皇帝の正しくないチェス

15.3 田中優毅−松尾朋彦戦 解説


 最近また、やや忙しくなり、年8回努力目標の更新から、大分遅れたペースになってしまいました。

 以下は、名古屋チェスクラブの機関誌に使用して頂いた、2001年12月の東海オープンの自戦記です。編集者の方の御好意で、こちらにも転載して頂く運びとなりました。
 見所満載の試合とは言いがたい短い試合ですが、お気軽に御覧ください。

□田中優毅(2233) − ■松尾朋彦(2246)

Tokai Open (6), 12.2001  Comments by [Tanaka Yuhki]

   
1 d4 Nf6
2 c4 c5
3 d5 b5(図−15.3.1)
図−15.3.1
【図−15.3.1】

 皇帝による注:これがベンコー・ギャンビットです。おお!ギャンビットだ!!わくわくするぜぇ。

   
4 cxb5 a6
5 bxa6 Bxa6
6 Nc3 d6(図−15.3.2)
図−15.3.2
【図−15.3.2】

 松尾先輩の得意とする、Benko Gambitに進みました。

 黒は、ポーンの代償として、a,bファイルからのセミオープンファイルを使った攻撃、コンパクトで弱点のないポーンストラクチャー、早くてお手軽な展開、等々といった利点を手にいれます。
 Nbd7,g6,Bg7,o-o,Qa5,Rfb8と続く組み方は松尾先輩の18番ですが、一手一手が流れるようで、クイーンサイドのプレッシャーというプランとどの1手をとっても調和的ですね。

 横溝さんとネットでお話していた時に、「フレンチディフェンスに興味があるんだけれども、名古屋にはフレンチの大御所(誰の事か・・・いわずもがなですね)が既にいるために、真似と思われるから指せない」とおっしゃっていた事があります。
 その気持ち、非常ぅ〜によくわかります。

 

 そう。私も何度Benko Gambitに憧れた事か。

 尤も自分の場合、Benko Gambitが優秀に見える理由の一つは(すべてではないですが)松尾先輩の指し回しを見ているから、という事ですから、もし自分が指したとして、「松尾先輩の真似かい?」と言われても、あながち間違いではないのですが (^^;

 

 くだらない意地は捨てて、一緒に研究すればお互い、いいじゃないか、って?
 人間、見栄と意地をなくしちゃおしまいです。
   でも、そうしようかな・・・。

   
7 Nf3 g6
8 g3 Bg7
9 Bg2 0-0
10 0-0 Nbd7
11 Rb1 Ng4(図−15.3.3)
図−15.3.3
【図−15.3.3】

 7.Nf3以降、白がフィアンケットする形で、名前は何の工夫もなく、フィアンケットバリエーションと言います。

 メインラインは、7.e4 Bxf1 8.Kxf1 g6 9.Nf3 Nbd7 10.g3 Bg7 11.Kg2 0-0 12.h3(又は12.Re1)と続きます。

 11. ... Ng4となりましたが、白がh2-h3と突かなかった場合、この形でよく黒はNg4-e5としてナイトを一つ交換します。
 黒はどちらかというとスペースがないので、駒交換をすると伸び伸びしてくるのと、具体的に、2つのナイトがe5の升目を使いたがっているので、ひとつ交換して風通しをよくするわけです。
 交換、というと消極的な方法に思われがちですが、それははっきりと間違いです。
 「すべての駒がよく働いている」状態を作るために、働いていない駒、働きのダブっているナイトを交換するのは、実に積極的な戦略です。

 余談ですが、h2-h3と突かれた場合はどうするの? というと、d7のナイトにe5の升目のコントロールはまかせて、f6のナイトはNf6-e8-c7としてd5のポーンを攻撃するか、さらにはc7からクイーンサイドの攻撃に参加したりすることが多いです。(例えばNc7-b5とすれば、クイーンサイドの大事な守り駒であるc3 のナイトとの交換を迫ることができます)

   
12 Qc2 Qa5
13 Bd2 Rab8(図−15.3.4)
図−15.3.4
【図−15.3.4】

  13. ... Rfb8の方が、両方のルックをクイーンサイドの攻撃に使える分、よく見る手ですが、aのルックを回りました。
 「どちらのルック?」はチェスで最も難しい選択の一つといわれています。 松尾氏は、fのルックを残して、クイーンサイドの防御で白がガンジガラメになった後に、例えばRfe8からe7-e6 などして、センターからブレイクしてもうひとつの戦局を開く可能性を考えていたのかもしれません。

