ここの背景画像は「Yellow House素材館」さんからお借りしました。
恐怖政治下のパリ (パリに来た人の手記) 「概要/恐怖政治/恐怖政治の恐怖」 |
下の手記の作者は元々パリに住んでいましたが、10ヶ月ほど恐怖政治のない地方で暮らしていました。久しぶりに訪れたパリは次のようなものでした。 駅に着いた。いつも泊まらせてもらっていた友人の家に、今回もやっかいになるつもりだった。私は衣料などの必要品が入った包みを持って、友人の家の方に向かおうとしていた。すると、駅舎のドアから、番兵が出てきて私の包みを取ると地面に置いた。 「夜は荷物を持ち運んではいけない」番兵が言った。「この荷物は番兵の部屋に置いておくから、明日もう一度来い」 私は何も言わず、そのまま友人の家に向かった。彼は保険の形でジャコバン党員になっており、1年半も音信不通の友人のことよりも自分の身の安全を考えていた。 そろそろ9時になろうとしていた。私はドアをノックした。普通の状況なら決して遅い時間とは言えないが、今は違った。このような時間にノックが鳴ったので、家中の人はパニックになっていた。逮捕は通常、暗くなってから行われる。だから、こんな時間にノックの音を聞いた人は皆、震えあがるのだ。 友人は、私が中に入って来るのを見ると、非常に警戒した。 元気でやってるか、とか、どうしてパリに来たのか、とかを聞く代わりに、ぶっきらぼうに彼は言った。 「君は長いことパリを離れていたから、パリに留まるのは危険だし、君を泊まらせたりしたら、私まで危険だ」 「何だって? 夜、泊めてもらうことが危険なのか」私は驚いて聞いた。 「そうだ」彼は答えた。「今、家捜しされたら、私の命はない」 |
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恐怖政治下のパリ (パリでの日常) 「概要/恐怖政治/恐怖政治の恐怖」 |
これは穏やかな日々がつづられているある共和党員の手記です。
パリの様相はほとんど変わらなかった。町はきわめて平穏で、戦争が行われているとか、革命のさなかであるとかいう様子は何もなかった。 フランスの新聞を読む外国人は、私達が血や貧困にまみれているとしか思っていない。 だから、彼らがシャイヨー通りを通ってパリに行き、両側にきれいな馬車が連なり、魅力的な女性がいっぱいいる素晴らしいシャンゼリゼ通りを見るとしたら、どんなに驚くだろうか。
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