★Hand Made PC / ドライバー1本で出来てしまうPCは、自作と呼ぶには恥ずかしい・・・


  1. 文豪ミニ7RX関連情報
    @文豪ミニ7RXのインクリボンを他機種インクリボンから移植する(Sep 14, 2008)
    A文豪ミニ7RXのインクリボン巻取りボビン修復について(Sep 11, 2008)
    B文豪ミニ7RXのリボン修復
    C文豪ミニ7RXの電源不良について
    D文豪ミニ7のFDDのベルト入手について
    E文豪ミニ7のディスクをDOS/V機で読む時の注意
    F文豪ミニ7RXの電源基板出力について
    GHandMadePC・・・文豪ミニ7とPC-9801/9821にSCSIカードを組み込むetc
    HPC2CSV.EXE・・・文豪ミニ7パーソナルカードをCSVファイルに変換する(Dec 22. 2007)
    I文豪ミニ7パーソナルカード(住所録)をWARDで「はがき宛名印刷」する

  2. CRC-80ボードコンピュータキット

    あぁ懐かしのコンピュータリサーチ社CRC-80ボードコンピュータキット。1979年頃の製品。CPUはシャープのZ-80が載っている。それ以前は8080を載せたNECのTK-80キットや、型名は忘れてしまったが8085を載せたキットもあった。当時マイクロコンピューターと言ったらこういうボードコンピュータやLSIチップそのものを指していた。今の様にOSなんて発想は未だ無かったから、いきなりメモリーにスイッチでプログラムを書いて行く・・・途中で間違えたら大騒ぎであった。全て1・0で書くのは骨が折れるから、途中から写真の様にテンキーとLEDディスプレイによるモニターが出現、16進で入力する事が出来るようになった。これだけでも画期的だったが、そのプログラムをオーディオカセットに記録・再生できた時は涙モノだった。写真のCRC-80は現在(2002年8月)も完動する。


  3. 文豪MINI7RXにSCSI-HDDを接続する


    左は文豪MINI7RX用に製作した自作SPC(SCSI Protocol Controller/MB89352AP)ボード>。右はボードを接続するために、マザーボードからアドレスバス・データバス・I/O制御・R/W制御・電源をフラットケーブルで引き出したところ。16BitのMS-DOS(Ver2.1)マシンであった文豪MINI7シリーズ全てで、こうした裏ワザが可能であった。詳細は後述しております。 なおこちらで歴代の文豪ミニ7シリーズをご覧頂けます・・・あぁ懐かしい!。

    左はマザーボードが入ったフレーム、引き出したフラットケーブルはSPCボードにつながる。右はフレームを実装し、背面パネルにはSCSIコネクタとSPCボードが取り付けられる状態。当然だが、ハードウェアのセットが完了したら、I/Oアドレスを設定したデバイスドライバーをCONFIG.SYSに組み込まないとSPCボードは認識されない。


  4.   文豪MINI7RにSCSI-HDDを接続する


    写真左はは文豪MINI7Rのマザーボードからデータバスとアドレスバス他をフラットケーブルで引き出した様子。右はマザーボードをフレームに組み込み顔を出したコネクタ処理済みのフラットケーブル。縦長の基板はプリンター基板。


    SPCボードを組み込むために解体中の文豪MINI7R。MINI7Rは文豪MINI7シリーズの中でも7HG/7RXと並んで、最もSCSI-HDD(SPCボード)の組み込みが簡単だった。ドライバーソフトは他の文豪MINI7シリーズと同じ。


  5.   文豪MINI7SVにSCSI-HDDを接続する


    1991年頃。SPC (SCSI Protocol Controller/MB89352AP)を載せた自作のSCSIボードを、文豪MINI7(GX/HG/R/RX/SV)シリーズに組み込んだ。同機は16BitのMS-DOS(Ver2.1)マシンで、内臓DOSを起動させるかBIOSを組み込めば、容易に汎用MS-DOSマシンに変身した。また、SPCドライバーを組み込めばSCSIボードを認識し、FDDベースだったマシンにHDDを接続できた(文豪ユーザーズクラブの有志やドライバー作者鶴蔵さんに感謝!)。当時NECのPC-9801は\30万もの高値だったが、文豪は\13万程度で安売りされていた。プリンター内蔵でモデムもつなげ、テキストベースのパソコン通信には打ってつけだった。10年経った今(2001)も、WindowsマシンからSPC経由でHDDを共有する便利さは手放せない。写真左はMINI7SVに組み込んだ自作SPC(SCSI)ボード、右は同型のSCSIボード。ディップSWはI/0アドレス設定用。この頃から文豪MINI7も内部の処理速度が上がり、バスラインの引き出しポイントや長さ、それにグランドラインの強度がSPCの動作に影響を与えるようになった。


    左はマザーボードからバスラインを引き出した様子。文豪MINI7SVは引き出しケーブルの長さやグランドポイントの取り方で動作や安定度が微妙に変わった。幾度か取り直しようやくベストポイントを見つけ出した。それまでバスラインの大移動を繰り返したのである・・・当時は気力も技も視力も十分であった。右はLCDパネルと一体になった上蓋を取り付ける前の本体内部。マザーボードはキーボードの下。組み込んだSPCボードや25ピンのD-Sub SCSIコネクタ(MAC仕様)の様子が良く分かる。

