Jan 28 2006 実家で地上デジタル放送の受信テスト…アナログ共聴の限界

両親にデジタルハイビジョン映像を見せてあげようと思い、手始めに地上デジタル放送の受信テストを行った。実家周辺は、電力会社の高圧送電鉄塔建築に併せテレビ受信は共聴方式になっている。受信障害を恐れ予防策を張ったのであろう。アナログUHF放送がVHFの空きチャンネルに変換されているので、地上デジタル放送のUHF波は通らないだろうと想像していたが予想は的中で全くダメ。それで止む無くダイポールアンテナを取り出して室内で受信テストを実施したら、見通し外にも関わらずまずまずの受信結果を得た。戸別にアンテナを設置しても良いが、経緯からすると共聴設備の改善を求めたい。全国には同じ境遇の受信者が大勢いらっしゃると思う。共聴設備に依存するとなるとUHF波をVHFのミッドバンド(ローchとハイchの間)に変換する方法が確実だが、受信障害対策として設置された設備の場合、掛かる費用は一体誰が負担するのだろうか。悩ましい。
写真はダイポールアンテナで地上デジタル放送を受信している様子。画面のウィンドウは隠しコマンドで出したメニュー。オンマウスするとこちらも隠しコマンドの簡易スペアナで、全放送チャンネルの受信強度を一目出来る。肝心のTVセットは来週到着予定。

Jan 24 2006 懐かしい思い出のPC-9801/9821群

また物持ちが良いと言われそうだが、22日に帰省した折窓際のPC-9801/9821群を写真に収めた。左からPC-9821RX/FA、PC-9821Xa/V200、PC-9801UVで、上はPC-9821Ap2。右に番外の文豪ミニ7GXが見える。RXは最終的にCPUを486としメモリを4MB積んだがMS-DOS止まりだった。この環境でWindows95を特殊コマンドで入れる方法もあるらしいが、そこまでは挑戦しなかった。ただ自作SCSIカードで文豪ミニ7とHDを共有した最初のPCである。また新品で購入した唯一の機械でもある。FAはゴミ同然で拾ってきたもので何とMOが搭載されていた。メモリを16MBに増設しMOからWindows95をインストールし文豪のSCSIバスとWindows機のネットワーク間を結んでいる。Xa/V200は秋葉から中古購入、Ap3は名古屋第一アメ横からの中古購入である。なおAp2はMS-DOS崇拝者だったオーナーが、初めてWindows95をインストールした記念すべきPCだが既に8年前の話。UVは川崎在住時代にゴミ置き場から拾ってきたもの。
何れも最新のPCから比べたら性能は遥かに劣るが、目的を整理すれば未だその機能は捨てがたい。時々電源を入れて可愛がってやりたい。また家庭内ネットワークの端末に使おうと考えている。

Jan 22 2006 光電話がやってきた

延期した光電話工事が本日行われた。朝9時前に実家に帰ると丁度工事屋さんも到着した。引き込みと屋内設置の2班で作業が進められた。旧線の引き込みは畑の木製電柱を経由していたが、現在の規則ではこれが使えないらしい。自治会長にお願いして有線放送の金属柱を使わせて貰う。屋内配線は「天井裏で苦戦か?」と思いきや、パイプの配管があり簡単に通線が出来やや拍子抜け。端末には写真の如く3つの箱が電話器横の下駄箱上に並んだ。回線終端・ルーター・VoIPは常時通電状態で待機電力も馬鹿にならない。設定は自前でやった。工事屋さんから受け取ったCDソフトを起動し、NTTより届いたIDとPWでメニューに入り、プロバイダのIDとPWを入れ登録する。PC上で登録してもNTT側で設定が反映するのには若干時間がかかる様で、直ぐにはインターネットには出られい。気が短い人は何度も設定メニューに戻って作業してしまうのでご注意を。また設定前にLanアダプタの動作を確認しておく事は言うまでもない。なおルーターには4分配のHubがあり、一つはVoIPで使うため残り3つがPC用に使用可能。WindowsME機ではせいぜい7M程度しか出ないが、ADSLも届かずアナログ56K依存だった環境に比べたら夢のようだ。

Jan 19 2006 続・PC-9821/Ap2と闘う・・・Windows98インストール

光電話工事の立会いが急に延期になった。未解決だったAp2へのWindows95インストールを再開。その昔幾度もやった様には行かずやや途方に暮れていた。考えられることは全てやったがダメで、時限装置でも組み込まれているかの様だ。それで遂にWindows98の登場となった。PCの内部処理や4倍速CDの遅さも手伝って1時間半近い時間を要したがインストール。しかし問題はドライバー・・・デバイスマネージャーを開くと黄色の「!」マークが付きデバイスがいっぱい。セットアップ時は何も言わないのでプラグ&プレイが無事行われていると思いきや、ディスプレイアダプタやLanカードを始め5個程度「!」があった。それらを手打ちで解決し終わったのは作業を始めてから5時間程掛かっていた。・・・PC-9821に拘るのは自作CバスSCSIカード経由で文豪ワープロとHDを共有し、DOS/V機からネットワーク経由でそのHDを覗けるシステムが組めるからである。それでWindows95ではconfig.sysにSPCドライバを記述すればOKだったのが、Windows98ではそうすると起動時にメッセージが出る。それで最終的にdosime.sysファイルの末尾にSPCドライバを記述してOKとなった。Windows98起動後MS-DOSでテストプログラムを走らすとSCSIバスの状態を拾い上げ、Very Good!である。写真上がAp2で下はXa16。

