2 部屋のあちこちで話の花が咲いている。
長机は一直線に繋がっていたが、すでにいくつかの島に分かれていて、それぞれの話題で盛り上がっていた。
一番大きな島の、その一番真ん中にさっき一緒に到着した安藤が座らされていた。
まだここの雰囲気に慣れていない彼はきちんと姿勢正しく、次々と注がれるお酒を律儀に飲んでいる。
男女を問わず、注目は彼に集中していて。
裏側で、私は、こっそりと救われていた。
どんなに脚色しても、自分の10年間が面白くなる手ごたえはなく。
周りの女の子たちも彼の話に興味があるらしく、少し離れた位置ながら聞き耳をたてている。
安藤は、学生服からスーツに着替えただけで。
中身は高校生です、と言われても納得してしまう雰囲気だった。申しわけないけれど。
変わらないことは変わることと同じくらい価値があると、もうみんな知っている。
「矢野さんは、何か飲む?」
不意を打たれた。
だって、安藤の話で盛り上がっている最中に話し掛けられるとは思ってもみなくて。
えっ?!と、やや大げさに驚いてしまって、後悔した。
「まだ、何も注文してないよね?」
控えめに二度聞かれる。
えっ、とかあっ、とか、私がろくな反応もできずにいると、壁のメニューを指差して、上から読み上げてくれた。
周りの騒音に負けないように、丁寧に。
「カクテルかチューハイ、それともビールにする?」
「あ、私、お酒ダメだから」
「じゃあ、ジュースかな?」
覗きこむようにして、三度聞かれた。
嫌な感じを受けないのは、アルコールが入った勢いで近場の女の子をくどこう、という意志を感じなかったからで。
ていうか、そもそも、そういう細かい日々の努力と縁がなさそうな人だった。
私はメニューに迷うふりをして、裏側で必死に思い出のアルバムをめくっていた。
色素の薄い髪、太陽と縁のなさそうな白い肌、細い身体の線。
10年前に巻き戻すとどうしたって、目立つことが義務づけられていそうなのに。
なぜかまったく記憶にない。
(……・・誰だっけ?)
「ええっ!!??安藤くん、先生やってんの?!」
一際、高い声と低い声が混ざり合った。
その声を受け止め、えーっ!と部屋のすみずみまで波紋が広がる。
その中心で、恥ずかしさのせいかアルコールのせいか判別できないほど、当事者が顔を赤くしていた。
頭の中で、叫びをリピートしてみたら、ええっ先生なの?!と、ワンテンポぐらい遅れて驚いた。
安藤が、学校で教鞭をふるっている姿を想像する。ありえない感じだった。申しわけないけれど。
まるで子供が子供を教えてるようなものなのでは。と、失礼なことまで想像した。
「へぇ……。安藤が先生か」
隣から漏れた呟きには、明らかに、他のどれと比べても驚きの色が足りていなかった。
意外。
と、思ったのが顔に出てしまったようで、苦笑まじりに理由を付け足された。
「ほら、あいつって、意外と面倒見がよかったから」
あいつ、という呼び方には、特別な親しみを感じる。
私は、そのあいつこと、安藤の赤い顔をしみじみと眺めてから、もう一度、隣の端正な横顔を見直した。
「成田、くん?」
たぶん、私は27年間で初めて彼の名前を呼んだ。慣れなくて、しっくりこない感じがした。
ん?と、成田が形のいい耳を傾けてくる。
安藤フィーバーの中に、私の声が埋もれてしまわないように。
10年前の彼が鮮明に思い浮かんだ。
もっとぴりり、とした空気を全身にまとっていて、それがまた彼の容姿をさらに惹き立てていて。
あまり学校に出て来なかった。病弱だから、という理由が妙にしっくりくる高校生だった。
そういえば、安藤とはよく一緒にいたような。
一方的に安藤が追い掛け回していたような記憶が、かすかにあった。
なんでだったっけ、と思って、思い浮かばなかった。たぶん、最初から知らなかったのだと思う。
高校生のときの成田は、私のような、一般的女子には近寄りがたい存在だったから。
どうしてそんなに目立つ人物を、思い出せなかったんだろう。
その疑問の答えは実に明快で。
クラス会なんて。
こんな場所に来るなんて。そんな人だなんて思ってなかったから。
「ウーロン茶」
そっけなく答える私に、了解。と応じて、成田は追加注文をする。
こんな微笑みをタダでくれるような、そんな人だなんて思ってなかったから。
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