    組み込みを終え外部HDDでテスト中の文豪MINI7SV。電源投入直後は編集ディスク(2DD)のIPLを読みに行くが、その後CONFIG.SYSに書かれたSPCドライバーが組み込まれた後はHDDを認識し、関係する全てのファイルはHDDから高速に読み込まれる。また他のPCや文豪MINI7とHDDを共有でき、今でも(2002年12月)この環境は手放せない。


  6.   HARD DISK用木製ケース

    文豪やPC-9801で共有していたHDDは、当初剥き出しで実験していた。あまりにもマニアックで実験室風だったので木製のケースに収めた。背面には50Pのアンフェノールコネクタを、前面にはアルミプレートに電源スイッチと発光ダイオード(電源パイロットとアクセス)を取り付け、HDDの型名をプリントしたシールを貼った。中身は日立5インチHDDのKD514C-38。この発熱が結構あり、天板と底板には、エア抜き用の30mmΦの穴を2個開けてある。またこのHDDは立ち上がり時間が40秒もかかるため、先に電源を入れる必要があった。それから、問題はRFノイズ。今では考えられないようなノイズを撒き散らし、通電中はHFでの運用が出来ない位だった。


  7.   Cバス用自作SCSIボードとPC-9821/V200


    これも同じ1991年頃。SPC (SCSI Protocol Controller/MB89352AP)を載せた自作のSCSIボードを、PC-9801/9821用のCバスカードで製作したもの。何枚作ったか忘れてしまったが、手元にはまだ2枚あり現用である。これにより、PC-9801/9821と文豪MINI7で同じHDDを共有する事ができる。マルチタスクの機能の無いMS-DOSでは、作業中に他のファイルを覗きに行きその内容を操作するのは困難だったが、これが簡単に出来大変重宝した。その後PC-9801/9821側のOSがWindwosに変わると、WindwosのLan上にあるPCからもSPC-HDDをアクセス出来るようになり(但しFATサイズは16Bit)、10年経った今でも現役である。右はPC-9821/V200で、2000年秋に「ソフマップD」で購入、それまで使っていたPC-9801FAから乗り換えた。CPUは当初PentiumMMX/200MHzだったが、現在はK6-U/400MHzのアクセラレーターを積んでいる。


  8.   現在(2001年8月)のメインマシン

    現在メインのDOS/V機である。秋葉原の「あぷあぷ」で買った\2.6Kのマザーボード(Epox/ EP-6VBA)と、同じく\5Kで買ったATXケースがベースになった格安のGHzマシン。現在はPentiumV(Slot1)が1.05GHzで動いている。HDDトレイによりWindowsMEとVineLinuxを切り換えて使用している。他に52倍速CD、DVD-ROM、MO/640MB、メモリ768MBを実装している。最上部はOLYMPUSのフィルムスキャナーES-10Sで、新品だが破格で購入したモノ。昔撮ったフィルムの電子化に大活躍している。InterNetはもっぱらModemで電話線経由であるが、Lanで他のPC群と結ばれている。子供達が1年も前に、PentiumVやAthlonでPCを作っていたのを内心羨んでいたが、これで何とか肩を並べる事ができた。



  9. サブATマシンと文豪ミニ7RX


    左はサブのDOS/V機である。秋葉原の「ソフマップD」で買った\3.5KのATケースがベースになっている。マザーボードはSoltek/SL-54U5でCPUはSocket7である。これにAMDのK6-U+/533MHzを載せている。このPCもHDDトレイの入れ替えでWindowsMEとVineLinuxを切り換えられるようにしてある。他にステレオSP、DVD-ROM、MO/640MB、メモリ512MBを実装している。InterNetはもっぱらModemで電話線経由であるが、Lanで他のPC群と結ばれている。今時AT?などと言われる向きもあるかも知れないが、安定度が良くかつてはメインマシンだった。
    右はSPCカードを組み込んだ文豪MINI7RX。メーカー修理を受け付けてもらえない程に内部は手が入っている。メインボードより、アドレスバス・データバス・I/O制御・R/W制御・電源を引き出し、SPCボードに接続してある。SPCボードの出力は50PinのSCSIコネクタが取り付けてある。画面はMS-DOSを起動し、自作のメニューを表示しているところ。作成が1991年となっている。


  10.   記念すべき自作DOS/V第一号機


    1998年5月、会社のレクレーションで秋葉原ショッピングツアーを計画。そのとき買った部品で作った最初の自作マシン。世の中で「自作PC」と言う言葉が使われだしていたが、ドライバー一本で出来てしまうPCは、とてもじゃないが自作とは呼べないとその時思った。マザーボードはATでEpox/EP-58MVP3C-Mだったが、2年半後にダウン。同じマザーボードを秋葉原中を回り探したが、既に製造中止で入手困難。このEP-58MVP3C-Mは拡張スロットが多く、またクロックの設定が容易で大変良く出来ていたのに残念だった。現在はSoltek/SL-54U5を使っている。CPUは当初K6-U/266MHzだったが、その後300MHzを経て現在は500MHzを搭載してる。メモリ390MB・48倍速CD・MO/230MBを実装。現在(2001年8月)は清水の実家に持ち帰り(写真右)、帰省時に使用している。両親にPCingを勧めたが・・・どうなっただろうか。