Jan 14 2006 沼津の知人と1stアイボール

昨夜からの雨が今朝は強くなった。早めの昼食を済ませR1バイパスを沼津に向かった。数年前からe-mailを中心にやり取りのある沼津の丸尾氏/JA2XCRに会うためだ。静岡勤務になった事と昨年末に車を持って来た事もあって50Kmある沼津はそう遠くは無い。県下には大雨注意報が出され、由比・蒲原付近は土砂降り状態だった。沼津市に入った辺りでR1バイパスから松林沿いの旧R1に乗り換え、沼津駅前を右折・南進して目的地の下香貫に着いた。ところがローカルの地理が全く分からず早々に電話でヘルプし迎えに来て貰った。氏のご自宅は坂を上った高台にある。お邪魔するとコタツのなかから大きなワンちゃんとネコチャンが仲良く顔を出し迎えてくれた。
写真はお嬢さん撮影のツーショット。こつこつと収集されたRFグッズが山の如くあり、直ぐにでもKWアンプが製作できる環境に驚いた。アンテナやDXの話から仕事や最近始めた放送大学マスターコース受講の話など、50歳を過ぎてもなお前向きな姿勢に自戒の念。こうしたアイボールが出来るのもアマチュア無線ならではだなぁと別れ際にしみじみ。オンマウスすると宿題としてお預かりしたギヤモーター駆動のVVC/VCが見える。果たしてこれが何に変身するのか。

Jan 11 2006 清水の知人と1stアイボール&新春談議

昨年から当BBSに顔を出されている清水の岩崎氏/JG2EGSと、新清水駅近くの「つぼ八」で1stアイボールした。BBS上でのやり取りからe-mailへ発展し、RF-AMP作りの情報交換や昨今のアマチュア無線事情などについてやり取りをしていたが、話が段々重くなってきた。それで遂に会おうと言うことになったのが今週になってからで、善は急げとこの日にアイボールが成立した。
朝携帯電話の番号を交換し、20時に「つぼ八」前で会う約束をして出勤したが、仕事中にそわそわしている自分に気が付いたりして、何故か子供みたいで面白い。約束の時間より30分も早く「つぼ八」に到着したが、時間があるので駅に電車の時間を確かめに行った帰り、目の前から携帯に連絡が入り無事合流。写真は「つぼ八」でのツーショット。氏は藤沢の出身で遠洋水産関係の研究で長年清水に居住されているが、近々横浜に転勤するとの事であった。初対面にも関わらずアルコールも手伝い、AMP談義から始まり昨今のHam界や出版界、Hamの社会性・地域性、理科離れ、電子立国は何処へ・・・と話が弾んだが、ちょっと喋り過ぎただろうか。Many thanks to JG2EGS de JH2CLV・・・今年はこうした出会いの発掘に努めたい。

Jan 9 2006 アンテナローテータのチェックでタワーに上る

もう何年前か忘れてしまったが、アンテナローテータ操作をすると配電盤の漏電ブレーカーが飛んだ。それ以来アンテナは北に向いたまま幾年か過ぎた。単身赴任先が実家に近付いた事も手伝い、その詳細を調べる事にした。手始めに100V:100Vの絶縁トランスを電源に挿入したが、漏電ブレーカーは飛ばなくなったがアンテナは回らず、CW/CCW操作をすると絶縁トランスの2次電圧が半分近くに低下する。こりゃ可笑しいぞ。コントローラからケーブルを外しテスターでチェックするとモーターの@番コモン線が数Ωで地絡、@番とコイルであるAB番は40Ω程度を示した。原因がローター本体なのか、或いはケーブルによるものなのか確認が必要になった。それで本日意を決して腰に安全帯を巻きテスターをはじめとする道具を持って22mタワーに上った。その結果ケーブルは問題なく、ローターのコネクタで上記現象を確認する事が出来た。これで折を見てローターを降ろし分解して様子を見る事にする。写真はタワーに乗ったローターRC5A-3と10MHz/3ele八木アンテナ他。オンマウスするとシャック内で調査中のコントローラ背面の様子が伺える。下手に写る1975年に購入したSANWAのテスターN201が懐かしい。