   

 同じ大会の中村龍二―松尾戦は、13...Bxc3 14.Bxc3 Qxa2と進行し、難解な試合の果てに試合はドローに終わったようです。
 私はこの時点で、「あれれ、あの試合と同じ局面かな?うーむ、その時の検討戦の効果でも発揮されたらどうしよう?」と内心すこし焦りましたが、その検討戦を横からボーッと見ていたのが良かったのか、松尾さんの方から手を変えてきました。
 本当にただ横から見ていただけで、なにも覚えちゃいませんでしたが、松尾さんの方は、「ムムム、あの検討戦の成果を使いまわす気だな!」と警戒したのかもしれません(笑)。

   
14 b3 Nge5
15 Nxe5 Bxe5
16 a4 c4(図−15.3.5)
図−15.3.5
【図−15.3.5】

 15. ... Bxe5は少し意外でした。
 ビショップはセンターにいても、自陣深くから睨みを利かせても効果はあまり変わりませんが、ナイトはとにかく真中に居座る事が大事な駒ですから、こういうセンターの升目はナイトで使う、15...Nxe5の方が「自然」です。

 もちろん松尾さんはそんな事は百も承知だったでしょう、「自然な手が最善とは限らない」のがチェスの奥深さを物語っているともいえます。 この場合はどうでしょうか・・・、正直、よくわかりません(^^;

 対して、白のRb1,Bd2,Qc2,b3,a4という手順は、黒のクイーンサイドのプレッシャーを受けきる形を目指しています。
 黒の序盤は正確でなかったでしょうか?、自分は既に受けきれたし、白良しだ、と考えていました。
 もしも黒が黙っていれば、Rfd1,Be1としてクイーンのe2への守りを通してから、Nb5-Na3-Nc4と固めてしまえば、完全に白良しです。

 黙っていては始まりません。
 黒は、16. ... c4とブレイクすることによって、クイーンサイドの白陣に弱点を作ります。

   
17 b4?! Rxb4!!
18 Na2 Rxb1!
19 Bxa5 Rb2(図−15.3.6)
図−15.3.6
【図−15.3.6】

 17.b4?!で勝ったと思いました。
 この時点で私は、松尾先輩が19.Nxb4でクイーンが守られている事を見落としたと考えています。先走りすぎました。
 すなわち、
 17. ... Rxb4 18.Na2 (18.Nb5などでは、本当に18….Qxa4で助かってしまいます)Qxa4?に対して、19.Nxb4ととればクイーンにも守りがつく、という事です。
 「フフフ、甘いな」 そんな気持ちで指した17.b4 でしたが、ミスでした。

 どうやら、白17手目の正着は、17.Ne4 だったようです。
 松尾氏の試合中の考えは、17. ... c3 18.Bxc3 Rfc8 19.Bxa5 Rxc2 で、ツーポーンダウンで、厳密には悪いかもしれないながら、実戦的にはまだ戦える局面、という評価だったようです。
 何気ないこういう言い方の中にも、チェスには「Scientific な局面評価」、と「Practicalな局面評価」の2種類があることが表れていますね。
 私は正直な所、17.b4?で簡単な勝ちだと誤解していたため、他の手に注意を払っていませんでした。
 上のラインでは、19.b4!がうまいIntermediate Moveで、白の優位が保てるようです。
 付け加えると、17. ... cxb3? にたいしては 18.Qc6!のダブルアタックが強力です。

17. ... Rxb4!!は流石です。
 長年その背中を見てきた松尾先輩ですが、未だそのResourcefulness には遠く及ばず、驚かされてばかりです。
 「おっ、まだNa2-b4でクイーンが守れるのにきづいてないのかなぁ〜?」、私の試合中の気持ちですが、松尾氏がクイーンサクリファイスの返し技を用意した事にまだ気づいていません。

 19.Bxa5の局面では、19.Rxb1 Qc7 20.Nb4の方が、冷静にみると有利を保てたかもしれません。

 チェスに最も必要な精神は「忍耐と冷静である」といったのは第5代世界チャンピオン、Mikhail Moiseevich Botvinnikです。
 いわゆる「平常心」ですが、勝負はみずもの、自分のEmotionsをコントロールし、いかなる場合も平常心を持っていられることの難しさは、いわずと知れた事でしょう。
 ただ、余談ですがその点は、日本人は、西洋人に比べて比較的秀でているような気がします。