  11.   雨ざらしのPC-9801FA/U7


    1999年の秋、雨の中に放置してあったPC-9801FA/U7を拾ってきた。FAといえばPC-9801シリーズ最初のi486搭載PCで、10年前は憧れの的だった。自宅に持ち帰り乾かしてから電源を入れたら、何とかMS-DOSが動いた、ラッキィ!。2FD+HD(100MB)+MO(128MB)+メモリ1.6MBの構成で、SCSIカードも実装されていた。これで何とかWindows95を起動すべく闘いが始まった。Windows95が動けばネットワークがOKになり使途が倍化する・・・密かにそう思った。しかし余りにもメモリ不足でインストールが出来ない。やむなくソフマップDに行きFA用ジャンクメモリを見つけ最大実装分購入する。これで何とかインストール作業が出来る環境が整った。元々CDドライブは無いので、Windows95をMOドライブにコピーしインストールに使う事にする。起動ディスクも無いため、MS-DOS/Ver5.0のシステムディスクをそのまま使う事にした。MS-DOSを立ち上げてからMOドライブにカレントドライブを移し”SETUP”でインストールが始まる。何とかインストールは出来たものの、グラフィックが貧弱でまともな画像表示が出来ない。これじゃ使いものにならない!。グラフィックアクセラレーターを探しまくる。2MBのメモリが乗ったMELCOのカードを知人に紹介され実装、やっとそれらしくなった。しかしi486は16MHz、メモリも16.4MBではまともにWindowsアプリケーションが動くには程遠い。そこで、Windwos95が世に出た当時売られていたCPUアクセラレーターを探り回るが、既に何処のメーカーも製造中止。これを有効に使うには・・・Windowsのネットワーク機能を生かしLanを構成する一方、自作CバスSPCボードを実装し文豪MINI7RXのSPCとでHDを共有する・・・ネットワークPCが最適だと決意。ジャンクのCバスLanカードを買ってきて実装、ネットワーク対応を可能にした。これでネットワーク上にあるWindowsマシンより、PC-9801FA+SPC経由で、文豪MINI7が作成したファイルを簡単に読みに行ける。但しFATサイズは16Bitなので、最近の32BitFATマシンでのアクセスには注意が必用だが・・・。写真左はPC-9821の前面パネルを外した状態。FAやAp2などの一部PC-9801/9821では、前面パネルが簡単に外せHD交換などのメンテナンスがやり易かった。また最近のDOS/V機に比べ、フレームやシャシが大変丈夫に作られていた。写真中央はいっぱいに増設したメモリ群。写真右は左から紹介したPC-9801FA、中央はPROTONのPC(K6-U/500MHz・・・2000年夏姉夫婦にQSY)、右は前項の最初のDOS/V機(K6-U/500MHz)で、2000年1月に撮影したもの。


  12.   秋葉原で拾ってきたPC-9821Xa16/R12


    写真左は、2002年1月7日正月休みの帰省帰りに秋葉原に立ち寄り、未チェックと言う事でタダ同然で拾ってきたPC-9821Xa16/R12。今時PC-9801/9821シリーズに色気を出す奴なんて殆どいないだろう。PC-9821/V200用の起動ディスクでWindows98のインストールを試みたが、このディスクは機種限定ルーチンが設けられていて、Xa16で起動すると叱られてしまう。そこで何とかCDドライブを認識させるために、Autoexec.batやConfig.sysをいじくり起動ディスクを作った。これでインストール作業が出来るようになったが、今度はファイルのコピー段階でストップ。次に起動をHDからにしようと、HDにシステムとその他ファイルを転送した。この状態でHDから起動が開始され、インストール作業も問題なく終了する事が出来た。NECのPC-9800/9821シリーズはこうしたガードが掛けられており、本当にユーザー泣かせだった。それでもPC-9801FAにWindows95をインストールする時の苦労に比べたら大したことはない。なおソフマップ@を覗いていたら、写真右のCPUアクセラレーター(HK6-MDP-NV4)が定価の半額以下で売られており、思わず衝動買い。Xa16はPentium166が搭載されているが、これでK6-Uが533MHzで動く事になった。ヘタなDOS/V機には負けないぞ!。当然だがCPUの交換に併せ、キャッシュコントローラーをインストールする必要がある。


  13.   LanCard交換

    2002年4月17日、DOS/V機で使用中のLanCard(10/100Base)の出所は、正直な所殆どジャンクであった。当然機種やメーカーが異なるため保守性が悪いのと、同じ動きをしてくれない。SofmapDでCoregaのFEtherPCI-BPK(10/100Base)が新品箱入りで\500と格安だった。早速2個買い求め、メインPCとサブPCのLanCardとして組み込んだ。動作良好で、今まであった妙な動き(電源の立ち上げ方でローカルネットのPCを認識しない)もこれで解消された。


  14.   ブロードバンドルーターと現在のPCネットワーク系統

    2002年5月12日、ヨシバでI・OデータのブロードバンドルーターNP-BBRxpを破格で購入。一台のPCから設定すれば、複数台のPCからインターネットに同時アクセスできる。3台のPCで同時アクセスする実験をしたが、大変良好である。これに感激して、翌13日もう一台購入してし家族のもとに送った。ブロードバンドルーターの設置に併せて、PCネットワーク系統を図にまとめた。特徴は何と言っても前述したSPCコントローラーにより、WindowsネットワークからPC-9821経由で文豪MINI7RXのHDD/MOを読みにいける事だろう。


  15.   VideoCardとLCDディスプレイ衝動買い


    2002年5月12日、子供からの要請で「スマートメディア⇔USB変換」を探し、秋葉原のヨシバにて\1980の破格でゲット。同店でI・OデータのVideCard GA-SS22P16/AGP4(16MB)がこれまた\1980であり思わず衝動買い。その後あぷあぷにてNECの新品LEDディスプレF15T31W(FDC)を\29800で発見、14日に意を決し昼休みに食事も取らず直行しゲット。先に購入したVideoCardにFDC端子がある事が判明しこの決断となった。デジタル渡しなので、画素のにじみが無く解像度は抜群。