Jan 7 2006 PC-9821/Ap2と闘う

また古いPC(PC-9821/Ap2)にはまってしまった。1998年4月に中古で購入し初めてWindwos95をインストールしたPCである。Windows95は殆どMS-DOSの延長線上にあり、config.sysやautoexec.batにMS-DOS時代のツールを組み込んでも何とか使えた。しかOSが高度化するにしたがい、このような事が容易に出来なくなった。Cバス基板に組んだ自作SCSI(SPC)ボードにぶら下がったSCSIチェーン上のHDがWindowマシンはもとより、他のPC(MS-DOS)やワープロ(MS-DOS改修)から、更にはネットワーク経由での読み書きが可能なため、実質上SCSIバスを通したLanだった。そうした事がありAp2は大変思い入れのあるPCだった。ところが昨日数年振りに電源を入れるとウンともスンとも言わない。2HDのMS-DOS起動ディスクを入れてみたがダメで、写真の如く分解作業が始まった。Ap2のフロントパネルは、両端を押さえると簡単に外せHDやCD等の交換が手前から出来る。どうやら内臓HD(IDE)が不良でメモリチェックが終ったところで停止してしまう。外部HD(SCSI)からのMS-DOS(Ver5.0AH)起動も可笑しかったが、こちらはシステムを上書きして何とか復帰した。しかしWindows用の内蔵HDは交換するしか手がない・・・つづく。

Jan 6 2006 R1(国道1号線)で名古屋に帰る

この日の静岡は冷え込んでいた。7時10分頃R1(バイパス)唐瀬ICから名古屋を目指した。途中「袋井辺りで東名高速に乗ればいいや!」程度の気持ちでいたが、豊川・音羽・岡崎と延び結局名古屋の自宅まで一般道路で帰る事になった。岡崎まではR1、その後ルートを豊田方向に変え瀬戸経由で名古屋市守山区に帰った。所要時間は約5時間だった。いまどき時間がもったいない話だが、高速道路を走るのとは違った味がある。静岡市を出る時は車の温度計が4℃を示していたがその後下がり出し、掛川辺りでは遂に0℃、その後1℃まで上昇したが名古屋までそれ以上に上がる事は無かった。
写真は静岡と愛知の県境付近。潮見バイパスを走った後汐見トンネルを抜けた先にある交差点で、ここで伊良湖方面へ向かう道路と合流する。またオンマウスカーソルすると豊橋市内のR1を走行する名物の路面電車が見える。このR1ルートは、1979年9月愛用のロードレーサー(自転車)で転勤先の名古屋から清水まで走った事があり懐かしい。しかし当時とは異なりR1のバイパス化が進み今では自転車で入れないルートが結構ある。久々に一般道の長時間ドライブをしたが、何処にも生活感があり走っていて楽しい。

Jan 3 2006 PC-9821/Xe16+K6-U/533MHz完全復活

正月休み最終日、懸案だったPC-9821/Xe16が何とか完全復活した。「正月の楽しみに」と先月言っていた事が本当になってしまった。このXe16のオリジナルCPUはPentium166だったが、現在は手元に無く何処に行ってしまったのか覚えていない。現在はSocket5に下駄を履かせSocket7のK6-U/533MHzがアクセラレータとして搭載されているが、マニュアルによるとこのCPUはWindowsをインストールした後に交換することになっている。したがってこのままインストールを試みると怒られてばかりで一向に先に進まない。更に本日分かったのだがCDドライブも可笑しく、ディスクによっては読めないファイルがある。また致命的なことに、MS-DOSではドライブとして認識するが、Windows上では認識してくれない。そんなことが重なりWindowsディスクからデバイスドライバーがインストールできない状態が続いていた。CDのIDEケーブルにHDをつなぐと問題なく認識するのでCD側の不良と判断。別のPCでWindowsCDをHDにコピーしてXe16につなぎ、ようやくまともなインストールが出来るようになった。
左はWindows98が起動してディスクトップが出たところで表示されるCPU情報。何と532.94MHzで動いているらしいが本当だろうか?。

Jan 1. 2006 新年おめでとうございます

2006年は静かに明けた。大晦日から元旦にかけた仕事が終わり帰宅したのは深夜1時半頃だった。通勤途中にある熊野神社の前を通ったら明かりが見え人もいたので立ち寄り、家族の安全や仕事の成就を祈願してきた。また出勤時に燈明を立ててあった青木神社の前も通ったが、こちらは既に明かりが消えていた。自転車を飛ばしたが元旦にしては暖かい・・・これが静岡の気候か清水の田舎とは違う。
7時頃起床し家族の待つ清水に帰った。この時間のR1バイパスは走る車も少なく、清水まではあっという間だった。写真は四半世紀以上続けている元旦恒例の「郷土の定点撮影」。朝からアルコール変調が掛かったのと、昼寝で撮影時間は14時頃になってしまった。
写真下手に見える影の正体は第二東名高速連絡路の橋桁である。昨年から上部の工事が始まり影が一層大きくなった。これに橋が架かれば、ここの集落の日没時間は相当早くなるだろうし、車が走り出したらそれなりの騒音となるに違いない。しかし工事の進捗は見るからに遅く完成が何時になるのかも良く分からない。
郷土清水区山切(旧清水市山切)地区の変貌振りはFamilyコーナーで御覧いただける。継続する事で色々な違いが見えてきて面白い。