 18. ... Rxb1を見て、遅ればせながら背中に戦慄が走った私は、動揺を隠せません。
 冷静は保ったつもりですが、私の手が以後、萎縮して見えるのは、イメージだけではないでしょう。

   
20 Qxb2 Bxb2
21 Bc3?! Bxc3
22 Nxc3 Rb8
23 Rb1 Rb3(図−15.3.7)
図−15.3.7
【図−15.3.7】

 20手目を指す前に、冷静冷静・・・と言い聞かせながら20.Qc1及び20.Qe4のクイーンサクリファイスのアクセプトのラインでアドバンテージを保てるかどうか考えます。
 ナイトが落ち、a-ポーンが落ちる、黒ナイトはc5に収まり、黒のピースはお互い守りあった調和的な形になり、こちらからは手がだせなさそうです。
 のみならず、黒には自然とc-ポーンを徐々に伸ばしていくプランが見えます。
 対して白は、f4-f5とついてキングを弱め、クイーンによるパペチュアルや、e7の弱点を狙う筋ですが、考えれば考えるほど、白はパペチュアルによるドローあたりが「関の山」に見えました。
 とにかく、黒のピースのハーモニーはまるで、それぞれのピースが歌を歌って響きあっているようです。

 

 安易にコンピューターに頼ってはならない、というのは自分のチェス持論の一つですが、このポジション、20.Qe4後をFritz6に解析させて見ました。
 始めの一瞬は白良し、そして数秒後に「イコール」、延々とDeep Position Analyse を数十分させると「=+」、マテリアルがアンバランスの時のソフトの評価はいい加減だ、というのは良く知られた話ですが、「自分の評価に責任もたんかい!」といいたくなってしまいますね(笑)。
 冗談はともかく、駒得側を高く評価する場合は信用できなくても、マテリアル偏重のフリッツ君でさえ駒損側をもつ場合は、信用度は上がると思います。
 とにもかくにも、試合中も、今も、クイーンサクリファイスを受ければ「少なくとも代償あり」と判断し、駒を返す決断を下しました。

 ちなみに、Fritz のSuggestionに従って手をすすめていくと、あれよあれよと言う間に評価は転落し、最後は -/+ までいってしまいます。
 黒のピースのハーモニー、Total Dominationを感じるラインで、白はいったりきたりするのがせいぜいです。

 

20.Qe4 Rxa2 21.f4 Bf6 22.f5 Rxa4 23.Bd2 Ra2 24.Bh6 Rc8 25.fxg6 hxg6 26.Bh3 Nc5 27.Qb1 Rb2 28.Qe1 Rcb8 29.Be3 c3 -/+ with a total domination

 尤も、人間なら、こんなにいったりきたりせず、たとえScientificな評価は劣るにしても,もうちょっとましなPracticalChanceを提供できる一貫性のある指しまわしを見せてくれそうなものですが、「こんな風にさしたら、こうなっちゃう」といういわばこのクイーンサクリファイスの黒の理想のようなものが、よく表れていると思います。
 そう、ハーモニーとドミネーションがキーワードですね。

 結局、この時点では、20.Qxb2として、+/=のエンドゲームに逃げ込むのは最善だったようです。

 21.Bc3?!は不正確です。
 このビショップは黒のベストの駒ですから、交換は必要ですが、先にルックをb1に回ってから、ビショップ交換を迫る場合に比べて1手損をしてしまいます。
 21.Rb1Bg7 22.Bc3、ならば、わずかながら白の押しているエンディングだったと思います。(とは言え、松尾先輩のエンドゲームの腕は有名、とても勝ちには見えませんから、いずれにせよドロー、という言い方もできますが。)
 この不正確手をもって、ゲームは完全にドローへとフェードアウトします。

 恥ずかしい話ですが、23. ... Rb3の手を見落としていました。
 幸いにもキングが丁度間に合い、局面はドローです。

   
24 Rxb3 cxb3
25 Be4 Nc5
26 Bb1 Kf8
27 Kf1 Ke8
28 Ke1 Kd8
29 Kd2 Kc7
30 Kc1 Kb6
31 Kb2 Ka5
32 Ka3(最終図)
最終図
【最終図】

Draw Agreed
Result:1/2-1/2

 さて、どうだったでしょうか。 質問、御意見、ご批評、お叱り、雄叫び、絶叫等々は、掲示板へお願いします。

 突然ですが、「チェストゥデイ」という雑誌を御存知でしょうか。
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 研究時間が取れないアナタも通勤時間の有効利用にどうでしょうか。
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 転用が多いって? うーむ........