  16.   Old PC-9801
    2002年5月26日、PC-9801/9821シリーズPCを実家に運び込んだ。

    写真は川崎に転勤した1998年6月、アパート近くの歩道橋下に放置してあったPC-9801UV。3.5インチFDが横に2つ並んでいて、高さが低いのが特徴で、CPUはIntel286である。4年前ならゴミにするなんて!と言う気にさせたが、今ならお金を出しても持って行って貰えないだろう。短時間の間に価値観て言うのはこうも変わる物なのだろうか・・・。

    平成2年に初めて買った16Bit機のPC-9801RX21。オリジナルのCPUはNECのV30とIntelの286を切り換えていた。HDやメモリを追加し、最後はIBMの32BitCPUに交換し50MHzクロックで動いていたが、昨年ダウンしてしまった。自作のSCSIボード(SPC)を取り付けHDを文豪MINI7ワープロと共有するなど、MS-DOSシステムとしては特異だったが、Windwos95は組込めず第一線を退いていった。

    前述のPC-9801FA。グラフィックアクセラレーターとメモリを目一杯搭載し何とかWindwos95が動くようにはなっているが、Windowsアプリケーションは重くて使えない・・・では何故。その理由は前述してあるのでご覧下さい・・・要はWindowsネットワークとSPC(SCSI)間のGateWay用だったのです。

    初めてWindows95を動かした思い出のPC-9821AP2/C9W。1998年4月29日に名古屋第一アメ横2Fで中古で購入。最初はMS-DOSマシンとして使っていたが、その後メモリの増加とCPUの変更(i486/66MHzから秋葉原Maxasで買ったCyrix586/133MHz)を行いWindows95を動かした。ブート時98のHDメニューで、MS-DOSとWindows95を自由に選択でき重宝した。単身赴任後Lanカードやグラフィックアクセラレータを追加したが、世の流れには追いつけず一線を退いた。Windows95で初めてSPCカードを組み込み、文豪mini7RXとHDを共用したときの快適さは今でも尾を引いている。


  17.   秋葉原Sofmapで買ったEZgo+を分解

    2003年6月20-21日で秋葉原ショッピングツアーに職場の同僚と出掛けた。その際SofmapD号店で衝動買いした超小型PCのEZgo+を同僚のK君が分解したところ。第一印象はお世辞抜きで大変精巧に作られていると感じた。樹脂製品の金型もしっかりしており、カバーなどの勘合も全く問題無い。また裏面には金属塗料の塗布が施してあり、RFI対策も十分である。写真の様にCPUはScket370(Celeron1.1GHz)でグレードアップも可能。メモリ(128MB)もノート用の物が使えそうである。またCDも規格品なのでCDRやDVD等への変更も可能である。気になる放熱はファンと金属ダクトを巧妙に組み合わせた冷却機構により目的を果たしている。NTSC(ノンスタンダード)へのスキャンコンバーターも内蔵し\39.800は絶対お買い得である。


  18.   「文豪ミニ7RX」久々の分解と修理


    2003年11月22日(土)、久しぶりに「文豪ミニ7RX」を分解した。数日前に電源を入れたら、その瞬間緑色のパイロットランプが点くだけで、ウンともスンとも言わなくなっていたからだ。ところが写真の様に分解してから電源を入れると問題なく電源が入った。プリンター部を外しているから負荷が軽いからか?、自作のSCSIカード側か?、それともSCSIの外部チェーン側?・・・色々と想像を巡らせ順番に負荷をつないで行ったが電源は正常だった。最終的にSPCボードによるPC-9821Ap2とのHDD共有も問題なく行われている。・・・一体何が原因だったのだろうか?。
    写真左は分解した文豪ミニ7RXで、右が本体、左上がプリンター部、左下がSCSIボードを取り付けた背面パネル。写真右は当初疑った電源部。

    その後文豪ミニ7RXが再び動かなくなった。先月22日同様の現象が発生したが、分解して組み上げてみると回復してしまい原因が分からないままでいた。本日12月3日(水)再び分解し組み上げてみたが回復しないため思い切って電源基板を取り外し覗いてみた(実は先月22日後も電源が入らない事があり分解して組み直したら回復している)。すると部品から流れ出した液体が基板全体に広がり、一部は筐体にも接し腐食を始めていた。この液体が回路のHi-Z部分に影響を与え、例えばスイッチングレギュレータ用の発振回路を停止させていたのではと想像する。しかし、アルコールで液体を流し洗浄したが回復まで至らない。さあどうしようか・・・基板だけNECさんに頼もうか。但しこの機械は「1999年にサービスを終えた」とNECが言っている。写真は取り出した電源基板と作業風景・・・ここまでやる人は余りいないだろう。時間と回路図があれば原因を追えるのだが、しかしメーカーに相談しても保守部品はおろか回路図も無いと言う。もはや自力でJunk品を探すしかない。本機に内蔵した自作SCSIボード経由で、外付けのHDDを読めないと年賀状の宛名書きが出来ない・・・。

