースが働いているか、よりよい場所はどこか? といった事を確認するのは非常に大事です。

 相手をメイトしようという時には、いまある攻め駒だけで決めてしまいたくなりますが、数手の猶予を与えてしまうようでも働いていなかった最後のピースを戦場にもっていけばおしまい、という事は数多くあります。

 この場合、ビショップはc5-g1 斜筋からキングを狙うのが最も効果的なのです。

 「センターにトラップされてしまったキングが最も恐れる駒は何か?それはa1(a8)のルックだ。最後に眠っていたこのルックが攻めに参加してくる時、キングは息絶える」(出典:忘却)

 このゲームはa1(a8)ルックの例にはなっていないですが、例としてMeek-Morphy Mobile 1855を挙げておきます。私はReti著、「Masters of the ChessBoard」で見ました。

 Retiのコメントを引用しましょう。
'Beginners who in the heat of the fight only play with pieces that are already engaged in battle and often forget to call on their reserves, can learn a lesson from this game.'

(参考) Meek-Morphy
1.e4 e5 2.Nf3 Nc6 3.d4 exd4 4.Bc4 Bc5 5.Ng5 Nh6 6.Nxf7 Nxf7 7.Bxf7+ Kxf7 8.Qh5+ g6 9.Qxc5 d6 10.Qb5 Re8 11.Qb3+ d5 12.f3 Na5 13.Qd3 dxe4 14.fxe4 Qh4+ 15.g3 Rxe4+ 16.Kf2 Qe7 17.Nd2 Re3 18.Qb5 c6 19.Qf1 Bh3 20.Qd1 Rf8 21.Nf3 Ke8 0-1

 そして、23. ... d3です。この定石において、d4-d3 とついてビショップを閉じ込める事ができれば、クイーンサイドの展開はついに不可能となり、黒の成功を意味することが多いです。

   
24 Nc3 Bc5!
25 Nxe2 dxe2
26 Qe1 Qxg3
27 Kh1 Bxf2(最終図)
図−最終図
【最終図】

 24.Nc3の局面、24.b3 として Ba3 を狙うのが筋の良いディフェンスですが、 24...Kg8!(松尾)としておくと攻めきれそうです。
 Ba3という相手の用意したアイディアに対してBxg3 を準備する事で、それを無力化しています。

 こちらが攻めていても、こうした相手のアイディアへの配慮、予防(Prophylaxis)の考え方は、非常に重要です。

 最終図では、Qh3# または Qg1# を防ぐ事ができませんね。
 27. ... Qxf2 28.Qxf2 Bxf2 もポーンの昇格を防ぐ手段がなく、黒勝ちです。

 死んでいく王様が最後までなんの貢献もしなかったc1のビショップとa1のルックの給料泥棒達を睨みつける冷たい視線を感じます。
   ・・・感じませんか(笑)?