    昨日ネットオークションでゲットした文豪ミニ7RXが本日12月8日(月)届いた。落札から受け取りまでが17時間と言う素早い対応をして頂いた東京葛飾の御仁に感謝している。開梱してビックリ・・・こりゃ殆ど新品状態で分解してもホコリなどない。電源基板を取り外す「部品取り」だけじゃ余りにももったいないため、NG機から部品を移植する事に方針変更。まずFDDのベルトが伸びFDDからのブートが出来ないためNG機からFDDを移設。さらにNG機の改修マザーボードと自作SCSIボードも移設した。外にHDDをつなぎ自作起動ディスクでブートすると見事にHDD経由で高速起動が出来た。念のためテキストを熱転写でプリントアウトするが問題ない。これで本日到着したミニ7RXに全ての機能が移植された。動作は完璧である。写真右は左の電源NGの文豪ミニ7RXからFDDと改修マザーボード、それに自作SCSIボードを移植した文豪ミニ7RX。さて残った左側のは何にしようか?。

    12月11日(木)、残された文豪ミニ7の電源の復活を検討する。そう言えば基板を取り出した時の強烈な電気部品のあの匂いが今は全くしない。テスターでAC100Vの整流アウトを当たると殆ど短絡状態である。これではAC3Aヒューズが光を出して飛ぶに決まっている。最近はスイッチングレギュレータ用の電力部分がIC化されコンパクトな造りになっている。もしかしたらと思い、そのICパッケージを放熱板に押さえつけているクリップを外してみた。そしたらどうだろう、2個あるICの内片方の印刷がまるで見えない。可笑しいと思いよく見るとパッケージの一部が破裂して欠けている。しかも角じゃなくて平らなところが・・・これか!。そのICはMA2420(30W)である。ちなみにもう一方のICはMA2430(50W)である。早速ハンダゴテと吸い取り線を当てICを取り出す。この状態で前述の短絡状態が回避された。さあこれで望みが出てきたぞ。写真は取り外した新電元のMA2420で、パッケージの一部が欠けているのと熱で本来なら白い文字が変色し見難くなっているのが分かる。

    12月19日(金)、スイッチング電源用ICパワーモジュール(MA2430)が届いた。本当はMA-2420が壊れ同じ物を探していたが、東京の同僚Y君が同型ではないが上位品種のMA-2430を秋葉原で探し5個送ってきた。名古屋大須の半導体ショップや、新電元の代理店に問い合わせしてみたが全く話にならずトホホ状態だったが流石である。何処に有ったか尋ねるとあの困った時にいつも覗いていた「鈴商」であった。写真の左5個がMA2430で右の1個はNGになったMA2420。外形は全く同じだが前者は50Wで後者は30W。こうした部品のニオイをかぎつけるには、いつもジャンク店を回り記憶に畳み込むしかない。ある意味で大変なノウハウで同僚のY君に感謝している。

    1月29日(木)、昨年11月に電源がNGになり放置状態となっていたミニ7RXの電源基板が見事復活した。原因は2系統あるSW電源の+12Vと-12Vを作っている側が発振していない事は初期段階で分かっていたが、回路がはっきりしなかったため作業が停滞していた。良く見ると両者共トランジスタ1本による制御(ミュート)回路が設けられている事が分かった。それで単純にテスタでそのトランジスタの導通状態を確認したら正常な方は殆んどオープンに近いのに、NG側は何と方向を変えても10Ω程度。これじゃまるで短絡だ!。このトランジスタを取り外すだけで回路は発振を回復し正常な電圧を出力するようになった。本日は原因究明までとし、トランジスタは基板を実装する時に取り付けることにした・・・と言うより今は手元に無いので。
    過去の修理過程を記すと・・・
    @IC602/MA2420不良→上位品種のMA2430に交換
    ARG11/10Ω/5W断→同等品に交換
    BQ603/2SD773U不良交換→交換
    CPC601/S12MD1V/フォトサイリスタ不良→受光側パス(2月1日)
    D1番FDD読み書き不良→FDD基板面洗浄(2月1日)

    ・・・となるが真の原因は何か疑問が残る。
    追伸:1月30日、名古屋大須のタケイムセンから2SD773を購入し交換するが、更にフォトカプラ(フォトサイリスタ)の不良が発覚。また1月31日、1番FDDの読み書きNGが発覚、2月1日ようやく完全復旧となる。

    2月1日(日)文豪ミニ7RX電源が2ヶ月振りに復旧した。SW電源の発振ミュートトランジスタ(2SD773)を大須のタケイムセンから買ってきて交換(1月30日)したまでは良かったが、どうやらここに至るまでの制御で誤動作しているようだ。この電源にはO.V.P(OverVoltProtection・・・多分)と言う聞き慣れない呼び名の回路があって、各電源の出力を取り出してきて異常上昇があると、フォトサイリスタ経由で発振回路をミュートする回路が設けられている。調べるとフォトサイリスタ(S12MD1V/PhotothyristorCoupler:Sharp)の受光側が常時ある程度の導通を示すため、トランジスタに制御をかけミュート動作てしまう模様だ。手元に代替がないため、苦肉の策で強制的にトランジスタを殺すようにベースとグランド間をジャンパーした。これにより、全ての電源が正常に出力されワープロの動作が復元した。ところが、テスト中に1番のFDDの読み書きが時々可笑しくなった。最初NGだったが使っているう内にOKになり、朝食事をとってから確認するとNG・・・といった具合だ。FDDのコネクタにハンダゴテを当てなおし接触を確認したが状況は変わらず。コネクタ付近が0番のFDDに比べ異様に匂う(あの電子部品特有のベークライトが焦げた様な・・・)ため、ベンジンと歯ブラシでコネクタ周辺を洗浄すると見事に回復した。これは一体何なんだろう・・・FDDの電子回路には結構Hi-Zの部分があったりするから、部品の液漏れや変質で影響を与えていたのだろうか?。しかし0番のFDDは匂いすらしない・・・図面には書けないトラブルの一つである。こう言うのって若い人には全く理解できないようだが、オーナーは電子回路の救済では最も重要視している部分である。
    一部間に合わせもあるが、これで2ヶ月振りに機能回復した。本件では色々と勉強させてもらい、全国に多くの知人を得る事が出来た。写真は組み上げる前に最後の確認をしているMy1st文豪ミニ7RX。本体右側奥に見えるのが電源基板、その手前がFDD、左のボトルはベンジンとCRC/5-56。2台あるFDDのチェックは背面のID設定SWを0番にして編集ディスクで起動できるかどうかで行う。1台が完全にNGになってもこのSWを切り替えながら作業すればワープロの機能は十分果たす。ここまで来るとメーカーさんのサービスより対応が早いし正確かも知れない。ちょっと違う「HandMadePC」はこうした体験や拘りの上に作られ、人生を様々な楽しみに誘ってくれる・・・。


  19.  「文豪ミニ7RM」修理依頼受ける

    2004年1月28日、高崎市の知人S氏の88歳になる御父上が、愛用の文豪ミニ7RMが故障し途方に暮れていた。それでオーナーのWebやBBSをご覧になり修理の可能性を打診してこられた。M式(森田式)キーボードに慣れ親しんでいるため、他機種ではダメなんだそうです。文豪ミニ7シリーズのトラブルの殆どは、フロッピーディスクドライブのベルトのへたりにあると御説明したところ、修理に出したがベルトではない旨のコメントがついて戻ってきたらしい。それではとにかく見てみましょうと言う事になり早速送っていただいた。このミニ7RM本体は同じシリーズのミニ7RやRXと機構的には良く似ている。メイン電源PWD-941はミニ7RXの物と全く同じである事が分りこれは新発見だった。
    さて前後するが、開梱し電源を投入したら何と異常なく立ち上がった。温まるまで様子をみて再び起動すると今度は起動ディスクを読めず立ち上げる事が出来ない。やっぱり・・・輸送中に冷え込んでベルトのゴムが縮んでいる時はOKだったが、温まって常温になると伸びてNGになるという、いとも簡単な事が原因である。また0番ドライブと1番ドライブ両者とも同じ現象だった。手持ちに予備のベルトはないので、苦肉の策としてベルトのルートを張りが強くなるように変更し何とか起動できる状態を作った。写真は0番と1番の設定を入れ替えて起動させ文豪ミニ7RMのメインメニューを出したところ。ちなみにフロッピーディスクドライブ(2DD)の製造メーカーは松下電器産業で、型名はEME-213NHBVであった。いずれにしても原因が特定できたので後は正規のベルトを何らかの方法で入手する必要がある。この話を聞いて御父上もさぞかし安心するに違いない。
    追伸:1月29日秋葉原の千石電商からベルトが届き見事完全復活、1日半のお付き合いで無事主のもとへ旅立った。
    なお作業中に発見した事だが、この文豪ミニ7RMと文豪ミニ7RXは兄弟みたいで、起動ディスク(編集ディスク)を入れ替えるとそれぞれのワープロを起動し動かす事が出来る。この事実はメーカーであるNECさんからもアナウンスは無かったと思う。他のミニ7シリーズでは「編集ディスクではありません」とメッセージが出て先に進めない。ただミニ7RMは森田式キーボードなので普通の人には使いづらい。


  20. 再び「文豪ミニ7RX」にSCSIカードを組み込む

    2004年2月14日、久しぶりに文豪ミニ7RXにSCSIカードを組み込んだ。殆どの方には信じてもらえないかも知れないが、専用ワープロの殆どはMS-DOSをOSとして内臓していた。文豪ミニ7はMS-DOS Ver2.11を採用していたが普段はこれが顔を出す事は無い。しかし起動FDのIPLを細工し、内臓のMS-DOSを読み出すかBiosソフトを組み込めば、簡単に汎用MS-DOSマシンに変身した。更に、マザーボードよりAddressBus・DataBus・I/O_W・I/O_R・Reset・+5Vを取り出しSCSIボードに接続すれば、容易にHD/MO/CD等のSCSI機器を使える環境が実現した。その効果は絶大で、ワープロ起動時間やデータ読み書き時間が大幅に短縮され、殆どの作業がHDベースで快適に行える様になる。写真はマザーボードからフラットケーブルで上記項目を引き出した様子。今回は1975年に自作したSCSIボードを組み込み、背面のSCSIコネクタはMACと同じD-Sub25Pinを使用した。SCSIボードを接続し、MS-DOSコマンドでテストプログラム(STEST)を走らせると見事一発でSCSIを認識した。写真をクリックするとSCSIカード周辺を確認できます。オーナーはこの方法で文豪ミニ7RXを愛用し、またHDをWindowsマシンと共有している。文豪ミニ7RXは、CPUにNECのV33(i286相当以上)を搭載し、発売から14年経ても十分実用に供している。久しぶりに細かい作業をしたが、まだ十分作業が出来る事が分かった。



  21. 久しぶりに"Hand Made PC"

    2004年3月14日深夜、3男の進学を祝って(本当かぁ?)皆でPCを製作した。マザーボード(K7-Pro)・CPU(Athlon/950MHz)・HDD(20GB)・ビデオカード(64MB)、それにOS(Windows2000Pro)インストールの指導は長男、ケース・電源(350W)・メモリ(670MB/PC133)・Lanカード(100M)は次男、オヤジはHDD(20GB)・CD(x40)・FDD・17"LCDディスプレイと組み立ての指導をした。14日の夜から初めてその日のうちに終る予定だったが、完了したのは24時を回り1時半頃だった。ハードウェアの組み込みはあっと言う間だったが、OSの組み込みにてこずり時間がかかってしまった。それはマザーボード内に余計な設定が残っているためで、バッテリーを外して完全にデフォルト状態にするのを失念していたためで、途中から長男が加わり対応してくれた。クロックアップすれば様に1GHzを越え、2〜3年前なら最高級マシンである。随分と時代が変わったものである。それにしても寄せ集めではあるが、家族の荒っぽい祝福が込められたPCである。




  22. 再び「文豪ミニ7RX」電源修理

    2005年3月9日、縁あって秘蔵の文豪ミニ7RXを香川県の御仁にお譲りした。ところが使い始めて数日で電源が入らなくなったとメールが届いた。早々に返却して頂き届いたのがこの日。電源を入れてみるとパイロットランプが点かない。ただ最初の投入時のみ一瞬光ってから消える・・・なるほど。裏蓋を空け解体し電源ユニットを取り出した。文豪ミニ7RXの電源基板には、2系統のスイッチングレギュレータが搭載されている。テスターで当たると両者共発振していない・・・出力が現れる訳が無い。昨年の2月に同様の現象があり修理経験があるため、状況から保護回路が働きっ放しになっていると直感。保護回路は発振回路をTrでミュートするのだが、その制御を出すフォトサイリスタが壊れているはずだ。テスターでTrのベースを当ると0.7V・・・すなわちTrはON状態でミュート制御をかけてしまっている。読みが見事に的中した。このフォトサイリスタはシャープのS12MD1Vであるが入手が難しい。そのため前回もそうであったが、回路をジャンパー線で殺すことで対策する事にした。この作業により文豪ミニ7RXは見事に復活し、翌日香川県の御仁に向け発送された。しっかり働けよ!と声をかけた。写真は修理が完了した本体で、クリックするとジャンパー線を渡した電源基板が見える。



  23. 再再び「文豪ミニ7RX」電源修理

    2005年8月20日、昨日から夏期休暇で名古屋に帰省した。知人から頼まれた文豪ディスクのコピーをミニ7RXで始めると突然電源が切れた。可笑しいと思い様子を見ると何やら匂う…あの電気の匂い!。又かと思いつつ分解し電源部を確認すると5V/9.3V/47Vが大きく低下しF651/5Aが断(穏やかに)。IC601/MA2430側が受け持つ系統である。早々にヒューズを交換したが変化なし。トランス1次側発振レベルの低下と判断、各部品の状態を当った。まずMA2430(発振パワー素子)を交換、変化なし。続いてMA2430ミュート用Q601/2SD773、同制御用Q602/2SC20002とフォトカプラPC602/PC717Cを取り外し確認するが正常。可笑しい1次側は問題ないぞ!…2次側DCラインの絶縁をテスタであたると47Vラインの220μF/100Vが数Ω。これじゃ完璧にオーバーロードだ。MA2430の発熱が殆ど無かったため、2次側は問題ないと決め付けたのが発見を遅らせた。そう言えば基板に付着した液体をアルコールで流した事を今思い出した。代替部品はPC用SW電源から270μF/200Vを取り外し実装、全面復旧。写真はカバーを外し分解した文豪ミニ7RXの様子。茶色く見えるのが毎度お騒がせの電源基板である。クリックするとNGだった220μF/100Vのケミコンが見える。ヒューズは5V/9.3Vのリターンにあり断の原因は特定出来なかった。



  24. 再再再び「文豪ミニ7RX」電源修理

    2008年3月29日、単身赴任先の福井に持ち込んだ文豪ミニ7RXの調子が今年になってからおかしい。昨年暮(H19.12)の年賀状シール印刷は快調だったのに、年が明けたら電源が落ちるようになり、最後はスイッチオンでパイロットランプが一瞬点くだけになった。
    過去の経験から電源ユニットである事は容易に想像出来る。分解して電源を取り出し様子を診る。負荷をオープンにすると立ち上がるが、一定時間が経つと落ちる。電源を分解してみると液の漏れたケミコン(C652/653=2200μF/10V)を発見。液は隣接のケミコン(C654/655=1000μF/16V、C658=220μF/100V)の足元にしみ込んでいる。これら全てを新品に交換すると見事回復。早々に組み上げ電源を投入すると時々立ち上がらない。再び分解して様子を見ると発振がもの凄くクリチカル。もしやとテスタで制御回路を当ると、動作してはいけないシャットダウン回路が働いている。これは前々項で紹介している通りでフォトサイリスタ(絶品)の不良だ。
    動作回避をジャンパー線で行なう事で完全復旧。ところがプリンタの動作がおかしい。ヘッドが左端に寄りガリガリ音。また余計な仕事が出来てしまったとややトホホ状態だったが、マザーボードのコネクタに刺さるプリンタボードの接触状態を固定ビスを緩めて確認すると無事回復する。ビスの締め方には、ボード間の探りが必要で注意が必要だ。



  25. Linux "Fedora CORE 4"のインストールに挑戦

    2005年12月3日、何気なく立ち寄った本屋さんに毎日コミュニケーションズのLinux Fanと言う雑誌があり思わず衝動買い。Linuxと言えば東京単身赴任中にVine Linux(CR)を後輩より譲り受け楽しんでいた事がある。インターネットは56KBモデムでやっていたが、その後ADSLに変更したがVine側のドライバーがLanカードに対応しておらずブロードバンドは棚上げになっていた。その思いが何処かにあり、Fedora CORE 4と言うLinuxが付属し、詳細な説明のあるこの雑誌は非常に魅力的だった。
    12月12日・・・実は2日前からインストールを試みていたのだが、手持ちHDでは容量不足でインストーラに叱られていた。4年程前Vine Linuxの容量は非常に少なかったのだが、最近はGUIが発展し結構な容量を必要とする。本日マルツ電波で80GBのHDを購入。インストールはブートをCDドライブに変更し、全てCDから行うことが出来る。
    無事インストールを終えると何もしなくてもインターネットにつながった。Vineから足掛け4年、Fedoraに至ってようやくブロードバンドが可能になった。なおLinuxのPPPoEツールがどうなっているのか分からないためCoregaのルーター(CG-BARMX)を併せて購入し設置した。写真は起動したLinux"Fedora CORE 4"のディスクトップ。余りの容易さにやや拍子抜けだった。



  26. 秋葉ツァーで破格の1GHzマシン衝動買い

    2006年6月24日、職場の同僚6人で「日帰り秋葉ツァー」に出かけた。
    目的はPC以外にもRF部品などがあり、限られた時間を殆ど店周りに費やした。座ったのは昼食で松屋に入った10分間のと、集合時に喫茶店に入った30分程度だった。それにしても良く歩いたと実感。
    写真は中古のLanカードを2枚買ったPCショップ「otto」を出ようとしたときに目についたCOMPAQのPC。PentiumV(370)搭載の1GHzマシンで、HDの他MO(IDE)まで付属し何と\6300と破格だった。同じモノが何台かあったが一番綺麗なのをゲットした。Lan・Video・Audio等はオンボードだったが、VideoカードがAGPスロットに実装してあった。
    これを自宅に持ち帰り早々にWindowsXpをインストールしてみたが、全く怒られること無く終了することが出来た。実は今まで数あるDOS/V機にOSをインストールしてきたが、こんなに簡単に終了したのは今回が初めてだった。 メーカー特有のBIOSで、ブートディスク等の設定メニューの雰囲気が異なるが混乱は起きない。
    実は単身先や実家のPCより早いため、メインPCを変更しようか、やや動揺している状況である。
    重いのも気にならず集合場所にせっせと運んだCOMPACのPC・・・同僚達の反応は!!!だった。それにしても大変な時代になった。


  27. サーバー(FreeNAS Server/Network Attached Storage)設置

    2006年12月3日、FreeNASサーバー(ネットワークハードディスク)がようやく完成した。実家には複数のPCでLANが構成されている。どのPCでネットワーキングするかはその日の気分だったりする。それだとデータは各PCのローカルディスクに分散されてしまうため、後で覗こうとした時に探すのが大変であった。と言うことで、複数のPCでデータやファイルを共有するためのサーバーを立ち上げた。このために新規に部材を購入するのは芸が無いので手持ちの小型PCを生かす事にした。またこの目的に最適なソフトが最近マニアの間で人気のあるFreeNAS Server。USBメモリやCDにインストールしそのまま起動、設定は他のPCからIPアドレスを指定してWebリモートで行なうスグレモノ。使い出すとこんなに便利なものかと感心する。
    写真は玄関欄間に設置したPC(左)と光終端・ルーター・VoIP・無線LAN群(右)。PCは4年程前の秋葉ツアーで購入したAtoZ社のEzGo+(セレロン1.1GHz)だが古いDOS/V機が有効に使える。



  28. 単身赴任先にFreeNAS Serverを設置

    単身赴任先で、FreeNAS_Server(Ver0.671:これのみLV16CでOK)を10年前のNEC_LavieNX(LV16C)に組み込み1週間が経過した。
    当初、HDに2パティションを切り、SystemとDataに分けようとしたら、Data側がフォーマットNGでマウント出来ない。それでHDを2個、1つはSystem(IDE接続/1GB)、もう1つをData(USB接続/4GB)として仮運用。しかしUSBはVer1で遅く、外付けHDと変換ケーブルは見た目が悪い。
    そこで本日2007年10月1日、ダメ元と80GBのHDを購入し試すとあっさり2パティション動作が実現。HDサイズに制限があるのか、拍子抜けだった。これでほぼ満足できる環境になった。ほぼ、としたのは何しろ160MHzのPCだから。写真はLavieNX(LC16C)にFreeNASをセットアップしている様子。パネルを閉じると消費電力は10数Wで、短時間の停電にはバッテリがバックアップするのでサーバーには好適。
    その後使っているとやはり160MHzの限界を感じ、PentiumV/1GHz/256MBメモリのノートFujitsu_FMV-6000NUに変更した。
    80GBのHDはそのままLavieNXから移設したが、FreeNASは問題なく起動した。FreeNASはその後日本語対応のVer0.686へアップデートした。なおVer0.671の場合WindowsME機ではサーバーPCは見えてもドライブが見えない問題が発生する事が分かった。要注意である。

    注意・・・1GBや4GBのHDで、2パティション動作が巧く行かなかった件は、CDブートしてHDに2パティションを作り先頭にFreeNAS_Systemを組み込んだ段階でDataパティションもUFSでフォーマットされているから。この状態でブラウザからFreeNASを覗き、ディスクマネージメントでドライブ登録した後、更にフォーマットすると状態が可笑しくなるので注意。何もフォーマットせずマウントを行なえばどのHDでもドライブ登録する事が出来る。